第二十三話 動画投稿
遂にアオイにオリジナル曲を聞かせる日が来た。
アオイの家でノートパソコンを開く。
画面に表示されている作曲ソフトをアオイが覗き込みながら口を開いた。
「……なんかすごい難しそう」
「慣れだよ」
俺も最初はよく分からなかったが、中学時代に夢中で使っていたらいつの間にかできるようになっていたのだ。
マウスを操作してカーソルを再生ボタンの前に持ってきた。
アオイと顔を見合わせる。
「一応俺が歌っているから、そこを考慮してね」
「うん。もうタツキの歌声は慣れたから大丈夫だよ」
アオイは頷いた。
「それなら安心だな」
今回の曲はアオイの歌声を想定しているから、失う恐怖を女の子目線で歌っている。ただ今からアオイが聞くのは、アオイが歌う前段階の参考例として俺が歌っているからそこを踏まえて評価してほしい。
アオイがローテーブルの上に無造作に置かれたイヤホンに視線を移す。
「曲に集中したいからイヤホンつけていい?」
「いいよ」
俺が言うと、アオイはローテーブルに手を伸ばし、イヤホンを引き寄せた。それから有線のイヤホンを俺のノートパソコンに突き刺した。
アオイがイヤホンを付ける。装着のために長い髪をかき上げる仕草すら可愛かった。
「……再生お願い」
「了解」
マウスをクリックして、再生ボタンを押す。作曲ソフトの画面が動いた。
曲が始まった。
アオイは目を瞑っている。
曲の時間は二分五十秒。三分にも満たない短い曲だが、隣で待っている身としては、なんだかとても長く感じてしまう。
何度も自宅で聞いた。
自信がないわけじゃない。
ただそれと全く不安がないかというと別問題だ。
これまでの投稿曲とは別物にしたつもりだけど、アオイはこの曲をどう思うのだろう。心臓はバクバクと音を立てる。
隣の真剣な横顔を眺めていたら、アオイがイヤホンを外した。
アオイが頷いた。
小さな口がゆっくりと開く。
「……いい曲だと思う。私は好き」
聞いた瞬間、拳に力が入った。
心が弾む。
たった一言で単純だとは思うけど、嬉しいものは嬉しい。
「よかった……」
力が抜けていくような気がした。アオイは俺を見つめて微笑んだ。
「すごいね。私には作曲とかできないから」
「ありがと。そう言ってもらえるのは嬉しい」
「てか本当に私が歌っていいの?」
アオイが俺に問いかける。
今回の曲は自分でも悪くないと思う。もしも俺が歌って人気が獲得できたら、アオイとの格差だって縮めるチャンスかもしれない。
でも、俺が目指す未来はそういうことじゃないのだろう。
「うん。アオイに歌って欲しくて作った曲だから」
「そっか。なら頑張らなきゃだね」
「もう十分頑張ってるよ」
アオイはほぼ毎日俺と一緒に動画を撮っているのに、それと同時にライトダンスでいろいろな人とコラボしているのだ。
俺にはそんなにたくさんコラボするコミュ力はないし、きっとスケジュール調整だけでも大変なはず。嫉妬している暇があったらもっと俺が頑張るしかないのだ。
アオイは首を横に振る。
「まだまだ人気ユーチューバーの先は長いから」
「そっか」
そうだよな。チャンネル登録差十万人を目指すのなんてアオイにとっては通過点だよな。
隣で座っていたアオイが勢いよく立ち上がる。
「よし! タツキの曲聞いたらやる気出てきたし、今日の撮影しよう!」
「そうだな」
ノートパソコンを閉じて、カメラの画角から外れたところに荷物を移動させた。今日の企画は何だったかなとスマホのメッセージを見る。
書いてある内容は「彼氏は彼女の考えたデートプランを当てられるのか」という企画。
これはアオイがほかのユーチューバーから、週末に彼氏と過ごしたいデートプランを事前に聞いておいて、俺がアオイの考えたプランを当てるという企画だ。つまりアオイは撮影以外にもインタビューという仕事もしている。
本当に十分頑張っているよ。アオイが人気ユーチューバーになることは間違いない。いつまで俺は隣にいられるだろうか。
とにかく、今から俺にできることは動画を盛り上げることだ。
カメラの電源を付けて、それから二人で並んで座る。
「こんにちは。アオイです!」
「タツキです!」
いつもの挨拶から動画の撮影は始まった。
◆
翌日、アオイの歌声を録音するために、レコーディングスタジオに向かった。初めてのスタジオってだけで本格的な雰囲気がして、アオイも緊張しているようだったが、歌声はやっぱり可愛かった。それにアオイが歌うってだけで楽曲は俺が歌うより何倍にもよくなった気がする。
