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第五話 目標!

 エンドロールが終わった。ゆっくりと劇場が明るくなる。

 アオイの目元には、ほんのりと涙が浮かんでいた。


 充足感に満ちている。序盤は困惑したが、登場人物の名前が頭に入ってくると一気に物語に引き込まれた。人生観が変わる、頭をハンマーで思いっきりぶん殴られたような感覚。壮大なヒューマンドラマだった。たかだか一本の映画で人生観が変わるなんてことは滅多にないとは思うけど、この作品はその滅多にない側の作品だった。


 周囲の人たちの流れに合わせて立ち上がり、劇場の出口へ向かう。アオイが俺の袖を引っ張った。アオイに目を移す。


「これに勝つのが目標だよね?」


 映画がライバルは俺が言った言葉だ。

 強敵だと思う。


「もちろん。敵は強ければ強いほど燃えるらしいからな」


 これはアオイの言った言葉だ。自然と前向きな言葉が出てきた自分に驚く。アオイの影響を受けているのかもしれない。


「だよね。目指せ人気ユーチューバーだよ」


「そうだな。人気ユーチューバーになろうな」


 既存の人気ユーチューバーはもちろん、映画に漫画にゲームと俺たちの周りは強敵だらけ。それでも不思議と悲観はしなかった。爆笑ドリーマーズを辞めさせられてから昨日まで、あんなに絶望していたのに。

 アオイが部屋の中から俺を引っ張りだしてくれたおかげだ。


 ――ありがと。


 心の中で呟いた。


「なんか言った?」


 アオイが不思議そうな顔をする。


「いや何でもない」


 声が漏れていたのかもしれない。なんというか恥ずかしい。この活動がいつまで続くかは分からないから過度な期待は禁物だよな。


「まあいいけど。ならさっそく明日から撮影開始で大丈夫?」


「もちろん。お互い春休みで時間がある間に撮影とかしておいたほうがいいだろうし」


 やると決めたからには早めに動いたほうがいいに決まっている。アオイの進路は知らないけど、クラスメイトが就職したって話は聞いていないから、どこかの大学か専門学校に進学するのだろう。


 春休みはあっという間だ。


「さっすがー。やる気があっていいね」


 アオイは勢いよく俺の背中を叩いた。


 そして映画館を出る。


 外は既に暗くなっている。三月の夜はまだまだ肌寒い。行きはアオイの勢いに負けて手を繋いだまま歩いてきたけど、一度手を離してしまうと再びタイミングが難しい。


 俺たちはただのビジネスカップル。

 俺とアオイの目標は人気ユーチューバーになること。

 そんなことは分かっているけど一抹の寂しさを感じてしまう。何となく手持ち無沙汰な感じがして両手をポケットに突っ込んだ。


「あっそうだ。目標を決めてなかったよね?」


 隣を歩くアオイが言った。アオイの目標は、今日一日ですでに何度も聞かされたような気がする。


「人気ユーチューバーになることじゃないの?」


「そうじゃなくて。もっと具体的なだよ。チャンネル登録者数とか」


「たしかにそういう目標は大事かもな」


 爆笑ドリーマーズは三年かけてチャンネル登録者数を三万人にした後、次の目標を五万人に設定していた。


 アオイは急に立ち止まる。それから人差し指をピンと一本立てた。


「決めた。最初の目標を」


「一万人とか?」


 一本の指。実際にはなかなか厳しい数字だとは思う。だけどアオイが視聴者として普段目につくユーチューバーのチャンネル登録者数を考慮すると、目標千人とか百人ということはないだろう。

 アオイは首を横に振る。


「何を言っているの? 十万人だよ。半年で十万人。十万人達成したらゆーつべの会社から記念で銀の剣がもらえるのでしょ?」


「世の中にどれだけ一桁とか二桁止まりのユーチューバーがいるかとかって、アオイは知ってたりする?」


「知ってるよ。だから一人じゃなくてタツキを誘ったの」


 そう言うとアオイは微笑みを浮かべながら俺を見つめる。

 やっぱり見た目は可愛いな。


 可愛い元クラスメイトの女の子に必要とされるのは、ちょっとだけ嬉しかった。


「了解。半年で十万人が目標ね」


 これで動画が全く伸びなかったら百パーセント俺の責任だな。

 明日から俺はユーチューバー。アオイと人気ユーチューバーになるのだ。


 決意を新たに、夕食を食べるためのファミレスに向かった。俺たちくらいの年齢のカップルなら無理に背伸びして高級フレンチとか行くよりファミレスくらい素朴な方が逆にいいはず。高級フレンチとか行ったことないけど。



