第二話 ユーチューバーになろうよ
スマホの着信音で目が覚めた。
窓から差し込む日差しが眩しい。いつの間にか朝になっていたようだ。
重たい体を起こして、スマホを手に取る。発信者名は「蝶野葵」と表示されていた。蝶野は高校時代のクラスメイトだ。特別親交が深かった記憶はない。
何の用事だろう。疑問に思いながら、スマホを耳に近づける。
「おはよ! 立花君。動画見たよ!」
元気いっぱいの声で頭が痛い。思わずスマホを耳から離した。スマホをタップしてスピーカーモードにする。
動画というのは昨晩投稿された俺の卒業動画のことだろう。学校で俺がユーチューバーとして活動をしていることは周知されていたから、蝶野が動画のことを知っていても不思議ではない。わざわざ見ていたというのは驚きだけれども。
「それで何の用?」
「一緒にユーチューバーになろうよ」
蝶野は即答した。
「なんでいきなり。俺はもうユーチューバーを辞めた。学業に集中するって言った動画見てなかった?」
「学業とか噓でしょ。全然受験勉強してなかったくせに。同じクラスなのだからそれくらい分かるよ」
「そうだとしても。別に俺とじゃなくてもいいだろ」
あくまで俺のイメージだが、高校時代、蝶野はいつもクラスの中心にいた。俺でなくても一緒にやろうとしてくれる人はいるはずだ。それに学業という理由で爆笑ドリーマーズを卒業したのにいきなり別のチャンネルで復活したら、あの動画は何だったのだと視聴者に勘繰られるだろう。そもそも登録者数三万人のチャンネルにそこまで関心は集まらないと言われたらそれまでだけど。
蝶野は言う。
「ううん。私は立花君とやりたいの。やりたいジャンルはカップルチャンネルだしね」
「カップルチャンネル?」
耳を疑った。聞き間違いだと思いたい。カップルチャンネルは別れた後に黒歴史になると専ら定評がある。
「うん。カップルチャンネル」
「一応聞くけど俺と蝶野の関係は?」
鈍感を極めた俺が気づいていなかっただけで、いつの間にか俺と蝶野が付き合っていたことになっていたとかないよな。
「うーん。元クラスメイトかな。大丈夫、大丈夫。実際に付き合っているかどうかなんてどうせ誰にも分からないし」
のんきな声で蝶野は笑う。
「というか別にカップルとしてやらなくてもよくない?」
「まあこだわりがあるわけではないのだけど、一番数字をとれる可能性があるのがカップルチャンネルかなって。経験者の立花君なら編集とか基本的なこともできるだろうし、どうせ男女でやるならカップルってことにした方が視聴者は喜ぶでしょ。一緒にやろうよ。私と立花君なら絶対に人気になれるよ」
蝶野はどうして俺なんかと。もう一回ユーチューバーになったらなにかが変わるのだろうか。
余計な期待をしてしまう雑念を振り払うように大きく首を横に振る。
黙る俺に対して蝶野は続けた。
「実際、なんで立花君が爆笑ドリーマーズを抜けたのかは知らないし、立花君なりに思うところはあるのだろうけどさ、一回くらいは私のお願いを聞いてよ」
「そんなお願い聞くくらい俺たち仲良かった?」
「これからかな?」
「これからって」
「じゃあ、仲良くなるためにデートしようよ。今日は暇?」
なんかすごいぐいぐい来るな。蝶野とは最後の一年間だけ同じクラスだったけど、こんな感じだとは思わなかった。
「まあ、一応暇」
悲しいことに予定は何もない。そして元クラスメイトの誘いを断れる意志の強さもなかった。
「じゃあ決まり。十五時に渋谷駅のハチ公広場に集合ね。会えば絶対に私の思いが伝わると思う!」
蝶野が自信ありげにそう言うと、電話は切れた。
メッセージアプリには蝶野との通話時間が表示されている。これまで蝶野と個別にメッセージをやり取りしたことはない。
――一緒にユーチューバーになろうよ。
蝶野の声が頭の中で反響した。
結局、強く断れないということは、それだけ俺がゆーつべの世界に未練があるということだろう。
ため息をついた。
――今日から俺たち五人で爆笑ドリーマーズだな。絶対に俺たちならチャンネル登録者数百万人目指せるって。
自信満々のリュウヤの顔が蘇ってきた。
リュウヤの言葉をメンバー全員が疑わなかった。希望とか期待に満ちた顔をしていた。もちろん俺も含めて。
だけど現実は三万人だった。
もしも蝶野がユーチューバーを始めたら。
人気が出る可能性はゼロではない。実際、蝶野は見た目に華がある。学校でも一番可愛いと定評があった。数多のクラスメイトや先輩後輩がデートに誘ったり告白したりしたがことごとく撃沈してきたと聞く。
今日の俺は、そんな人気溢れる女の子から一緒にカップルチャンネルをしようと誘われているのだ。
それでも今一つ乗り気になれないのは、また失うのが怖いからなのだろうか。客観的に俺と蝶野では不釣り合いだろうし。きっと人気が出るとしても、それは俺と蝶野のカップルとしてではなく、蝶野葵が個人として人気を確立するのだ。そこまで分かっているのに我ながら未練たらしい。
「まあ約束を破るのはよくないからな」
自分に言い聞かせるように呟いた。
ベッドから出て、顔を洗うために洗面台に向かう。
いつもより地球の重力が三倍くらい重たく感じた。




