幸せの絶頂(フィオナ視点)
最高の気分でした。口角が勝手に吊り上がっていく感覚を覚えながら、シーツの中で私は戦利品と唇を合わせた。
あの汚らわしい血を引く姉から没収した婚約者です。
ああ、良い……! 何よりも彫刻のように整ったそのお顔が素晴らしい。
汗ばんだ白く滑らかな肌が、私の手首を押さえつける力強い指が、乱れた息が、そして、あの姉の10年来の存在理由をこの手で穢してやったという征服感が私の身体を最高に昂らせていました。
「お姉様では……こうはいかなかったでしょう……?」
「ああ……っ! 君は最高だよフィオナ……!」
どうやらクレアは己の価値の矮小さに気付かず、古臭い貞操観念に固執するあまり婚約者への奉仕が不十分だったようです。まさかそのせいでより優れた女に持って行かれるとは露ほども思っていなかったでしょう。
私がしなをつくるだけで、セシル様は落ちた。
他の女の色香に惹かれやすい人であることは分かっているけれど、すぐに私の虜にする自信があります。
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妾の娘のくせに、あの女はやたらと多くの物を持っていました。
私がくせ毛で苦労しているのに、あの女はサラサラのストレートのブロンドを持っていました。さらにその価値も分からずに、暑くて邪魔だから1回ばっさりとベリーショートにしてみたいなぁ、などと使用人に冗談を言っていた時はくびり殺してやろうかと思いました。
チビ爪の私がお洒落のために必死こいて伸ばして整えているのに、クレアは細長く美しい地爪を持って生まれたおかげで何の苦労もしていない。それでいて、派手な色は私には似合わないよ、などとのたまってろくに飾りもしません。
その上にあの女は私に迫る美貌まで持っていました。あくまでも私未満ですが。
神はなんて不平等なのでしょう。この私よりも、物の価値の分からない、しかも下賤の女にだけ多くを……それも私が欲しかったものばかりを恵むだなんて。
神はどうやら私という人間を愛す才能をお持ちでないようです。運命の天秤が不平等に傾いているのなら、この手で採算を合わすしかありません。
お父様もあの女に肩入れしすぎです。私と妹のサリーという正妻の娘がいるのに、一番先に生まれただけの妾の娘に期待を寄せるなど、お母様に対して無礼だとは思わないのでしょうか?
許嫁だってそうです。クレアには遠縁の侯爵家の美しい御曹司、対して私にはどこぞの伯爵家のニキビだらけの馬面男。これが差別でなければ何だと言うのでしょうか。こんな殿方は私にふさわしくない。
だから奪ってやりました。
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「…………君のお父上にはどう伝えたら良いかな……」
殿方という生き物はどれほどの幸福感に包まれていようとも、急に弱気になって色々と考え始めます。知っていますとも、何十回も経験してきましたから。
無いとは思いますが、弱気になるあまりあの女を呼び戻そうなどと言い出されたら厄介です。そんなナーバスになっている殿方を導いて差し上げるのも私の務めでしょう。
「セシル様、どうかご心配なく。なぜならば、こうなった全責任はお姉様にあるのですから」
「ク、クレアに……?」
「はい。あの女が婚前だ婚前だと馬鹿の一つ覚えのように言って、あなたにいつまでも営みを許さなかった理由はご存知ですか?」
「……種が当たって不自然な時期に妊娠したら世間体が悪いと言っていた……」
「いいえ、違います! そんなものは建前です。お姉様は結婚を、そして子供を、自身を縛る鎖のような物だと考えているのです。あなたとその子供に縛られたくない、つまりいつでも身軽に逃げられるようにしていたかった」
「……何が言いたいんだい?」
「お姉様には他に男がいるのですよ。妾の娘ですから庶民にも知り合いがいたのでしょうね。セシル様に会いに行くのだと言って夜な夜な出かける姿を、私はこの目で見ています」
「クレアから訪ねて来たことなど一度もないぞ……!? じゃあ僕としてくれないのは……」
「あなたの種が当たって不自然な時期に妊娠したら間男ウケが悪い、そういうことですよ。下賤な血を引く女はこれだから困ります。結婚を……いえ、あなたという殿方を何だと思っているのでしょうね」
「知らなかった……真面目な奴だと思ってたのに……あいつがそんな女だったなんて……!」
「私は昔から知っていたのです……。ですが申し訳ございません、今日の今日までお伝えすることができずにいました…………」
「なぜだ? 何か理由があるのかい?」
「申し訳ございません……。実は私、このことを口外したら二度と人前に出られない顔にしてやると、そうクレアお姉様に脅されていたのです。それが怖くて……私の腕力では、お姉様に抗うこともできずに……」
ここいらで涙でもこぼしておきましょうか。
お母様の同情を買うために練習したので、私は話しながらでも5秒で泣くことができます。
「申し訳ございません、セシル様……! 臆病な私をお許しください……!」
「そうか、よく話してくれた。安心するんだ、君はもう1人じゃない。僕がずっとそばにいてやるから!」
ああ、単純な方。この様子では女の本物の浮気を見破ることなど100年経ってもできませんね。この方と結婚しても、男遊びを止める必要はなさそうですね。
「何と心強いお言葉でしょう……! 心の底から感謝いたします、セシル様。ああ……幸せのあまりまた疼いてきてしまいました。セシル様、どうかもう1度……」
「ああ任せておけ……!」
「来て……!」
さて、セシル様はこれで私を完全に信じました。お母様も協力してくれるでしょう。この人数で主張すれば、さすがのお父様も私たちに従わざるを得なくなる。
さあ、クレアをどうしてやりましょうか? 勘当させて身ぐるみ1つで街に放り出してやるのも面白い。あの女の容姿があれば娼婦として充分食べて行けるでしょう。妾の娘には似合いの身分ではありませんか。
それに……あの女が、好きでもない許嫁のために後生大事に守ってきた処女を金を払っただけの行きずりの男に犯されて喪失するだなんて、最ッッ高に興奮するじゃないですか……♪
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