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第十六話 今さら戻って来いと言われても

「……は」


 何を言っているのか分からなかった。

 どうしてそんなことが言えるのかも分からなかった。俺の意志抜きで追放を決めて今度は戻って来いとかいくらなんでも身勝手だ。


「俺は本気だ。アオタツカップルのチャンネル登録者数は五万人。悔しいが今のタツキには知名度がある。女にうつつを抜かして脱退したが目を覚ましたタツキと、それを温かく受け入れるメンバー。こういう設定なら視聴者からの見え方も完璧だ」


 リュウヤは自信満々の表情で計画を語る。爆笑ドリーマーズ時代も、その前の小中学生時代もずっと見てきた顔だ。

 過去の俺はその自信満々な顔を盲信したこともあった。だけど今なら冷静な視点で判断することができる。


「自分がダサいことしているって分かっているのか?」


 自分の意志で追い出したメンバーに、知名度で負けたから戻ってきて欲しいだなんてダサすぎる。

 リュウヤは恥じる様子もなく説明を続けた。


「分かっている。だから俺が一人で来ている。メンバーにはうまくいってから事後報告だ」


 ということは俺に断られることは想定しているということか。自信満々でやってきて保険をかけるなんてさらにダサい。


「そもそも俺にメリットがない」


「本当にそうか? ずっと幼馴染として一緒に過ごしてきたんだ。俺はお前たちカップルが、本当は付き合っていないビジネスカップルだということくらい分かっている」


 リュウヤは俺とアオイがビジネスカップルだって告発する動画でも投稿するつもりなのだろうか。


「そしたら俺は爆笑ドリーマーズが金銭的な理由で俺を追放したと暴露するだけだ」


 当時は幼馴染として毎日雑談していたし、爆笑ドリーマーズを辞めた直後に突然可愛い彼女ができただなんて都合が良すぎる。だからビジネスだって気づいていても不思議ではない。だが暴露大会になって困るのはリュウヤも同じはずだ。


「まあそうなるよな。そう言うことは織り込み済みだ」


「どういうことだよ」


「ビジネスカップルって認めたな」


「違う」


 とっさに否定する。鎌をかけていたのか。


「まあどちらでもいい。ここから先は仮定の話だ。アオタツカップルはユーチューバー用のビジネスカップル。どちらが主導で立ち上げたのは知らないが、ビジネスなのだから目的は金か名声だろう」


「だから俺たちはビジネスじゃないって」


 強く否定する。だがリュウヤは確信を持っているようだった。声色は変わらず一切動揺する様子はない。


「まあ話は最後まで聞け。お前たちの目的は金か名声。そしてアオイは既に十分な人気を獲得している。短期間でライトダンスのフォロワー十万人は快挙だ。きっとこの先も勢いが止まることはないだろう」


「だから何だよ」


 リュウヤはコーヒーを飲む。その後テーブルに戻されたカップの中身は空っぽだった。


「分かるだろ。昔と同じだって。タツキは実力不足だ。アオイと比べて圧倒的にな。そのうちアオイにも見限られる。アオイはソロでもやっていけるだけの人気も実力も人脈あるもあるのだから」


「付き合っているのだからありえない」


「アオイのライトダンスでの人気は本物だ。だからこそ考えてみろ。アオイがカップルチャンネルではなくソロの活動に注力したら? ビジネス彼氏であるタツキと別れて色恋営業もカードとして選択肢に加えられるようになったなら? 輝かしい未来は容易に想像できるだろ」


 どれだけ否定してもリュウヤの話は止まない。リュウヤの中で俺とアオイがビジネスカップルだということは前提として確定しているのだ。

リュウヤが突きつけるアオイの未来。アオイが単独で人気になる未来。それは活動を始めたときから想定はしていた。


 それでも俺はアオイと一緒に活動すると決めたのだ。そしてアオイは活動当初よりビジネスカップルであることを隠し通す方針であることに変わりはない。

 精一杯、余裕を演じる。皮肉をたっぷりと込めた声色を添えて。


「俺とアオイはカップルだ。数字とは関係ないところで結ばれている。簡単に俺を追放したお前たちの方がよっぽどビジネス幼馴染なんじゃないか?」


「酷いな。追放じゃなくて卒業だろ」


 いつまでこんな会話を続けるのだろう。本当はちょっとだけ期待していた。今さら爆笑ドリーマーズに戻りたいとかはないけど、俺を追放したことを素直に謝られて、それから友達にくらいには戻れるんじゃないかって。


 だけど現実は違った。

 ただの脅しだった。

 俺が憧れ、好きだったリュウヤはどこにもいないのだ。


「とても勧誘する側の態度とは思えないな」


「別に勧誘じゃない。施しだ」


「意味が分からない」


「これからビジネス彼女に見限られるタツキを慮って、もう一度古巣に戻してやるって言っているんだ」


「何度も言うが俺とアオイはカップルだ。見限るとか見限られるとかそういう関係ではない」


「やれやれ。まあ都合の悪いことから目は背けたいよな」


 リュウヤは立ち上がる。

 背が高い。

 リーゼントも相まって見下ろされると威圧感があった。

 今日のところは帰るつもりなのだろう。爆笑ドリーマーズはもう終わりだ。どれだけたくさん思い出があっても、どんな言葉を掛けられても、俺の言うべき言葉は決まっている。


「とにかく俺は絶対にアオイとユーチューバー活動を続ける。爆笑ドリーマーズには戻らない」


「そうかよ……まあ待つさ。アオイがタツキを追放する日を。アオタツカップルの勢い、正確に表現するならアオイの勢いは素直に認めるが、それこそが終わりが近づいてくることの証明だからな」


「そんな日が来るわけないだろ」


「来るさ。絶対に。そう遠くない未来でアオイはお前を見限ることになる」

 

 そう言い残したリュウヤは、俺に背を向けて出口に向かって歩き出した。リュウヤが見えなくなったところで視線をテーブルの上に落とす。

 目に映るのは二つのコーヒーカップ。俺の頼んだウインナーコーヒーはまだ半分ほど残っている。

 甘くておいしいぬるくなったウインナーコーヒー。カップを手に取り、一気に飲み干した。


「くそっ……リュウヤ……」


 思わず呟いてしまう。

 リュウヤがウインナーコーヒーのお金を支払わずに出て行ったことに気づいたからだ。他人のコーヒーを気持ちよく奢れるほど俺の心は穏やかではない。

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