05. ユナイト
「どうなってるんだ、これ……」
俺は思わず独り言を呟いていた。自分でも信じられなかったからである。
四ツ橋さんーー彼女の対峙している人物は、見た目は人間の男性に見えるが顔はよく見ると青白い上に機械のような造りになっている。加えて黒装束の服装を身につけていて、彼女に複数のナイフを投げつけている。
対して、四ツ橋さんは左手で身を守りながら右手でナイフを跳ね除ける。そして、狙いを定めて素手と蹴りで攻撃しているのだ。
「無事かい? 彩乃君!」
四ツ橋さんの他にもう一人いる。彼女も四ツ橋さん同様に制服ではなく、自衛隊の迷彩服のような上着を着用し、同じ柄の短すぎる半ズボンに黒いストッキングを履いている。加えて、彼女の周囲に似たような黒装束の男達が襲いかかってきたが、彼らをライフルで乱射する。
「千代美先輩!」
四ツ橋さんは、千代美と呼ばれる女性の方を向く。無事だということを返事したそのとき、黒装束の男の一人が彼女の余所見を狙ったかのように襲ってくる。しかし、
「彩乃! 大丈夫?」
と言って、四ツ橋さんをかばう少女が現れる。
先程出会った生徒会の少女、谷町だ。
彼女もまた制服とは違う服装を着ており、紫色の軽装な鎧を身に纏い、青銅でできているかのようなミニスカートを着用している。そして、四ツ橋さんを襲ってきた相手を剣で薙ぎ払っている。
「紫、ありがとう。とりあえず私は平気よ。」
四ツ橋さんがそう答えるが、膝に深い傷がついており、少し出血していた。加えて痛かったのか苦しそうな声を漏らす。それに気づいたのか谷町は心配そうに、
「どこが大丈夫なのよ。血が出てるじゃない!」
と返す。そのとき、複数の黒装束の男達が彼女達の頭上から飛び降りてくる。谷町が怪我をしている四ツ橋さんを守るようにして一体一体倒していくが、一度に襲いかかってくるのか追いついてなく途中で剣で身を構えていた。
「紫さん、彩乃さん、そこどいてー!」
そんな敵陣に降りかかるが如く、何者かが鉈のような武器で男達を命中する。かなり短めのキュロットズボンにヘソを出していて、エメラルドグリーンのような緑を基調とする上着を着ていて、武器を後ろで引きずっている。露出度の高い服装で目立って、一見分からなかったがよく見ると彼女はーーー俺の妹のつるみだ。
「ここはオレたちにまかせてよ、二人とも!」
つるみに次いで現れたのは、つるみが男達に振り下ろしたかのようにハンマーでなぎ落とした灰色を基調とした活動的な軽装の戦闘服を着ている神阪だ。
すると、神阪とつるみはお互いを背に向け、足の裏を向ける。
「行くよ、京ちゃん!」
「おうよ!」
掛け声と同時に、二人は瞬時に走り抜けながら敵陣に向けて雪崩れるように叩きつける。
俺は今、さっき話していた彼女達のもう一つの一面をこの目で焼き付いているのか?
そう呆然としていると、俺は千代美という女性と目が合ってしまった。視線を感じた俺は思わず隠れるようにしてしゃがんでしまった。
何やっているんだろう、俺。
俺は、ただ四ツ橋さんに声をかけたい、話しかけたいはずだったのに。まさか彼女があんな危険なことに絡んでいるなんて。
それだけじゃない。今日のあの現場を見て俺は皆がどこか遠いところにいるように感じる。
気がつくと、俺は別館の一階まで辿り着いていた。しかし、今ここから出て行くと確実に彼女達に見つかる。
見つかったからといって何になるんだとも思うが、多分触れてはいけないことなのだろうということは痛いほど分かる。
関わっちゃいけない。
しばらくして、落ち着いたらここから出よう。それまで、ここで待っていよう。
そう思った瞬間だった。
「きゃあああああ!」
四ツ橋さんの声だ。
俺は思わず建物の影から彼女の声のする方へ向くと、彼女は全身に傷が付いた状態で倒れていた。先ほどの膝の部分のところの傷が悪化しており、服も敵に攻撃を受けられたのか数箇所破れている。
「彩乃、しっかりして! 彩乃!」
