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第十話 黒歴史動画

 俺は結月さんに体を向けた。


「ということなので、結月さん、アオイにライトダンスを教えてください」


 俺はライトダンスについてまだよく分かっていない。実際に人気を獲得している結月さんに聞くのが一番確実だろう。結月さんが、明らかに格下の俺たちに時間を使うメリットがほとんどないという問題はあるが。


 結月さんは俺とアオイの顔を交互に見てから微笑んだ。


「いいよ。アオイちゃんを出したら私の動画も数字増えそうだし」


「ありがとうございます!」


 声色も自然と明るくなる。アオイの容姿のポテンシャルはかなり高い。有名ライトダンサーである結月さんのサポートがあれば人気が出ることは間違いなしだ。


「そういえばタツキはライトダンスやらないの?」


 立ち上がったままのアオイが俺を見下ろす。


「特にイケメンでない俺が踊ったところで、既存の視聴者は喜ぶだろうけど新規は増やせないだろうからな」


「大丈夫だよ。タツキ君。ライトダンスの加工の力は本物だよ?」


 結月さんは励ますように俺の肩を叩いた。ただその発言は、俺をフォローしてくれているつもりなのだろうか。まあどちらにしても俺がライトダンスで踊る予定はない。


「俺は俺でやりたいことありますので」


 もちろん俺がライトダンス内で、有名ライトダンサーが揃って真似をするような振付や、踊るための音源などを生みだすことができれば、俺がフォロワーを増やすこともできなくはない。

 しかしそれを生み出せる保証はないし、本業はユーチューバーなのだからより効果が確実な手段にリソースを割くべきだ。


「タツキはなにするつもりなの?」


「アオタツカップルの切り抜き動画を作ってライトダンスに投稿しようかなって。アオイは切り抜き動画とか見たことある?」


「ひろゆけとか時々見るよー。なんか人気がすごいよね」


「だったらイメージつきやすいと思うのだけどショート動画と切り抜きって相性がいいと思うんだよね。ライトダンスはゆーつべと違って自動で見る動画が表示されるから普段俺たちの動画を見ない層にも動画を届けられるし、短く切り取られた動画を気に入ってくれたらゆーつべの本編も見てみようかなって思うだろうし」


「えーっと、あの切り抜きとショート動画の相性がいいって、なにかそういうデータとかあるんですか? それはあなたの感想ですよね」


 アオイはやれやれとでも言いたげに、ショート動画で聞き覚えのある口調とともに肩をすくめた。


「根拠とかはないけど……」


 憶測でしかないからデータなどないし感想でしかないのだ。

 なにか反論はないかと考えていると、アオイは不満げに頬を膨らませた。


「あのさー、モノマネなんだからツッコミしてよ! スルーされると恥ずかしいじゃん」


 アオイは俺の作戦よりコミュ力に不満があるようだ。


「それはごめん。次から頑張るわ」


 力なく笑う。素人の安易なツッコミは、それはそれで勇気がいるのだから許してほしい。


「まあ、いいけど……」


 立っていたアオイがゆっくりと俺の横に座った。アオイの表情はどこか納得いっていいように思える。


「私はその積極的な姿勢いいと思うよ!」


 結月さんはアオイに笑いかける。するとアオイも笑顔で返した。


「ですよね! 前に出る気持ちが大事ですよね! タツキはちょっと保守的すぎるよー」


「確かに普通って感じだよね。大学で話しかけたときの対応も普通すぎーって感じだし」


「私がモノマネしてもスルーされるし……なにかタツキの面白いエピソードないの? 黒歴史とか」


「黒歴史か……」


 考える。

 女の子二人からダメ出しをされるとさすがに心が痛い。

 なにかアオイが満足するようなエピソードを話さなくては。アオイの心が遠く離れる前に圧倒的なトーク力で。街頭インタビューで他人に黒歴史を聞く機会はあってもいざ自分が話すとなればなかなか思いつかないものなのだ。


