オリバー・レイヴンズクロフトはかく語りき
「マリールゥの幸せカフェにようこそ」
「理系オタクは推しキャラの夢を見るか?」
に登場する、マリールゥの元婚約者だったオリバーのお話です。共通の登場人物も出て参りますので、先に、前2作をお読みいただけますと、話がわかりやすいかもしれません。
なんでこんな事になってしまったのだろう。
後悔、そんなもんじゃ追いつかないほど、俺は今絶望している。
今日は、元婚約者であり今でも忘れられないくらい好きな人の結婚式だった。
何故か結婚式に招待されていた俺は、新郎の学友達、つまりは俺の同級生でもあるのだが、そいつらに囲まれて慰められて、そして泣いた。
俺が余りにも泣くものだから、周りのやつらは引いていたけど、とにかく元婚約者の彼女が神々しいほどに美しくて、本来なら隣に立っていたのは俺だったのにと思うと、切なくて泣けた。
*
そもそも俺は心の機微というものに疎くてデリカシーに欠けると良く言われる。つまりは剣一筋の脳筋野郎なのだ。
特に元婚約者とはうまく喋れなくて、彼女の魅惑的な赤い瞳と目があっただけで心臓がバクバクするものだから、さらに症状が悪化していった情けない男だ。
だからその胸のドキドキを必死で隠し、平常心を保とうとすれば、自然と睨みつけたようになってしまうのだった。
「オリバー様はわたくしの事がお嫌いなのですね?」
俺の女神は俺に死刑宣告をした。違います!違うんです!と答えたいのに、胸が苦しくなり感動で泣きそうになるのを抑えていたらさらに目つきが悪くなってしまう。
好きですと伝えられないまま、いつのまにか避けられる様になった。彼女が現れそうな場所に行っても、帰り道に待ち伏せしても全く会えない。遠目に後ろ姿を見るのか精一杯だった。
しかも愛しい彼女の隣には、あの恐ろしいほど美形で天才と誉れの高いクリスティアン・シェリンガムがいて睨みを利かせているので、偶然を装って邂逅するなんて全く無理だった。
それでも学院を卒業したら彼女と結婚するのだから、その時は思い切り甘やかして、彼女に与えた不安を払拭して愛を深めようと考えていた。
その日が待ち遠しい。俺は机の引き出しから、以前彼女が忘れていった刺繍入りハンカチを取り出して眺めた。赤い糸で刺繍がしてあるんだ。何の模様かわからないし、俺の頭文字とか我が家の紋章じゃ無いのが残念だけど。これは本当は俺はの贈り物だけど、俺の態度が悪いので忘れ物の振りをして置いていってくれてのだと思う。
(実は刺繍の練習用にユリアが刺して、マリールゥに見本として渡したハンカチを、うっかり落としてしまったと言う事実をオリバーは知らない。)
しばらくして、騎士団を管轄する父上の命令で、よからぬ噂のある娘を監視する事になった。その娘の実家の男爵家は薬物の違法取引をしているらしい。そしてこの摘発は国をあげての大仕事なので、俺には守秘義務があった。それに下品なその娘が嫉妬して、俺の大切な彼女に攻撃するような事があってはいけないから、出来るだけその娘をひとりきりにしない様にと細心の注意を払ったんだ。
俺のせいで彼女が怪我でもしたら、俺はもう生きてはいけない。あの娘は俺が見張り続けてやる。
気分はまるで婚約者の騎士様のつもりだった。
そうしたらいつの間にか婚約は解消されていた。
そして愛しの元婚約者マリールゥ嬢は彼女の義弟と新たに婚約を結び、そいつとの結婚式が今日だった。
俺が余りにも根性なしで、態度が悪かった事や彼女にきちんと気持ちを伝えられなかった事を深く詫びたら、済んだ事だからもういいですよと許して貰えた。だからといって結婚式に呼ぶなんてどんな拷問かよ。これはやはり俺への復讐なのか?
いや、こんな復讐を思いつくのは、あの義弟のクリスティアン・シェリンガムに相違ない。あいつは王子様みたいな外見をしているが、マリールゥ以外はみんな雑魚と公言して憚らない性格破綻者なんだからな!