谷町が四ツ橋さんのところへ駆けつけ、項垂れている四ツ橋さんを支える。
『落ち着いて下さい、紫さん! ワタクシの指示に従って緊急メンテナンスシステムを!』
谷町のコマンスフォンの画面が自動的に起動し、謎のアナウンスが流れた。谷町はそのアナウンスに従いながら、四ツ橋さんに応急処置をとっている。しかし、四ツ橋さんの怪我は重症で、膝の部分の血が滲み出し、回復が追いついていない。
俺はなぜあのとき逃げようとしたんだ。避けようとしたんだ。関係ないと思って関わらないようにしたんだ。
四ツ橋さんは、俺や学園の皆が知らないところでこんなに一生懸命頑張っていたっていうのに、どうして逃げようとした。
他の皆もそうだ。
谷町も、つるみも、神阪だって、あんな危険な敵と戦っている。皆、立ち向かっている。
それに比べて、俺はダメだーーーこの戦場に無関係な一般人としてしかただ見てるだけしかできない。あの場にいる皆を助けることができない。
憎い。非力な自分が憎い。こんなところで好きな人も助けられないなんて。
「四ツ橋さんを助けたい……」
俺はそう声を漏らしてしまい、気持ちが込み上げて泣いてしまっていた。
そのとき、どこからか足音が近づいてくる。
「ならば、少年。力を貸してくれないか?」
顔を見上げると、その声の主は千代美と呼ばれていたあの女性だった。
「貸すって……どうやって?」
「先程君を見たとき、私は直感したんだ。君は《ユナイトシステム》を使える男性ではないかと、ね。」
千代美はそう言う。恐らく俺があのとき、彼女と目が合った瞬間にそう察知したのかと思われる。
「ユナイトシステム……?」
「ああ。《ユナイトシステム》を使えば、私達コントラクターの力を強化できる。」
そう言った次の瞬間、彼女はブレスレットのようなアクセサリーを俺に差し出してきた。
「これは《ユナイトシステム》が使えるマイクロアクセサリーだ。一度つけてみてくれ。」
俺は彼女にそう言われ、恐る恐る手に取りマイクロアクセサリーと呼ばれるブレスレットを装着する。一見何の変哲も無い銀のブレスレットに見えるが、よく見ると小さくガラス玉のような赤い宝石がある。
「これは……?」
「その赤い石のところで、私達のユナイト部位を当て、《ユナイト》と唱えることで効果が発動する。」
「ユナ……イト? 部位?」
俺は彼女の言っていることがいまいちよく分からなかったが、彼女の凛々しい瞳と凛とした佇まいに圧倒されて、不思議と妙な説得力を感じた。恐らく、このユナイトシステムを使えば四ツ橋さんを救えるのではないかということが伝わる。
『詳しい説明は後デース! とりあえずしのごのうじうじ悩んでる暇があったらさっさと《ユナイト》してくださーい!』
俺が頭を巡らせると、先程谷町のところから流れたアナウンスと同じ声が聞こえた。千代美は、
「おっと、ミス・サウスポート。そんなに急かさないでくださいな。これから私が彼を誘導しますので。」
と言って、通信越しにいる謎の女性を宥める。そして、再び俺にこう言う。
「まずは、彼女のところまで来てくれ。」
俺は千代美に手を引っ張られ、あるところに連れて行こうとする。着いた先は、倒れている四ツ橋さんと谷町のところだ。
谷町が手当てをしていたのか四ツ橋さんの膝は何とか包帯で止血はされているが、膝以外にも致命傷があったのか息遣いが少し荒い。
その横で谷町は案の定、俺の顔を見てぎょっとする。
「あんたはさっきの……! どうしてここに!?」
「私がスカウトしたのさ。先程、私が彼を見た瞬間、彼は《ユナイトシステム》が使える男性だということが分かった。」
千代美の言っていることを聞いて驚愕する谷町。四ツ橋さんも意識が朦朧としている中で、『ユナイトシステム』という言葉に反応している。
「《ユナイトシステム》って……あの《ユナイト》を使える能力のことですよね? 《ユナイト》は選ばれた人間にしか使えない伝説の能力って言われてるんですよ? それを彼に使えるんですか?」
