最終話 人気ユーチューバーになろう
「いつも見てくれてありがとう。これからもアオタツカップルをよろしくねー」
隣に座るアオイがカメラに向かって手を振った。一呼吸おいてから俺は手を伸ばしてカメラの電源を切る。
今日はチャンネル登録者数十万人突破記念で生配信を実行した。生配信はリアルタイムで視聴者からの質問に答えていく形式なのだが、いつもの動画と違って難しい。
でも、これだけ娯楽が溢れた時代にリアルタイムで配信を見てくれる視聴者が千人くらいいるって本当にすごいことだと思う。きっとアオイと一緒に活動してきたからできたことだ。
「お疲れ」
アオイに声を掛けた。
「うん。お疲れー。生配信って難しいね。どのコメントを拾うとか迷っちゃうし後からカットもできないから変なこと言えないし」
「アオイは上手く喋れていたと思うよ」
「うーんまだまだ。私が時々見てる配信者とかもっと喋り上手いもん。タツキは爆笑ドリーマーズ時代に生配信とかしなかったの?」
「してないな」
しても人が集まるとは思えなかったし。それが分かっていたからか誰もやろうとは言い出さなかった。
「そっか。タツキも普通に喋れていたから慣れているものかと」
「違和感なかったならなにより」
一応褒められていると受け取っておこう。
ただ、結局評価は普通なんだよな。何度も言われてきた言葉だ。一曲ヒットしたからって何かが劇的に変わるわけではないということなのだろう。
「次は生配信でゲーム実況とかしようね」
アオイが言った。さっき自分で難しいと言ったばかりなのに、アオイはまた生配信をしたいらしい。
「了解」
まあアオイがしたいなら止める理由もないけど。ゲーム実況は人気ジャンルだしそれなりに視聴者も集まるだろう。アオイと一緒にゲームをするのも楽しそうだし。
「やった。二人でできそうなゲームを探しておくね」
「格ゲーとかはどう?」
提案してみた。思い返すと結月さんの家でやった格ゲーは楽しかった。今度はアオイも含めて一緒にやりたいな。
「タツキは格ゲー得意なの?」
「いや。そういうわけじゃないけど好きだから」
「ふーん。それなら格ゲーもいいかもね」
アオイは頷いた。アオイ本人のこと以外なら簡単に好きって言えるのだけどな。本人だけはなかなかに難しい。
「でしょ。ゲームの中でも人気のあるジャンルだから再生もされやすいはずだし」
「いつもと違うことすれば新規の視聴者増えそうだよねー。ところでその格ゲーってタツキは持ってるの?」
「あっ……」
気づいた。家に数世代昔に発売されたバージョンならあるが、最新版の方が視聴者に需要があるだろう。
「持ってないんだ」
「うん」
「ならアオタツカップルの広告収入から買おっか。十万人超えたから記念にゲーム機くらい買ってもいいでしょ」
アオタツカップルの広告収入もそれなりに大きくなってきた。いつも収入の三割をユーチューバーとしての撮影に使うお金として残して、残りを俺とアオイで等しく分けている。決して贅沢はできないが、実家暮らしならバイトしなくても十分に生活を楽しめるほどの金額だ。
今回はゲーム機を買うお金を、その最初に取り分けた三割から出そうと言うのだ。特に反対意見はない。
「そうだな」
「それにしても……もう十万人かー早いね」
アオイが天井を見上げて感慨にふける。
渋谷デートを思い返す。アオイは絶対って言っていたが正直俺は半信半疑だった。半年でチャンネル登録者数十万人が目標だった。結果は三月から始めて七月で十万人。四か月で達成だ。
「すごいよな」
「自分でもびっくり。目標は高くがモットーだから」
アオイは笑った。
アオイが俺をユーチューバーに誘ったとき、どれくらい本気でなれると思っていたのだろうか。
「そういえば一個しかもらえないけど銀の剣ってどこに置く?」
アオイが俺に尋ねる。
銀の剣は、ゆーつべの運営会社がチャンネル登録者数十万人を突破したチャンネルに与える記念品だ。アオタツカップルは二人でやっているチャンネルだから家に置けるのは一人だけ。記念品のことはアオイに聞かれるまで考えてこなかった。
「アオイの家でいいんじゃない?」
「いいの?」
「まあいつもここで撮影しているからな」
それが妥当だと思う。アオタツカップルの結成のきっかけだってアオイなのだ。銀の剣だけ俺にくれとか言えるはずがない。
「やった! ありがと。もうちょっとメインチャンネルの人気が安定したら、サブチャンネルとか作ってそっちでも十万人行こうね」
