第二十話 俺の強み
アオタツカップルが人気ユーチューバーになるために心がけていたことは、コンセプトを明確にすることだ。つまり誰からも広く浅く好かれるのではなく好きな人が好きなチャンネルにするということ。だから俺達はアオタツカップルというカップルであることをアピールする名前にしたし、制服という分かりやすい目印も設定した。
翻って考えると俺はどうだ?
自己評価としては、容姿、企画力、トークスキルと人気ユーチューバーになるために必要そうな要素の全部が普通だ。
結月さんの家から帰宅した。自宅のベッドに腰掛けながら、参考にするためスマホで様々なユーチューバーの動画を見ていると、自分の無個性さに悲しくなってくる。
俺には個性がない。だから爆笑ドリーマーズでも、つぶやきったーやピンスタのフォロワーが一番少なかったのだ。
しいて言うなら歌声は絶望的らしいから「超絶音痴がボイトレに通ったらどれだけ歌が上手くなれるのか」とか「超絶音痴な歌声を上手く編集できた人が勝ち選手権」とかの企画では使えそうだけど、一発限りのネタという印象が強く、それで俺自身が人気になれるとは思えない。
個性を出すために俺もアオイと一緒に派手髪にでもするかと一瞬考えたが、アオイと横に並んだときに片方が黒い方が赤髪は映えるだろうと思って辞めた。
結月さんのことを思い出す。
ほんの数時間前まで俺は結月さんの家にいた。結月さんは俺を抱きしめてくれた。いつでもハグしてくれると言った。優しさに甘えてしまいたくなるが、それを受け入れてしまうと二度と戻れなくなる気がした。
これは勉強のためと自分に言い聞かせながら、ずっとゆーつべを見ているとスマホの上の方にメッセージの通知が届く。
アオイからだ。内容はサユヤツさんとのツーショットだった。仲良さそうに二人で笑っている。写真でもアオイは可愛い。
どういう意図で送ってきたのかは分からないが、角が立たないように二人とも可愛いと返事しておいた。
アオイの隣は俺以外にもいる。だからこそ、たとえそれがビジネスだとしても、いやビジネスだからこそ、彼氏として隣に居続けるためには何かしらの強みを見つけて人気ユーチューバーになることが必要なのだ。
俺の強み。
一晩中考えても答えは出なかった。
◆
「この動画がいいと思ってくれたら高評価とチャンネル登録をお願いします! それではまた」
アオイがカメラに向かって言った。動画の最後の定型句だ。俺とアオイはカメラに向かって手を振る。それから俺はカメラの電源を止めに向かった。落ちるカメラの電源に連動したのかアオイはローテーブルに突っ伏した。
「あー疲れたー」
撮影した動画は「彼女が部屋でダイエットしていたら、彼氏はいつ今のままでも可愛いよって言ってくれるのかドッキリ」だ。
ダイエットという名目でひたすら運動していたから、疲労はすべてアオイに集中している。
「お疲れ」
「タツキがいつになっても可愛いって言ってくれないから」
アオイは突っ伏したまま首だけを俺に向け、恨めしそうな目で見てくる。
「ごめんって。途中でネタバレしてくれれば良かったのに」
特定の台詞を言わないと終わらないとか条件がピンポイントすぎる。
「付き合っている体だからせめて企画くらいはヤラセなしでやりたいの。上手い嘘のつきかたは嘘の中に真実が混じっていることだよ」
立派な心掛けだとは思うが、だるそうに突っ伏したままだと心に響いてこない。
「そうだな。ヤラセはだめだよな」
とりあえず肯定しておいた。
「分かってくれてなにより。おかげで私も元気が出てきた気がする」
アオイが起き上がった。復活が早い。アオイは俺に向けて指を指す。
「二本目を撮るよ!」
「もう少し休まなくて大丈夫なのか?」
人気ユーチューバーになるためには毎日投稿が必須。その信条のもと俺もアオイも大学に通いながらほぼ毎日集まり動画の撮影と編集をしている。アオイは経験が浅いから俺より編集に時間もかかるだろうし、ライトダンスの投稿もあることを考えたら、さっき撮ったダイエット動画がなくても疲労は溜まっているはずだ。
そんな気遣いは不要とばかりにアオイは元気に立ち上がる。
「大丈夫! 今のうちに動画のストックを貯めて夏休みになったら一日二本投稿したいしね」
アオイは人差し指と中指を立ててピースしている。
一日二本投稿。投稿本数を増やせば注目は集まるだろうし、頑張っている感から応援したいと思う視聴者も増え、チャンネル登録者は増えるだろう。
「まあ無理しないようにな。アオイの可愛さがチャンネルのアピールポイントでもあるから。疲れが見えたら意味ないだろうし」
「ありがと。でもその可愛いがもっと早かったら私は疲れていなかったのだけどね?」
アオイはよほどダイエット動画を根に持っているようだ。俺は唐突にドッキリを仕掛けられただけだから何も悪くないのに。