不審そうに俺を見つめる谷町。すると、横でコマンスフォンの画面が開き、先程のアナウンスの女性が割り込んでくる。
『失礼な! 彼はれっきとした《ユナイトシステム》を使える人間ですよ! ワタクシが千代美さんにそう教えてあげたんです!』
通信越しにぷんぷんとした態度で怒るアナウンスの女性に対して、谷町は訝しげに俺を見る。
「未波さんが言っているのなら間違いないのでしょうが、やっぱり信じられません。」
「そんなに信じられないなら今ここで見せてあげようか? 少年、紫君に見せてあげなさい。」
千代美が谷町に言った後に俺に振る。
「……え? ちょ、ちょっと待ってください! 見せるってどうやって……!?」
「先程マイクロアクセサリーを渡しただろう? そのマイクロアクセサリーを彩乃君のユナイト部位に翳すんだ。」
千代美が俺がマイクロアクセサリーをつけている右手首を示すために、自分の右手首で翳すジェスチャーをして指示する。
『ちなみに彩乃さんのユナイト部位はーーー頭です!』
通信越しから聞こえる未波という女性が俺にユナイト部位を教えてきた。
千代美と未波は俺にユナイトシステムを使うよう誘導している。谷町は未だ反対しているが。
この腕輪でーーーマイクロアクセサリーというもので本当に四ツ橋さんを救えるのだろうか。
「か……交野君……助けてくれるの?」
四ツ橋さんは、言葉がおぼつかない状態ながらも潤んだ瞳で俺に尋ねてくる。
そんなの決まっている。
死にそうになっている好きな子を助けない人間なんてーーーいない。
好きな子が助かる方法があるのなら、それは実行しなきゃいけないじゃないか。
「やります。」
俺の答えは、イエスだ。
俺は四ツ橋さんに近づき、恐る恐る彼女の頭部にマイクロアクセサリーを近づける。すると、マイクロアクセサリーからピピピといったアラーム音のような音が聞こえ、赤い石が点滅している。先程千代美さんや未波さんが言っていたユナイト部位に触れるとこうやって反応するのか。俺はユナイト部位に当てた瞬間、千代美に言われたように唱えた。
「ーーー《ユナイト》」
その言葉を唱えた瞬間、眩しい光が輝き出した。《ユナイトシステム》の能力が発動したのか四ツ橋さんの傷が癒え、身体が徐々に回復していき、四ツ橋さんの呼吸が安定していっている。
「これが……《ユナイトシステム》の力?」
思わず驚いてしまい、声に出てしまった。千代美が頷いてこう言う。
「そう。《ユナイト》は、コントラクターを守り、強化させ、そして回復もできる能力を持っている。我々コントラクターにとって、必要不可欠な力だ。」
気がつくと、四ツ橋さんの身体が起き上がり、動作確認のために自分で手をグーパーで動かしていた。谷町はその状態を見て目を丸くしている。
「嘘……信じられない……。本当にあなたが《ユナイトシステム》が使える唯一の男性ってこと……?」
そう俺を見る谷町。自分でも信じられない。さっきまで瀕死状態に陥っていた四ツ橋さんがまともな状態になるぐらいまで回復しているなんて。《ユナイトシステム》って、一体どんな末恐ろしいものなんだ。
そう思っていると四ツ橋さんが俺に声をかけてきた。
「交野君」
「は、はい! 何でしょう!」
「助けてくれてありがとう。本当に交野君は、あの《ユナイト》の能力を使えることができるのね。」
四ツ橋さんは、俺に優しい笑顔を向ける。あのとき、職員室まで案内してくれた優しい笑顔。
俺は今、《ユナイト》の力でこの笑顔を救っていたのか。
すると、四ツ橋さんは突然俺の手を取る。
「へ!? 彩乃!?」
谷町は四ツ橋さんが俺に対して取った行動に驚いている。俺は突然の彼女の行動にどぎまぎしている。
「よ、四ツ橋さん……?」
「交野君、私に力を貸してほしいの。」
そして、四ツ橋さんは立ち上がり、足を屈んで、俺に手を伸ばす。
「私と、《ユナイト》してくれませんか?」
俺に向けてそう言う四ツ橋さん。
彼女は、俺を必要としているのか? そんなにこの力がすごいのか?
