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第五話 全国特殊駅長連絡会議

 四半期毎に国鉄本社にて開催される「全国特殊駅長連絡会議」は、運輸省通達「邦人の異界移行事業に係る安全かつ適正な管理について」に基づき、『異界』と呼ばれるパラレルワールドへ、“選ばれた国民”を送り込むことを目的として異界に設置された停車駅、いわゆる“特殊駅”の駅長が、一堂に会するものだ。


 この特殊駅は、異界と“こちら”の同一地点に、同時に存在する駅であることが設置の絶対条件だが、異界の駅の多くが、過去の大災害によって使用できない状態にあり、(いま)だ全国十二カ所にしか存在しない。


 特殊駅長の主な職務は、駅周辺地域住民の協力の下、突然異界へ送り込まれるという異常事態に遭遇した乗客に対し、状況の説明を行い、理解を求めるとともに、その者に寄り添い心のケアに努め、また、異界の反社会分子からその身を保護しながら、異界の行政機関へ引き渡すことであるが、非常に特殊な職務内容であるだけに、様々な問題が生じるものだ。


 本連絡会議は、これまでに直面した問題とその対策について報告し合い、今後の職務遂行に資することを目的としたものである。内容からすれば、イントラネットを用いた電子会議で十分目的を果たせるところだが、異界の陰鬱な環境から少しでも解放してやろうという管理側の計らいもあり、毎回参集されている。しかし、今年度最初の連絡会議は、例年とは全く異なるものだった。


 丸の内の本社八階にある大会議室は、いつものような穏やかな雰囲気ではなかった。局長級の上級管理職のみならず、総裁を含む役員まで全員出席している。さらには、運輸省はもちろんのこと、各省の担当審議官に防衛庁の制服組、在日米軍の幹部将校までが参加しており、全国各地の特殊駅で駅長の任に就く我々十二名は、少なからず威圧感を覚えていた。


 会議冒頭、運輸省の担当審議官が放った言葉に、我々はどよめいた。来月より全国二十六カ所の駅を、新たに特殊駅に指定するというのだ。なかには新幹線も停車する、比較的規模の大きな駅も含まれるらしい。そして、そのうち移行計画者数の大きな十二駅に、経験者として我々現任駅長が異動となるという。

 会社の上層部ではなく、人事権のないはずの監督官庁の役人が、あえてそれを述べることから、全く抗弁の余地のないことが窺えた。


 特殊駅が設置されたのは、今から約五年前。そのきっかけは、現在異界を統べている呪術者“深洞簀(みぼらす)様”の従者である洞簀馬(うろすめ)が、使者として首相官邸内に現れ、我々の住むこの世界が「邪神に貪り食われる」と警告したことだった。


 洞簀馬(うろすめ)によれば、彼らの世界も過去に、その邪神なる存在の侵略を受けたらしい。そして、世界の全てが瘴気の闇に覆われ、血と膿と錆にまみれ、生き物は他の生物や無機物と融合し、異形の存在へ変わり果てたという。


 物理を超越した、超自然的なその存在に対して、物理の応用に過ぎない科学技術では歯が立たず、彼らの世界は一時滅亡に瀕したが、深洞簀(みぼらす)様を中心とした呪術者達の奮闘により、辛うじて、邪悪な存在を別次元へ追いやることができたらしい。

 しかし不運なことに、邪神を追い出した先が、我々の世界だったというのだ。


 不幸中の幸いなことに、邪神は我々の地球上ではなく、太陽系外縁部のはるか外側に出現したらしい。太陽風には、太陽系内の生命に害をなす存在の、異次元からの侵入を妨げる効果があるらしく、邪神はその影響が及ばないところでしか出現できないそうだ。

 だが、ひとたびこの宇宙に足を踏み入れた以上、確実にこの地球へ向けて侵攻してくるという。


 そして、洞簀馬(うろすめ)は語った。科学技術の進歩に特化し、高度な呪術が存在しないこの世界は、いずれ異界よりも酷い地獄と化し、滅亡を免れない。ならば、深洞簀(みぼらす)様の統治する異界へ脱出せよ。この事態を招いた責任がある我らは、それを喜んで受け入れよう。そのかわり、多くの人口を失った異界の復興のために力を貸せと。


 内々に編成された調査団が異界に派遣されるとともに、不可解な現象が外惑星系で確認されたことから、それが真実であると確信され、政府は異界移行事業に着手することとなる。


 当初は列車のみならず、航空機を使った移行も計画され、小型機による移行実験も行われたそうだが、異界へ移行後すぐに、異界上空に厚く立ちこめる赤黒い瘴気の雲の影響により、機体が乗員ごと異形の怪物へ変化(へんげ)し、いずこかへ飛び去るという事故が発生したことから断念され、本事業は鉄道のみで実施されることとなった。


 乗客となるよう誘導された対象者が乗車する列車の異界移行は、深洞簀(みぼらす)様の呪術により実施されるが、その力も無限のものではなく、一日一往復程度の移行が限度であり、全国十二駅が順番に移行受入を行うため、各特殊駅においては二週間に一回程度の移行者受入を行うことになっているのだ。


 だが、ここに来ていきなり二十六駅の増設は無茶だ。深洞簀(みぼらす)様の呪力が追いつくはずがない。確かに現在の月間移行者数では、人類の地球脱出とは到底言えないものであることぐらい承知している。しかし、今まで以上の負担を深洞簀(みぼらす)様にかけて倒れられてもしたら、元も子もないではないか。


 同様の疑問を抱いたのだろう。東海地方の駅長が挙手のうえ質問したが、その答えはさらに驚くべきものだった。


 現在、呪術のかしりを目的とした呪術者支援AIを開発中で、概ね完成しており、間もなく、列車の全乗客を一度に異界へ送ることが可能になるという。

 しかし、大勢の移行を一度に行えば、当然失踪者の増大が目立つようになる。大規模移行は、もう少し具体的な侵略(・・)の証拠を提示できる段階になってから、主要各国と調整のうえ、全国民への発表後に実施すべきであるとの見解を、審議官は述べた。


 そして、現在は特殊駅長をはじめとする移行事業関係者の異界移行に際しては、臨時の移行列車を用いているが、今後は呪術支援AIを備えた移行専用のエレベーターが駅に設置されることにより、比較的容易に行き来ができるようになるらしい。


 また将来的に、各特殊駅へ数名の自衛官を配置し、近頃頻発する、列車到着後の邦人誘拐に対処するという。


 新たな事実と決定事項を一方的に伝えられると、引き続き異界移行事業に係る省庁間連絡会議を開催するということで、我々は別室に追い出された。

 

 その後、あらためて駅長連絡会議が開かれたが、新年度が始まって間もないこの時期の異動に出席者から不満が噴出し、議事進行役の本社係長が火消しを務めるだけの不毛な内容になってしまい、他の特殊駅の参考事例が聞けなかったのが残念だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった。 気軽に話すあちら側の人間でも胎児と融合していたり、こちら側と決定的に違う描写が入っておりゾワッとした。もう少し別の人でも似た描写は欲しかった。 駅とは別の都市伝説的な異界小説も…
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