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第十四話 踊ってみた

 一言で表現するなら順調だった。

 六月。外では雨が降っているらしく、アオイの部屋からでも雫の落ちる音が聞こえる。


 和菓子カップルとの打ち上げの撮影は、そつがなく終わった。再生数も結月さんと動画に次ぐ二番目となった。

 アオタツカップルのチャンネル登録者数は五万人を超えた。爆笑ドリーマーズのチャンネル登録者数を超えたときは、ちょっとだけ嬉しかったが、アオイにとっては通過点でしかないだろうから、特にお祝いとかはしなかった。

 昨日投稿した「おいしいチャーハン作り対決」の動画も一日で三万再生を超えた。今俺が編集している「行きたいデートスポットプレゼン大会」の動画もきっとそれなりには再生されるだろう。


 順調だ。

 きっと人気ユーチューバーになれる。


 毎日確実にチャンネル登録者数は増えていた。

 三年かけて、一切人気になる気配がなかった爆笑ドリーマーズとは大違いだ。


 アオイは立てかけたスマホのカメラに向かって両足を交差させている。スマホからは音楽が流れているし、ライトダンスの撮影をしているのだろう。


 アオイのライトダンスのフォロワーは十万人を超えた。

 まだアカウントを開設してから二か月も経っていないはずだ。

 予想はしていたが想定よりも早い。圧倒的に。

 まあ、これだけ可愛かったら人気も出るよな。

 ぼーっと踊るアオイを眺めていたら、視線に気づいたのかアオイの動きが止まる。


「ねー、なに見てるの? タツキも踊りたくなってきた?」


「そんな感じ」


 適当に肯定しておいた。踊っているアオイが可愛かったからとか言えるわけがない。


「いいね。たまにはタツキとも一緒に踊りたいし」


「編集ばかりしてると、たまには体も動かしたくなるからな」


 わざとらしく背伸びをしてから、立ち上がってアオイの元に寄った。

アオイがスマホの画面を見せてくる。参考として見せられたライトダンスの動画の中では、外国の曲に合わせて二人の男女が一緒に踊っている。流行りの音源というだけあって、プライベートでライトダンスを見たときに何度も見た振付だ。


「どう? いけそう?」


「余裕」


「いいね」


 俺とアオイはそれぞれ両腕を組み、それから背中合わせになる。俺は右足を折り曲げ、アオイは左足を折り曲げ、お互いの足の裏を重ね合わせた。


 曲が始まる。

 リズムに合わせて体を揺らし、両腕を大きく伸ばして、二人で大きなハートマークを表現した。


 曲が終わる。

 ショート動画だから踊っている時間は十五秒ほどだ。

 アオイは立てかけられているスマホの元に駆け寄り、撮影した動画を見ている。

 投稿前に確認は必須だ。たまにしか踊らない俺としても、自分のダンスがどうなっているのか気になる。


 ダンスしている姿を見ようとスマホに向かって一歩踏み出したところで、アオイが振り返る。アオイは人差し指と中指をピンと立てている。


「テイクツーいくよ! 表情がちょっと固い。それじゃまだまだ人気ユーチューバーの道は遠いよ」


「どんな感じ?」


 アオイの隣に移動して撮影した動画を見る。たしかにアオイの笑顔と比べると俺の笑顔は不自然だ。ついでに動きもキレがない気がする。


「彼女と楽しくダンスしているのだから、もっとニコッとしよ?」


 アオイは目を細め口角を上げて口元を綻ばせた。

 自然な笑顔だった。なるほど俺もこうすればいいのか。

 アオイの表情を真似てみる。


「……どう?」


「うーん。もう一声」


 さらに口角を上げてみた。


「……これは?」


「うーん。どうやったらこの顔は笑顔になるのかなー」


 アオイがつんつんと俺の頬を突きながら、顔にはてなマークを浮かべる。どうやら俺の全力笑顔は笑顔じゃなかったらしい。


「逆にアオイはどうやって表情を作っているの?」


「いつの間にかできるようになっていたかな?」


「参考にならないな」


「ためしに私のすべらない話とか聞いてみる?」


「聞きたい」


 自分で滑らないとか提案できる勇気は尊敬する。

アオイは小さく息を吸い、それから語り始めた。


「実は話のネタが二つあってね、アイススケートをしようと思ったらずっとリンクを整備していた話と、毎日ずっと勉強していた話どっちがいい?」


 ずっと勉強していた話で、面白い小話ができるとは思えないから気になる。


「なら勉強の方で」


「そうそうこれは私が高校生の頃にね……って違う!」


 アオイが手刀を作って俺の肩を叩いてきた。聞いてきたから答えたのにどうして。


「何が……」


「どっちもすべるの意味が違うってツッコミ待ちだったのにー」


 アオイは恨めしそうに唇を尖らせていた。どうやらすべらない話は視聴者参加型だったようだ。今からでもできるツッコミを言わなくては。


「…………」


 考えてみるけど言葉が出てこない。


「どうしたの?」


「抱腹絶倒のツッコミを言おうとしたけど思いつかなくて」


「まだまだだね」


 アオイは軽く顎を上げて決め顔で言った。


「って違うよ。私はタツキを爆笑させないと」


「そんな爆笑とか厳しくない? お笑い芸人でもないのだから」


「人気ユーチューバーはテレビでも引っ張りだこだから、目の前の一人くらい余裕で笑わせられるの。昨日もユーチューバーのヒカキングが小粋なトークをしたあとに音楽番組でゆーつべテーマソングを兄弟で歌っていたし。マルチな才能ってやつだよ。ということで私がこれからモノマネをします!」


 そう言ったアオイは小さく咳払いをした。アオイが眉間にしわを寄せる。

 アオイのモノマネが始まったようだ。


「えーっとー。そのー、あのー、この度はですねー、あのー、そのー、何と言いますか、お伝えしたいことがありましてー、えーっと、そのー、あのー」


 聞き覚えのない口調。見覚えのない表情。すべてが謎だった。直前にヒカキングの名前を出していたから、ヒカキングのモノマネかと思ったがどうやら違うようだ。


「ごめんだけど誰のモノマネ?」


「神崎さん」


 俺の知り合いにはいない。テレビで聞いた記憶もない。俺が知らないマイナーなユーチューバーなのだろうか。


「いや誰?」


「長霜女子大の学長だよ。おかしいなー。大学の友達にはウケたのだけど」


「そんなの分かるか!」


 赤の他人だった。思わず声を上げてツッコミを入れてしまう。

 アオイは両腕を組んで満足そうに頷いた。


「うんうん。いい声が出せているよ。これからも積極的に声出しをしていこう」


 俺は体育会系の部員か。ダンスは体育会系なのかもしれないけど。アオイが満足したのか二回目の撮影が始まる。

 ミュージックスタート。スマホに向かって踊り続けた。九回目の撮影でようやくアオイ監督のオッケーが出た。


 短時間の踊りとはいえ、急に体を動かすと疲れる。自分のノートパソコンの前に戻って腰を下ろす。編集作業の続きをしよう。いや、その前にネットサーフィンをして休憩しよう。そう思ってスマホを手に取った。


 一件のメッセージに気づく。

 送り主はリュウヤからだった。内容は明日会えないかというものだ。

 どうして今さら。


「なあアオイ、明日の撮影は休みでいい?」


「いいけど。どうしたの? 大学の用事?」


「そんなところ」


 俺は嘘をついた。なんとなくアオイには言えなかった。きっとアオイに言ったら「行かなくてもよくない?」と言われそうだったから。

 彼女と付き合いながら元カノに会うのってこんな気持ちなのかな。彼女も元カノもいたことないけど。

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