少なくとも、千代美さんと未波さんは伝説の能力だと言っていた。選ばれた人間にしか、選ばれた男性にしか使えない能力だと。
俺にしか使えない能力ならば、それは使うしかない。《ユナイト》は、俺にしか使えない能力だ。それが四ツ橋さんの力になれるなら、俺が彼女を救えることができるなら。
「はい。」
俺は彼女を救うために肯定を選んだ。
承諾した俺に対し、四ツ橋さんは屈んだ体勢のまま俺に頭を向ける。俺は彼女の頭に向けて、こう唱えた。
「ーーー《ユナイト》!」
すると、先程とは違ってバチバチと大きい音がした。その音が鳴っている間、四ツ橋さんは顔が赤くなり悶えている。
「……あっ」
何かを我慢していたのか、高く艶やかな声を上げる。よく分からないのだが、四ツ橋さんが苦しそうだ。大丈夫なのだろうか。
しばらくすると、バチバチという音はなくなり、同時に四ツ橋さんの目の色が変わった。
次に素早くジャンプして対象である黒装束の男を一人拳で瞬殺する。
先程の四ツ橋さんは、ただでさえ割と強かったのだが、それでも黒装束の男を倒すのに多少の時間はかかっていた。谷町やつるみ達の加勢がなければ、一人では追いついてないはず。
でも今の四ツ橋さんは違うーーー強さが尋常じゃない。
「これが……《ユナイト》の力……?」
四ツ橋さんは、対象の敵を倒した後に宙に浮いていた状態からゆっくりと地上に降りていく。俺は彼女のところまで駆けつける。
「四ツ橋さん、大丈夫?」
「ええ、平気よ。むしろ元気なくらい。」
四ツ橋さんはそう言って、腕を軽くストレッチしていた。しかし、さっきの四ツ橋さんの悶える表情が俺は少し気になっていた。
「その……さっきはごめん! なんか2回目の《ユナイト》をしたとき、苦しそうだったけど……大丈夫?」
「それも平気よ。こっちこそ驚かせてごめんね。その私……ユナイトするのって今までなくて……初めてだったから少し緊張しちゃって、思わず声を上げちゃったのよね。」
四ツ橋さんがなぜか恥ずかしそうに頬を赤らめているが、無事ならばよかった。そう思っているとーーー、
「きゃああああ! 追いつかないいい!!!」
と、つるみの五月蝿い叫び声が聞こえる。
つるみの方を向くと、そりゃ叫ぶのも無理はない。黒装束の男が集団でつるみのところまで集まっているのだ。
「待っててね、つるみちゃん! 今すぐそっちまで行くわ!」
そう言って、四ツ橋さんはびゅんと俊敏に移動した。これももしかすると、一応ユナイトの力なんだろうか。
「つるみ君、今そちらに向かおう!」
「私も行くわ!」
残りの二人も加勢しに行った。さっきのことが何事もなかったかのように。
「え……あの、皆さーん……」
そんな俺の声も虚しく、皆は戦いに必死である。一気に一人になった。
「えっと……俺はどこにいておけば……」
独り言を呟いているそのとき、途端に体がふらつく。そして、激しい目眩が俺を襲う。
これは、もしや『ユナイト』の副作用なのか?
そこに運悪く黒装束の男が俺を襲ってくる。
「まずい……こんな状態で…………逃げられない……」
意識が混濁する中、俺と黒装束の男の間に、黒地のコートを着ていた人物が割って入り、黒装束の男を倒した。後ろ姿であるので、男か女かは顔がよく見えない。
そうしているうちに俺は視界が真っ暗になった。
気がつくと、俺は眠っていたようだ。第二別館前とは違う場所にいる。
「お目覚めかな。交野通君。」
目の前には、綺麗な顔立ちをした美女が俺の顔に近づいていた。
俺は思わず後退りしてしまう。
「ぎゃああああああ!」
「ぎゃあとは失礼だぞ、通君。私がここまで君を運んであげたのに。」
右頬を軽くぷくっと膨らまし、少しおどけた様子でふてくされる美女。
その美女は、毛先がウェーブになっている長い黒髪を持ち、制服を着ていたが、声をよく聞くと、先程会話をしていた千代美だった。
彼女の周囲を見回すと、心配している四ツ橋さんやジト目で睨む谷町、加えてつるみが神阪にべったりとくっついてる状態で俺を見ている。
「では、改めて紹介しようか。私の名は、中央千代美。この科学研究部の部長を務めている者だ。」
千代美が自己紹介をする。
その後、千代美が順番に他の皆も紹介していく。
「彼女は四ツ橋彩乃君、谷町紫君、神阪京司君に……まあ、つるみ君は君の妹だから紹介は不要かな。」
「部長……あたしのこと蔑ろにしてません? 説明するのが面倒くさかったから省きましたよね、今……」
「ちなみにオレ達、カレカノなんだよねー。」
説明するのが面倒臭かったのかどうか定かではないが、つるみの紹介を飛ばした千代美に対してツッコミを入れるつるみ。
そして、どさくさに紛れて神阪は自分とつるみが付き合っていることをカミングアウトし始める。
ーーーーーん?
