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魔女裁判

 私はセシルから婚約の破棄を宣言されたこと、彼がフィオナを抱いていたこと、フィオナを新たな許嫁として迎えたがっているということは当日中に父へ報告した。

しかし翌日、私は父に報告は事実なのかどうかを改めて確認された。なんでも、フィオナと伯爵夫人が口を揃えて私の報告には虚偽が含まれていると主張したそうだ。


恐らくセシルに股を開いたことなど無いと言ったのだろう、それでは体裁が悪いから。そして婚約破棄の動機になり得る何かしらが私になすりつけられた。


これは、旗色が悪いな…………。私はセシルとフィオナが致しているところをこの目で見ただけで、それを証明できるものは何も持っていない。

そして私は、自分がなすりつけられた物が何なのかが分かっていない。反論しようにも、証拠を用意しようがないのだから。


「恥を知りなさい、クレア。あなたならば妹たちの規範になれると思っていたのに」


「あんなことをしておいて、よく平気で顔を出せましたね、お姉様。私には無理ですわぁ」


好き放題言ってくれる。

特に母上、まだ4歳のサリーのお世話を私1人に放り投げて優雅に遊んでいるあなたが規範を語れる器か。溺愛しているフィオナの育児すら(めかけ)……私のお母さんに押し付けていた癖に。


フィオナがある程度成長したことをきっかけに、病気がちだったお母さんは療養という名目で僻地にあるガーフィールド家の小さな別荘に追放されてしまった。今は年に1、2回しか会うことができない。

療養の必要性を声高に主張したのは、お母さんを散々いびっていたこの伯爵夫人だった。


■■■


  浮気発覚から3日後、私と父のガーフィールド伯爵、伯爵夫人、フィオナは侯爵家から呼び出しを受けた。婚約破棄の件だろう。


3日の間に、フィオナの許嫁の方に動きがあった。唐突に彼女との婚約関係を打ち切ってきたのだ。理由を尋ねても濁されるばかりで、父は混乱していた。まるであつらえたかのようなタイミングだ。事態はどんどんフィオナとセシルをくっつける方向に進んでいる。


さて、話し合いの場であるアシュクロフト邸の広間にいたのはセシルとアシュクロフト侯爵の2人だった。


これから始まるのは両家の関係を揺るがしかねない重苦しい話題のはずなのに、セシルもフィオナも母上もどこか楽しそうにしているように見えた。侯爵様の表情から感情は読めず、重い顔をしているのは父上だけ。私は……今どんな顔をしているんだろう。


「さて、ガーフィールド伯爵。用件は分かっているな? 我々の子供たちの婚約関係の話だ」


口火を切ったのは侯爵様だった。

まだ表情は読めない。感情を抑えた低い声に、父は可哀想なほどに肩を小さくすぼめて答えた。


「勿論でございます。アシュクロフト侯爵」


「息子とフィオナ嬢の話によれば、卿の娘のクレア嬢が()()()()()()ということだ。間違いないか?」


は…………?


一瞬、思考が止まった。彼らがではなく、私が不貞をしたと……?

まさに()()現場に踏み込んだ私への意趣返しだとでも言うつもりだろうか?


ふと視線を感じてそちらを横目で見ると、冷たい嗜虐心を宿したフィオナの青い瞳が私を()めつけていた。その口角が僅かに吊り上がり、私を挑発したようだった。


「……クレア、どうなんだ?」


父に促され、私は立ち上がった。その場の全員の視線が私に注がれる。全身がチリチリするような嫌な感覚だった。


「事実無根の嫌疑でございます」


「事実無根、か。その主張を曲げることは無いな?」


「はい」


「ではクレア嬢、君の視点で今回の婚約破棄に至った経緯を話したまえ」


「……私は3日前、セシル・アシュクロフト様のお呼び出しを受けてこちらに伺いました」


「使用人も3日前に君が訪ねて来たと話していたな。ここまでは事実としよう」


「ここの隣の部屋で待たせていただいていたのですが、約束の時間から1時間が経ってもセシル様が現れることはなく、誠に勝手ながら彼の私室へ入らせていただきました」


「あまり褒められた行為ではないな。まぁ良い、続けなさい」


「申し訳ございません。セシル様の私室の中から男女の声が聞こえたので不審に思ったので扉を開けると、ベッドの上でセシル様と妹が…………」


「セシル様と私が何ですのぉ? はっきり口に出していただかなければ分かりませんわ」


「やめないか、フィオナ」


「ごめんあそばせ」


言葉に詰まった私に茶々を入れて来たフィオナを父が黙らせた。


「……まぐわっておられました。その場で私が許嫁として不出来だとご指摘を受け、妹のほうと婚約をするとセシル様が宣言なさいました」


「婚前に許嫁の親類とまぐわうだと? そんな非常識な話があるか! 君は僕を侮辱しているのか!?」


どの口が……!


「私は事実を申し上げているのです。あなた方がおっしゃっている私の不貞の嫌疑こそどこから湧いて出て来たのでしょうか……!」


「フィオナが言っていたぞ! 僕に会いに行くと言って夜な夜な家を抜け出しているそうじゃないか! 君に夜這いを仕掛けられたことはないけどな!」


「夜は一番下の妹を寝かしつけた後すぐに就寝しております! 夜遊びに出る気力など残っておりません!」


「気力や体力などは目に見えない物でしょう? 実際に尽きていたかどうかなど立証できません。それよりも幼いサリーをだしにするようなその発言、大変不愉快だわ」


そう言って来たのはガーフィールド伯爵夫人だ。中立のポーズすらとる気はないのか……!

