06. もう一つの存在の疑惑
俺の答えを聞いた千代美は、一瞬頷いた後再び彼女はこう言った。
「その言葉を待っていたよ、通君。では、未波さんーーー」
そうして、指をパチンと鳴らす。未波は眼鏡の底から目をキラリと輝かせ、
『了解です! 通さん、コマンスフォンを開いて下さい!』
と言い出してくる。いきなり人格が変貌した未波に少し驚いたが、俺は流されてコマンスフォンを開いてしまった。
『明日から通さんには研修を行っていただきます。そのためにはお使いのコマンスフォンに〈R project〉というアプリをダウンロードして下さい! 〈R project〉は我々ルクレチアにとって必要不可欠なアプリです。ダウンロード方法は、我々ルクレチアのトークルームにてワタクシが専用のアプリがあるアドレスを送りますので、そこでダウンロードして下さい。あ、ルクレチアのトークルームに関しては、千代美さんか他の部員さんに聞いてください。それでは、ワタクシはこの辺で〜』
未波は嵐のように喋って嵐のように通信を切った。俺は彼女の破天荒な行動に唖然としていた。千代美は横でフォローを入れる。
「すまないね、通君。彼女はあんな人なんだ。まあコマンスフォンを開いたついでに私が通君をルクレチアに招待するよ。IDを教えてくれないかな。」
俺は千代美にIDを教え、ルクレチアのトークルームに入ることになった。
その後、トークルームにて未波から送られてきたアドレス先に進み、〈R project〉を淡々とダウンロードした。夕方はほぼその時間で過ぎ去っていった。
「よし、これで完了だね。」
「ありがとうございます、中央先輩。」
「千代美で構わない。これから色々あるがよろしく頼むよ。」
千代美が俺にそう笑顔を向ける。そして、彼女は思い出したかのように加えてこう言い出してきた。
「そうだ。一つだけ警告しておこう。通君、君の持っているそのマイクロアクセサリーのことなんだが、それはなるべく肌身離さず持っておくように注意してくれ。それは我々ルクレチアにとっては、これからのラクロワとの戦闘において必需品となるのだ。」
「そう言えば……さっきから少し気になってたんですけど、マイクロアクセサリーってなんですか?」
俺は先程の戦闘で疑問に思っていたことを彼女に一つ質問した。すると、千代美は間を置いてこう答える。
「うむ、いい質問だ。よく聞いてくれた。マイクロアクセサリーというのは、コントラクターが所有するスピリットウェポンの仮の姿だ。我々はスピリットウェポンを使って、マシン・モードとなり戦闘している。」
「スピリットウェポン? マシン・モード?」
「おっと、すまない。耳にしない言葉を口にしてしまったな。要するに私達が戦闘で使用する道具と言った方が早いかな。私達の身の回りをよく見てごらん。」
千代美にそう言われて、他の部員の身につけているものをよく見て彼女達もその身につけているものを見せるようにしてくれている。
四ツ橋さんは先程のバレッタ。谷町は生徒会の時には付けていなかったネックレス。つるみはカチューシャ、神阪はさっき目にした俺とは違うブレスレットを身につけているのをしたり顔で見せつけ、千代美は両耳にイヤリングをしていた。
「本当だ……よく見ると、みんなアクセサリーみたいなのを付けている。」
「普通に武器を持っていると目立ってしまうし、物騒だろう? それに我々が反逆者だということを知られたら困る。なので、ミス・サウスポートが我々にスピリットウェポンを与える際にマイクロアクセサリーとして渡してくれたのだ。」
そう説明する千代美。
知らなかった。科学研究部の皆は、黒磯誠太郎にとって『反逆者』っていう扱いになるから身を隠すのも必死なんだな。それにしても、この事情を色々と知っている未波という女性は、黒磯の情報を色々と知っているみたいだが、一体何者なんだろう。
俺はそんなことを頭で巡らせていたが、ひとまず千代美には「大変ですね」と軽く相槌を打っておいた。
