第四話 ライバル
「タツキ的にデートと言ったら映画館なのかー」
アオイがきょろきょろと薄暗い館内を見渡す。
デートスポットとして映画館を提案したのは俺だ。
「上映中は話さなくていいから緊張しないでいいし、終わった後も感想とか言い合えば間が持つからな」
「なにその後ろ向きな理由……」
アオイが引いている。アオイくらい根が明るいと、間を持たせようという発想自体ないのかもしれない。
「まあ半分冗談だよ。これからユーチューバーになるにあたって敵情視察はしておかないといけないかなって」
こっちが本当の理由。
アオイは首を傾げる。
「敵情視察? カップルユーチューバーのライバルは、ほかのカップルユーチューバーじゃないの?」
「人の時間は限られているからな。今は春休みだから例外だけど、アオイは高校生のときのスケジュールはどんな感じだった?」
「うーん。朝起きて、学校行って授業の後はバイトして。バイトがなかったら友達とカラオケ行ったりゲーセン行ったりとかそんな感じかな」
「うん。人によっては、バイトが部活だったり塾だったりするかもしれないけど、大体みんなそんな感じだと思う」
「まあそうかも」
「家で暇だなーってスマホ見ている時間って意外と少なくない? その限られた時間のなかで俺たちのチャンネルを見てもらわなければいけない。だけど大体の人はサブスクで人気の映画や莫大な予算のかかったオリジナル作品が見られる環境にいる。無料のオンラインゲームとか無料の漫画アプリなんかもある。人気ユーチューバーになるってことは、その沢山ある娯楽の中からゆーつべを選んでもらって、そこからさらに俺たちのチャンネルを選んでもらわないといけないってことだからな」
人気ユーチューバーになるというのはそういうことなのだ。ほかの数多くのサービスに打ち勝って、多くの視聴者から選ばれなくてはならないのだ。
何の実績もない素人二人の投稿動画で。アオイはそのことが分かっているのだろうか。動画を数本投稿して全然再生されないからやっぱり辞めたってなるのは嫌だ。
「なるほど。もしかしてタツキは私の心がすぐに折れると思っているんだ。でも私は少年漫画とかも好きだから大丈夫だよ」
「少年漫画?」
「諦めなければ勝つ。最近読んだ漫画でも諦めなかった主人公チームが最後に逆転勝利していたし。敵は強ければ強いほど燃えるよ。あとついでに私は長女だし。次女や三女なら耐えられないかもだけど長女だから我慢も余裕だよ」
アオイは親指を立てる。いまどき少子化で一人っ子も多いのにどうして長女アピールをするのだろうか。そんなことを不思議に思いながら映画館を奥へ進み、上映作品のポスターの前へ向かう。
「アオイは何か見たい映画とかある?」
「タツキの好みも知りたいし何でもいいよー」
女の子の何でもいいはたいてい何でもいいではない。好みと状況に応じたスマートな解が求められる。
長々と上映開始を待つのも時間を持て余すことになるから、上映時間で近いところから選ぶのが無難だろう。アオイにも意見を出してほしいし、選択肢だけ提示して最後の決定を任せることにしよう。
「実は興味ある映画三つあって迷っているんだよね」
「そうなんだ。なんていう映画?」
「えーっと、まず一つ目がスターポッター二五かな」
昔から続く人気シリーズの最新作。宇宙を舞台に魔法使いが戦う話らしい。見たことないけれど二五作も続くということはきっと面白いはず。
「小さい頃に十一と十二は見た気がするなー。もしかしたら十三だったかも?」
アオイも知っているようだ。無難な選択だと思う。
「次に二つ目のタイトルは新世紀鬼滅廻戦」
ポスターでは剣を持った気弱そうな男が大きく深呼吸している。人気アニメの劇場版らしい。
「私も知ってる! 最近流行っているよね」
さすが流行りの人気作品。アオイの反応も良さそうだ。
「三つ目のタイトルはジョージ」