魅力的な歌声だと思う。
アオイの歌声はアイドルとして不適格と判断されたらしい。一体どこが駄目だったのだろう。俺にとってアオイの歌声は、好きフィルターがかかっているせいで全部魅力的に思えてしまうから正常な判断ができない。
例えば、もしも俺が気づかない致命的な欠点があって、それが原因でアイドルになれなかったとして……。
俺はそれでもいいと思う。だって曲の狙いは共感なのだから。完璧な人なんてめったにいないし、たとえ不完全でも、きっとそれがまた味わい深さとなるのだ。
歌い終えたアオイが部屋から出てくる。
「どうだった?」
「いい感じ。思っていたより何倍も」
「ならよかった。あと何パターンか歌い方考えてきたから、もう一回いい?」
「もちろん」
アオイが俺に背を向けて、再びレコーディング用の部屋に入っていく。
小さな背中が大きく見える。
俺が撮ろうって言ったアオイの歌声。一回歌うだけじゃなくて、歌い方も工夫してくれる。
正直アオイの歌声は全部最高だけど、そういうことを言っている場合ではない。しっかり聞き分けて、最高のミュージックビデオにしたいところだ。
何度もアオイの歌声を聞き、たくさん録音した。
そして録音の後は、ミュージックビデオになるように、動画の撮影が必要になる。もちろん録音した歌声をそのまま流すのではなく、作曲ソフトを使って歌声と楽器のバランスを整えたりもする。
音声の編集は全部俺がやったが、ミュージックビデオの構成はアオイと話し合って二人三脚で決めた。
やっぱりエモい感じがするから高校でしょってことで、母校に撮影許可を撮り、制服を着てミュージックビデオを撮影した。撮影した素材をもとに編集をする。
ミュージックビデオの中ではアオイが歌う隣で俺はギターを弾いた。もちろん演奏スキルなんてないからエアだけど。
そうしてミュージックビデオが完成するころには、梅雨も明けて七月となっていた。
◆
今日もいつもと変わらずアオイの家で動画の撮影と編集だ。ただ一点違うのは「追放されたらどうしよう?」の投稿予定日だということ。
今までの動画で一番時間をかけた。
視聴者からの反応が気になる。
どんなコメントが来るのか。再生はしてもらえるのか。不安はやっぱり消えない。
動画の編集をしていても落ち着かなくて、意味もなく狭い部屋の中をくるくると歩き回ってしまう。
ローテーブルにある、小さなデジタル時計が表示している時刻は二十時五十五分。二十一時に自動で投稿されるように設定しているからあと少しだ。
「あー緊張してきた」
呟いた。
アオイがノートパソコンに向かって編集する手を止めて俺を見上げた。
「やっぱり不安?」
「……まあ」
「大丈夫だよ。私は好きだし」
「ありがと」
好きって言ってくれるのは嬉しい。ただ昔の曲は一切ヒットする気配がなかったからな。俺が主体で企画したミュージックビデオだが、もしもいつもより再生されなかったらどうしようとか思ってしまう。絶対に歌声を世界に響かせるって言ったのは俺なのにな。
「じゃあさ。クイズしようよ」
「クイズ?」
「問題です! 最近の私はどこが変わったでしょう?」
アオイの提案で突然の始まった謎のクイズ。アオイとは毎日のように会っている。どうしてクイズをするのかは謎だが、彼女の些細な変化に気づいてこそ有能な彼氏ともいうしこれは当てないと。アオイをじーっと見つめてみるけど、答えが出てこない。というか頭頂部から足先まで全部が可愛い。
「前髪とか?」
「それは伸びただけ」
「ネイル変えた?」
「変えたと言えば変えたけど、それは昔から変えているから違う」
「トリートメント?」
「それに気づかれたらちょっと怖いかも」
適当に答えてみたがすべて違うようだ。
「正解は?」
「正解は……たくさんのライトダンサーとコラボしているでした!」
アオイがパチパチと両手を叩く。まさかの容姿じゃなかったのか。たしかにこの前アオイのライトダンスを見たときにコラボは多いなとは思ったが。
でもそれがどうして突然クイズになるのだろう。
アオイが解説パートに入る。
「やっぱり曲のキャッチーなところを切り抜いて踊ってもらえたらゆーつべのフルバージョンも聞いてもらえるかなって。ショート動画は投稿のハードルが低い分、みんな音源には飢えているし、さすがにコラボしていて面識のあるユーチューバーが曲出したら踊るでしょ?」
