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侯爵の判決

 ガーフィールド家が再びアシュクロフト侯爵から呼び出しを受けたのは、ロイ坊に闘技場へ連れて行ってもらった3週間後のことだった。やっとこの日が来たかという思いと、まだ何も知りたくないという思い。相反する感情が私の胸中で渦巻いていた。


闘技場以来、ロイ坊とは1週間に1度くらいの頻度で会って、一緒に音楽を聞きに行ったり食事をしたりしている。とても新鮮で楽しい夢のような時間だった。

それはそれとして、いつまでも無罪が確定しない私の嫌疑に関する不安や、このままロイ坊と一緒にいたいのだけれど周りはそれを許してくれるだろうかという疑念は常に抱き続けていた。


今日少なくともその不安の片方、もしかすれば両方に決着がつく。


私ですら喜色満面とはいかないこの呼び出し。侯爵様からの風向きが怪しいフィオナはと言えば……完全にまいっているようだった。

行きたくない行きたくないと散々駄々をこね、父上に諭されて外出を決めた後も馬の(にお)いが嫌だ、香水の匂いが嫌だと神経質に言い回っていたかと思えば、今度は馬車の隅で青い顔をして口元を押さえて沈黙するなどしている。


思えば何週間か前から具合が悪そうだったのだ。見かけても常に顔色が悪く、引きこもりがちになり、母上に尋ねても頑として答えてはくれない。“知らない”ではなく、“あなたに話すことはない”という言い回しをされた。

母上は昔から私に対して優しい言い回しをする人ではなかったし、今更そんなものは期待していないけれども、今回はどこか意固地になってフィオナの状態を隠そうとしているようにも見える。よほど口に出しづらい病気なのか、精神的な何かなのか、数週間もの間具合が悪い演技をしていたのかの区別がつかない。


私としては、また2人で結託して何かをしでかしてきた場合に今度こそ対応できるよう、冷静に構えておくことしかできない。


■■■


 久しぶりに通されたアシュクロフト邸の広間の空気は、あの時ほど重苦しいものではなかった。

そこでは男3人のアシュクロフト家の全員が私たちを待っていた。

侯爵様はいつもと変わらない様子で、ロイ坊は少し緊張した面持ちで、セシルは不機嫌そうな様子でこちらと目も合わそうとしないが……だいぶ様子が変わっていた。

髪を剃られていたのだ。彼の甘いマスクを際立てていたさらさらの金髪は無残な焼け野原になり果てていた。


「これは身勝手な都合で他者を脅迫し、家名を穢した罰だ」


ガーフィールド家が一斉に送った視線に気付いた侯爵様がそう言った。


「座り給え。話を始めよう」


私たちはあの日と同じ席順で椅子に腰かけた。


「さて……あれから私の方でも色々と調べさせてもらった。結論から言おう。婚約を破棄する理由としてセシル、そしてフィオナ嬢が主張していたクレア嬢の不貞疑惑の件だが、事実ではない。私はそう判断した。君には疑いの目を向けたことを詫びなければならないな」


「い、いえ……どうか私などに頭を下げないで下さい」


いきなり頭を下げられてしまった。私は慌てて姿勢を戻してもらう。

この状況を招いた本人は全く謝る気が……というか、喋る気すらなさそうなのに侯爵様は……何だかこっちが申し訳なくなってくる。


「さて、ガーフィールド伯爵。フィオナ嬢の話をしよう」


「はい……」


侯爵と父上のやり取りを聞いて、ビクンとフィオナが身を震わせた。顔色がさっきよりも悪化しているように見える。時折口元に手を持って行く仕草が目立つ。この子、吐き気をこらえているの?


「私は彼女のことをあまりよく知らなかったので、ロイの提言を機に調べてみたのだ。そうしたら驚いたよ、卿は自分の娘の人となりを理解していたのか?」


「…………どういうことでございましょう?」


「フィオナ嬢には火遊び癖があるようだ。探りを入れたら少なくとも40人との肉体関係が判明したぞ。卿はそれを知っていたのか、という話だ」


「よんじゅッ……!? そっ……! え……? フィオナッ……!?」


「…………ッ」


混乱する父上と、脂汗を流す妹。

ロイ坊の奔走が発端で浮上したフィオナの男性関係の派手さは、どうやら本格的に事実だったらしい。


「…………お待ち下さい……。私は、そのような非常ぅ……ッぷ……! 非常識な行為を……!」


「……先程から吐き気をこらえているようだな、フィオナ嬢。私に倫理的な問題があるのかも知れぬが……私の目には、40もの男と関係を持っていた君のその吐き気が、ただの病から来ているものにはどうしても見えんのだ」


