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7/12

好きです

 これはどういう状況なんだろう。

私の傍らでは、3日分の徹夜で力尽きたロイ坊がソファーに沈んですうすうと寝息をたてている。



彼のおかげで、私に被せられた不貞疑惑は事実無根であるという方向に傾いてくれた。

アシュクロフト侯爵には、仕事の合間に双方が出した証拠を確認し、ロイ坊の協力者たちやイアン(カール・エニス)からも一対一で話を聞くとおっしゃっていただいた。侯爵との質疑応答が終わるまではロイ坊、セシル、フィオナはそれぞれの協力者への接触を禁止され、ついでに住居が貴族街から離れているカールには監視役まで付けられた。

これでフィオナが苦し紛れにカールと口裏を合わせることはできなくなったはずだ。


順当に行けば、近いうちに私にかけられた疑いは晴れる。


その後ロイ坊はダウンし、青い顔になったフィオナは両親に連れられて帰宅、セシルは侯爵に引っ立てられて書斎へと消えて行った。勝手に家の名を使って伯爵家を脅迫した件についての尋問が始まるのだろう。

そのアシュクロフト侯爵が去り際におっしゃったのだ。悪いがしばらくこいつのそばにいてやってくれないかと。あと、1時間寝かせたら叩き起こせとも。


「んが…………すぅー……」


「…………気持ち良く寝ちゃってさ」


広間から皆が立ち去ってから既に30分以上が経過しているが、私はずっとそわそわして落ち着かない。原因ははっきりしている。ロイ坊が放った爆弾発言のせいだ。


“クレアを俺に寄越せよ。セシルの100倍は幸せにして見せる”


思い出すと、まだ頬が熱くなる。…………これってほぼプロポーズだよね?

まさか20歳を過ぎてから聞くことになるとは思っていなかった。許嫁だったセシルから愛の言葉を囁かれたことはなかったし、ろくに耐性がついていない種類の言葉だった。


ロイ坊のことは仲の良い年下の幼馴染だと思っていたのだけど、いざプロポーズされたらされたで意外と満更でもない……というか、普通に嬉しいというか……。どうせだったら直接好きだと言ってほしかったというか…………。


そんなもんお互いキャラじゃないだろうが。何を1人で色ボケしてるんだ、私は。


「はぁ…………」


少しテンションがおかしい。


現実的な話、これから私はどうなるんだろう。セシルとやり直せと言われる可能性だってゼロではない。それとも父上がまたすぐに新しい嫁ぎ先を見つけてくるんだろうか。どちらにせよ私は黙って従うしかない。


「すかー…………ひゅー…………」


……でも、こいつの顔を見られない場所に行くのは嫌だな……。

セシルから婚約を破棄された日から同じことは思っていたけれど、その気持ちは今になってより強くなっている。


怒りの表情に寝不足の隈も合わせた凶暴この上ない形相(ぎょうそう)でセシルとフィオナと母上を詰り尽し、フィオナとカールには暴力まで振るったロイ坊。

人間としては間違いなく正道から外れた蛮行だが、その背中に守られた私は不覚にもときめいてしまった。スイッチが入ってしまったのだ。


彼が今こうして眠っているのも、私が知らなかった濡れ衣計画を滅茶苦茶にするために寝ずにあちこちを奔走して疲れ果ててしまったから。その背景を噛み締めると、申し訳なさと感謝と愛しさという暖かく混沌とした感情が胸を満たす。


「…………ありがとな」


「すぅー…………」




時間になったので恐る恐るロイ坊を起こすと、彼は私を家に送ると申し出てくれた。

2人で並んで馬車に乗ったのは初めてだった。起きているロイ坊に改めて話しかけるのが少し恥ずかしくて、もごもごと感謝を伝えた後は会話が難航した。

彼は彼で何かを言おうとしているのだが言い出せない様子で、馬車の中には車輪の音と木が軋む音だけが響いていた。


「く、クレア…………送っておいてなんだが、家にはフィオナがいるだろ? 大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。それに私がいないとサリーが困ってしまいそうですからね」


「そ、そうか…………」


そしてまた静寂が馬車の中を支配する。

心地の悪い静寂では決してない。でも今はロイ坊といっぱい話したい気分なのに、その言葉が出てこない。なんだかとても歯がゆい。


「着いたぞ、クレア」


「あ…………ありがとうございました、ロイ様」


……着いちゃったか。馬車の窓から、夕陽を受けてオレンジ色に染まる我が家が見えた。

彼は先に馬車から降りると、ドアを開けて手を貸してくれた。ありがたくその手を借りて、あとは別れるだけとなった。そんなタイミングのことだった。


「あ、あの……さ…………」


「…………どうなさいましたか?」


私の手を握ったまま、ロイ坊は10秒以上固まっていた。やがて覚悟を決めたように深呼吸をした。


「さっきの…………クレア姉ちゃんが欲しいって話、本気だからな……」


「………………はい」


「好きです、子供の頃からずっと…………!」


夕焼けの中でも分かるほどに顔を真っ赤にして、そう言い切った。

改めて彼の好意をさっきよりもダイレクトに伝えられた瞬間顔が発熱し、口だけがまるで脳の制御を離れたかのように暴走し始めた。


「わッ、わたッ……、えと、待っ、す、わ……!」


「あああああ言わないでッ!」


彼も彼でいっぱいいっぱいだった。緊張のあまり子供の頃のような口調に戻ると、手をブンブンと振って私の言葉を遮った。


「待って、聞くの怖い! ちょっと待って! 1月(ひとつき)だけ待って! 惚れさすから! それまでに絶対惚れさすからちょっと待って!」


わたわたしながら喋る彼の姿に、自然と笑みがこぼれた。


「…………分かった、待つよ。絶対に1月(ひとつき)の間はどこへも行かないって約束する」


多分、遮られなかったら私は流されてOKしていたと思う。

今度会いに行っても良いかと尋ねる彼に、いつでもいらしてくださいと返した。

私から会いに行きましょうかと尋ねたら、セシルには会わせたくないから嫌だと断られた。


彼が行ってしまった後で思った。今日の私はおかしい。

父が次の嫁ぎ先を示したら、ロイ坊の顔が見られなくなるのは寂しいが従おうとしていたのに、今は1ヶ月の間は絶対にどこへも行かない、父に反抗してでも動くものかと決意している。


今までの私ではあり得ない思考だ。病にでもかかったようだった。

お読みいただきありがとうございます。


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