悪いのはアオイだ。勝手にドッキリをして、勝手に疲れて、そのくせ俺に文句を言ってくる。でもそんなところもなぜだか愛おしく思えてしまう。陳腐な言葉かもしれないが好きになったら負けとはこういうことなのだろう。
「それはごめんって」
「その気持ちがあるなら次の動画での活躍を期待しているから」
「次の動画か」
スマホを開いて今日の予定を確認する。撮影予定の動画はお互いの似顔絵を描くという動画だ。
アオイは棚からコピー用紙と鉛筆を持ってきて机の上に置いた。
「撮るよ!」
「了解」
俺はカメラの電源ボタンを押した。それからアオイの隣に座る。
「こんにちは。アオイです!」
「タツキです!」
「恋人を友達に自慢したい。そんなときってあるよね?」
撮影が始まった。アオイが俺に話しかけてくる。いつもこのように何気ない会話から動画の本編が始まるのだ。
「そうだな。俺もアオイと付き合えた時は、嬉しくて友達に写真を見せてたな」
「そのときどうやって見せてた?」
「うーん。こうやって普通に」
俺はスマホを手に取ってアオイに見せた。アオイはわざとらしく大きく肩を落とし落胆を表現した。
「そんなに安易にスマホを見せちゃ駄目だよ」
「どうして?」
「友達の視力がスマホのブルーライトで悪化してしまうかもしれないから!」
「写真くらいで大差ないとは思うのだが」
ついでにブルーライトの効果も諸説あるらしいし。
アオイは人差し指を横に振り、俺の意見を否定する。
「何事も積み重ねだよ。ということで今日の企画はお互いの似顔絵を描こう! 上手く書いて友達に自慢しよう! デジタルじゃなくて紙に書けば友達の視力もハッピーになるよ」
こうして強引な前置きは終わり動画の本編が始まった。俺とアオイは向かい合い、それぞれコピー用紙にお互いの似顔絵を描く。
こういうときは極端に上手いか下手だと動画として面白いのだろうけど、アオイの顔をあえて崩して書くのは俺のプライドが許さないし、かといって上手く書ける画力もない。
鉛筆を片手に、似顔絵のためアオイの顔をチラチラと見る。何度見てもめちゃくちゃ可愛い。
アオイの描く俺の顔も気になるな。アオイの目に俺はどう映っているのだろう。
そんなことを考えながらアオイの似顔絵制作を進めていると、小さな音が聞こえた。
鉛筆を動かす手が止まる。
音の正体はアオイの鼻歌のようだが、どこかで聞き覚えのあるメロディーだった。
何の曲だろう。記憶を辿る。ライトダンスで流行の曲でも、最近見たアニメやドラマの主題歌でもなさそうだ。
そして気づく。
この曲は俺が中学時代にゆーつべに投稿した曲だ。どうしてアオイは俺の曲を歌っているのだろう。
アオイを見つめたまま固まる俺に気づいたのか、アオイの鼻歌も止まる。アオイは鉛筆を持ったまま顔を上げた。
「タツキはもう似顔絵完成したの?」
どうやら俺の作業が終わったと思ったらしい。
「いや……そうじゃなくてアオイの鼻歌が……」
「あ、ごめん。聞こえてた?」
アオイは気まずそうに俯いた。
「うん。なんで……」
黒歴史を披露したときに、俺が曲を投稿していたアカウントは伝えていたが、歌う理由がない。あの日に絶賛されていたならともかく、俺の歌声はアオイにも結月さんにも酷評されていたはずだ。
アオイは頬を赤らめて、照れを誤魔化すように早口でまくし立てる。
「いやー、ほら私って、そのときハマっているモノに影響受けやすいみたいなところあるじゃん? つい自然とモノマネしちゃうし。タツキはあんまり気づいてくれにけど」
「酷評してなかった?」
俺の黒歴史に好かれる要素が見当たらない。
「……うん。たしかに歌声は今でも酷いと思う。でもなんか歌詞とかメロディーとかが癖になるっていうか。気づいたら聞きたくなってしまうというか。一回否定した手前ちょっと悔しいけど」
「本気で言ってる?」
「うん。私……タツキの曲が好きかも」
「ドッキリとかじゃなくて?」
「うん」
アオイは頷いた。信じられないことがあるとすぐにドッキリを疑ってしまうのは、ユーチューバーの職業病なのだろう。
――タツキの曲が好き。
アオイの言葉が頭の中で反響し、そのたびに宙に舞うような気持ちになった。
俺の作品がアオイに認められたことが心の底から嬉しかったのだ。
体の奥からじわりと燃え上がるような熱を感じた。この熱を言い換えるなら可能性だと思う。
俺には優れた容姿も企画力もトークスキルもない。今から突然覚醒とかして新たな強みが生まれることもまずないだろう。
だが、アオイが認めてくれた音楽なら。
失敗だと思っていた爆笑ドリーマーズが結月さんとの出会いの糧になってように、黒歴史だと思っていた俺の曲が強みになるかもしれない。
「ならさ……俺が曲を作るからアオイに歌って欲しい」