「では、遅くなってしまったため今日はここまでだ。明日は通君の研修を始めていく。皆も通君に指導するようにこれから協力してくれ。明日放課後に研修を行うので、ホームルームが終わったら理科室に集合だ。」
千代美がそう言い切った後、「それでは解散」と手を叩いて締めた。
そして、彼女は突然壁の前に先頭に立って、横にあったボタンのようなものを押す。
すると、突然何もない壁が突然動いて通路口となり、上へと上がる階段のようなものが現れる。
「え……まさか俺達のいたところって教室でもさっきの理科室でもなくて……」
俺は、思っていたことを声に出てしまった。そして、その思っていたことを横で答えるかのごとく、神阪がこう言う。
「ここルクレチアの秘密基地なんだ〜。科学研究部の部室である理科室と繋がっているんだよ。だから、ここ上がったら理科室だよー。変なところじゃないから安心して。」
皆が同じようにぞろぞろと階段を上っていくので、俺も後についていくようにして恐る恐る階段を上った。
初めての場所なのか、階段から登る通路の間は少し薄暗く不気味に感じる。彼女達はこんな暗闇のところに通るなんてなかなか勇気のある人達だ。しかし、『反逆者』とも呼ばれている彼女達だ。恐らくこれぐらい身を潜めないと他の生徒達にバレてしまう可能性があるから地下室に秘密基地を作ったのだろう。
そう思っているうちに出口と思われるような扉を見つけた。その扉の隣にはまたもやボタンのようなものが置かれており、千代美は平然とそのボタンを押す。
すると、扉は開き光が見えたので俺は皆に続いてその先へと進んだ。
「…………本当だ。理科室だ。」
日が暮れて遅い時間なのか室内が薄暗いが、理科室だったらどこにでもある人体模型に、実験で使うような試験管や実験台の机がある。
俺が呆けていると、最後尾で出たからなのか背後から自動で隠し扉が閉まる音が聞こえた。
「さて、皆ロゼッタ寮へ戻ろうか。」
千代美に言われて俺は大事なことを思い出した。そういえば今日は朝からずっと学園に入り浸りだったから寮の案内をまともに受けていなかった。
「通君は確か今日が初めてだろうから道案内ついでに一緒に行こうか。途中までは私達と同じ方向になるしね。付いて来なさい。」
「は、はい! ありがとうございます!」
千代美に言われて思わず返事とお礼を言ってしまった。すると、四ツ橋さんが俺の隣に近づいてくる。そしてーーー
「行きましょう、交野君。」
と言って、天使の笑顔を俺に向けてきた。
彼女の顔を近くであまり見たことはなかったが、西洋人形のように整った顔立ちと白い肌がとても綺麗だ。顔を覗かせるようにして彼女が俺を見ていたので、俺は思わず顔から身体の方にも目線がいってしまう。
神阪の情報でも聞いていたが、彼女は華奢な体つきにも関わらず、意外と出ているところは出ているのが目に入り、意識してしまう。
俺がそう思っているとーーーー、
「うっっわぁ……お兄ちゃんってば彩乃さんのことジロジロ見てるー」
俺と四ツ橋さんを割り込むようにするつるみの冷めた発言が聞こえた。つるみはすたすたと俺の横を通り過ぎる。
「交野ー、先行ってるねー。待ってよ、つるみちゃ〜ん!」
つるみを追うようにして神阪も俺の横を通り過ぎて走っていった。
つるみは何やらぶつぶつと独り言を呟きながら不貞腐れている。
「あーやだやだお兄ちゃんったら……絶対彩乃さんの胸見てたわー……男ってこれだから嫌になっちゃう……」
「まあまあつるみちゃん、そんなに怒らないであげてよ。交野もそういうお年頃なんだよ。男というのはどうしても女の子の色んなところに目移りしちゃうものだからね〜。」
「ふーーーん。そーなんだー……やっぱりどこの男も十中八九巨乳好きなのね……すん」
「でも、オレだけはどんな体型でもつるみちゃんを一万年と二千年前から愛してるよ♪」
「京ちゃん……」
聞こえてるぞ、バカップル。