だから俺は、マリールゥ嬢があいつと結婚して幸せになれるのかどうかとにかく心配で、まるで娘を嫁がせる父親のような気持ちで、結婚式を見守るつもりで参加を決めた。
そして恥知らずにもやってきて、その上号泣するというみっともない姿を晒してしまった。
この日、無礼講となった宴席で、「お前って本当にヘタレだったんだなあ。」と、同級生達から残念な子を見るように慰められ、その夜は全員で深酒をしたのは良い思い出だ。
*
俺は学院卒業後は騎士団に入団した。早くも6年目である。言い遅れたが父は騎士団総長をしている。近衛、第一、第二、第三とある騎士団の総元締めと言ってよい。だからといって優遇される訳ではない。騎士団は実力主義なのである。そして独身よりも妻帯者の方が信用があるのは、守るべき家族を持つと男はより一層真剣に仕事に打ち込むという、くだらん妄信のせいだ。
父上からは早く婚約者を作れ、婚約をすっ飛ばして婚姻でも良いぞと言われるが、とてもそんな気になれない。
婚約打診の話は来ていたが、俺は逃げ回っていた。マリールゥ嬢との事が小さなトラウマになっているようだった。
志願して辺境に行ったこともある。ようやく王都の騎士団に戻って、近衛への転属の打診を受けたのがつい先日のこと。
王都にいても剣以外に興味のない俺はやる事がない。だから休日は、元婚約者マリールゥ・シェリンガム侯爵夫人の営むカフェへと赴く。以前は王都から離れた場所にあったのだが、手狭になり王都へ移転してきたので、通いやすくなった。
シェリンガム侯爵夫人はニ児の母でもある。子どもが生まれても女神のような美しさは健在だと、専らの評判だ。
しかし彼女は高貴な身分なので店に立つ事はない。カフェを実質的に運営しているのは元婚約者のメイドだった女と俺の乳兄弟の男だ。こいつらは俺に対しては遠慮や忖度というものが一切ない。とりわけ元従者が俺をポンコツだのヘタレだのと罵る時の様子は、とても元主人に対する態度じゃないんだ。
「オリバー様、毎度毎度、ありがとうございます!」
にやにや笑いながらエドウィンは嫌味を言う。
「いやあ、しかしオリバーが甘い菓子をこれほど好きだとは思わなかったなぁ。それに休みのたびにやってくるってさ、騎士様ってのは暇なのかね。で、注文は?」
こいつ……乳兄弟で幼馴染のせいか、身分を隠し忍んでやってきている時の、俺に対する態度が最悪である。
「うるせぇな。今日のおすすめのふわふわパンケーキ⭐︎イチゴソースと生クリーム添え、それとレモンティな。」
注文を終えた俺は、自分が浮いていないかあたりを見渡した。いや本当は充分に浮いていると自覚はしている。何しろでかい図体の、目立つ容姿の男が1人でカフェにいるのだからな。
店内は殆どが女性だが、中にはデート中らしき男女もいた。見るとはなしにその男女を見ていたら、女の方が俺の視線に気がついた。別に羨ましいわけじゃないぞ。何を食ってるのか、気になっただけさ。
その女、いや、どう見ても貴族令嬢だな。少し古臭くはあるが上品なドレスを見に纏った若い女性が、なぜか俺の席までやってきた。
「失礼いたします。レイヴンズクロフト公爵子息様でいらっしゃいますか?」
小声でそう囁かれた。俺はその声にびくりと身体が震えた。
やや低めの、透き通るその声が耳に心地よかったのだ。普段の俺ならば無視するか、否と答えるのだが、ついつい正直に頷いてしまった。
「そうだが。貴女は?」
「いきなりお声をかけて申し訳ございません。わたくしはマリア・プラデリスと申します。父は王城で官史をしております。
本来ならこちらから話かけてよい身分ではございませんが、ここは王城ではなくマリールゥ様のカフェと言う事で、お目溢しいただけますでしょうか。」
「ああ、プラデリス伯のご息女か。お父上の事は存じている。騎士団関連の仕事を引き受けてくださっているからな。
俺は今日は騎士団の休みで忍んでやってきてるんだ。だから畏まらなくていいよ。気楽にしてくれ。
ところで彼氏を放っておいて良いのか?」
「あれは兄です。兄は明日から辺境騎士団へ赴任するのです。王都最後の日にこのカフェに行きたいけど、ひとりで入る勇気がないから一緒に行ってほしいと言うものですから。
注文を済ませましたら、公爵子息様をお見かけしたのです。兄はレイヴンズクロフト公爵閣下を尊敬しておりまして、ご子息にも是非ご挨拶申し上げたいと申しております。ご無礼を承知でお声をかけさせていただきましたの。」
マリア嬢の兄は立ち上がり、俺を見て深く頭を下げた。ここで騎士の礼をしない当たり、気の利く男のようだ。
