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第八話 さらば みついし

 つい三、四十分ばかり前、新天地へ赴く私は革鞄一つを手に、闇に包まれる三石のホームから、移行用回送列車の最後尾に乗り込んだ。開いたままのドアを振り返ると、私を見送る三人の仲間の姿がそこにあった。

 私達はただ、開いたままの乗降口越しに、黙って向き合うだけだった。送別会の席で、さんざん語り合った私達の間に、交わす言葉は不要だった。


 ふと、彼らの脇にある駅名標に目をやると、何故か毛布が被せられていた。私の視線がそれに向いたことに気づいたウシオはにやりとし、横に立つ二人に目配せした。そして、ノワキ、ヤヨイの両名が毛布をおもむろに外すと、そこに「みついし」の文字はなかった。


『きさらぎ』


 錆一つなく、純白のペンキが塗られた駅名標には、そう記されていた。


 列車の開いた扉越しに問うと、三人を代表してヤヨイが教えてくれた。


 今後、三石の特殊駅はもう一つの世界の専属となり、我が国鉄の手を離れることとなる。

 そこで、私が五年間、地域に貢献した証しとして、駅の名を私の姓に改称しようという動きが、私の知らないところで始まり、仲間の三人をはじめとした地域の住民達が、村役場に陳情したそうだ。


 もちろん、もう一つの世界の民営化した国鉄は難色を示したそうだが、命名権は異界側にあるため、すぐに改称は決まったという。これらは半月もない短期間で行われたにもかかわらず、私はそれに一切気付かなかった。


 思わず胸にこみ上げてくるものがあったが、辛うじて踏みとどまると、ただ感謝の意だけを伝えた。そして、列車ではない別の手段で、再びこの地を訪れることを約束した。


 先ほどまでは、そのそぶりさえ見せなかったウシオが、ついに堪え切れなくなったのか、涙を溢れさせ、そのヘルメットと一体に同化した、皮膚のない顔を手で拭った。それを受けて、冷静なノワキまでが、顔面と融合した眼鏡の奥にある眼窩から、止めどなく赤黒い(しずく)を垂らしていた。


 いつもの和服姿に、黒く艶めかしい結い髪が似合うヤヨイも、その美しい瞳を潤ませていた。そしてその身体からは、得体の知れない呻き声が聞こえていた。以前、話に聞いたことのある、彼女の下腹部と同化したという胎児も、私との別れを惜しんでくれていたのかもしれない。


 私達の様子を窓越しに見ていた車掌が、いい頃合いだと思ったのだろう。高らかに警笛が鳴らされ、扉が閉まり、列車は緩やかに動き出した。

 お互い、いい大人だ。大きな声もあげず、大きな身振りもせずに、ただ互いの姿が視界から消えるまで、小さく手を挙げるだけだった。


 そして駅を出た列車は、私が二度と通ることのないであろうトンネルに、ゆっくりと入っていった。

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