つるみと神阪は小声で会話しているようだが、俺にははっきりと聞こえているような気がした。もしやこいつら俺にだけ聞こえるように喋ってるんじゃないか。後、神阪よーーーそれは、つるみを褒めてるのか貶してるのかどっちか分からない発言をしてるぞ。当の本人は全然気づいていないが、その発言はいかがなものだろうか。
俺は呆れた目で二人を見ていると、四ツ橋さんも同じように割り込んだからなのか我に返って少々照れ臭そうに笑っていた。
普段しとやかなのに年相応の照れた表情を浮かべてる彼女もなんだか新鮮で可愛いーーー俺は四ツ橋さんに気づかれないようにチラ見していた。
しかし、同時に背後から凍てつく視線を感じた。
そうだ。大事なことを忘れていた。もう一人今いるんだった。俺は背筋が凍る視線の対象に少し目だけ後ろを向くと、氷のように凍えるような冷たく鋭い目線で睨みつける谷町がいた。その眼は明らかに俺への嫉妬か憎悪の訴えに見える。その目つきに威圧感を感じた俺は危険を察知して、少し俺から離れたところを前に歩いていた神阪とつるみのところまで急速で走って逃げた。
「ま、待ってーーーー神阪ー俺も行くーーーー」
棒読みで俺は神阪に声をかけ、神阪とつるみの真ん中を入るようにして二人の背中を着地点代わりに両手でタッチした。二人のところまで走ってたどり着いたので、神阪は不審そうに俺を見る。
「どしたん、いきなり。ぜえはあ言いながら走ってきて。さっきまで四ツ橋さんときゃっきゃっうふふでここ居心地いいやーみたいなオーラを醸し出していたのに急に態度変えて変だよ交野。何かあったん?」
「……じょ、状況が変わって避難してきた……」
俺が答えている横で、つるみがボソッと「彩乃さんの胸ばっか見るからバチが当たったのよ」と言っているのが聞こえた。
つるみに言われるのは癪だが、こればかりは我ながら自業自得である。
少し息も整った時に俺はルクレチアの面子を見てふと気づいた。
そう言えば、さっき俺が気絶する前に助けてくれた人もルクレチアの一員だったんだろうか。そのことが少し気になって俺の左隣にいたつるみに聞いてみた。
「なあ、つるみ。そう言えばルクレチアのメンバー……ってか部員にここにいる人達以外もう一人いなかったか?」
すると、つるみは不思議そうな顔をして逆にこう聞いてきた。
「お兄ちゃん何言ってるの? ルクレチアの面子はここにいる人達で全員だよ。基本ラクロワが来たら私達部員全員がここに集合するって決まりがあるのよ。」
「え、そうなの? 黒地のコートの人とかって知らない?」
すると、つるみが急に過剰反応をし出し、
「黒地って……まさかラクロワ!? お兄ちゃん、大丈夫だったの!?」
と俺のことを心配しだした。確かに、黒地のコートと聞くと『ラクロワ』を連想させてしまうのか。ルクレチアの皆にとっては、脅威だから仕方ないよな。ひとまず、つるみには無事だということを答えておこう。
「いや、大丈夫どころかむしろ向こうがラクロワから守ってくれて助けてくれたんだよ。だからてっきりルクレチアの人かなって思ったんだけど……本当に知らないのか? つるみ。」
もう一度質問すると、つるみが首を傾げて俺の左隣にいた神阪に顔を覗かせて訊く。
「……聞いたことないよね、京ちゃん。」
「うん。オレもこの面子以外は見たことないや。」
神阪も同様に答える。その話中、先頭に立っていた千代美は小耳で俺達の話を聞いていたのか定かではないが、なぜか大きく溜息をついていた。
もしかしてこれは聞いてはいけないことだったんだろうか。あるいは、俺が見た黒地のコートの人は幽霊か何かだったのか。そうだとすると、今俺の言った発言は、俺がかなり痛いやつに聞こえかねない。これ以上詮索すると、無意味なような気がしたのでこの話を振るのは止めることにした。
そのタイミングなのか俺達は目的地であるロゼッタ寮にたどり着いた。
一見、ロココ調の建築物のような巨大な建物ーーーここがロゼッタ寮である。
入口に入ると、室内に大きなシャンデリアが飾られている。ここは、生徒数が多いため六階建てとなっており、一年は一階と二階、二年は三階と四階、三年は五階と六階になっている。そのルールがあるせいか一年ごとに各学年は進級する度に部屋を引っ越すことになるので、つるみは移動に大変だったと聞いたことがある。
