第十二話 ダブルデート 前編
和菓子カップルは大学三年生同士のカップルだ。アオタツカップルとカップルチャンネルという点では共通しているが、最大の違いは歴だろう。ユーチューバーとしての歴は半年でそれほど長くないが、カップルとしての歴は中学一年生のときに出会い、中学二年生から付き合い始めたというのだ。
正式には付き合ってすらいないアオタツカップルとは天と地の差だ。というか投稿開始から半年でチャンネル登録者数九万人ってユーチューバーとしてもすごい。
毎日和菓子カップルの動画を見た。
出会いのエピソードも、初体験のエピソードも、喧嘩した日のエピソードもすべて暗記した。
いまなら和菓子カップルクイズ大会で本人たちに次ぐ三位にはなれる気がする。
今日は和菓子カップルとの撮影日。すべてはこの日のためだ。
絶対に成功させてみせる。
面白い動画を撮ることはもちろん、和菓子カップルはほかのユーチューバーとのコラボも多いため、あわよくば仲良くなって人脈を広げていきたい。
固く拳を握った。
電車の音声アナウンスが浅草に着いたことを告げる。
電車が止まる。
扉が開く。
「本物のモナカさんに会えるの楽しみだなー」
隣に座っていたアオイが、立ち上がりながら言った。
今日は浴衣をレンタルして撮影することになっているため、アオイも俺も私服姿だ。
アオイは大きめのパーカーにショートパンツを履いている。いつも制服で撮影しているから私服姿での撮影は久しぶりだ。
電車を降りる。
和菓子カップルとの待ち合わせ場所である呉服屋に向かった。
呉服屋の前で和菓子カップルと合流する。簡単に挨拶を済ます。それから店に入りそれぞれ着付けに入った。
着付けが終わり店を出る。俺は紺色の浴衣を着た。店の前ではオハギさんがいる。動画で知ったのだが本名が高尾萩斗でオハギらしい。
灰色の浴衣に着替えたオハギさんは、退屈そうにスマホを触っている。
声を掛けよう。
女性陣の着付け完了待ちで撮影はまだ始まっていないが、 仲良くなるためには無言という選択肢は一切ない。
とはいえ和菓子カップルでもアオタツカップルでもメインで会話を引っ張っているのは彼女側であるため何を話すか難しいところだ。
「お疲れ様です」
とりあえず挨拶。
大学へ入学してから一か月半。まだ疲れることは何もしていないが、挨拶はこれを言っておけばいいことを学んだ。
オハギさんは小さく手を上げて返した。
「おう、お疲れ」
「昨日の投稿動画見ましたよ。千度の鉄球と私たちの愛どちらがより熱いのか対決面白かったです」
少し媚びている感は恥ずかしいが、動画投稿者なら投稿動画に触れてもらえることは嬉しいはずだ。
オハギさんは表情を緩ませる。
「ありがとな。昨日投稿した動画はモナカが企画したネタだから、モナカにも言っておいてくれ」
「企画は主にモナカさんが考えているのですか?」
「どちらもかな。でも今回アオタツカップルとコラボしよって提案したのは俺だから」
フレンドリーな感じでオハギさんは俺の背中を叩いた。
「それはありがとうございます。でもなんで見つけてくれたのですか?」
ライトダンスでアオイが有名になってきたとはいえ、アオタツカップルはまだまだ登録者二万人のチャンネルだ。
「片方が元ユーチューバーでユイナとのコラボもあったとはいえ投稿二か月経たずに二万人ってかなりすごいからな。もし有名になって師匠面したら和菓子カップルの寿命も延びるだろ」
コラボするのには理由がある。和菓子カップルの投稿動画にコラボが多いと思ったが、意図的にコラボを積極的にしているようだ。
「順調だと思いますけど」
登録者は右肩上がりだし、再生数も安定している。三年間毎日投稿して三万人止まりの爆笑ドリーマーズに謝ってほしい。
「できることは何でもやっておきたいからな。俺はモナカが好きだ。ユーチューバーになりたいって言ったのはモナカだし、モナカの目標は叶えたい。それに人気が停滞して喧嘩が増えて別れるなんて絶対に嫌だしな」
「すごいですね」
オハギさんの声色から、ただならぬ覚悟を感じた。普段の動画ではモナカさんが中心でオハギさんはそれほど目立っていなかったから対面で話すとイメージが変わる。
「アオタツカップルは元ユーチューバーだしタツキから始めたのか?」