「え!? おま……つるみ、いつから……ってか、俺の情報を何となく知ってたのって……」
「そ! つるみちゃん情報〜♪」
しかも『交野さん』から『つるみちゃん』って愛称になってるし。こいつ、つるみと付き合ってかなり経ってるぞ。
「もう、京ちゃん! 勝手にバラさないでよ!」
「えー? いーじゃんいーじゃん。どうせそのうちバレるんだし、初めのうちに言っちゃっといた方が。」
「だけどぉ〜……」
つるみがぽかぽかと神阪を軽く叩き、神阪はつるみにへらへらと笑っている。いつも気が強く女気のない過激なつるみが完全に女の顔である。神阪め、リア充な上に俺の妹に手を出していたなんてーーーいや、怪獣を手懐けたといったほうがいいのか。将来は大物だな。
俺がこのバカップルを見て唖然としている横で、四ツ橋さんは苦笑いをし、谷町は手を頭に当てて呆れていた。
「まあそれはさておきとしておいて、ここにいる皆は科学研究部の部員だ。ただし、表向きはね……」
千代美が話を戻して、部活動の勧誘をするのかと思いきや、千代美の表情が突然真顔になり、声のトーンが低くなる。
「我々の本当の名は、『ルクレチア』。先程私達が戦っていた『ラクロワ』を駆逐する秘密組織だ。」
「ルクレチア……?」
「ああ。通君、この世界は黒磯誠太郎という人物が救ったといわれた話を昔聞かされていただろう?」
「はい、知ってます。小さい頃親におとぎ話の代わりに聞かされたこともありました。」
「ーーーその『ラクロワ』のボスこそが、黒磯誠太郎なんだ。」
千代美が衝撃的なことを口にする。
黒磯誠太郎は、『機動歴』の時代を作った人物であり、英雄と呼ばれており、ロゼッタ学園とクルセード学院の創設者だ。
その彼が、さっき戦ったあの黒装束の男を従えてるなんて。
「最近、この学園でその男達が学園の生徒を襲っており、我々科学研究部がその男の詳細について調べた結果、彼らは『ラクロワ』と呼ばれている団体で、そのボスが黒磯誠太郎であることが判明された。先程全身が黒服の男達がいただろう? 彼らは『ラクロワ』の"予備軍"という者だ。」
「そ、そんな信じられない! どうしてそんなことを……というか、何でそんなことが分かったんですか?」
「原因は私達にも定かではない。ただ、彼が『ラクロワ』のボスだという詳細は、ミス・サウスポートが教えてくれたのだ。」
千代美が答えた途端に彼女の後ろにあった大きいスクリーンの電源が付き、腰まで長く伸びたボサボサのお下げ髪の瓶底眼鏡をかけている女性が現れた。
『ハーイ、お初にお目にかかりマス! ワタクシ、この科学研究部の顧問代理もとい〈ルクレチア〉の司令官の未波・サウスポートと申します! 以後お見知りおきをー』
未波が軽く礼をする。『ラクロワ』のボスが黒磯ということを知っているこの未波という女性は一体何者なんだろうか。
『ワタクシ達がやっていることは、本来ならば黒磯誠太郎に対して反逆する行動をしているため、知られてはいけない事実デス。そのため、ワタクシ達のこの行動を見た者は、記憶を消してもらうかこの部の部員としてコントラクターになるかの二択となっております。』
俺は彼女の警告を聞いて、血の気が引いた。
記憶って、どの部分からどの部分までなくなるんだろう。
四ツ橋さん達が、『ラクロワ』と戦っているというところまでか、神阪や谷町、千代美さんと出会ったところや四ツ橋さんと出会って彼女のことが好きになったところからなくなるのか。
いずれにしても、俺の中の記憶から四ツ橋さんが消えたら彼女のことを二度と救えなくなるかもしれない。
あの笑顔が見れなくなるかもしれない。
四ツ橋さんのこと、好きになる機会がなくなるかもしれない。
「だが、君が『ルクレチア』もとい科学研究部に加入し、コントラクターになれば話は別だ。」
俺の困惑する思いを見透かしたのか、それともたまたま言ったのか俺の迷いを覆すかのように言った千代美。そして、彼女はこう言う。
「通君、科学研究部に入部して、我々と共に戦ってくれないか?」
千代美の威厳あるその姿勢と彼女の問いを聞き、俺の答えはもう決まっていた。
四ツ橋さんのことを好きでいられるのなら
四ツ橋さんの笑顔を救えるのならば
この部のみんなの力になれるのならば
この学園を救うことができる方法があるのならば
この《ユナイトシステム》で全てが救えるのならば、俺の答えは決まってる。
「……分かりました。入部します。コントラクターになります。」
俺は彼女の問いにそう答えた。
今となっては正しかったのだろうか。まちがっていたのだろうか。
このときの俺はまだ知らなかったのだ。
この俺の決断が、これからの運命を翻弄することになることを。