それを考慮してなのか、ここには各学年棟同様にエレベーターが存在する。
加えて、この寮には各部屋ごとに白地に額縁のついている名刺プレートが部屋の入口に貼られている。その額縁は、各学年ごとに色が決められているらしく一年は赤、二年は青、三年は緑色となっている。
ちなみに幸い俺と神阪は男子のため、男子は現時点で三人しかおらず人数が少ないとのことで一階の空き部屋が改装されて一階に存在しているらしい。
「では、私達は各階の部屋に戻るとしよう。つるみ君、神阪君、通君に部屋を案内してあげてくれ。」
千代美がそう言った後、つるみと神阪以外の三人は自分の部屋へと戻っていった。
「四ツ橋さんともっとお話したかった……おのれ、谷町め……」
彼女達を見送った後、俺は小声で独り言を呟いたが、つるみと神阪に部屋を案内されることになったため俺は渋々部屋へと向かう。
部屋に着いた俺は、目の前の自分の部屋の入口に白地に青の額縁で覆われた名刺プレートが自分の名前であることを確認する。
「はい、ここがお兄ちゃんの部屋ね。京ちゃんの部屋の隣。」
「ありがとう、つるみ。……ところで、お前俺らの部屋なんてよく知ってたな。このエリアって男子エリアなのに。」
「だってよく来るもん。京ちゃんの部屋に。」
つるみが衝撃的な発言を淡々と口にする。ちょっと待ってくれ。こいつらはそこまで進展しているのか。第一、ここは基本女子寮だというのに女子が男子の部屋に来るというなんて本来は言語道断のはずではないのか。しかも『よく』ってなんだ、『よく』って。そんなに頻繁に来ているということは、まさかやることはやっているということなのか。
ツッコミが追いつかず、放心している俺を無視するように
「じゃ、あたしも部屋に戻るねー。」
と、つるみは立ち去っていく。俺が未だ硬直している横で神阪はまた明日ねー、と挨拶した後はなから気づいていたのかつるみの代わりにこう答える。
「安心して、交野。つるみちゃんとは交野が思っていること以上はやってないから。」
「!? 何で分かった!?」
こいつは俺の心が見えているのか。俺はベストタイミングで返事を返した神阪に驚いてしまう。それに対して、神阪は何がおかしいのか最初はぷぷぷと笑ってから、大声で笑い出した。
「分かったって……やっぱ交野って面白いなあ〜。交野は思っていることすぐ顔に出てるから分かりやすいんだよー。交野は絶対ポーカーフェイスとか苦手なタイプだね。」
「うっさい! そんなもんできなくたって言いわい。」
「ははは、まあいいけど。……でも、これからルクレチアの一員になるから、なるべく秘密を厳守しないといけないから他の生徒には気づかれないように気をつけてね。」
そう俺に真顔で忠告する神阪。確かに彼の言う通りだ。ルクレチアが対立するラクロワのボスは黒磯誠太郎ーーーつまり、彼女達は黒磯反対派という立場なのである。
対して、ロゼッタ学園の生徒達は黒磯のことを神だと讃えているため、もしバレたらルクレチアの皆が非難に遭ってしまう。
それだけは何としても避けたい。そのためにはポーカーフェイスとまではいかないが、秘密主義を貫いていかなくちゃいけないんだよな。
俺はゆっくりと頷いてこう答える。
「分かっている。科学研究部の皆の危機から守るために、俺もバレないよう心がけるよ。」
「うん、頑張れよ。オレも部員として、ルクレチアの一員として、現在進行形で秘密を貫く男になる! じゃ、交野。また明日ねー。」
そう俺に別れの挨拶をし、神阪は自分の部屋のドアを開ける。
しかし、入る前に神阪は一度立ち止まってこう言う。
「ちなみに……つるみちゃんとは変なことまではやってないけど、キスとかハグぐらいはやってるよー。じゃ、今度こそばははーい。」
神阪は何事もなかったかのように自分の部屋に入っていった。俺は再び彼の衝撃発言に頭が真っ白になった。