「何ですって……!?」


「私の亡き妻が子を身ごもった時、今の君と同じように苦しんでいたのを思い出してな。気になったのだ。君の胎内には、本当に何も入っていないのか?」


「…………ッ!」


その時、心身ともに追い詰められたフィオナに最悪の裏切りが襲い掛かった。


「この子が吐き気を訴え始めたのはおよそ3週間前です。発熱は無く、病に使う薬も期待する効果を得られなかったので使用を中断させました。おそらく()()()で間違いないかと」


母上……ガーフィールド伯爵夫人だった。フィオナは可愛いが、これ以上肩入れしたら自分にも不利益になる。彼女は愛情と保身を天秤にかけ、あっさりと娘を切った。


「そんな…………お母様…………何で…………」


「現実を受け入れなさい、フィオナ。母に何を言わせる気だったのですか?」


「…………糞ババア……ッ!」


私もな、とアシュクロフト侯爵は勃発寸前の親子喧嘩を遮って言った。


「……セシルを問い詰めた。許嫁がいるというのに、奴の女性関係も酷い物だったよ。それを見抜けなかった同じ馬鹿親として、伯爵……卿を責める資格は私にはない。だが現当主として、そのようなふしだらな令嬢を家庭に入れるわけにもいかないのだ。セシルとフィオナ嬢との婚約は認められない」


「無論でございます! やはりクレアのほうを……!」


ガバッと前のめりになった父上を制し、侯爵様は続けた。


「いいや、駄目だ。今更全てを無かったことにしようとしても遅いのだ。仮にクレア嬢を戻したとして、少しの間はセシルも大人しくなるだろう。髪が元通りになっても1ヶ月は大人しくしているかもしれない。だがこいつは必ずまた()()。徹底的に環境を変えなければ息子は治らない、それが分かるのだ」


侯爵様にとっても、明らかになったセシルの浮気癖はかなりのダメージだったようだ。もしも自分の子供が……そう考えたら、私も心穏やかではいられない。


「それにセシルとクレア嬢の復縁というのは、彼女に裏切り者を許し再び受け入れろ、また裏切ると思うがなと言うのと同じ意味だ。どの面を下げてそんなことを頼めようか」


「アシュクロフト侯爵……」


「セシルの婚姻は再教育が済んだ後だ。そして相手はクレア嬢でもフィオナ嬢でもない。この話はこれで終わりだ」


侯爵様の宣言は、両家の繋がりを断絶すると言うのとほぼ同義だ。

ロイ坊が表情を陰らせたのが見えた。


話は終わった。私とアシュクロフト家の関係は今日を持って断ち切られ、ロイ坊と私の関係はより不安定なものになる。私が正式にアシュクロフト家のものではなくなった以上、父が次の許嫁を連れて来ればその瞬間ロイ坊との関係も終わってしまうのだから。


「時間を取らせて悪かったな。セシル、御者のセドリックを呼んで来い。伯爵夫人とフィオナ嬢を送るように伝えろ。その後は自室へ戻れ」


「…………分かりました」


3人が出て行き、残されたのは私と父上、侯爵様とロイ坊だけだった。


「……さて……伯爵、クレア嬢、もう少しだけ付き合ってほしい」


「何でございましょうか……?」


父上は不安そうにしている。


「伯爵、私の悩みを聞いてはくれぬか?」


「は、はい………?」


戸惑う私たちに構わず、侯爵様は話し始めた。


「私は仕事一筋で生きてきたはずだったのだが、妻に先立たれてから急に家族が恋しくなってな。2人の息子たちにはどちらにも幸せになって欲しいと考えるようになった。現状は2人ともあまり上手くいっていないのだが…………セシルもロイも何とか幸せにしてやりたい。そう考えている」


「はい……」


「だが今のアシュクロフト家……いや、今の私にはそれができそうもないのだ。家の名を悪用し、他家にも女性にも迷惑をかけて回っているセシルと、最近になって別人のように良い方へ向かっているロイを、私はどうしても比較してしまうのだ」


「比較は、その…………」


「このまま行けば、私は長男のセシルではなく次男のロイの方を後継者にするだろう。だがその時、私はセシルを不幸にするだろう。今の私がセシルに残してやれる幸せは、家と次代当主の地位ありきの物しか無いと言うのに」


「はぁ…………」


「分かっているのだ。セシルは目に入った令嬢を猿のように抱いている方が幸せだと言うことも、自分が思い描く幸せを押し付けているだけなのだと言うことも…………。一方で私が手を出すまでもなく、ロイは最近になって自分の幸せを掴んだようだ。伯爵はクレア嬢とロイの関係は知っているか?」


「ええまぁ、多少は……」


「伯爵、同じ馬鹿親のよしみで、1つ提案を聞いてほしい」


「……聞かせていただきます」


婿(むこ)を……取る気はないか? 卿には息子がおらず、細君の年齢的にも次の子供は難しいという話を聞いている」

お読みいただきありがとうございます。


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