ポスターでは坊主頭で筋肉隆々の外国人が銃を構えている。海外で権威ある賞をとった作品らしい。俺はこの作品について何も知らない。ただ一つ確かなことは上映開始時間が近い。
「なんかサメとか出てくるの?」
アオイも全く知らないらしい。サメが出るのは別の映画だと思う。
「それは見てからのお楽しみということで。アオイはどれが気になる?」
「うーん。迷うなー。私が決めないとだめ?」
アオイが困った顔をして上目づかいで俺を見つめる。普通にデートなら俺が決めてもいいのだけど、今回はそういうわけにはいかない。俺とアオイはあくまで人気ユーチューバーになるためのビジネスカップルなのだから。
「これも人気ユーチューバーになるために必要なステップだから」
「本当にー?」
アオイは信じられない様子。
「本当に。例えば人気ユーチューバーになるためには、他のユーチューバーじゃなくて、俺たちのチャンネルを選んでもらう必要がある。だから自分が娯楽作品を選ぶときにも、ただ何となく選ぶのではなくて、こういう理由で選んだとか意識するようにして、そこからじゃあ他の人はどういう流れで選ぶかなとか想像して、自分たちのチャンネルを選んでもらえる確率をあげていくみたいな……? 視聴者の立場を想像して、視聴者に選んで見てもらえるようなコンテンツ作りを意識的にしていくみたいな?」
昔、リュウヤが語っていた創作論だ。うまく伝わったか不安だな。人に説明するって難しい。
「なんかすごい。タツキとならますます人気ユーチューバーになれそうな気がしてきた」
アオイがうんうんと頷く。分かったのか分かっていないのか曖昧な回答だ。
「どれにする?」
「じゃあこれで! なんか一番よく分からなくて、どんな作品か気になるから。私、気になります! 普段は洋画とかあんまり見ないけど、きっとタツキが選んだのなら面白いでしょ」
アオイが指を指す。選ばれたのは筋肉隆々の男だ。
「了解。ジョージね」
続いて受付でチケットを買って、入場口へ向かう。劇場ではすでにほかの映画の宣伝が流れていた。
並んで席に座った。
「映画を見るのも久しぶりだから楽しみ」
スクリーンを見つめるアオイが期待に胸を膨らませている。
映画の宣伝が終わると、劇場はゆっくりと暗くなる。
上映が始まった。
まず建物が爆発する。町並みはビルだらけで大都会という感じだが、ほとんどの建物は半壊していた。どうやら銃撃戦がおこなわれているらしい。
坊主頭の男が銃を持っている。その隣を走る長髪の男が叫んだ。
「おいジョージ……いつになったらこの戦いは終わるんだ!」
坊主頭の男はジョージというらしい。ポスターに出ていたのもこの男だから、おそらく主人公なのだろう。
「知らねえよ。ジョーズ。司令官のジョニーに聞いてくれ」
長髪の男の名前がジョーズ。二人の司令官はジョニーという名前らしい。
「ったくジョニーは結婚してからジェニーに夢中であてにならないし、エースのジェイソンは行方不明だし……もう終わりだよこの国」
「そう嘆くな。ジョーズ。お前もこの戦いが終わったら故郷に帰ったら結婚するんだろ。あの子の名前は何だったか……」
「ジェニファーだよ。この前紹介したばかりだというのに忘れるなんて酷いな」
「ああ、すまない。最近は戦いばかりだったからな。その日を生きるので精いっぱいでな」
どうしよう。登場人物みんな名前が似ていて全然頭に入ってこない。ジョージがジョーズの婚約者であるジェニファーの名前忘れていたのも戦争のせいじゃなくて、みんな似たような名前だからだと思う。それとも俺が日本人で外国の名前に不慣れだからなのだろうか。
横目でアオイを見る。アオイは真剣なまなざしで真っ直ぐスクリーンを見つめていた。
気を取り直す。
俺も集中して見ないと。あとから感想とか言い合うことになるかもだし。再びスクリーンに視線を戻した