「爆笑ドリーマーズ時代の話とか」


 結月さんが提案する。

 過去を振り返る。

 爆笑ドリーマーズ時代の活動はほとんど動画として残っている。残っていないのは俺が追放されるときのやり取りくらいだ。


 そして思い出した。

 黒歴史と呼んでいいのか分からないが、俺の中学時代の努力の結晶の存在を。


「爆笑ドリーマーズは動画に出ているのがすべてだから何もないけど、その前の活動なら一応……」


「え、爆笑ドリーマーズの前もユーチューバーしていたの?」


 アオイが食いついた。

 俺はスマホを手に取り、ゆーつべを起動した。


「ユーチューバーってわけではないけど、オリジナル曲を作って歌っていた。昔好きだったカゲロウの栞プロジェクトに憧れて曲を繋げると物語になるみたいな感じで……」


「カゲロウの栞懐かしいなー。私も好きだったよー」


「私も好きだったな。動画が投稿されるたびにストーリーの謎が解けていく感じがワクワクしました」


 カゲロウの栞プロジェクトは動画投稿サイトに楽曲を投稿し、その楽曲を繋げると一つの物語になるプロジェクトだ。

 当時は絶大な人気を誇り、周りで聞いていない人なんてほとんどいなかった。結月さんとアオイも例外ではないらしい。


「俺もそれに憧れて作ったのですよね。壮大なストーリーを難解な歌詞で表現して。まあカゲロウの栞と俺の作品の違いは、全然人気がでなかったからストーリーは途中で打ち切られたことと、中途半端に自信があったからカゲロウの栞は合成音声ソフトが歌っているけど、俺は自分で歌っているところですかね。聞きます?」


「聞かせて。気になる!」


 アオイが身を寄せて、手に持っているスマホをのぞき込む。

 俺はゆーつべで「六兆年レコード」と検索した。再生数は五百回。七曲投稿した中で俺の最大のヒット曲だ。


 自分でも聞くのは数年ぶり。

 再生ボタンを押す。


 曲が始まる。

 スタートはピアノの音。そこからギターとベースとドラムの音が加わり、最後に俺が歌う。

 自分の声を聴くのはちょっと辛いがこれが黒歴史というものなのだろう。

 そして曲が終わった。

 アオイの部屋では沈黙が流れる。


「……どうだった?」


 何も言われないのが一番不安になる。アオイに視線を向ける。アオイの目は微かに赤みを帯び、一滴の水滴が頬を垂れた。

 この反応は一体……。


「安易な気持ちで聞くって言ってごめん……」


「それはどういうこと?」


「音痴……」


 さすがに自分でも上手いとは思わなかったが、まさか泣くほど音痴だとは。自己評価を改めなくては。

 結月さんの反応も気になる。

 結月さんは窓を眺めたまま固まっている。


「あのー、結月さーん?」


 声を掛けると結月さんはビクッと肩を震わせた。


「あ、ごめん。あまりにも印象的な鳥が飛んでいたから見とれていたの。ごめんね。決して気絶していたとか、無心にならないと耐えられなさそうだったとか、そういうことじゃないの! ただ鳥がね! 黙っていたけど私の趣味はバードウォッチングだから!」


 結月さんはやけに早口だ。フォローになっていない。

 そうか。俺の歌声はそんなに酷かったのか。


 昔の作品とはいえ落ち込む。

 制作者が黒歴史と認識しているだけあって、再評価されることなどなかったのだ。正直ちょっとだけ期待していたのだけど。


「俺の曲よりこれから人気になるための活動を頑張ろ! ね?」


 元気を絞り出してアオイと結月さんの顔を交互に見た。もう悲しくなるからこの曲の話はしたくない。

 アオイは人差し指で涙を拭ってから笑う。


「タツキの意外な一面が知れて面白かったよ。じゃあショート動画の撮影しよっか。ユイナさん。なにからしたらいいですか?」


「そうだねー。流行っている振付でまずは簡単なのから撮ろうか。アオイちゃんのアカウントを作って、私のアカウントで宣伝すれば一瞬で一万フォロワーは稼げると思うよ」


 結月さんは言った。

 一万人は確実と。

 でも俺の予想が確かなら、きっと一万人は通過点でしかないはずだ。

 アオイは結月さんに言われるがままライトダンスのアカウントを作り、ショート動画の撮影を始めた。


 結月さんの動きを見ながらアオイは体を動かす。素人だから俺にダンスの良し悪しは分からないが、結月さんが「アオイちゃんのダンス上手いよ! 初めてショート動画を撮ったとは思えないくらい」って言っていたのだから多分向いていないということはないはずだ。


 今後のアオイの活躍に期待するしかない。あとはアオタツカップルの切り抜き動画にも。

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