第十八話 久しぶりの再会
リュウヤは俺が見限られるのを待つと言った。
実際、待つことしかできないのだと思う。金や名声のためにビジネスカップルを始めたことと、長期的に一緒に活動していたメンバーを一方的に追放したこととでは、視聴者からより悪印象を受けるのは後者だ。それが分からないリュウヤではない。
リュウヤと会ってから一週間が経った。
日常は何も変わらない。大学で講義を受けて、それからアオイの家で撮影と編集をする日々だ。山中はフットサルサークルに入り、川瀬はテニスサークルに入り、それぞれ友達を作ったため会う機会は減った。会うたびにサークルでの楽しい思い出を語ってくる。
俺に唯一変わったことがあるとすれば、あまり眠れなくなった。
何かしているときは平気だが、ベッドに潜って眠ろうとすると不安が一気に押し寄せてくる。
大きなあくびをした。
教室では教授がマクロ経済学について語っている。あまり興味を持てない。マクロ経済学より、俺のこれからの方がよっぽど真っ黒な気がした。マクロだけに。意味もなくダジャレを考えて気を紛らわそうとしてみたが、憂鬱が晴れる気配はない。
ライトダンスを開くたびに、アオイのフォロワーは増えている。見れば見るたび恐怖とか焦燥感とかが増していくような気がした。
一方で、俺のつぶやきったーもピンスタグラムもフォロワーはそれほど増えていない。動画の企画として「適当な対決企画で負けた方がつぶやきったーで毎日罰ゲームとして面白投稿」とか提案して、アオイとの対決でわざと負ければ俺のつぶやきったーもちょっとはフォロワー増えるのかな。
リュウヤが語るアオイの未来。
それはきっとあり得ない話ではないのだ。アオイとユーチューバーができなくなるときに備えて、資格でも取るしかないのかな。水月大学の偏差値低いから就職とか苦労しそうだし。
教室は広くて、教授から俺が何しているか見られることはない。なんとなく賢そうなイメージのある公認会計士について調べてみよう。
ポケットからスマホを取り出して検索を始めた。
色々と検索している間にマクロ経済学の講義は終わる。俺のスマホは「働かずに生きていこう。楽々投資家生活」と表示していた。
教室を出て、歩きながら考える。
公認会計士について調べていたつもりがどうしてこうなった。たとえ株価が上がらなくても、今の時期は仕方ないと割り切り、愚直に買い増し続けることが大切らしい。そうすれば報われる時が来るとか。
継続力が重要という点ではユーチューバーと一緒かもしれない。
継続力が大事。それは間違いない。いまの最大手ユーチューバーはみな長期にわたって継続して動画を続けている。
だが、今のまま活動を続け居ていて本当に報われるのだろうか。
アオイとの差は広がるだけなのではないだろうか。
ユーチューバー以外で生きていく方法を探すつもりが、すぐにユーチューバーとしての活動に結びつけてしまう。
きっとよくないことだ。
ユーチューバー以外のことを考えないと。
例えば大学で友達を増やす極意とか。関わる人の数が増えれば、感情をアオイが占める割合だって減るだろう。
あたりを見渡す。複数人で話しているところに割り込むのは無理がある。俺が友達を欲するように、同じように友達を欲しながら一人で歩いている人に声を掛けるのだ。
ここから大学を出るまでの間に、絶対に一人は話しかける。
ちょうど今日はアオイとの撮影の予定のない。今日のアオイは、ライトダンサーのサユヤツさんがゆーつべにも進出するらしく、その手伝いをするらしい。
友達作りの絶好の機会だ。決意を固めた。
一人の女性が視界に入る。性別以外は何も分からないが、今こそ動き出すときだ。
女性に向かって一歩踏み出したところで気づく。
これってただのナンパにしか見えないな。ビジネスとはいえ彼女がいる体になっているのに、迂闊なことはできない。ならば男性に声を掛けるしかない。思い直して、声を掛けられそうな男性を探す。