「そうだな」
サブチャンネルは、メインであるアオタツカップルに投稿するほどでもない内容の動画を投稿するチャンネル。有名ユーチューバーはだいたいみんなサブチャンネルを持っている。
作ってすらいないサブチャンネルが十万人を突破するのはまだまだ先だと思うが、少し前まで追放されるのではとか考えていたことを思い返すと、先の話ができるだけで嬉しかったりする。
「あとは年内に金の剣も貰いたいね」
金の剣はチャンネル登録者百万人の記念品だ。
「百万人か。それはもっと頑張らないとだな」
「私とタツキならできるよ。ゼロから始めて十万人だって達成できたもの」
「うん」
頷いた。
アオイとなら本当にできそうな気がする。アオイは再生数五百回だった俺の曲でも百万再生させた最強のパートナーなのだ。
アオイが小さく息を吸った。それからちょっとだけ間をおいて口を開く。
「……ねえタツキ?」
「なに?」
「いつもありがとう」
「こちらこそ」
わざわざお礼なんて珍しい。通過点とは思いつつ、やっぱり最初の目標達成はアオイとしても嬉しいのかもしれない。
すぐ隣に座るアオイは微笑みを浮かべている。それから少し照れくさそうに俺から目を逸らして俯いた。
「あのさ……タツキのことが好き……」
「えっ」
「……好きだよ。ユーチューバーとしてじゃなくて恋愛的な意味で」
たしかに聞こえた告白。
恋愛対象として好き。ずっとずっと望んでいた言葉。
これまでの人生で一番嬉しい。
心臓はいまにも爆発しそうなくらい音を立てている。鼓動の速さも音量も過去最大級だ。
俺もアオイが大好き。そう言いかけたところで気づいてしまう。いつもは置かれていない部屋の隅にセットされた見慣れないカメラの存在に。
あーくそ。ドッキリじゃん……。
どうする俺。気づいていない体で進めるか、その際は彼氏っぽく振舞うか、それとも実は別れようと思っていたとか言って逆ドッキリでもするか……。
――付き合っている体だからせめて企画くらいはヤラセなしでやりたいの。
アオイの言葉を思い出す。
まあアオイはドッキリが好きって言っていたし「彼氏に久々に告白したらどんな反応するのかドッキリ」くらいはやっても仕方ないよな。演技にも自信がないし正直に言うか。
俺は力なく部屋の片隅を指差した。指差した先にはタオルが被せられた一台のカメラ。
「ごめん。気づいてしまったわ」
隣でアオイは大きなため息をつく。
「もー。迫真の演技だったのに。なんでバレたんだろう」
「まあユーチューバーとしての歴が違うからな」
たしかにアオイの演技は上手いと思う。ただ良くも悪くも信じられないことがあるとドッキリを疑ってしまうのだ。
「次はドッキリ成功させたいな」
「そろそろ俺以外を対象にしない?」
今回は死ぬほどドキドキしたし正直メンタルが保てる気がしない。そう言う意味ではドッキリ大成功だ。
「じゃあタツキも面識あるしユイナさんにドッキリとかどう?」
「いいね」
「企画は、カップルの彼氏と彼女の両方からほかの人と遊びたいから異性紹介してと頼まれたら紹介してくれるのかとかどう?」
「企画を即答できるのすごいな」
「まあやりたいドッキリならたくさんストックしてあるしね」
「じゃあそれ撮るか」
結月さんともまた一緒に動画を撮りたいし、ドッキリの内容も企画としても悪くないだろう。
「おっけー。決まりね」
アオイは立ち上がって、部屋の隅に仕掛けられたカメラを回収しに行った。
長い髪がアオイの動きに合わせて揺れている。
控えめに言って後ろからハグとかしたい。それで大好きとか告白したい。そんな勇気はどこにもないけど。
きっとアオイの頭の中は人気ユーチューバーになることで満杯だ。俺はあくまでビジネスパートナーに過ぎない。
「ねえアオイ」
声を掛ける。
アオイは振り返る。
「人気ユーチューバーになろう」
俺は言った。告白の代わりに。
いつかアオイが満足するくらい人気ユーチューバーになれる日が来たら。その時までに恋愛対象として好きって思ってもらいたいな。
アオイはいつものように可愛らしく笑顔で返す。
「もちろん。一緒に人気ユーチューバーになろう!」
一緒に。そんな言葉だけで嬉しくて、愛おしくて。これからも俺とアオイの動画投稿活動は続いていくのだと思えた。
◆
部屋の隅に仕掛けたカメラの上に被せたタオルを取って録画停止ボタンを押した。
今、私はタツキに背を向けている。
大丈夫。顔は見えていない。私、変な顔とかしてないよね?
