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第十七話 本当の気持ち

 神保町から電車に乗って自宅へ向かう。

 座っていると怒りと落胆が込み上げてくる。

 最低の日だ。わざわざ神保町まで呼びだされて、あり得ない仮定の話を延々と聞かされた。


 アオイが俺を追放するから、その前に爆笑ドリーマーズに再加入する。リュウヤの提案を受け入れるという選択はあり得ない。


 リュウヤが欲しいのはアオタツカップルで得た俺の知名度と、卒業したメンバーの再加入という視聴者に向けた分かりやすい感動ドラマだけなのだ。戻ったところで、適当なタイミングでまた追放される可能性は高い。というか一度追放されたというトラウマが消えることはないのだから、昔みたいな気持ちで爆笑ドリーマーズの活動に参加することは不可能だろう。


 アオタツカップルは順調だ。リュウヤの言葉に踊らされて変なことをする必要はない。アオイが俺を捨ててソロで活動するというのは、何一つ根拠のない妄想でしかないのだ。


 根拠がないから、交渉決裂を織り込んでリュウヤ単独でやってきた。地元で話し合いをして、万が一ほかのメンバーに見られたら困るから、コーヒーを理由にわざわざ待ち合わせ場所として神保町を指名した。あるいは長時間におよぶ電車での移動は暇だから、俺に余計なことを考えさせる時間を作るために神保町を指名した。


 俺を呼び戻そうとしたのも、爆笑ドリーマーズの活動が上手くいっていないから新たな起爆剤にしようとしたのだ。活動が上手くいっていないから経済的に厳しく、コーヒー代も俺に押し付けてきたのだ。


 そこまで分かっているのなら、俺のするべきことは簡単だ。

 リュウヤの言葉は聞き流して、いつも通りアオイと動画を投稿すればいい。

 未来の人気ユーチューバーは、虚言に付き合っているほど暇ではないのだ。


 ――そのうちアオイにも見限られる。アオイはソロでもやっていけるだけの人気も実力も人脈あるのだから。


 リュウヤの言葉が頭の中で駆け回る。

 あり得ない妄想だ。

 自分に言い聞かせた。

 けれども反芻してしまうのには理由があった。


 ――本当に見限られないか?


 頭の中でもう一人の自分が問う。

 絶対だ。リュウヤの言葉に踊らされて変な行動を起こしてしまうことが最悪のパターンなのだ。


 ――自分でも気づいていただろ?


 何の話だ。


 ――アオイの目標は一貫して人気ユーチューバーになること。カップルチャンネルはその手段でしかなくて、必ずしも二人で一緒にいる必要はない。それに気づいていたから、アオイに対して日本一のユーチューバーじゃなくて日本一のカップルチャンネルになろうって言ったんだろ? 必要とされなくなるのが怖かったから。アオイの反応を確かめるように。


 違う。カップルチャンネルを始めたのはアオイの意志だ。そこに他意はない。


 ――噓だ。どうでもよかったら手を繋ぐはずがない。人力車でアオイの手に触れたのも、離れていくことが怖かったからなんだろ?


 違う。カップルチャンネルとして手くらいは繋いだ方が無難だと思っただけだ。


 ――アオイに見限られる可能性。最初から気づいていなかったわけじゃないだろ?


 それは当然。一度グループ系ユーチューバーを追放された身。上手くいかない可能性は十分考えていた。


 ――それなのに今さら動揺するのはどうして?


 問いかけられる。


 ――これから先ずっと気づかないフリをして、終わりが来る日を待つつもり?


 俺の本当の理由。

 気づいていた。

 けれども目を逸らしてきた。


 カップルチャンネルに拘った理由も、手を繋ぎたくなった理由も、見限られるのが今さら怖くなった理由もすべて同じたった一つの理由だ。


 浅草、人力車、夕日に照らされた綺麗な表情。頭の中にアオイの笑顔が浮かんだ。

 俺にとってアオイが特別な存在になっていたのだ。

 端的に言うなら好きになっていた。幼馴染としての好きとか美人の先輩として好きとかそういった類のものとは違う、一人の特別な存在として。


 いつからか。どうしてか。

 アオイの顔が好みだったからなのか、もう一度ユーチューバーになろうって誘ってくれたからなのか、楽しそうに撮影するアオイが昔の自分みたいだったからなのか。


 きっと全部含めて大好き。

 だから怖いのだ。

 アオイを失うことが。

 見限られ、向けられる表情が変わることが。


 アオイはいつも楽しそうに撮影している。アオイは簡単に表情を作ることができる。自然な笑顔はいつだって可愛い。だからライトダンスでも人気が出た。


 想像してしまう。

 もしも俺に向けられる普段の表情が作られたものだとしたら?

 爆笑ドリーマーズを追放されるその日まで、俺はメンバーの変化に気づかなかった。裏では話し合いがあったはずなのに。楽しく撮影ができていると思っていたのは俺だけだったのだ。同様にアオイの本心は分からない。


 今のアオイは人気ライトダンサーだ。

 編集の仕方とか、動画投稿の考え方とか、俺が知っているユーチューバーとしての基礎はすべて教えた。


 なら今の俺の価値とは?

 俺にとってアオイは特別だけど、アオイにとって俺は?

 中学時代の音楽活動も、高校時代の爆笑ドリーマーズでの活動も何一つとして結果を残せず、アオタツカップルもアオイの人気頼りだ。誰の目から見てもパートナーとして力不足すぎないか?


 アオイはいつも楽しそうに笑いかけてくれる。手だって繋ぎ返してくれる。アオタツカップルの再生数も順調だ。


 前提として、アオイにライトダンスを勧めたのは俺だ。普段の投稿動画でもアオイが活躍するように編集している。アオイを中心に組み立てることが、アオタツカップルが人気ユーチューバーになるための最善策だと思ったからだ。


 実際に人気が出た。三か月もかからず爆笑ドリーマーズを超えた。

 計画通り。何一つとして間違っていないはずだ。


 それなのに不思議と不安とか恐怖とかマイナスな感情だけが膨らんでいく。

 一体俺はどこで間違えたのか。

 家に着くまでずっと考えていても、その答えは見つからなかった。

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