合っているかな? と確かめるようにアオイは小首を傾げた。
俺はその姿を見たまま固まる。
アオイは続けた。
「やっぱり人気になりたいじゃん? 私に音楽は作れないからできることをやろうって。人気になるために、コラボやショート動画の切り抜きが有効だって全部タツキが教えてくれたことだよ?」
「…………」
アオイを見つめる。大きな瞳はいつもと変わらずキラキラと輝いていた。これまでのことを思い返す。過去ばかり見て、些細なことで不安になって、情緒は不安定に乱高下して、動画がヒットすれば何かが変わるかもと期待して、一心不乱に作曲ソフトに向き合っていたことを。
でも、俺が本当に向き合うべきなのは、パッとしない過去でも作曲ソフトでもなく、アオイ自身だったのだ。
アオイが俺へ向ける感情がビジネスパートナーから変わる日が来るのか来ないのか。来て欲しいな。
「……どうしたの?」
「あ、いや……」
目を逸らした。なんと言おう。そもそも俺がアオイに教えたことは特別な秘策でもなんでもなくてちょっと活動したら誰でも思いつくようなことだ。
アオイはずっと変わらないのに俺だけ憂鬱になっていたことがすごく恥ずかしくて、心臓からどんどん体が熱くなっていく。
「クイズが当てられなくて悲しいなーって」
言い訳してみた。誰の目にも明らかで下手くそな言い訳だと思う。ビジネスパートナーではなく一人の異性として好きとかそんな本心なんてまだまだ言えるわけがない。
「そんなんじゃいつかクイズ番組に呼ばれた時に活躍できないよ」
「高学歴系でもないのに呼ばれるのかな」
「おバカタレント路線もあるから! それか大学院で偏差値高いとこへステップアップするの!」
「そうだな。いつかクイズ番組にも呼ばれる日も来るかもな」
いつものマルチな才能ってやつなのだろう。
そんな未来は来るのか。前までなら変なこと言っているなって受け流していたけど、今ならあり得そうな気がしてくる。まあさすがに大学院へ行くことはないだろけど。
「あっ……時間」
アオイが言った。
ポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。時刻は二十一時四分。すでにゆーつべでは「追放されたらどうしよう?」が投稿されている時間だ。
急いでゆーつべを開き、投稿済みの動画をクリックする。コメント欄を確認した。
「いちこめ」
「まさかのミュージックビデオ」
「アオイちゃん可愛い! こんな子と一緒に高校生活送りたかったな」
「歌って踊れるとかすごい」
「ちょうど今日振られたばかりでカップルチャンネル見る気が生きなかったけど、ミュージックビデオだったから気になって開いてしまった。いつもの動画とは全然違う雰囲気でこんなの作れるんだ」
「曲調は明るいのに歌詞が暗すぎて泣ける……」
コメント欄はおおむね好評な模様。投稿直後の視聴者はアオタツカップルのファンが中心とはいえ「こんなの求めてない」とか言われたれらとか心配していたからこれで一安心だ。
スマホをポケットに戻した。あとは結果を待つだけだ。たくさん再生されるといいな。
◆
ミュージックビデオの投稿から一週間が経った。
投稿初日の再生数は五万回とそれほどいつもと変わらない結果だったが、ライトダンスでは初日からダンス動画がたくさん投稿された。
たくさんのライトダンサーとコラボしたと言っていたからアオイの人脈の力ってすごい。アオイのコラボ相手は駆け出しから中堅のライトダンサーばかりのようだったが、多くのライトダンサーが踊って流行っている感が出たおかげか、フォロワー百万人を超える人気ライトダンサーも踊ってくれた。ライトダンスだけでなく、ゆーつべでは歌ってみたや演奏してみたも投稿された。リュウヤからは予想通りのお怒りメッセージが届いたが既読無視をしておいた。
日に日に増える再生数とコメント数と高評価数。
中学時代を含めると六年以上動画投稿をしてきたが、今までに見たことがない勢いだった。
再生回数は百万回を突破。これまでの投稿動画の最大再生数は、結月さんとのコラボ動画で現在二十万回だから圧倒的な差だ。そしてその勢いのままアオタツカップルはチャンネル登録者数十万人を突破した。
結成当初の目標を達成である。