なるほど顔が似ているから兄妹で間違いない。しかし、男一人でカフェに来るのはやはり恥ずかしい事なのか?俺なんて休みの度に一人で来ているのだが。
それから俺はプラデリス兄妹のテーブルに同席させてもらう事となった。カフェに男一人だという事が急に恥ずかしくなったのだ。
プラデリス兄のヨゼフは貴族学院の三つ先輩だと言う。マリア嬢はひとつ下の学年。2人ともあの卒業パーティでの一件は知らない筈だ。噂では聞いたかもしれないが。
パンケーキを分けあったり、お勧めメニューで盛り上がって、俺は心から楽しいひと時を過ごす事が出来た。マリア嬢の兄のプラデリス伯爵子息のヨゼフとも騎士同士で気が合うし、何よりマリア嬢の気取らない感じが良かった。
俺を公爵家の息子と知っていても特別扱いしない感じが良かったんだ。
*
先に帰るプラデリス兄妹を見送り、ふと気付くと隣にはユリアが立っていた。マリールゥ嬢の元メイドでこの店の店長である。
大切なお嬢様の心を傷つけた俺の事を忌み嫌っていても仕方ないのに、そんな事はおくびにも出さない上に、何故か馴れ馴れしい女だ。
ユリアは俺の従者だったエドウィン・サムシング伯爵子息と結婚した。そしてエドウィンは余っている爵位を親から譲り受け、今や子爵殿だ。
あの傍若無人なユリア・サムシングが子爵夫人なのである。
「オリバー様にもやっと春到来の兆しですわね。」
「何言ってんだ?ただ、パンケーキ食って話しただけだろう?」
「マリア・プラデリスは正ヒロインですからねぇ。美しい方でしたわね。しかし、このタイミングで現れるとは、恐ろしい子……。ゲームの力、侮れないわ。」
「お前は一体何の話をしているんだ?正ヒロインってなんだよ。お前達夫婦は時々理解できない単語を口にするよなあ。」
ユリアとエドウィン夫妻は変わっている。俺はこいつらと話していると半分くらいわからない時がある。
そんなユリアはエドウィンと初めて会った時に名乗りを受け、
「ぶはっ!ジーパン野郎じゃん。」と吹き出したそうだ。
エドウィンはその時のユリアが格好よくて惚れたと、うっとりした顔で言うのだが、俺にはジーパン野郎の意味がわからんから、それで惚れるエドウィンの感性を疑っている。
とにかく、ユリア・サムシングは変な女なのだ。
だが俺はこの変な女を嫌っているわけではない。元従者で乳兄弟で幼馴染のエドウィンは口が悪いがいい奴だし、その妻のユリアは変な女だがこいつも別に悪い奴じゃない。
ポンコツヘタレ野郎と俺を揶揄するのも本当の事なので仕方ない。そもそも、マリールゥ嬢と因縁のある俺をしあわせカフェに快く受け入れてくれるのだから、もはや友人と言っても良いのでは?とすら思っている。
尤もあいつは、金蔓とか試食要員だと思っていそうだよな。
「お気になさらず。それよりもオリバー様、お見合いはどうなりましたの?」
「ああ、それな。断った、と言いたい所だが、父上がどうしても見合いをしないと絶縁するぞと脅すんだ。だから次の休みに見合いする。」
「お相手はどちらのお嬢様なのですか?マリールゥ様のお知り合いなら、こちらにもいらして下さった事があるかもしれません。その場合はお力になれますが。」
俺はユリアを恨めしげに見た。マリールゥ嬢の友人が俺を相手にするわけないだろう?何たって、ヘタレポンコツ野郎なんだぜ?
「知らん。興味がないから聞いていない。俺は一生独身が良いのだ。一生心に秘めた女性を想って生きていくのだ。」
「なんです、いい年して厨二病ですか?オリバー様は、自己肯定感が低いのが難点ですわねぇ。顔良しスタイル良し身分良しの好条件が揃ってらっしゃいますのに。ヘタレはマリールゥ様限定だから、きっと上手くいきますわよ。」
「おいっ!難点って……。それに厨二病って何だ?不治の病か?」
ユリアはただ笑っていた。
まあ、いいか、本当の事だ。しかし今日は思いのほか楽しい休みになったので、俺はユリアの暴言を聞き流す心の余裕があったのだった。
*
さて、本日はお日柄もよろしく、見合いの日である。
レイヴンズクロフト家は由緒正しい公爵家なので、やたらめったら屋敷がデカい。その広大な屋敷の、だだっ広い庭園のガゼボで見合い相手のご令嬢と落ち合う事になっている。
なんでいきなり庭?と思っていたら、ユリア発案によるムード作りらしい。とうとうユリアは両親とも懇意になったようで、この見合いのあれこれを設定したと言うのだから、恐ろしいものがある。何を目指しているんだ、あいつは?
