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火花には二つの意味がある。ひとつは炎から飛び散った光の残滓のこと。もうひとつは花の名前だ。
一つの単語に二つの意味があることに興味を持ったのはマコトだった。マコトはどこかとぼけて見えたけれど、僕らの中で実は一番頭が良かったのかもしれない。
「聞いてる?」
僕らは話半分に聞いていた。授業の内容を基地の中で聞かされることがなんとなく嫌だったからだ。
僕らの秘密基地は山の中にあった。今にも壊れそうな扉を開けて中に入ると、正面の壁にはなぜか古い黒板がかかっている。マコトは、ビー玉くらいに小さくなったチョークで黒板を叩いた。かん、と気持ちのいい音がする。
「火花」
きれいな字だった。今になって思うと、すでにあの頃から、手先も大人との付き合い方も、男子よりも女子のほうがいくらか上手だった。
マコトは僕らの前に立って、不真面目な生徒三人を見下ろすように得意げな笑みを浮た。
「マコトは頭が良くていいなあ」
最初に口を開いたのはヒロトだった。小学生の頃のヒロトは雪だるまみたいだった。背が低く、顔も体も丸い。優しい見た目のせいでクラスメートにからかわれていた。そのたびに僕とミツヤはかばったり慰めたりしていた。
マコトは笑みを深くして返事の代わりにした。
「『ドウオンイギゴ』だな」
マコトに負けまいと口を出したのはミツヤだ。ミツヤは手先が不器用でスポーツも苦手だったけれど、僕らの中では一番物知りだった。自分の知っていることを話したがる。幼い頃から眼鏡をかけているせいで、大人しいわりに目立った。
五つ年の離れた兄がいて、僕らはよく遊んでしてもらった。自宅の一室にある部屋でよくカードゲームをやっていた。今、テーブルの上に並んだカードはミツヤの家から持ち出してきたものだ。
マコトは黒板の前に立ったまま僕らを見回した。
「夏祭りは一週間後です」
「またミツヤの家に集合だね」
ヒロトが言うと、マコトは首を横に降った。
「見に行く」
僕とヒロトは、テーブルの上に広げたカードから再び顔を上げた。
「どこに?」
ヒロトが聞く。
「火花の足元まで」
「駄目だよ」
ミツヤが反論する。
「どうして?」
「危ないんだ。目が見えなくなったり、やけどをしたりする」
「そうなの?」
僕もよく覚えていなかった。
「先生も言ってただろ」
「ミツヤは真面目だなあ」
とヒロト。
「それは違う。火花には秘密があるんだ」
マコトの声はどこか自信に満ちていた。
「どんな秘密なんだよ」
「見に行けばわかる」
「どうしてそんなことがわかるんだ」
「屋台のおじさんが言ってた。『もうあの場所に行くのは止めよう。帰ってこられなくなるかもしれない』」
夏祭りの光景がふっと頭に浮かぶ。左右に露店が並んだまっすぐな道がずっと先まで伸びる。遠くの黒い点はブラックホールみたいだ。火花が空に花開き、美しい光に心を奪われているうちに、黒い闇の向こうに飲み込まれてしまう。ただの想像のはずなのに、なぜか背筋を冷たい感触が走った。
「私達に見せたくないくらいもの凄いものがあったんだよ」
マコトは、僕らがいなかったら、そのまま勢い込んで走って行ってしまったかもしれない。
「ただの想像だろ」
ミツヤは不審げだ。
「ヒロトもそう思うよね?」
唐突に話を振られてヒロトは、僕とミツヤとマコトとを順に眺めてから、頭の後ろに手をやった。
「勝手に見に行ったら怒られちゃいそうだなあ」
前のめりなマコトに対して僕らは淡白だった。
「どうして信じてくれないかなあ」
「いつか行こう」
と言ったのは僕だ。マコトの目がぱっと輝くのに、僕は気が付かないふりをした。。なんとなくマコトの思い通りに進んでいくのが癪だった。
「お前の番だぞ」
急き立てるミツヤに僕は従った。不満げな顔のマコトを横目に、僕はもう一度テーブルの上に配置されてカード群に目を落とした。
火花の話はそれきりで終わった。その気になればいつだって見に行けると思っていたからだ。僕らの目の前には長い夏休みが控えていて、来年も、再来年も、僕らはこの場所で時間を過ごすはずだったからだ。けれど、その約束は永遠に果たすことができなくなった。
僕がその約束をもう一度思い出したのは、マコトが亡くなった後だったからだ。