すると結月さんと目が合った。結月さんの横には男性と女性が一人ずついる。きっと友達だろう。友達ならば話しかけて邪魔をするのも無粋だ。気づかなかったふりをして、正門に向かうことにした。
歩いていると、後方から駆け足が聞こえた。
「ちょっと、無視しないでよ」
聞き覚えの声だった。
振り返る。
大人っぽいワンピースを着た結月さんがいた。
「いや……友達と一緒みたいだったので」
「それでも挨拶くらいしてよー。アオイちゃんはちょくちょく連絡くれるのに、タツキ君はほとんどないし」
結月さんは不満そうに顔をしかめた。
「なら見かけたら次から挨拶しますよ」
特に用事がないのに連絡するのは、ハードルが高いから挨拶で妥協してほしい。というかアオイは結月さんと何を話しているのだろう。早い段階でほかのライトダンサーを紹介してもらっていたし友達作りの極意が知りたい。
「約束だよ。てか、近くで見るとクマがすごいけど大丈夫?」
結月さんは半歩距離を縮めてくる。
「最近ちょっと忙しくて」
目を逸らした。
誤魔化すしかないのだ。
アオイに見限られることが怖いからだなんて言えるわけがない。
「最近のアオタツカップルすごいから忙しくもなるよね。登録者数どんどん増えているし、毎日更新だし。切り抜きもタツキ君が作っているのでしょ?」
「一応そうですけど……」
歯切れが悪くなる。人気が出たのは、ほとんど全部アオイの力だからだ。俺のしていることなんて微々たる影響しかない。
「すごいなー。少し前にユーチューバーの編集しているとこ見せてもらったけど、大変そうだったもん」
「慣れですよ」
「私もゆーつべやろうかなー。サユもやるらしいし」
結月さんの出す名前は聞き覚えのある名前だった。
「サユってサユヤツさんのことですか?」
「そうだよー。あの子も可愛いよねー」
「そういえば今日、アオイがサユヤツさんに会うって言っていましたね。結月さんも会うのですか?」
サユヤツさんは結月さんの紹介だし一緒にいても不思議ではない。
結月さんは首を横に振った。
「行かないよ。私も聞いただけ。サユがゆーつべを開始する準備を一緒にするんだって。すごいよね。私が紹介したのにもう私抜きで会うようになるなんて」
「本当にそうですよ」
「てことは、タツキ君は今日撮影ないの?」
「休みですね」
「このあと講義とかはある?」
「もう帰るだけですね」
「じゃあ私も今日の講義終わって暇だから飲もうよ」
結月さんは指を折り曲げ、コップを持ってグイっと飲む仕草を表現した。
美人な先輩大学生に誘われて飲みに行く。大学生っぽいイベントが来た。きっとユーチューバーしてなかったら喜んで行っていただろう。そもそもユーチューバーしてなかったら知り合っていないだろうけど。
「週刊誌に刺されますよ」
結月さんは三年だが俺は未成年。それにカップルチャンネルの片割れが撮影外でほかの女と親しげにしていたら印象が悪いだろう。
「家だから大丈夫。この前宅飲みした余りが残っているんだよね」
「俺はノンアルしか飲まないですよ」
「それでもいいよ」
「なら行きますか」
予定がないと言ってしまったから、無下に断るのも印象がわるくなるだけだろう。それに帰宅しても楽しいことなんか何もなくて、アオイとのことをぐるぐると考え続けてしまうだけだ。気分転換くらいにはなるかもしれない。
結月さんは顔に微笑みを浮かべる。
「やった。決まりだね。ここから歩いていける距離だから安心して」
そう言うと結月さんは体の向きを反転させて歩き始める。俺は結月さんの隣に並んだ。出会った日に、駅に行くのに大学を通り抜けると早いと言っていたから、自宅は駅とは反対方向なのだろう。
大学の近所に一人暮らしって大学生感がひしひしと感じられてちょっと羨ましい。さっきの宅飲みの余りがあるとか俺も言ってみたい。実家暮らしじゃ絶対に言えないワードだ。
横目で結月さんを見る。
結月さんは嬉しそうに口元を綻ばせていた。
特別イケメンでもなければ酒も飲めない俺と宅飲みしていったい何が楽しいのだろうか。不思議である。その謎を解明すべく俺は大学の奥へと進んだ。