「おう、ポンコツ息子よ、頑張れよ!」
結局相手の名前は聞いていないが、父上はニヤニヤしていた。
俺は騎士団の正装でも着てやろうかと思ったが、どうせ断られるのだろうから大袈裟だなと考え直して、シンプルなグレーのスーツを着た。
元々顔立ちは整っているし体も鍛えていたが、騎士団に入ってから更に筋肉がついたので、中身を知らなければなかなかの男前じゃないか?と自画自賛しそうになる。
いかん、こんな事では相手に惚れられてしまう。期待はさせてはならない。断られるようにしなくては。
その為に俺は傲慢で嫌な態度を取るつもりだ。うまくやれるかどうかは相手次第といったところだろうか。相手のご令嬢が俺に興味を持ちませんように。
そして今日の見合いを壊すために、ある仕掛けも仕込んであるのだ。
*
ガゼボに着くと既に相手のご令嬢が座っており、庭に咲き乱れる花々を眺めている様だった。相手の侍女とうちの侍女が控えている。俺の後ろからはワゴンを押した侍女がついてきている。
「お待たせしました。遅れて申し訳ない。オリバー・レイヴンズクロフトです。うちの庭は貴女のお気に召しましたか?」
ふっ、俺だってこれくらいは喋れるのだ。
ご令嬢はすくっと立ち上がり振り向きざまに綺麗なカーテシーをした。
「初めまして、、ではございませんわね。
マリア・プラデリスでございます。今日はよろしくお願いいたします。」
そう言って和やかに笑顔を見せたのはあのマリア嬢だった。俺は驚きすぎて、後ろに立つ侍女を振り返った。
「お前っ!知ってたんだろう!それでさっきからクスクスと笑いを漏らしていたんだなっ!」小声でユリアを責めた。
「失礼な。そもそもお相手のお名前を確認しないオリバー様が悪いのでは?」
くそう、その通りすぎて、こいつに勝てる気がしない。
「あら、しあわせカフェの店長さん?どうしてこちらにいらっしゃいますの?」
「お見知り置きいただき光栄ですわ。わたくし、しあわせカフェ店長で、エドウィン・サムシング子爵の妻、ユリア・サムシングでございます。」
「失礼いたしました。ユリア様は子爵夫人でいらっしゃるのですね。これまでのご無礼をお許しくださいませ。それで何故ここに?」
「あー、それは、えっと、ユリア夫人、貴女は帰った方が良いのでは?ご夫君が待っているのだろう?」
作戦変更である。相手がマリア嬢なら嫌われて断られるのは辛い。寧ろこのままでも良い、ん?良いのか、俺。
「まあっ、オリバー様。わたくしと貴方様の仲ではございませんか!それにオリバー様に頼まれて「おいっ!帰れよ!」
いかんいかん、こいつは何を暴露するかわかったもんじゃない。何しろ見合いをぶっ壊す為の要員なのだから。
「いいえ、帰りませんわ!オリバー様は口下手で不器用だけど、中身はいい男なのだと言う事をマリア様に知っていただきたくて参りましたのですからね。」
ユリアは高らかに宣言した。
*
それから調子に乗ったユリアが俺に関する逸話を話していたが、エドウィンが現れて強制的に撤収してくれたから助かった。
マリア嬢は、ユリアの語る俺の情けない話を、時には楽しそうに、時には悲しそうに、とにかく興味津々といった面持ちで聞いていた。とりわけあの卒業パーティ事件は、もう恥ずかしくて俺は居た堪れなかったが、マリア嬢は違う感想を持ったようだった。
「レイヴンズクロフト様のご活躍で違法交易を取り締まる事が出来たのです。国民として感謝いたします。」と、あの耳に心地の良い声で告げられた時、俺の胸は苦しいほどに鼓動が速くなった。
それから先の会話の内容はよく覚えていない。
俺はただ見惚れて、そして聞き惚れていた、マリア嬢の唇から奏でられる至高の音色とも言えるその言葉に。
プラデリス伯爵家は決して裕福ではない。彼女の着ているドレスだって、質は良いが流行遅れの型だし、髪や肌の手入れだってそれほど行き届いているとは思えない。
それにも関わらず、父が俺の見合い相手に選んだのだ。そこには理由があるはずだ。
「先日、先程のサムシング夫人の店でお会いしたのは偶然ですか?それとも?」
「レイヴンズクロフト様には隠し事は出来ませんのね。」
「どうかオリバーと。わたしにもマリア嬢と呼ぶ事をお許し願いたい。」
うぉー!俺、頑張ってるぞ。名前呼びを願ったらマリア嬢は、「では、オリバー様?」と呼んでくれたのだ。あの、とても良い声で。
「質問のお答えですが。そうですわね、オリバー様のお父様、レイヴンズクロフト公爵様から、オリバー様は休日には必ずしあわせカフェで過ごされるから、普段の姿を知るならあそこへ行くのが一番だと、教えていただいたのです。」
何たる事だ!父上の仕業かっ!
