呪いをかけられた女騎士様。所構わず「んほぉぉぉぉ!!」と言ってしまう様です
私の名はアルフィーナ・エルメス・メラザーナ。
かの有名なメラザーナ家の誇り高き系譜を継ぐ女騎士だ。
聡明で勇敢な我が一族の名に恥じぬよう、日々精進を怠ってはならぬ。今日も今日とて厳しい朝練を終えた私は、汗を拭きながら王宮へと馳せ参じた。今日は朝から調子も良いし、きっといい一日になるだろう―――
「ご機嫌麗しゅうございますアルフィーナ様」
「うむ、今日も良い天気だな んほぉぉぉぉ!!」
―――コホン
「誰も聞いて無かったな?」
「は! 何も聞いておりませぬ!!」
今日は調子が良いと思いきや、いきなりこれだ……。
「それでは…………」
物陰に隠れ胸を押さえ息を落ち着かせる。いつぞやにかけられた呪いのせいで、私の輝かしい人生が台無しだ!!
あれは遡ること一年前、怪しい形をした魔導師が潜伏しているとの情報を受け、善は急げと単騎突入したものの私は逆に呪縛陣に捕らえられ奇妙な術をかけられたのだ……。
「くくく……! お前の様な美しくて可愛い女騎士には【口が勝手に滑る呪術】をかけてやろう……」
「止めろ!! 止めてくれー!!」
それ以来私は口を開けば「んほぉぉぉぉ!!」と勝手に発してしまう病気になってしまった。正直名家の恥として今すぐにでも自害したい程だが、奴を仕留めるまでは死ねん!!
「アルフィーナ様! 奴の潜伏先が分かりました!!」
「何!? 今すぐ行くぞんほぉぉぉぉ!!」
私は早馬を繰り、奴の潜伏先へと駆け付けた!
(ここか…………)
そこは崖の下に作られた洞窟の様だった。ロープを垂らし慎重に洞窟へと降り立つ。
―――カチッ! ババババ!!
「んほぉぉぉぉ!?」
着地と同時に足下に設置してあった魔方陣が光り輝き、私は全身が痺れたかの様に身動きが取れなくなった!!
「これはこれは女騎士様ではありませんか……え、もしかして私に会いに来て下さったのですか?」
「だ、誰がお前なんか……に、んほぉぉぉぉ!!」
「あーあー、酷い顔をして……そうだ。今回はもう一つ呪術をかけて差し上げましょう!」
魔導師は持っていた本を開き、楽しそうにページをめくった。ま、マズい……このままでは…………。
「そうですね……口が滑って【ありがとうございます!!】と言ってしまう。のは如何でしょう?」
「くっ! 殺……んほぉぉぉぉ!!!!」
「あーあー、ヨダレまで垂らして……どれどれ」
―――ボボッ
指先から臙脂色の炎を出し、私の胸の中へとゆっくりと押し込んでいく魔導師。不気味な寒気と恐怖が私の心を蝕んでいく……。
「さて、具合は如何ですか?」
「んほぉぉぉぉ!! ありがとうございましゅぅぅぅぅ!!!!」
「クスクス……怒った顔で言われてもねぇ?」
「た、助け、んほぉぉぉぉ!! ありがとうございましゅぅぅぅぅ!!!!」
「ハハハ……。さて、本題に入ろう。私は君が好きだ」
「な、何をバカなんほぉぉぉぉ!! ありがとうございましゅぅぅぅぅ!!」
「実はこっそりと水晶による透視で君の日常を覗いていた。日に日に君への想いが募ってね……」
―――ゴソゴソ
ローブから取り出された掌程のブラックオニキス。奴は優しくブラックオニキスにキスをすると、私の方へとそれを近付けた。
―――パチン!
「さあ、拘束は解いた……後は君が選びたまえ。今ここで私と結婚するか、それとも今まで通り口を閉ざした生活を送るか……」
地面に膝を着き口を押さえる私の目の前に迫った、黒々と怪しく光るブラックオニキス。これにキスをしたら誓いは成立する。コイツと夫婦に…………
(くっ! こんな屈辱……!!)
