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ロイ・アシュクロフト

 今までご苦労だった、帰って良いぞ。急に強気になったセシルからそんなお言葉を頂いて彼の私室を出た私はアシュクロフト邸の出入口に向かおうと階段を下りていたのだが、ちょうど目的の方向から何かを言い争う声が聞こえて来た。


「…………ロイ(ぼう)か。あの子の顔も見納めだな……」


セシルとは3歳、私とは2歳離れたアシュクロフト家の次男だ。


「ロイ様、このようなことはお止め下さいと口を酸っぱくして申し上げているではございませんか! 侯爵家のご子息ともあろうお方がまた暴力を……!」


「ああ俺も口を酸っぱくして言ってやったんだ、下らねぇ挑発を止めねぇとそのケツをしばき回すとな。だがそれでも、ブルックの御曹司は糞穴押さえて地べたに丸まることになった。なぜか? 俺の堪え性の問題か? いやいや違うな、ノエル・ブルックがどうしようもないマゾのバリネコ野郎だったからだ」


「また品の無い言葉遣いを……!」


今日も絶好調だな……。

潔癖症の貴婦人方が聞いたら卒倒しかねないような下品な語彙を豊富に持っていて、喧嘩っ早くて腕っぷしも大変強いことから不良貴族、狂犬などと散々な呼ばれ方をしている男だ。


そんな一面が大目立ちしてはいるのだが、あれでも実は根は真面目で仕事をよくこなすし、困っている時はよく気が付いてくれる子なので私は彼のことが結構好きだった。

アシュクロフト家には10年ほど出入りしているが、ロイ坊とは子供の頃はよく遊んだものだ。


「まぁ連中が血迷って抗議でもしに来たら言えよ。今度は縮れ毛まみれのボールにおしおきしてやる」


「ロイ様……!」


彼は使用人を振り切ると、私がいる階段を上って来るようだった。

ほどなく私の目の前に、精悍な顔つきをした茶髪の長身男性が現れた。私の姿を認めてパッと顔を輝かせた彼に頭を下げる。


「お帰りなさいませ、ロイ様」


「来てたのか、クレア! 元気にしてたか!」


「ええ、お陰様で。あなたも大変お元気そうですね?」


もう子供じゃないんだから、そろそろ貴族としての自覚を持ったほうが良い。前にもそう言ったよね? そんな意味も込めてチクリとやると、ロイ坊はバツが悪そうに笑った。


「あー…………はは……聞こえてたか。前に言われたように毅然とした態度をとろうとはしたんだけど……ごめんなさい、またやった」


そう言ってロイ坊はしゅん、としょげてしまった。感情がダイレクトに表情に反映される子だ。


一度怒りに火が点くと退けなくなるのはここの兄弟共通の悪い癖だ。7年前に流行り病で亡くなってしまったお義母(かあ)様と似ている。

まあ最終的に我慢できずに手が出てしまう欠点は直っていないけれど、これでも以前よりは大分マシになったほうかな。


ロイ坊は私の前でだけ反省する演技をしている訳ではなく、彼なりに()()()を治そうと努力はしているのだと思う。

だが彼の場合は今まで作った敵が多すぎて、最初から喧嘩腰で話しかけられることが多いのでまたすぐにカチンと来てしまう悪循環に陥っている気がする。


「月並みなことを申しますが、ロイ様は少数でもよろしいので心を許せるご友人をお作りになるべきかと。そのためにも大人の会話を学び、初対面の方を大切にするのです」


「初対面の奴だって最初から喧嘩腰だった……」


「悪評を聞いただけの方と実際に掴みあいになった方には明確な差があります。噂を聞いただけの人間の疑念や恐怖、悪意は固まりきっていません。強弱の差はあれど、小さなきっかけで瓦解し得るものです。あなたが信用に足る人間であることを行動で示し続ければ、きっと分かってくれますよ」


「…………できるかな?」


「あなたなら、必ず。ああでも、堪え性のほうももう少し養ってください?」


「……ああ。ありがとな、姉ちゃん」


「もう大人なのですから、姉ちゃんは封印してください。それにもうあなたとは会えなくなると思うので……そんな呼び方をされたら、柄にもなく寂しくなってしまいます」


「……ッ!? 何でだ!? 何を言われた……!?」


取り乱したロイ坊に、両肩をガッ! と掴まれた。

私はそれに驚いて、用意していた穏やかな別れの挨拶を忘れてしまった。代わりに口から転がり出て来たのは何の捻りもない状況説明だった。


「…………こ、婚約を解消されまして。今後は妹のフィオナがそちらに伺うことになるかと」


「ッ……! あの糞野郎…………ッ!」


一瞬、私の肩にギリリとロイ坊の指が食い込んだ。痛みで歪んだ私の表情に気付き、慌てて彼は手を離し、ごめんと呟いた。平気ですよと返し、私は彼に頭を下げた。


「ロイ・アシュクロフト様、長い間お世話になりました。あなたならばいつか立派な貴族になれます、信じていますからね」


……大人になれ大人になれと散々言っていたのに、私もまだガキだ。

仲の良い弟のような幼馴染ともう会えないであろうという現実を噛み締めた時、体が勝手に動いてしまった。


私は一段だけ階段を上って数年ぶりに彼を上から見下ろすと、両手で彼の茶色い髪をくしゃくしゃとなで回した。


「…………じゃあな、ロイ坊」


「…………!」


逃げるように彼とすれ違うと、私は階段を早足で駆け下りようとした。その私の背中に、ロイ坊が声をかけてきた。


「クレア姉ちゃん……!」


「……っ」


「……あと1回だけ、大迷惑をかける」


「…………ええ。楽しみにしています」


私は今度こそ足を止めずに階段を下りきると、逃げるようにアシュクロフト邸を出た。

駄目だな、やっぱり姉ちゃん呼びをされると感傷的になってしまう。気を抜いたら涙がにじんでしまいそうだった。

お読みいただきありがとうございます。


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