「わたくしの父プラデリス伯は、生真面目一辺倒な人間なのですが、お恥ずかしい事に信頼していた親友に騙されて詐欺に遭い、財産を減らしてしまいました。その詐欺師を捕まえるのにお力になってくださったのが、レイヴンズクロフト公爵様なのです。
その公爵様が御子息と見合いをしてくれないかと、貧乏伯爵家の娘であるわたくしに、お話を持ってきてくださったのです。」
そしてマリア嬢は顔を赤らめながらこう言うのだった。
「我が息子ながら見目も良い。しかしながら女っ気は皆無だと。だから変な女に騙される前に、しっかりと自分の意思を持った女性にご子息を託したいと、そうおっしゃられましたの。」
俺は無言で頷いた。
「しかしながら、わたくしの家では持参金もままなりません。爵位云々ではなく、金銭面で到底釣り合いませんからとお断りしたのですが、公爵様は父の仕事ぶりを大層高く評価してくださいました。持参金も何も心配はいらないからと公爵様に押し切られて、お断り出来なかったのです。本当に申し訳ございません。」
「どこにマリア嬢が謝る必要がある?」
俺はあの卒業パーティで、婚約解消済みの相手に結婚を申し込もうとし、しかもそれを告げる前に相手の令嬢に逃げられたという、曰く付きの不良物件なのである。
好きな女性にきちんと向き合えなかった事で、評価を下げまくった男なのだ。
あの後、見かねた父が婚約者候補を見つけてきたのだが、傷心の俺には受け入れ難く、そうこうしている間に家格と年齢の釣り合う令嬢は一人減り二人減り。
しかし、嫡男であるからには結婚して子孫を残す義務がある。父は元々身分にはあまり拘りのない人だったが、伯爵家なら問題ないし、その上マリア嬢は容姿端麗で性格も良い、何よりあの声が素晴らしい。
むしろ、彼女が何故23歳になっても独身なのか、その理由を俺が知りたい。
きっと家の没落が原因なのだろうが、世の男どもは全くもって見る目が無さすぎる。
「わたくしのような、売れ残りの貧乏貴族の娘が見合いの場に現れてさぞかしがっかりなされた事でしょう。申し訳ございませんでした。
今日のことは、素敵な夢を見たと思って忘れませんわ。」
「ちょ、ちょっと待って。」
「お庭も素敵でした。こんなに見事な庭園、王城でしか見た事がありませんわ。とは言え王城にはデビュタントで訪れたきりですけれど。
オリバー様に良きご縁がありますことを心よりお祈りいたしております。」
そう言って、お伴の侍女に目配せすると綺麗な礼をして立ち去ろうとするマリア嬢を俺は全力で止めた。
「マリア嬢さえ良ければ庭なんていつでも見に来てくれたらいい。いや、庭ではなくてわたしに会いに来てくれたらもっと嬉しい。」
「え?」
「わたしは貴女との交際を検討してみても良いかと思う。
あ、いや、そうではなくて……」
「やはり違うのですね。」
いかん、マリア嬢の顔が曇ってしまった。
もう間違えるなよ、俺。言うべき時に言わなければ後悔しか残らないんだ。
「つまり!婚約などすっ飛ばして俺と結婚してくださいっ!