「いや、爆笑ドリーマーズで終わりにしようと思っていたのですけどアオイに引っ張り出されました」
「まあやる気にもなるよな。あれだけ可愛い彼女だったら」
「そうですね。自慢の彼女ですよ」
本当は付き合っていないなんて言えるわけがない。よく考えたら馴れ初めとかふわっとしか決めていないし、ちょっとドキドキする。
もっと設定とか練っておけばよかった。早くアオイとモナカさん来ないかな。
二人の関係が深堀されないように、なるべく俺からオハギさんに質問攻めをするようにしよう。もちろん和菓子カップルの動画で話した内容を聞くと動画を見ていないって思われるから過去の記憶を総動員しながらだ。
「動画の企画ってどういう風に考えています?」
プライベートな話題はたいてい動画で語っているから、ここは同業ならではの質問をチョイス。
「俺は海外のユーチューバーの動画を見て、それを日本向けにアレンジすることが多いかも」
「海外ですか」
「やっぱり海外のユーチューバーまで見てる視聴者は少ないからな。それなりに新鮮な気持ちで見てもらえるんだ。逆にモナカは入浴中にとか散歩中とかリラックスしているときに降ってくるらしいぞ。この前も一緒に入浴してたらモナカが突然閃いたって」
やっぱりカップルで同棲もしていたら風呂くらいは一緒に入るのか。アオタツカップルではまずないだろうな。ここは俺も適当にアオイとのラブラブエピソードで対抗した方がいいのか。何も思いつかないが。
「和菓子カップルは企画力すごいですよね」
迷った末にとりあえず褒めておくことにした。実際昨日投稿された「千度の鉄球と私たちの愛どちらがより熱いのか対決」は俺もアオイも思いつかないだろう。タイトルだけでちょっと面白いしほかのカップルチャンネルの動画でも見たことがない。
「モナカの力だよ。あと同じ男としてモナカの魅力をアピールしておくと性欲も強い」
「性欲ですか」
きっとアオイはそういうのに興味ないだろうな。興味があったら数多の誘いを断らないだろうし。
その後もオハギさんがモナカさんの魅力を延々と語り続けて時間は過ぎた。
アオイとモナカさんが揃って出てくる。二人は仲良さそうに談笑している。モナカさんが俺とオハギさんに気づくと、駆け寄ってきた。アオイも駆け足でモナカさんの後を追った。
「遅くなってごめんね。どう?」
モナカさんが両腕を広げてオハギさんの前でくるりと一回転した。オハギさんは穏やかな表情でモナカさんの頭を撫でた。
「似合っているよ。超可愛い」
「えへへ」
別に俺と話しているときのオハギさんが不機嫌というわけではないのだが、先ほどまでとは明らかに違う表情。モナカさんも嬉しそうに笑っている。モナカさんが足袋を履いた足で背伸びした。
不安定な体をオハギさんが支える。
二人は抱き合い、唇が重なる。
俺は一体何を見せつけられているのだろうか。
「仲良さそうだようねー」
アオイが俺に話しかけてきた。
アオイは赤い花柄の浴衣を着ている。真っ赤な長い髪はかんざしでまとめられていた。
「浴衣似合っているよ」
それだけ言った。
本心ではある。
髪型と衣服が変わると、それだけでいつもより特別感があって可愛かった。
ただし俺から撫でる勇気もハグする勇気はないし当然キスすることもない。本物とカップルと偽物カップルの違いなのだろう。
アオイは微笑む。
「ありがと」
俺はずっとアオイを見ているのも変な気がしたから、視線を和菓子カップルに向けた。熱いキスタイムは終わったのか、オハギさんは小さなカメラを手にしていた。
モナカさんは俺とアオイに手招きした。
「今から始まりの挨拶を撮って、その後で二人にカメラを向けるからよろしくね」
「分かりました!」
アオイの声は元気いっぱい。俺もアオイに合わせて頷いた。
「じゃあ撮影スタート!」
モナカさんの声に合わせて、オハギさんがカメラの電源を付ける。
「おいでやす。和菓子カップルのオハギです」
「モナカです」
「今日の企画は浅草ダブルデートです。そして今回俺たちとダブルデートしてくれるのは新星カップルユーチューバーのアオタツカップルです!」
オハギさんの紹介に合わせてカメラが向けられる。つまり俺たちの番だ。
「こんにちは。アオタツカップルのアオイです!」
「タツキです! 今日はよろしくお願いします!」
そうしてダブルデートの撮影が始まった。




