第九話 疑念
「さよか、そらまたええ話やな。ちゅうことは、ワシもこれからは、「三石」のことを、「きさらぎ」って呼ばなあかんねんな」
「いえ、こちらの三石はそのまま変わりません。あちらだけの話ですよ」
「自分の名前が駅名になるやなんて、なんやワシやったら、小っ恥ずかしゅうてかなわんやろな」
そう言いながらも、浦波の口調は少しばかり羨ましそうなものに聞こえた。
「それにしても、なんや。あっちの呪術者のえらいさん――、なんて言うんやったかな」
「深洞簀様です」
「そうそう、それ。そいつ、何でワシらの世界だけやなくて、別の世界にまで手え差し伸べるんや」
「その世界も邪神に狙われているらしいそうです」
「せやかて、手え広げすぎやろ。そもそも、一日の移行者数に上限があるっちゅうのも、怪しいもんや。電車まるごとあっちに連れてけるくせに、人間は乗客乗員合わせて四人までて、おかしいやろ。その理由が、そいつの力が足りへんからってゆうとるくせに、また新たに別の世界を受け入れるっちゅうこと自体、矛盾しとるで。なんや裏があるんとちゃうんか? ワシ、はっきり言うて、前からこの話、怪しい思とんねん。そもそも、ほんまに邪神なんて来よるんかいな。ほんまは、そいつ自身が邪神みたいな奴とちゃうんちゃうか」
さすが、元組合執行部だけのことはある。何でも疑いの目で見る、その姿勢に感心した。しかしこんな話、もし深洞簀様の信者であるあちらの人間にでも聞かれでもしたら大変なことになる。
「ほんま、この移行事業っちゅうやつ、なんも考えんでも、矛盾だらけのお笑いやがな。別世界への地球脱出いうて、電車だけでみんな送り出せるわけ、あらへんやろが。そもそも、そいつの従者が生身でこっちへ来おったから、この事業は始まったんやろ? せやったら、電車みたいな大がかりな仕掛け使わんで、人間だけあっちへ連れてったらあかんのかい。せやのに上は、真面目な顔して話をおおきゅうしていきよる。国の偉いさんも、うちのトップ連中も、果ては組合幹部まで、みんな洗脳されとるんちゃうか? そのナンチャラゆう奴に」
浦波の口調に、だんだん熱が帯びてくる。間もなく定年を迎えるこの男、相当この事業に反対のようだが、その事業の最前線にいる私に、それを隠そうともせずに話す様子から、私を信頼してくれていることがよく分かる。そして同じく、私も彼を信頼している。だからこそ、浦波には危ない目に遭ってほしくない。
この業務に携わる以上、壁に耳あり障子に目ありだ。用心するに越したことはない。この話はもうおしまい。別の話題を探そうと、むず痒い襟首を掻きながら考えを巡らせていると、背後でドアを叩く音がした。
「せやせや、忘れとったわ。しょうもない話ばっかりしてもうて、すまなんだな。つい興奮してもうた。実は、あんたんとこの、新しい助役はんが来てはんねん」