私は拳を握りしめた。


「失礼いたしました。しかし我が家には門番がいて、当然夜の状況も把握しています。彼らに尋ねれば夜に私を見ていないことくらい立証できるでしょう」


「我が家が雇っている門番は3人で、全員殿方です。お姉様ほどの容姿があれば、その若いお体を使って口裏も合わせられるでしょう?」


「な……ッ!?」


「いい加減にしないか、フィオナ!」


「うふふ、失礼いたしました。しかしお父様、私たちはお姉様の不貞の証拠を握っているのです。あまりお姉様にばかり肩入れしていては、両家の今後のためにもよろしくありませんわよ?」


さらにセシルも追い打ちとばかりに口を開いた。


「君には3日前の記憶すらないのか? それとも自分に都合が良いように改変しているのかな? たしかに3日前の僕は君と会う約束をしていたのに遅れてしまった、それは謝るよ。君はそのことに腹を立てて帰った。それだけじゃないか。なぜフィオナの名前が出てくるんだい?」


「私はその日はデイン伯爵令嬢にお呼ばれして何人かでお話をしておりました。怪しいと思うのならばどうぞ彼女にお尋ねください」


「あなたのご友人でしょう? 2日も猶予があれば口裏も合わせられます。当日デイン邸で働いていた使用人を無作為に数名選んであなたが訪ねて来たかどうか尋ねても、絶対に証明できるのですね?」


「まあッ! お姉様は私が友人と結託して嘘を吐いているとおっしゃるの……!? ひどい……!」


ぼろぼろぼろ……。フィオナの目から大粒の涙がこぼれた。

こいつ……! 少しでも痛いところを突かれたら泣いてごまかす気か……!?


「妹になんて暴言を……! 恥を知りなさい!」


「この…………ッ!」


「そんなに言うなら聞くけどね。証拠はあるのかい!? 僕がフィオナとしていたという証拠は!?」


「く…………ッ!」


ない。どうしようもないのだ。


「僕らにはあるぞ、不貞をしていたのは君のほうだという証拠が。フィオナ、連れて来い!」


「かしこまりました」


そう言って部屋を出て行くフィオナはぴたりと泣き止んでいた。ややあって、彼女は1人の殿方を連れて戻ってきた。誰だ……?


「庶民の方ですよ。名前はイアンさん。ご存知ですよね、お姉様?」


「いえ、初めて──」


「申し訳ございません、クレア様ッ!!」


私の声を遮るように、イアンというらしい殿方は叫んだ。

猛烈に嫌な予感がする。


「命令は守ったんです! あなたのことは喋るなって! でも俺たちが会うところを見た奴が何人もいるから来いって引っ張って来られて! お前が従わないとお袋を拘留するなんて言われちゃあ……!」


「ほらほら、お姉様。彼を見てどう反論するんですのぉ?」


……そこまでやるか。

会ったことのない人間と不貞などできようはずもない。この方は、恐らくフィオナに雇われた偽の浮気相手……! だが、父上への効果はてきめんだった。


「ク、クレア……! これは一体どういうことだ!? 父に説明しろ!!」


「知りません。赤の他人ですよ」


「そんなぁッ! 俺たちあんなに愛し合ったじゃないですか! 恋に身分なんて関係ないって言ってくれたの、俺すごく嬉しかったんですよ!? なのに都合悪くなったら切り捨てるなんて……!」


イアンさんが泣き崩れて私の足に縋りついた。

その力の強さに私の身体は恐怖で固まり、思わず大きな声が出た。


「離しなさい! 一体誰なんですか、あなたは!?」


「僕はイアンですよ! あなたの恋人の!! お願いします! 助けて下さいよぉ!!」


「伯爵! こんな薄汚い娘など一秒でも見ていたくありません! どうか縁をお切りください、私たちでやり直すのです!」


急ごしらえの、証人とも呼べない証人と数の暴力で、今や私の不貞嫌疑が事実にされそうになったその時だった。



思いもよらぬ闖入者が現れた。


バァンッ!! 身がすくむような大音響とともに、広間の扉が開け放たれた。


「おうおうおうおう、文鳥も真っ青の演技力だバリネコ。この俺が直々に()()()()をくれてやる」


ツカツカと入って来たその方は、何の前触れもなく右足を振り上げると、地べたを這って私の足に縋りついていたイアンさんの頭を躊躇なく蹴り飛ばした。


「おぶぁッ!?」


「ろ、ロイ坊……!?」


悲鳴を上げて床に転がった偽の浮気相手の傍らにかがみこむと、乱入してきたロイ坊は彼に凄んで見せた。


「随分金に困っていたらしいな、はした金掴まされて大根役者の真似事か? 第4区在住の肉屋兼スリのカール・エニス君よぉ」


「なッ、何でその名前をゴッファ……!?」


顔に拳をめり込ませて彼を黙らせ、目元に隈を浮かべたロイ坊は舌打ちをした。


「なぜだあ? 調べたからに決まっているだろう。おかげで三徹だ、今俺は気が立ってんだよ。次下らねぇ質問をしてみろ、髪の毛引ッ掴んで道端の犬の糞に熱いディープキスをさせてやる!」


「ひぃ……っ!」


「さて……遅くなったな、クレア姉ちゃん」


彼は私に向き直ると小さく微笑んだ。


「こっから先は、約束の大迷惑の時間だぜ」

次回、狂犬大暴走

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