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第十五話 思い出

 リュウヤと会うのは俺の卒業動画を撮影した日が最後だ。


 爆笑ドリーマーズ時代を思い出す。俺の卒業動画の演技は酷いものだった。当時の俺は、あの動画では上手く笑えたと思っていた。今見返すと、酷く下手な作り笑いだったと分かる。


 昔は楽しかった。

 撮影のたびに毎日笑っていた。

 根拠なんかどこにもないけれど、大人気ユーチューバーになれると本気で思っていた。


 ――タツキ、話がある。お前には爆笑ドリーマーズを辞めてもらう。チームのためだ。分かってくれ。


 いつものようにみんなで集まり、いつものように撮影をして、いつものように解散しようとしたとき、いつもにもまして真剣な顔をしたリュウヤが言った。


 最初はドッキリかと思った。

 けれどもカメラはどこにもなかった。

 金銭的な理由だとか、俺のつぶやきったーとピンスタのフォロワーが少ないことだとか、一日密着やルームツアー、自己紹介など個人が主役となる動画の再生数が少ないことだとか色んな理由が羅列されたけど、どれも頭に入ってこなかった。


 突然の追放宣告が信じられなくて。

 ただ、はっきり覚えていることが一つある。

 それはメンバー全員の表情。

 俺抜きでやっていくことを決めた表情。後ろめたさとかじゃなくて、未来に向かって頑張っていくという決意、そんな強い意志が感じられた。


 俺は不要。

 足を引っ張っているだけの存在。


 どうしてこうなった。

 ほんの数分前まで、いつもと変わらない日々だったのに。

 毎日集まって楽しく動画を撮影していたというのに。


 リュウヤの追放宣告中、俺とリュウヤ以外のメンバーの表情に驚いている様子はなかった。つまりこの宣告は、リュウヤの独断ではなく俺抜きで話し合いが行われた結果なのだ。それがまた苦しかった。


 追放を宣告されたからといってその日にすぐに卒業動画を撮るわけではない。卒業動画を撮影する日まで、心のどこかでまだドッキリじゃないかと期待してしまう自分と、ずっと一緒にいた幼馴染にとって自分が居なくてもいい存在だと思われていたという衝撃で頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 エアコンをつけて布団に潜っても体はなぜか震えたし、何にも食べていないのにトイレで嘔吐したこともあった。


 体重は減った。

 人生に絶望した。

 それからアオイとカップルユーチューバーになって、あっという間に爆笑ドリーマーズのチャンネル登録者数を追い抜かした。


 それでも俺の頭の中には、まだ爆笑ドリーマーズがいる。爆笑ドリーマーズでは、幼少期からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染と毎日集まって動画を撮影して投稿していた。全部忘れてしまえばきっと楽になれる。そんなことは分かっていたが、何かあるごとに思い出してしまうのだ。

 だから俺は断ることができなかった。

 会うことを。



 待ち合わせ場所である神保町の喫茶店に着いた。レトロな雰囲気が漂う木製の扉を開ける。喫茶店の中では、陽気なシャンソンが流れていた。


 これがシャンソンか。わざわざ神保町まで来るということで事前にインターネットで調べたが、どうやらこの喫茶店はシャンソンというフランスのポピュラーソングをウリにしているらしい。

神保町は特に思い出の場所とかではない。シャンソンが好きという話は聞いたことがないし、リュウヤがなぜこの店を選んだのかは謎だ。


 薄暗い店内を奥に進む。

 リュウヤがいた。リュウヤが席に座っている。リュウヤの髪型は昭和のヤンキー漫画に出てくるような長いリーゼントになっていた。


 何を話すつもりなのだろうか。そして何を話せばいいのだろうか。

 俺はこれからアオイと人気ユーチューバーになるのだ。何を言われても冷静でいなくてはならない。

 リュウヤの向かいに座った。


「久しぶり」


 小さく手を上げた。声のトーンはなるべく平然を装った。


「おうよ。わざわざ悪いな。最近コーヒーにハマっていて、ここのウインナーコーヒーを飲んでみたかったんだ」


「別にわざわざ俺を呼ぶ必要もないだろ」


「いいだろ。俺以外のメンバーはみんなコーヒーより紅茶派なんだよ」


 家から神保町までは三十分以上かかるというのに。リュウヤは悪びれる様子もなくヘラヘラと笑った。それからリュウヤは店員に向かってアイコンタクトを飛ばして、店員を呼んだ。

