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火花の夜に  作者: ミズノ
14/22

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 電車が動き出した。車内には今夜の興奮の余韻を残っている。窓の外でミツヤが手を振った。

「昔のことをずっと引きずってた」

 試合が終わった後に力を抜くように、ヒロトが小さく息を吐いた。電車が速度を増し、ホームに見えたミツヤの背中が小さくなる。

 ヒロトは笑った。

「その時だけなんだよ。辛かったことも楽しかったことも。過去を眺めるのもいい、未来を思いを馳せてもいい。だけどよそ見ばっかりしてたら、今しか味わえないことを逃すことになるんだ」

「今回は悪かったよ」

「悪くなかった」

 その声は弾んでいた。

「俺は意外と楽しかったぜ。今を生きてる感じがした。何も見つからなかったのは、かえってよかったのかもな」

 ヒロトは今を見ている。僕は過去ばかりを見て、ミツヤはきっと遠い未来のことに思いをはせる。ここではないどこかのことばかりを考えて先に進めなくなる。

 池谷のことかな、と思った。

 電車が揺れ、急ブレーキがかかる。金属のこすれる音とともに電車は止まった。スピーカーから流れたアナウンスが不安になった乗客をなだめ始めた。

 ヒロトは窓の外をぼんやり眺めた。路線沿いの道には、会場までの誘導灯が並んでいた。けれど、先頭の車両はここからでは見えない。

 窓の外では、会場から駅に流れてくる客の一群が僕らを見上げていた。その中に、流れに逆らって走っていく一人の姿が目に入った。

「ミツヤ?」

 ガラスに顔を近づけすぎたせいでおでこをぶつけた。ヒロトが改めて外を見て、声を上げた。

 ミツヤは、もう終わりかけたの会場の方に一目散にかけていく。

「何やってんだ」

「おかしい」

 つい扉に手をかけていた。開くわけがない。ミツヤの姿はが角を折れて見えなくなる。そこで、電車は安全確認を終えて走り出した。

 次の駅で降り、反対車線の電車に飛び乗った。たった一駅の時間が、急いでいると無限に長く感じられる。

 改札を抜け、もと来た通りを駆け戻る。人の数はさっきよりずっと少ない。

「電話かけてみようか」

「かけないほうがいい、警戒されるだろ」

 入口にあった焼きとうもろこしの屋台は解体の最中だった。のれんを取り外し、テントを折りたたんでいる。ランプが消えた後に残った街灯の光はいつもより冷たい。

「捕まえようとしてるわけじゃない」

「弱みのひとつでも握ってやらないと不公平だ、お前もそう思うだろ」

 そればかりは否定しかねる。僕らはいつもミツヤに手玉に取られていたからだ。

「珍しいねこんなこと」

 ひとつ思い出した。

「ところでヒロトは」

「あ? なんだよ」

「ミツヤに何を言われてたの?」

 ヒロトは喉に何か詰まったみたい呼吸を乱した。

「馬鹿正直だな」

「僕も後をつけたほうがよかったかな」

「お前には無理だよ、そんな小賢しいこと」

 金魚すくいの屋台はすでに片付けられ、射的屋の的にはもう景品がない。屋台の明かりがところどころ欠けている。ミツヤの姿はどこにも見えない。

 僕らは走るのを止めて歩いていた。湿った熱気が肺に流れ込んできて、呼吸をするたびに蒸し焼きにされていくような感じがする。

「今年は来ないつもりだったんだけどな」

「僕だってそう」

「お前が無理やり引っ張ってきたんだろ」

「どっちかと言うとミツヤだけど」

 ヒロトは頭の後ろに手をやった。

「告白をした」

「え?」

「玉砕した」

「誰に?」

「食いつくじゃないか」

「当たり前だろ」

 ヒロトは女子の名前を上げたけれど、僕の知らない人だった。コイケハルコ、と、名前をつぶやいているが思い当たるところがない。

「同級生の名前を知らないなんてどうかしてるぞ」

 非難がましい目を向けられるのは最もだと思う。

「いつ?」

 走ったせいでおかしい気分になっていた。

「聞けよ」

 ヒロトは足を早めた。

「青春っぽくていいと思う」

「よかねえ」

「今日来てた?」

「会わなくて良かったと思ってたよ」

「失恋は辛いものじゃない」

「なんでだよ」

「失恋さえできない奴のほうが辛いからだ」

「ただの努力不足だ。お前らは真面目にやってないだけだ」

「運だよ」

「違う」

「だからヒロトじゃなくて運が悪かったんだ」

 ぐっと身を乗り出しかけたヒロトが腕を引っ込めた。

「そういうひねくれた考え方は嫌いだ」

 僕らは露店の並ぶ道の半ばくらいまで戻ってきていた。

「電話するか」

 ヒロトはもう諦めたらしい。

 後片付けをはじめた屋台の中に、まだ明かりの灯っている一件を見つけた。『大判焼き』ののれんは、まだ取り外されないまま残っている。けれど、テントの下では、鉄板やら調理器具やらの片付けをしているところだった。

「池谷!」

 池谷は台の向こうからのそりと顔を出した。

「店はもう終わった」

「ミツヤ見なかった?」

 池谷は怪訝な表情を僕に向け、それから僕の肩越しにヒロトを認め、小さく舌打ちをした。

「眼鏡のやつか? いたぞ。あいつは――」

 池谷は右手を上げた。この道をまっすぐに行ったのか、それとも路地を右に折れたのか、左に折れたのか。

「教えてもいいが、頼みがある」

「まだ残ってるんだから 早くなんとかして」

 テントの奥から涼しい声がした。後ろにまとめた髪が揺れるのについ目が惹かれた。背格好と声から、なんとなく僕らと同じくらいの年だとわかった。

「手伝ってもらうよ」

 池谷は彼女を振り返った。

「なに? どうしたの?」

 振り返った彼女は、どこかで見たことのある人だった。池谷は、愉快で仕方がないといった感じの笑み浮かべていた。お祭りが終わった後の余韻のせいか、興奮した様子だ。

「手伝ってくれたら教えてやる」

 彼女の前には、何かがうずたかく積み上げられていいた。小麦色の、丸い、ふわふわした何かが山を作っている。白いお皿の上にお城のようにそびえるそれは、大判焼きの山だった。

「作り過ぎなんだよ」

「生地を持って帰るのは大変でしょ」

「売る分だけ作ればいいんだよ」

「それくらい売れるかなと思って……」

「夢中で生地こねてるところを黙って見てた俺が悪かった」

 彼女は、悪びれた様子もない笑みを浮かべていた。さっきからずっとヒロトが黙ったままでいることに気がつくのには時間がかかった。

 僕らは、山とそびえる大判焼きを中心に、丸椅子を並べた。

「こんなにたくさんあると全然おいしそうに見えない」

 池谷に促され、僕はてっぺんの一個を手に取った。すでに焼きたての期間を終え、わずかなぬくもりが残るばかりだ。それでも、食べてみればふわふわとした食感と甘さがおいしい。

 池谷は段の一番下にある大判焼きを器用に抜き取った。

「二人は友達?」

「いとこ。叔父の店だ」

 叔父らしい姿は見あたらない。池谷はちょっとうんざりしたふうだった。

「私のお父さんの兄弟」

 そう言って彼女は大判焼きを頬張った。あれだけ大量の大判焼きを作った後にまた食べるというのはどんな気分なんだろう。『自分でご飯作ってると食べる気がなくなる』と父が言っていたのをぼんやりと思い出した。

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