店員に案内されるままファミレスの席に着いた。アオイと向かい合って座る。


 店内のカップルっぽい男女は四人掛けのテーブルを使って二人で並んで座っているが、俺たちが意味もなく横に並ぶこともないだろう。アオイはペペロンチーノを注文して、俺はハンバーグを注文した。


 料理が届く。爆笑ドリーマーズ時代も撮影後にファミレスで打ち上げとかしていたから見慣れた料理だ。ファミレスの料理は安くておいしい学生の味方だと思う。


 アオイがフォークでパスタを巻き取りながら口を開く。


「タツキは好きなユーチューバーとかいる?」


「好きなユーチューバー?」


「うん。タツキは普段どういう系を見てるのかなーって思って」


「よく見るのは東京オンエアとかサカナーズとかかな」


 どちらも爆笑ドリーマーズと同じジャンルであるグループ系ユーチューバーの頂点に君臨する二組だ。参考にするという意味もあって動画が投稿されると必ず見ていた。


 グループ系ユーチューバーを追放された今となっては見る必要もないのだが、長年の習慣が簡単に抜けることもなくついつい動画を見てしまう。


「意外かも。もっと知る人ぞ知る! みたいなの挙げると思ってた」


「見るのとやるのでは別だからな」


 ユーチューバーをしていたからといって、別にユーチューバーに詳しいわけではないのだ。


「ふーん。そういうものなんだ」


「アオイはどういうの見るの?」


 ユーチューバーになりたいっていうくらいだし結構詳しいのかな。


「私? 私は爆笑ドリーマーズだよ」


「正気か」


「何と言ってもタツキが出ているからね」


 アオイがいたずらっぽく笑う。それから続けた。


「はいここ! 可愛い彼女による胸キュンポイントだよ?」


「胸キュンな……」


 苦笑いした。キュンというかぎゅーっと胸が苦しくなる。俺にとって爆笑ドリーマーズはそういう存在なのだ。


 ハンバーグを食べる。あの頃から何一つとして変わらない味。これからのユーチューバー生活に期待を込めてチーズでもインしてワンランク上のハンバーグにしておけば良かったかも。


「まあ半分冗談だけどね。タツキが出てる動画はクラスとギャップがあって面白かったけどそれ以外は正直うーんって感じかも」


 面白さは知り合い補正ありきか。五人のメンバーがいて、それぞれの知り合いが面白がって見てくれたとして、それで再生数五千回って。

 長くやっていたからチャンネル登録者数は三万人とそれなりだが、知り合いじゃない視聴者はどれだけいたのだろうか。


「アオイの友達はどういうチャンネルが人気だった?」


「やっぱりカップルチャンネルは結構みんな見てたよ。だから私も興味持ったしね」


「ふーん。やっぱり俺も見ないとかな」


 カップルチャンネルは今までほとんど触れてこなかったジャンルだし。視聴者が何を求めているのかが分からない。他人同士のカップルを見て本当に何が楽しいのだろう。知り合い同士のカップルでも延々と惚気話を聞かされたらちょっとイラっとするのに。


 あんまり気乗りしないなーとか思っていたらアオイは笑ったまま言う。


「タツキは見なくてもいいよ。十分詳しいだろうしね」


「詳しいのかな」


 アオイはどうして俺にここまで期待しているのだろうか。


「まあなんとかなるって。私、自信だけは結構あるから」


「それはよく伝わってくる」


「明日からの私たちに期待だよ」


「そうだな」


 まあ多少は自分に期待してアクションとか起こさないと何も変わらないよな。美味しそうにパスタを食べるアオイを見ながらそう思った。

 それから俺とアオイはつらつらとゆーつべに関することを語り合いながら夜を過ごした。

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