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第三話 みついし駅前

 改札は、鉄子の言うIC乗車券対応のものではなく、昔ながらの有人改札ブースがあるだけだ。ブースの乗車券トレイに乗車きっぷを置いて改札を抜ける私の後ろで、鉄子は通過をためらっていた。おそらく、自分のIC乗車券が使えないからだろう。非常事態だから仕方がない、この事態を招いた鉄道会社に責任があるのだ、と彼女を説き伏せて、私達は駅の外へ出た。


 駅正面すぐにある階段の上でしばらく佇んでいると、断続的な赤い光が、左手に小さく見えた。程なくして、小さなエンジン音とともにパトカーが現れ、階段下の狭い坂道に停車する。


「通報されたのは、あなた方ですね」


 鋭く赤い光が辺りを染め上げるなか、運転席から降りてきた警察官が、階段上の我々に声をかけてきた。

 赤色灯の明滅が激しいなかでは、階段が非常に見づらい。転げ落ちないように注意しながら、鉄子と二人で降りていく。そしてなんとか転ぶこともなく、パトカーの(そば)にたどり着いた。


「ご足労をおかけしまして、申し訳ありません。電話でお話し致しました通り、どうやら最終列車の運行に問題があったようで、こんな時間にここで降ろされてしまったんです。私はともかく、こちらの女性が大変お困りのようでして」


 そう言いながら鉄子の顔を見ると、これ以上ないと言うくらいに安心したような、そして感極まったような表情をしている。その双眸は涙を溜めているのかのように、赤い光を反射していた。


「この辺りは滅多に車も通りませんし、たまに通ったとしても、たちの悪い運転手にどこへ連れて行かれるか、分かったものじゃないですからね。どうぞ遠慮なく、我々を頼ってください」


 若い警官は、鉄子に視線を向けながら、明るい口調で言った。


「それで、どうしましょうか。一旦本署へお連れしますか? それとも近隣の旅館へご案内しましょうか? 近場であれば、お宅までお送りするところですが、お電話では、明石方面だと仰ってましたよね。さすがにそちらまではご容赦ください」

「すいません、ありがとうございます! 大丈夫です。近くの旅館で結構です。よろしくお願いします」


 右の後部ドアを開いて乗車を促す警官に、鉄子はそう答えながら座席に身を乗り入れる。


「それで、あなたはどうされますか」

「いや、もちろん私は遠慮しておきますよ。駅で一晩明かしますから」


 鉄子がパトカーに乗り込むのを確認した私は、そう警官に答える。決して嘘ではない。言葉通り、この駅で朝を迎えるのだ。


 車に乗らないという私の言葉を受けて、助手席からもう一人の警官が降りると、そのまま左側の後部ドアを開けて、鉄子の隣に乗り込んだ。


「ちょっと、おじさん! こんなところで、どうするつもりなの! 一緒に行きましょうよ!!」

「見ず知らずの女性と旅館に行くほど、私は非常識じゃないよ。それにきみには、これから他にも行かなければならないところがある。そこへ私がついて行っても、仕方がないんだよ」


 腰をかがめて鉄子にそう言葉をかけながら、私は後部ドアを閉めた。運転席に戻った警官と二言三言、窓越しに言葉を交わし、最後に別れの言葉を鉄子にかけようと後部座席に顔を向けると、窓が少し開く。どうやら警官が気を利かせてくれたらしい。


 だが、彼女は私に顔を向けることもなく、うつむいたままだった。辺りに反射する回転灯の赤い光のなか、私には彼女の顔色が青ざめている様に見えた。


「――そうか、そういうことなんだ……。最初から、なんか変だと思ったんだ。だっておじさん、あのおかしな状況で、全然動揺してなかったんだもん。あんなに暗い車内で新聞なんて読んでるし。そりゃそうか。仕組んでいる側の人なんだもん、当然だよね……。さっきも床に釘が出ているから危ないって、ここのこと知らなけりゃ言えないよね、あんなこと。あはは、わたし、まんまと騙されちゃった。都市伝説って本当にあるんだ……。わたし、どうなっちゃうのかな……」


 鉄子の小さなつぶやきが聞こえる。途端に私は彼女にかける言葉を失った。一体どうしたんだ、私は。同じようなことを、今まで数え切れないほど、こなしてきたじゃないか。

 確かに今夜は、予定外の突発的な出来事に違いないが……。もしや、彼女が怪異に巻き込まれる時点から一緒にいたことで、余計な共感を抱いてしまったのだろうか。


 だが、私は断じて騙したわけでも、悪事を働いたわけでもない。確かに彼女の言う通り、仕組んだ側の人間ではあるが、規定の範囲内で融通を利かせながら、適切に対処しているつもりだ。むしろ今回の件は、彼女自身のためにもなることなのだ。だから余計な罪悪感を抱くな。私は自分にそう言い聞かせる。


「それでは、如月(きさらぎ)さん。我々はこれで失礼します。このお嬢さんを、いつものように、しっかり送り届けてきますので、ご安心を」


 運転席の若い警官は、私にそう言って敬礼をすると、ハンドルを握った。そして舗装されていない駅前の狭い道を二、三回切り返し、元来た方向へ戻っていく。再び、辺りに闇が押し寄せてきた。


「私もまだまだだな……」


 赤色回転灯を灯しながら去っていく、備前県警のパトカーを見送りながら、私は独りごちた。

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