「それとも【ひぎぃぃぃぃ!!】も着けるかい?」
(ク、クソが…………!!)
私は……私は、震える手先で奴の手を支え、そっと宝石に口づけをした…………。
「うん。これで今から君と私は夫婦だ。しかし君を拘束したり束縛したりはしない。今まで通り自由に暮らしたまえ。私の所へは時々でいい」
「汚名のまま……んほぉ……帰れ、るか!!」
「はは、頑張るねぇ♪」
それから私は奴と苦楽を共にした。特に何かを強要する様な事は無く、私は呪い以外は真面な日常を送れた。奴は違法スレスレだが効き目は確かな薬を調合し販売する仕事をしており、医者に見放された重病人に感謝される日々を送っていた。
ローブの下は意外と筋肉質で、材料の調達による戦闘や遠征で程良い筋肉が光っていた。悔しいことに私はその肢体にちょっとドキッとした。
そして薬を調合する奴の顔付きは真剣そのもので、私は隣で見ているだけなのだが、何故か時折心が苦しくなる。
「あ、隣の薬瓶を取ってくれるかい?」
「んほぉ……」
「……出来た」
薬瓶に注がれた蒼色の泡立つ液体。それを私に手渡すと彼は一言「君の口癖を治す薬だ」と言った。薬と彼を交互に見つめ、私は少し戸惑った。
「大丈夫、本物だから」
「ほんほぉ……?」
私は薬瓶に指を入れ、舌で少し舐めた。すると、心に住まわっていた何かが抜けていくような清涼感が全身を駆け巡った。
「どうだい?」
「あ、あー、あー! 治った!? 治ったわ!!」
「どうやら治った様だね。本当は直ぐに治したかったんだけど、材料の夜雫草の調達に手間取っちゃってね……ごめんよ」
私は嬉しくてそのまま踊りながら洞窟を抜け出した! 何故彼が治す気になったのかは不明だが、今は普通に話せる喜びに身を任せよう!
「家族に挨拶したら直ぐ戻ります!!」
案外彼はそこまで悪い奴でもないのかも知れない。もう少しだけ様子を見るのに一緒に暮らすのもいいだろう。私の心に今まで芽生えた事の無い感情があることに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
―――しかし、私が洞窟に戻ると彼は調合道具の隣で静かに冷たくなっていた。私は一瞬何が起きているのか分からず茫然自失となっていた……。
静かに彼の顔の横へと座り、手を握った。固く冷たい手はもう動くことは……無い。
―――カサ
彼の懐から何やら四つ折りの紙が落ちた。手に取り開いてみると、それは彼からのメッセージであった…………
―――アルフィーナ・エルメス・メラザーナ様へ
君がこれを見ていると言う事は、私は既に死んでいるか殺されているかしているのだろう。実は私は死に至る呪いに掛かっていたのだ。昔、自らの不始末から師匠の怒りを買った私は『好きな女性と結ばれると死ぬ』呪いを受けた。
最初はその呪いの事は笑い飛ばしていたが、君と出会ってしまった……私は、胸が締め付けられる想いにどうにかなってしまいそうだった! こんな気持ちは生まれて初めてだ。
何とかして呪いを解こうと試みたが、師匠を超えていない私の技量では呪いを解くことは叶わなかった。だが、それらしい呪法を見つけたのだ。解呪には『好きな異性の毛髪や唾液』が必要だった。だから……君が偶然にも私の所へ来たときに呪いをかけた。度々私の元へ来るように…………。
しかし、誤算が二つあった。一つは私が君に結婚を申し込んでしまった事。あまりの可愛さにずっと手元に置いておきたくなってしまったのだ、許してくれ。そして二つ目は君が私の事を―――
メッセージの最後はか細い筆。恐らくは死の間際に書いたのだろう…………。
私は彼からの手紙を手にしたまま、動くことが出来なかった。憎しみの荒海の中に咲いた一輪の好意の花は、私の心を酷く弄び、奥底の情念には彼と過ごした日々、捕らわれた事すらも綺麗な思い出として狂わせるのであろう…………
読んで頂きましてありがとうございました!