 リュウヤはウインナーコーヒーを頼む。メニュー表を見てみたがコーヒー豆の種類なんて全然分からない。俺も同じものを頼んだ。

 店員は去り、再び向き合う。


「最近はどうだ。元気か?」


 リュウヤが聞いてきた。俺の知る限り他人の健康状態を気にするようなキャラではなかったはずだ。


「それなりに」


「ならよかった。ユーチューバーにとって体が資本だしな」 


「その大事な体の一部がすごいことになっているけど」


 顔を上げて目線をリュウヤのリーゼントに向ける。

 正直全然似合っていない。高校生の頃のリュウヤの髪型は、シンプルなセンターパートでもっとお洒落な雰囲気だった。


「動画の企画で罰ゲーム中なんだよ。一か月リーゼント生活さ。というか俺たちの動画見てくれていないんだな」


「見るわけがないだろ」


「元メンバーなのだから応援くらいしてくれよ」


 応援なんてできるわけがないだろ。

 自分で追放しておいて、どうしてそんなことを言えるのか。見たって辛くなるだけなのに。


 テーブルの下で拳を強く握って、激高しそうになる自分を抑え込んだ。

 沈黙が流れる。

 無難な言葉でリュウヤに対して返す方法を見つけられなかったのだ。


 そして沈黙を破ったのは店員だった。店員がウインナーコーヒーを二杯持ってきた。ウインナーコーヒーはコーヒーの上に生クリームが乗ったコーヒーだ。

 コーヒーを口に含ませる。生クリームのおかげか微かに甘く飲みやすい。心が穏やかになってきて、冷静な自分が戻ってくる。


 俺の目的はアオイと一緒に人気ユーチューバーになることだ。つまりここでリュウヤと話すことは時間の無駄でしかない。


「うまいな」


 コーヒーを飲みながらリュウヤは満足そうに頷いている。


「今さらなんの用だよ」


 俺はリュウヤを睨んだ。

 リュウヤはカップをゆっくりとテーブルに置いた。それから先ほどまでの穏やかな表情から一変して、睨み返してくる。


「そうだな。本題に入るか。単刀直入に言う。なんでタツキがユーチューバーをやっている」


「別に俺がどこで何をしていても勝手だろ」


「タツキは約束したはずだ。爆笑ドリーマーズの未来のために脱退すると。そのために学業に専念するから卒業するというシナリオを考えた。それなのにどうしてだ」


「別にユーチューバーをするなとは言われていないだろ」


「分かるだろ。それくらい」


 リュウヤの主張は分かる。

 学業に専念すると言ってグループを卒業した男が、別の女とカップルチャンネルを始める。それは流れとしてどう考えても矛盾している。実際に山中と川瀬も爆笑ドリーマーズを抜けて、アオイとカップルチャンネルを始めることに疑問を抱いていた。

 きっと同じように思う視聴者もいるだろう。だが、それは俺がユーチューバーを辞める理由にはならない。


「だとしても、それを踏まえたうえでユーチューバーをやっていくって決めたから。今さら辞めるわけがないだろ」


「分かっている。俺もタツキに辞めろと言いに来たわけじゃない」


「なら何だよ」


 リュウヤが俺の決意は織り込み済みだと言わんばかりにニヤリと笑った。

 リュウヤがコーヒーを一口飲む。それから俺の目を見ながらゆっくりと口を開いた。


「もう一度、爆笑ドリーマーズに戻ってこい」

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