貴女が好きだっ!」
俺は無意識にマリア嬢に手を差し伸べた。マリア嬢は目を潤ませて、恥ずかしそうに差し出した手に、彼女の華奢な手を重ねたのだった。
*
それからは大騒ぎとなった。
俺はマリア嬢を逃してはなるものかと、手を繋いだまま父の執務室へと向かった。
そして中にいるはずの父上に声を掛けた。
「父上っ!マリア嬢に結婚を申し込みました。婚約期間など不要、直ぐにでも結婚したくお願いに上がりました。」
ドアが空いて父上が顔を出した。
「お前、そのデリカシーのない所をどうにかしないと、嫌われるぞ。」
あまりに大きな声で叫んだため、うちの使用人達や、プラデリス家の侍女も、唖然としている。
「早速、プラデリス伯爵に結婚の許可を貰ってきます。」
「落ち着け。それで本当に良いのだな?」
「良いも悪いも、仕組んだのは父上でしょう?」
「あーまあ、そうだが。マリア嬢の気持ちはどうなのかね。」
俺はガゼボからずっとマリアと手を繋いでいたことに今更ながら気がついて、握った手に優しくそっと力を込めた。
「……はい。オリバー様がお望みくださるのなら、わたくしはオリバー様と共にこれから先の人生を歩みたく存じます。」
こうしてオリバー・レイヴンズクロフト24歳、遂に嫁を娶ることとなったのである。
*
マリアとの結婚話はとんとん拍子に進んだ。式は3ヶ月後だ。もっと早くても良かったが、ドレスの準備に時間がかかるのである。マリアを世界一幸せで美しい花嫁にする為にそれくらいの我慢はしなければならない。
俺はしあわせカフェを訪れて、ユリア・サムシングに見合いの成功を報告した。
意外な事にユリアは大層喜んでくれた。
「意外だ。ユリアがそんなに喜ぶとは。」
「いえね、強制力を無視してマリールゥ様がオリバー様と連絡を取るように仕向けていたら、また別の未来があったのかと思いましたら、全てをバグで済ませたわたくしにも、責任の一端があるわけです。」
「何の責任だ?お前の言ってることは半分くらいしか理解出来んが、確かに別の未来もあり得たかもしれんが、俺はあれで良かったと思っているんだよ。」
「それは、マリア・プラデリス様と出会えたからですか?」
「ははは!野暮な事を聞くな。」
「まあ、彼女は正ヒロインですからね。どこかで登場するべきキャラですから。それにしても絶妙なタイミングには驚きました。
ま、まさか、マリア様にも記憶が?」
俺は、考え込んだユリアの背中を2、3回軽くどやしつけた。
「何をぶつくさ言っているんだ。本当に変な女だな、お前は。
だけどありがとう。本来ならお前には嫌われていてもおかしくないのに、ここまで親身になってくれて俺は嬉しいよ。
友人として心より感謝する。貴女の後押しがなければ纏まらない縁だった。」
ユリアは破顔した。
(だって、オリバーって面白いし、弄り甲斐のある男なんだもん。それに本当はいい奴なんだもんね。ただヘタレなだけで。)
「わたくしが友人だなんて、オリバー様ってほんと、友達いないんですねぇ。で、ご注文は何になさいます?」
「や、今日はこれからマリアとデートなんだよ。だから食べない。」
「おい、デートにはウチの店を使えよ。」
ドアを開けてエドウィンが入ってきた。エドウィンの後ろには……あいつがいる、クリスティアン・シェリンガムだ。
「やあ、オリバー君。久しぶりだね。結婚するそうじゃないか、おめでとう。結婚はいいよ。僕は毎日、愛する妻マリールゥと可愛い子ども達に癒されているよ。」
相変わらず嫌味な程に綺麗な顔をした男を見て、店内の女性客が騒めきだした。こいつの見かけに騙されてはいけない、こいつは性格破綻者だ。
だけど機嫌が良い俺は、ありがとうと答えた。
「一体どんな経緯で奥方と知り合ったのか、教えて貰えるのだろうね?」
だから、俺は彼らに高らかに告げよう。
オリバー・レイヴンズクロフトはこうして愛を知り、愛する伴侶を得る事になったのだと。
お読みいただきありがとうございます。
エドウィン・サムシングは転生者ではありませんが、ユリアが語る前世の日本の話が大好きなのです。
ジーパン野郎のくだりは、2つのブランド名が姓名になっている事がユリアのツボにはまりました。
デニムではなくジーパンと呼ぶあたり、ユリアの前世20歳没説はなんだか怪しくなりました。
マリアは転生者ではありません。父親が騙されて貧乏になってしまってので、貴族学院時代からアルバイトをしていたのでキラキラした男性達と知り合うきっかけがありませんでした。
オリバーと見合いする前まで家庭教師として働いていましたが、今は公爵夫人になるためのお勉強中です。