血が滾るデート②
当日、私の前に現れたロイ坊は今まで見たことがないことほどガッチガチに緊張していた。マリオンに事前に話を聞いてもらっていたのと、自分よりも緊張している人間が目の前に現れたというのが重なって、私はいい具合に肩の力を抜くことができた。
「お待たせしました、ロイ様。私の格好、変ではありませんか?」
「あ……ああ! 綺麗だよ」
「ありがとうございます。……やってみたかったんだ、これ」
「へへ、雰囲気出るな」
「それで、今日はどこへ連れて行っていただけるんですか?」
「クレア姉ちゃんが好きそうな所」
「私が?」
「ガキの頃は散々一緒に遊んでたから、姉ちゃんの家庭環境と人となりはちょっとは分かってる。自信あるから期待しててくれよ!」
そうして馬車に揺られること2時間、連れて行かれたのは彼の家の領外。領主のカークランド公爵が保有している厳つい外観の施設だった。
すごい人波だ。ガヤガヤと賑やかに語り合いながら、全員が厳つい建物の中へと吸い込まれていく。
出店も何軒か並んでいて、ソーセージやパンを焼く良い匂いがした。売れ行きは好調なようだ。
「ここは何の施設ですか?」
「闘技場だよ。今からジョスト……馬上槍試合が始まるんだ」
「闘技場……?」
少し攻めた……いや、ガン攻めのスポットチョイスだった。
確かに彼と一緒に遊んでいたくらい小さなころはお転婆娘で通っていたし、体を動かすのは今でも好きだ。しかしその後はそれなりにお淑やかに育てられてきたのだ。
ジョストがどんな見世物なのかの知識だけはある。
馬に乗った騎士2人がランスを構えてすれ違うように突撃し、武器で相手を落馬させれば勝ちになるという騎士の一騎打ちの競技だ。
なんて野蛮な。曲がりなりにも貴族の娘がそのような見世物に熱狂など……
「ッしゃああああ!! いいぞ青おおおおッ!」
「やったな! どうよ、野蛮な見世物は!?」
「最ッ高!」
熱狂した。
何となく第一印象が良いほうの騎士を応援するような浅い楽しみ方だが、よく聞いたら全員違う騎士たちの入退場曲、闘技場に響く蹄の音、人馬一体の猛烈な突撃、一瞬のうちに勝負がつくという緊張感、勝敗が付いた瞬間猛烈に乱高下する感情、そして会場の熱気が癖になって、私は1時間もかからずにジョストにドハマりしていた。
「さ、次来るぞ!」
闘技場の中にワラワラと人が出て来た。何だろう、何か起きたのかな? 私の心配とは裏腹に、彼らの姿を見た会場のボルテージは上がっていく。ロイ坊も例外ではない。
「おッ、来たぞ、俺の一押し!」
「一押し?」
「そう。ジャッキー・ジャッキーって名前でな、入場が派手で見た目も派手で落馬も派手! その芸術的な落馬からついたあだ名はジョスト芸人! 勇姿だけじゃなく、落馬で魅せられる唯一の騎士だよ!」
「え、負けちゃうの? それ本人的には嬉しくない注目のされ方なんじゃ?」
「いーや、本人も楽しんでやってる。だから安心して見てみ、一連の流れが癖になるから」
「う、うん……」
闘技場内に出て来た人たちは青コーナー側で前後2列の横並びになると、休めの姿勢で待機している。
場内の楽団がアップテンポな入場曲の演奏を始めると、先に赤コーナー側の騎士が入場してきた。
『赤コーナー、ロッソバーグ出身184cm95kg、“水牛”クリフ・ファアアアアアアアアナビイイイイイイイイイッ!!』
銅のメガホンを構えた進行役が叫ぶと、黒毛の馬に乗ったがっしりとした騎士が現れた。観客の声援に応えて手を振っている。何回か見た騎士たちの普通の入場だ。
対する青コーナーに、1人のスーツ姿の人が出てくる。あれは……指揮者? じゃあ青コーナーの2列の人垣は聖歌隊なの? それはまた壮大な。
指揮者がゆったりと構え、手を振り下ろした瞬間……空気をビリビリと震わせて、会場全体から大合唱が轟いた。
「「「ロオオオオオオオオウアアッッ!!」」」
「わっ……!」
会場一体のコールに続いて、聖歌隊が荘厳なコーラスを奏で始める。楽団が奏でる入場曲も赤コーナーのアップテンポな曲とは打って変わって、銅鑼や大太鼓の主張が強いスローテンポ重厚なものだ。
曲はすごく強そう。
会場中から轟くジャッキーコールを受けて、ついにその騎士は姿を現した。
赤金色の鎧をまとった彼は巨大な白馬を傍らに従え、歩いて入場してきた。彼の姿を認めた会場のボルテージはさらにぶち上がった。
比較するのは悪いけれど、さっきの“水牛”と呼ばれた騎士とはオーラの格が違う。
彼はしばらくの間自分の入場曲と聖歌隊のコーラス、響くジャッキーコールのセッションに耳を傾けるような仕草を見せている。
『青コーナー、王都トーネロード出身190cm107kg、“眠れる獅子”ジャッキイイイイイッ・ジャッッッッキィイイイイイイイイイイイイイ!!』
その名を呼ばれた瞬間、ジャッキー・ジャッキーは一足飛びに愛馬に飛び乗って高々と拳を振り上げた。
「「「うおおおおおおおおおッ!」」」
会場中が一斉に彼に声援を送る。
このジャッキー・ジャッキーという騎士、動きの緩急の使い分けがすごい。入場の時点で戦いは始まっていると言わんばかりに、一挙手一投足で魅せてくる。
鳴りやまぬ会場中からのジャッキーコール。騎士たちはスタート地点まで馬を操り、ランスを受け取る。クリフ・ファーナビーは無骨な木のランスを。ジャッキー・ジャッキーは純白の飾り羽をあしらった金ピカのランスを。
そしてロイ坊の紹介通り、彼の推しのジャッキー・ジャッキーはあっさりと負けた。ランスに付けた羽をばら撒きながら空中で一回転半、地面に叩きつけられるた瞬間体のバネを使ってもう1バウンドしながら1回転というとんでもない身体能力を見せてくれた。重い鎧を身に付けている人間の動きではない。
会場は大盛り上がり、何事もなかったかのように立ち上がったジャッキーは重厚なテーマ曲とジャッキーコールを浴びてに悠々と去って行った。勝ったはずなのに一切注目されていない赤コーナーの騎士が少し可哀想だった。
「こんな騎士もいるんだねぇ……」
ロイ坊が興奮した様子で語る。
「あれであの人、本名のジャック・ダウズウェルでリングインしてガチで闘ったら誰も手が出せないくらい強ぇんだよ。だからジャッキー・ジャッキーの最弱芸も同業に認められたんだ!」
「へー!」
敬遠していた馬上槍試合がドツボにはまり、子供のようにはしゃぐロイ坊も見ることができた、とても楽しい日になった。
帰りの馬車の中でロイ坊は、今度は私の趣味を知りたいと言って、楽しそうに次の予定の話を始めた。
何気なく10年近く付き合って来たけれど、私たちはまだお互いについて知らないことも多かった。こうして改めて距離を詰めるのも良いもんだな。
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