幸運の始まり
雪猫という種族のモンスターがいる。
雪国に住む為に暖かくてふわふわの体毛を持ち、その体毛のせいで丸く見える愛らしいモンスターだ。
モンスターとして認定されてはいるが、害はほとんどなくどちらかと言うと精霊に近い生き物であるため、ある地方では触ると幸せになることの出来る幸せの運び手だと言われることもある。
昔は、白い保護色を活かし雪に隠れあちこちに棲息していたらしいが、体毛目当てのハンターに狩られてしまい今は数が少なくなっており、見かける事も稀な存在となってしまっている。
そんな希少な生物のうちの1匹が怪我をしているのを見つけてしまった警備団の団長は頭を抱えていた。
「頼むからそこを動くなよ〜。お前たちは指定保護生物なんだ。なんで怪我をしているのか知らないが、応急手当だけでもさせてくれないと俺の首が飛んじまう…。」
雪の上には赤い点が続き、その先には緑色の目をした少し小さめの雪猫が1匹。
警戒心が強いはずなのに近付いても逃げ出さず後ずさりしかしない事を見て、怪我しているのはおそらく足だろうと団長は当たりをつける。
さらに近付いても、やはり走り出して逃げ出す雰囲気はなく、その場でふしゃーと威嚇の声をあげるばかり。
「そういえば、昼用の干し肉を持ってたな。」
呟くと身に付けていた肩掛け鞄から目当ての干し肉を探り出す。丁寧に紙包みされたそれは出来がいいものなのか香しいいい匂いを周囲へと漂わせた。
当然その匂いは雪猫の鼻にも届き、匂いに気を取られた結果、威嚇は鼻をひくつかせて匂いの出処を探っている様子。
「どうだ。これをやるから傷薬だけ傷口に塗らせてくれないか。」
雪猫は差し出された干し肉に、直ぐに噛み付くことはなく、ふんふんと鼻を付けて匂いを嗅いでいる。毒物が入っていないか警戒しているのか、本当に食べれるものなのか確認しているのか分からないが、ともかくそのまま3分ほど、匂いを嗅ぎ続けていた。
団長の前に現れた雪猫は親とはぐれたまだ半分子供の雪猫であり、上手く狩りができずにここ暫くまともな食事にありつけていなかったためどうしても干し肉を食べたい気持ちが強い。
やがて恐る恐る干し肉に噛み付いて食べ始めた。器用に前足で肉が逃げないようにしっかりと押さえつけて食べている。
その抑えてつけているうちの片方、右前脚に大きな傷があった。団長はそれを見つけるやいなや、鞄から今度は少し葉っぱ臭い薬品の入った丸い容器を取り出し、中のクリーム状の薬を手につけるとそっと雪猫へと手を近ずける。
お腹と背中がくっつく直前であった雪猫は、団長の薬まみれの手など気にせず一心不乱に干し肉に齧り付いている。
さすがにその手が肉を抑えている自分の手に触れた時はそちらに目線を送ったが、やはり肉に夢中のためそれ以上は意に介さず、傷口に塗られる薬を大人しく受け入れている。
「よしよし、この薬は村1番の薬師の薬だからな。直ぐに良くなるぞ。」
団長は強面の顔に似合わない笑みを浮かべ、そっと雪猫の頭を撫でてやる。心を許したのかは知らないが、未だに肉に齧り付いている雪猫は撫でられる事を拒否したりはしない。
「良し、それじゃあ俺は戻るからな。もう怪我するなよ。」
応急処置として薬を塗ることはできたが団長の不安は未だ消えない。
雪猫が怪我をした理由が分からないからだ。もちろん雪猫が普通に生活していく上で怪我をしない訳では無いが、愛らしい見た目にそぐわぬ俊敏さを見せる彼等がその俊敏さを失うほどの大怪我をおうことは稀である。
密猟を狙うハンターの罠、その考えがどうしても拭えない団長は未だに不安が脳裏にこびりついている。
「一応見回りを強化しておくか…。」
呟きつつ宿舎へと戻る団長の背後に、白い影が着いてきているのを察するものは誰もいなかった…。