6話 愛
すぐに向かったのは『猫部屋』だ。
お気に入りの猫たちを抱っこし、猫を抱っこし、猫と寝転がる……
猫じゃらしで飛び跳ねさせたり、おやつをあげてみたり。
時には大型猫、猛獣とされる彼らのスペースに行き、彼らの様子を眺めたりもした。
「本当に、ダブルは動物が好きなのがわかる! 私も好き!」
「そうだね。私はネコ科の動物が、特に好きだね」
「犬は?」
「彼らは従順なところがいい。でも、猫は気まぐれな感じがいい。……やっぱり、猫が好きかな」
二人の時間は一分一分減っていくが、だがその分、二人のデータが積み重なっていく。
ダブルも記憶はないものの、残りの感情データが作用しつづけたせいか、出会ったばかりの雰囲気に戻っていた。
6時間のスリープをおいても、ダブルの様子はそれほど変化がなかった。
確かに、足りなくなった感情の隙間を、残されたデータで無理矢理結んでいる『心』ではあったが、彼は彼でいられている。
「まさか、最後がこんなに充実して過ごせるとは思っていなかった」
「私のおかげだね、ダブル」
ゼロは猫を抱えて、まるで猫がしゃべっているように話してくる。
ダブルはそれに笑い、真似をする。
「ありがとう、ゼロ」
猫といっしょにおじぎした顔が、可愛らしくゼロには見える。
お互いに、よく笑い、よくしゃべり、そして、ダブルが空を眺める最後の時間になる────
「ダブルが空を見る時間だ」
猫部屋からダブルを連れ出すと、ゼロは外が見えるデッキへと移動していく。
「ここだよね?」
ドーム型にある窓は空全体を見渡せる。
空といっても、ここは宇宙のため、真っ黒なのだが、それでもあちこちに星が浮かび、星雲もあり、美しくはある。
「ここで何を見るんです?」
ゼロが言うと、ダブルははにかみながら、微笑んだ。
「ここで見ていたのは、あなたの寝顔です」
その言葉に、ゼロは止まった。
理解ができない。
なぜなら、自分はここにはいなかったからだ。
「………? 意味が、ぜんぜんわかりません」
「そうでしょうね。あなたの寝顔を、ここでループさせて、眺めていたんです。人がする、妄想みたいなものです」
ダブルはゼロの肩をそっと抱く。
それの意味はゼロにはわからなかったが、ダブルの顔がよく見える場所だと理解する。
「私は、あなたとこうして空を眺めるのが夢だったんです……」
「夢……」
ゼロは繰り返した。
夢は、目標であり、理想であるものだ。
だが、自分と空を眺めることが夢だった、というのは、理解がしがたい。
「私はね、引き継がれるときに、君のことも引き継いだ」
「ボディーメイキングルームですか?」
「そう。もう、君の次の体は出来上がっている頃だろうね。……ワンに言われたんだ。J70191、彼女はずっと私を見ていたそうだ。起きる時間がわかっていても、私と喋る日を楽しみにしていたと。そう言う思いが連なると、それがいつか『愛』になる、と」
「………愛」
ゼロは繰り返した。
愛というのは、情だ。
確かに、ゼロは、好き・嫌いの判断はできるが、それ以上の判断はない。
『情』というものを理解ができないのだ。
「………やっぱり、私にはまだわからない感情です」
ダブルはそっとゼロを見つめる。
「私は、ここで君を思い出して、こうして美しい空を眺めていたいと、ずっと、思っていた。……永遠に続けばいいとさえ、思っていたんだ……愛はね、勝手に芽生えて、膨れる感情だよ。……自暴自棄になっていた私を救ってくれて、ありがとう、ゼロ……」
そう言ったダブルの唇が、ゼロに重なる。
そして同時に、感情のコードが繋がれた────