5話 希
ここからのゼロの行動は早かった。
アンドロイドが仕事をしなくても問題ないよう、残りの時間を自由に過ごせるよう、プログラムを組み直したのだ。
「……これでよし。丸々3日程度なら、大丈夫です」
メインルームで調整をするゼロの後ろで、ダブルは黙って眺めていたのだが、首をかしげるばかりだ。
「これは……? 私たちの存在意義がなくなるのでは?」
「なぜ?」
ダブルは腕を組み直す。
「我々がするべき仕事をしないということは、私たちがいる意味がなくなってしまうのでは」
「いいえ。我々がサポートをするロボを整備し、仕事の割り振りを決めているのですから、存在意義はなくなりません。それに、『人』は定期的に『休日』を設けていました。我々もそうするべきです」
「はぁ……」
「それに、あなたとの時間をたくさん過ごせるようにしたいんです! 最後まで、楽しいほうがいいもの。だって、私はあなたの笑顔が好きだから!」
ダブルは一瞬、首をかしげたが、少ししてゼロに向き直り、微笑んだ。
それは、嬉しいと言う気持ちからの表情だ。
ダブルはデータを選択し、ゼロに渡していたが、それは『選択』した結果だ。
だが残ったデータにも、渡した感情が絡んでいる。そのため、微かにだが、『楽』や『喜』といった感情も理解できるのである。
ただ、歯抜けになったデータは、触れたい気持ちに触れられない辛さを生む。
それが、今朝のダブルの心模様だったのだ。
毎朝楽しみにしていた猫との語らい。
彼らはいつもどおりに接してくれるのに、自分は彼らの思い出がない───
それは自分が渡してしまった記憶がどれだけ尊いものだったのかを再認識した結果になり、そして、取り戻せない思い出だったことに、彼の『心』が傷んだのだ。
「これから38時間、スリープタイムを引くと、33時間は猫と戯れられます!」
「はぁ」
「これは、あなたのためでもあり、私のためでもあります」
「ゼロのため?」
「だって、私は、あなたとの72時間が終わったら、……もう、独り、だから」
ゼロは、無理矢理唇をつりあげ、笑う。
「共有の時間が私の大切な思い出になるから! 楽しく過ごそ!」
そう言われたダブルの目の奥から、優しい笑顔が浮かんだ。
──ゼロは知っていた。
まだ彼から渡される記憶に、共有された72時間のデータがないのだ。
そこにどんな感情が絡んでいようと、綺麗に守られている。
彼にとって、幸せな時間だと考えるのが、道理だろう。
それを理解できたからこそ、ゼロもこの時間を大切にしたいと、思ったのだった。