第十三話 ダブルデート 後編
ダブルデートではメンチカツを食べ、それから団子を食べて抹茶を飲んだ。
次に浅草寺でお祈りをしておみくじを引いた。結果は凶だった。人気カップルチャンネルになれますようにとお祈りしたはずだが、動画撮影している今日に限って凶を引くとは悲しい。その後にイチゴ飴を食べてメロンパンを食べた。味の濃さが有名な抹茶アイスも食べた。
なんだか食べてばっかりな気がする。
一通り浅草寺周辺を歩くと時間は流れ、日も落ちてきた。撮影終了の時間が近づいている。
「そろそろ締めの挨拶を撮影するか」
先頭を歩くオハギさんが言った。
「うん。これだけ浅草で色々撮れたらいい動画になると思う。あっ、でもまだ撮りたいものあるかも」
オハギさんの隣を歩くモナカさんが、立ち止まって振り返る。合わせてオハギさんも立ち止まった。
俺とアオイに用事があるということだろうか。
「何でしょうか?」
「二人のキスシーンだよー」
モナカさんがニヤニヤと笑みを浮かべている。
「たしかにまだ見てないな。アオタツカップルの動画でも公開していなかった気がするからここで初公開しようぜ」
オハギさんも乗り気なようだ。アオタツカップルの過去動画を見てくれたのは嬉しいけど、ビジネスカップルにキスはハードルが高い。まあキスみたいな見せ場があった方が動画は再生されやすいだろうし、和菓子カップル的には俺とアオイがキスをしても失うものは何一つないからな。
「ほら……俺はそういうことするときは二人でムードとか大切にしたい派なので」
「えーいいじゃん。付き合っているなら、いつでもキスくらいはしてるでしょー。ねっ?」
そう言うと、仲見世通りのど真ん中だというのに躊躇なくモナカさんがオハギさんの頬にキスをした。
アオイを横目で見る。
「タツキがいいなら……私はいいよ?」
アオイは俯き、小声で言った。
俺としては問題ない。なんならウェルカムなまである、ただ……アオイはきっと無理してるよな。これまでデートだってしてこなかったらしいし。かといって先輩ユーチューバーからのフリを安易に拒絶するのも論外。アオイの夢が遠のくことになる。
「俺のキステクニックはすごいので、焼肉のあとラブホかカラオケでお見せしますよ……超絶テクニックを。ここだと人が多すぎるので……」
我ながら何を言っているのだろう。これは焼肉食べたらお腹痛くなったとか言って仮病使わないとだな。
「超絶テクニックなの……」
「おいモナカ俺以外の男で想像するなよな……」
和菓子カップルの二人が息をのむ。
「お二人とも、どうして俺がこんなに可愛いアオイと付き合えたか分かりますか。その答えがこれです」
本当に俺は何を言っているのだろうか。自分でもよく分からなくなってきた。だが、一度始めてしまった手前、もう後戻りすることはできない。
「なあアオイ。今晩も熱い夜を楽しもうな?」
「う、うん。夜だね! ナイトだけに夜のタツキはナイトみたいでとってもかっこいいよ!」
会話を振られたアオイも困惑しているようだ。このまま押し通すのも難しいし、早く別の話題に切り替えたい。
「ということなので俺たちの交わりはこの後に期待していてください。締めの挨拶を撮影しましょう」
強引だなと思いつつ、無理やり和菓子カップルに提案した。
ほんのり顔を赤らめたモナカさんがオハギさんに耳打ちする。それを聞いたオハギさんは頷き、二人で内緒の話を始めた。
二人の会話は小声だから聞こえてこない。
「何を話しているのですか?」
俺が聞くとモナカさんが手招きした。俺とアオイは二人の傍で耳を立てる。
モナカさんが囁いた。
「今日はこのあとどこでやろうかなって。ラブホか家か実家か」
「本当に何を話しているのですか」
しかも実家だけは絶対にないと思う。音を立てられない環境が逆にドキドキするとかかな。知らんけど。
「タツキが超絶テクニックとか言うからだよ。想像したら熱くなってきて……」
「まあそういうことだ。とりあえずサクッと締めの挨拶撮って焼肉行こうぜ」
オハギさんが提案する。どうやら完全にキスのくだりは終わったようだ。これでようやく一安心できる。
そうですねと同意しようとしたところで、アオイは俺の袖を引っ張った。
アオイは上目遣いで俺を見つめている。
「ねえ、まだ焼き肉屋まで時間あるし、締めの前に一緒に人力車とか乗らない?」
人力車の欠点は三人乗りか二人乗りしかない点だ。二人でデート企画なら喜んで乗っていたが、今回はダブルデート。二手に分かれたらコラボの意味がなくなってしまう。
オハギさんの顔が浮かぶ。
――モナカの目標は叶えたい。
オハギさんは確かにそう言っていた。
きっと本物の彼氏なら彼女の希望は叶えるはずだよな。
視線を和菓子カップルの二人に戻す。
「あの……せっかく来たのでアオイと人力車乗っていいですか?