あー、まさか先にカメラを指摘されるなんて。
振られたときに備えて、ドッキリって保険かけようかと思ってみたのだけど慣れないことしたらやっぱり上手く行かないな。
これじゃ意味もなく緊張しただけじゃん。
平然を装ったつもりだけど内心まだドキドキしてる。
「ねえアオイ」
タツキに声を掛けられた。
私は振り返る。
「人気ユーチューバーになろう」
タツキが言った。
私の答えは決まっている。
「もちろん。一緒に人気ユーチューバーになろう!」
どうでもいい人だったらカップルチャンネルを一緒にやろうなんて言うわけないじゃん。
これまで楽しかったな。タツキは私のことどう思ってくれてるのかな。最近は前より明るくなった気がするし、それなりに私とのユーチューバー活動を楽しんでくれてるのかな。
好きだよ。本当は。
肝心なところで臆病になっちゃう私だけど。
でも、やっぱり外で手を繋ぐだけじゃちょっと物足りないな。
私はタツキの元へ駆け寄った。そして正面から思いっきり抱きつく。密着したら結構いい匂い。
「あ、アオイ、えっちょっと……!」
タツキは困惑している。
「いーじゃん。カップルチャンネルなんだし! どこかでハグとか求められたときに備えてだよ!」
「そんなとき来る?」
「前に和菓子カップルチャンネルからキスも求められたしね?」
「じゃ、じゃあ……備えてというなら」
タツキはゆっくりと私の背中に両手を回した。顔が熱い。自分からハグしたとはいえ恥ずかしくなってくる。タツキはいまどんな顔をしてるのかな。私はすごいドキドキしてるけど、ちょっとくらいは異性として意識してくれてるのかな。このまま勢いでキスしよとか言っていいかな。
「ねータツキ」
「……なに」
「やっぱり秘密!」
「なにそれ」
「もっと人気ユーチューバーになったら教えてあげる!」
やっぱり今はまだ勇気が出ないけど、チャンネル登録者数が十万人超えてハグをするなら、百万人超えたらキスしてもいいよね。
「そっか。じゃあますます人気ユーチューバーにならないとだな」
「そうだよ! 人気ユーチューバーになるしかないよ!」
「うん。人気ユーチューバーになろう。そしたら……俺もいつかアオイに言うことあるから」
言うことって何だろ。
「えーなにー。もしかして愛の告白とか?」
こんなふうに冗談っぽい感じなら私の願望とかも言えるのだけどな。と思ったけど……。
「ひ、秘密!」
と焦った感じで予想外なタツキの反応はちょっとだけ期待しちゃう。
もしもそうだったら嬉しいな。
「秘密かー。じゃあタツキの言うことも気になるし早くもっと人気ユーチューバーにならないと」
「うん……一緒に人気ユーチューバーになろうな」
「うん! 一緒に人気ユーチューバーになろう!」
これからも私達の動画投稿は続いていく。そう遠くない未来にビジネスカップルが本物になれるという期待を抱きながら。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
少しでも暇つぶしになったのであれば幸いです
よろしければブクマや評価や感想などいただけると創作の励みになります!!