キスとかハグってーーーそれ結構やってることはやってるじゃないか。俺はシスコンというまではいかないが、やはり我が妹が余所の男と付き合って恋人同士でやっていることはやっていると聞くと、兄としてかなり躊躇してしまうものがある。あの落ち着きがなくお転婆でガサツなあいつが徐々に垢抜けていくと知ると、何とも言えない喪失感を感じてしまう。というか、自分の方が早く生まれているのに何だか追いつかれた感じがする。俺なんて四ツ橋さんと話をしたりすることでも緊張してしまうというのに。
そう思った時、窓から何やら声が聞こえた。加えて、何かが一瞬光り出したのが見えたがすぐに止んでしまった。
その後、寮の入口から誰か入ってきて、こちらの方角へ向かおうとしている人物がいる。
夕方で出会った生徒会長殿だった。
さすが、会長殿。さっき見たときも思ったが、じっと見ていると美形なのか白い学ランが際立っていて、似合っている。
同じ男でも服に着せられている俺とは大違いである。神阪はまだマシだが、彼らと比べると俺は顔がちんちくりんなので白ランが圧倒的に似合っていない。劣等感を感じる。
そういえば、彼も男性なので部屋は男子エリアに存在しているのか。彼には先程四ツ橋さんを探していた時に助けてもらったのでお礼を言わなくてはいけない。俺は男子エリアへと近づいてくる彼に声をかける。
「あの、生徒会長さん! さっきは教えてくれてありがとうございます!」
さりげなくのつもりが、思いきり大声を出してしまった。彼は俺に声をかけられてきたのに気づき、ピタリと止まる。そして、次に俺に振り向く。すると、彼は先程の無表情ではなく目を丸くするように驚いた表情で俺を見ていたのだ。まるで、声をかけられるということが珍しいかとでもいうかのように。そんなに声をかけられることに慣れていないんだろうか。
まあ無理もないか。彼は恐らくこの学園にいると、あんな容姿なのだから女子にモテてはいても無口無表情だから普段誰かと話していたりしないのかもな。コミュ力抜群なチャラい神阪とは確実に違うだろう。
そのとき、彼は間を置いてからこう返事を返してきた。
「……礼には及ばない。当たり前のことをしただけだ。」
なんと堅苦しいお返事だろうか。
この雰囲気から察するに、本当に話し慣れていなさそうだ。
しかし、それにしては妙にどこか目をうろつかせている。そういえば、さっきの謎の光と声がしてから彼が入ってきた。考えたら謎の光と声が聞こえてから入ってきたなんておかしい。ひょっとすると、彼は何か秘密を隠していてそれをバレたくなかったのだろうか。
もしかすると、彼はルクレチアやラクロワと関わっているのか。だとすると、さっきの黒地のコートの人と関係あるのだろうか。
「えっと……急に声かけてすいません。いきなり声かけて迷惑でしたよね?」
事情はどうあれ何か秘密があるとするならば、今の俺の大声は少々驚いても無理はない。俺はひとまず彼に謝っておいた。
「確かに驚いたが、声をかけることに迷惑はかけていない。気にするな。」
会長の返事が返ってくる。そして、彼は止まっていた足を動き、俺の部屋とは反対の神阪の隣の部屋の前へと止まった。恐らく彼の部屋なのだろう。
「後、俺はお前と同学年なので、敬語は不要だ。」
そう言って、会長は部屋へと入っていった。
そういえば、そうだったーーー生徒会長、貫禄ある雰囲気に見えるけど二年は珍しく男がいて、全学年合わせての三人だから考えたら同じ学年だ。同い年に敬語ってかなり赤っ恥ものである。
同学年か確認するために彼の名刺プレートを見た。青い額縁だ。間違いなく同学年である。何と恥ずかしい。
名刺プレートには、『御堂 和良』と書かれている。
「みどう……なんて読むんだろう。『かずよし』かな?」
恐らく彼は何か秘密を抱えていると思う。その秘密が何かは分からないが、きっとまた関わることがあるだろうか。
考えても仕方ない。一人で突っ立っていても何も意味はないからとりあえず部屋に入ろう。
そう思って俺は自分の部屋へと入っていった。