◆
俺の提案はあっさりと通り、和菓子カップルとアオタツカップルで別々で人力車に乗ることになった。まあ常識的に考えて浅草に来て人力車禁止とは言わないよな。
ゆったりとしたペースで人力車が浅草の街を走る。
夕方にもなると気温は下がり、風が涼しい。
昼からずっと四人で行動していたが、今はアオイと二人きり。緊張の糸が解けていく。小学生くらいの頃は特に意識しなくても自然と友達になれたはずなのに、今はどうしてここまで気を使わなくてはならないのだろう。いきなりキスしてとか言われたら普通に焦るし。
隣に座るアオイは、楽しそうにキョロキョロと浅草の街を眺めている。せっかく乗ったのだから俺も人力車を楽しまないとだよな。
「人力車ってこんな感じなんだー。私、初めて乗ったから感動!」
「俺も初めてだわ。結構快適なんだな」
「でしょ。いつか乗ってみたかったんだよねー。浅草と言ったらこれって感じするし。てか、正直タツキから乗ろうって和菓子カップルに提案してくれるとは思わなかった。別々になるからコラボ撮影と関係ないし」
「まあ俺も興味はあったからな。それに正直ずっと四人で会話するのも疲れるし」
アオイも人力車に乗るか迷いはあったのだろう。だから全員に対してではなく、まず俺に提案したのだ。
俺としても別に和菓子カップルと話が合わないとかではないが、先輩相手だしエネルギーは消耗していく。
この後は俺たちのチャンネルに投稿する動画の撮影だから、一度リフレッシュするというのも悪くないはずだ。
「私も緊張した―。本物のモナカさんすごい美人だったし、ドキドキして心臓がもうずっとすごいの」
アオイは興奮した様子だ。
好きなユーチューバーと過ごせたら、それはきっと楽しいよな。
一緒に乗ろうとは言われたけど、モナカさんと乗らなくていいのって聞いておけばよかったかもしれない。後の祭りだが。
「美人だよな」
「それは違うよ!」
適当に返したら一瞬で否定された。
「何が?」
「そこはアオイの方が美人だよって言わないと。あと論破されたのだからタツキはもっと悔しそうにしてくれないと」
不満そうな顔をしたアオイは俺の二の腕を突く。
「論破ね……」
いつからディベートが始まっていたのかは謎だが、アオイのことだからきっとこの台詞もどこかからの引用でモノマネなのだろう。
アオイの趣味は謎である。
気になる。
毎日のように会っているが、ほとんどゆーつべの話しかしていない。
カップルチャンネル感を醸し出すためにも、そろそろゆーつべ以外のアオイの趣味を学ぶべきなのかもしれない。
そんなことを考えながらアオイと話していたら、人力車は雷門の前で止まった。ここで記念撮影をすることがおすすめらしい。
アオイがスマホを起動させ、内側のカメラで俺たちをレンズに写す。カメラに向かってピースサインを作ると撮影ボタンが押された。スマホの中では俺とアオイが笑っている。
アオイは撮った写真を一瞥して、再びスマホを構える。
「次はもうちょっと加工強めでいくから」
「加工が強すぎると逆に違和感ない?」
アオイは元から目が大きいのだし、加工でさらに大きくするとなんだか宇宙人みたいな感じになってしまうような気がする。
「こだわりの一枚だからね」
アオイが構えるスマホに向かって再びピースした。
アオイは撮影ボタンが押す。
撮った写真を見てからアオイは満足そうに頷いた。
正直ほとんど加工されていない一枚目の方が綺麗に写っているように思えたが、アオイの価値観はよく分からない。というかよく考えたらアオイに限らず乙女心が分かったためしがない。
異性は異星人みたいなものだ。まあ同性なら分かるかと言われたらそれも無理なのだが。その証拠に爆笑ドリーマーズを追放されたときも、言われるまで全く気付かなかった。うわ、思い出したらちょっと悲しくなってきた。
そんな悲しみに明け暮れる俺とは対照的に、アオイは笑いかけてくる。
「いつもは家での撮影ばっかりだけど、こうやって遠出するとデートみたいで楽しいね。写真も映えるし」
アオイが言った。
俺は頷いた。
綺麗だった。
オレンジ色の夕日に照らされたアオイの表情は。長いまつ毛も、大きな瞳も、高い鼻も、小さな口も、アオイの全部が舞台のワンシーンみたいで完璧だった。
まるでスポットライトで照らされているように思えた。
アオイはライトダンスで人気が出始めている。
きっとこれから先、アオイはもっともっと人気になっていくのだろう。
人気ユーチューバー。アオイの夢。
誘われた時は冗談かと思ったけど、いまは現実になるんじゃないかって思えてしまう。
再び人力車は動き出す。
隣に座るアオイの手の甲に触れ、俺の手のひらを被せた。
「手を繋ぐのも久しぶりだね」
そう言うとアオイが手の向きをひっくり返した。指と指が絡み合う。指伝いにアオイの体温が伝わってきて、俺の体は熱を帯びた。
「そうだな」
どくん。
心臓は大きく音を鳴らす。
浅草の喧騒を忘れるくらいには。
平然を装いながら、俺はアオイから目を逸らした。
ゆったりとしたペースで流れていく浅草の景色。俺とアオイは、人力車から降りるまでたわいもない話をダラダラと続けた。




