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剣聖グラムの空虚

作者: 伊賀良太郎

剣聖。ソードマスター。刀匠。数多くの異名を持つそれらは名高い力の一端として、勢力の1つとさえ数えられていた。その力は圧倒的であり、技量は他を寄せ付けることは無く、その域絶人の域とまで謳われた。戦場を駆ければ功績を挙げ、土手に並べられる程の御首を持ち帰る。舞台で剣舞を舞えば息を呑むほど美しく、その力を見せれば人々を熱狂させる。剣聖とは人々の憧れであり、強さの象徴。至高の戦人の名の1つであった……。

というのは昔の話。

その技量が名を馳せて居たのは人が人と戦って居た時代の話。戦場は平地の野戦で、敵は鎧を着て盾と槍や刀を持ち、刃物と刃物で戦っていた時代の話だ。鋼と鋼がぶつかり合う音が主流だったのは昔の話。マスケット魔導銃が開発されるのを機に時代は変わる。

兵の進軍は騎馬から戦車へ、偵察は斥候から戦闘機へ。戦いの主流は鉛と鉛の戦いへと移り変わっていった。攻撃力が多大なインフレーションを起こした結果、人間本来の防御力など鋼の鎧を足した所で微々たる物。釣り合いは崩壊し、鎧は戦場から姿を消した。個人という物を消し去ったのだ。戦場は人と人とが命を賭けて戦う場所から鉛で人を殺す場所へと変わってしまった。

剣聖という名はすっかりと過去の物へと変わってしまった……。



剣聖グラムの空虚



ダン!という単発の音がいくつも重なり、まるでオーケストラの様に複雑な絡まり合いを見せる無機質な音に顔をしかめながら胸に抱えた安物のいつ壊れるとも知れない魔導小銃を握り締める。リタは鉛が掠めない様に下に伏せると、不運に遭って死なない様神に祈る。

リタは生まれ落ちてからこの方、わりかし悪くない運の元に生きて来た。貧しい村の中でも食にあぶれたことは無かったし、村長の娘として村の人よりかは裕福な暮らしをして来た。早生まれだったから村長の娘という地位も手伝ってガキ大将として同年代の子に威張れる子供時代を過ごした。男勝りで雑な性格が手伝ってついぞ男を見つけることは出来なかったが、リタとしても子分の様な奴らに貞淑に尽くすなんてちょっと想像出来なかったので仕方ないと思っている。

平凡な人生かもしれないが自分の人生だ。平凡でも何でも良いから生きて居たい。人生に一度くらいは街に行ってみたいし、人生に一度くらいは干し肉でない肉を焼いて腹一杯食ってみたいし、人生に一度くらいは、その、恋もしてみたい。

何とか生きたいと精一杯祈った次弾を撃とうと前を見た瞬間、リタはそこに神様を見た。


「綺麗……」


ふと、リタの口をついて出たのはこの戦場という場所に酷く不釣り合いな言葉だった。

そこに居たのは少年。体は細く痩せ気味であり、背は160あるか無いかくらいで今にも折れそうな枝を連想させる。着ている服は農村でも見れそうな粗野な物ながらも、雰囲気がそうさせるのか彼が身に付けると少し小綺麗に見える。肌は太陽など知らぬ吸血鬼の様に白く、少し不健康そうな印象を受ける。そのスラっとした立ち姿もそうだが、リタが最も惹きつけられたのはその顔だ。つるりとした能面の様に白くはっきりとした顔立ちにすっきりと通る鼻筋、くりっとした大きめの青い目に薄い桜色の唇。男としてはありえない程にさらりとした金髪を後ろで縛った姿はともすれば貴族の様にすら見えた。

(危ない!アイツ殆ど丸腰じゃねーか!)

見れば少年は腰に一本の細身の両手剣を下げるのみ。そんな格好でこんな所をうろついているのだ。リタの側は安価な魔導小銃が10丁と魔導爆薬がある程度だが、向こうは何をして来るか分からない。そんな戦場のど真ん中に目に付いた武器も無く居ればどうなるかは火を見るより明らか。想像に難く無い。

「助けてやんねーと!」

それはガキ大将としての親分肌の気質であったのか、少年の美しさにあてられたのか、さっきまで震えて銃弾が過ぎるのを待っていたリタはそこには居なくなっていた。

直ぐ様立ち上がったリタは積んだ土嚢を飛び越え、少年に向かって駆け出した。

(当たんなよ!今までの運でも何でも使って良いから今だけは当たんな!)

ぐらつく足で滑る地面を踏みしめて少年の元へ走る。リタはもしかしたら今までで1番遅いのではないかも知れないという程時間がじれったくなる程ゆっくりと流れれる。聞こえる銃声の一発一発が酷く大きく聞こえ、その一発一発に震えた。

「こっち来い!そこのお前!」

リタが声をかけるとその少年はきょとんとした顔を浮かべ、こっちを見るばかり。

「バカ!」

チッ、と舌打ちしたリタはその少年の首根っこを掴み引き返す。男だとは信じられないくらい軽く、引き摺る形にはなるが、持ち運ぶ事は可能だ。

あと少しで土嚢の裏に届く、といった所で足首がスッと冷たくなり、次の瞬間火のついた様に熱くなる。

撃たれた、と思った時には土嚢の裏に滑り込む事が出来た。しかし、上手く足に力が入らずバランスを崩した様で顔を思いっきり打ち据えてしまった。

「イタ〜!」

頭を抑えこなくそと思いながらリタは恨みを込めて魔導弾を打つ。補正が掛かってない只の鉛玉なのでそのままあさっての方向に飛んで行ってしまった。クソ、と吐き捨てながらリタは少年に向き直った。

「お前!危ないだろ!あんな所で何してたんだ!」

怒鳴った所でそういえばとリタは今更ながら思い至る。目の前の少年が敵の可能性があることを。取り敢えず必死で何も考えてなかったが、よく考えればマズイことをしたかも知れない。

サッと青褪めるが、時既に遅し。足を怪我した今では逃げられないし戦うしか無い。ガチャリと魔導小銃を握り直し、静かに備える。

「人を探してて……」

「こんな所に探し人なんているもんか!もっと他を探しなよ!アタシが助けなきゃお前今頃蜂の巣だ!」

「ごめんね」

あまりの気の抜けた返答にすっかり毒気を抜かれたリタは怒りの抜けた顔で少年を責め出した。

「あのなぁ、謝るくらいだったら自分の身くらい自分で心配しな。誰もアンタなんか面倒見てくれやしないよ。だいたい……」

「そうじゃなくて」

この世間知らずの子供に説教してやろうと思った所で本人に遮られ、少年に目を向けるとその少年はリタの足を、もっと言えば先程撃たれたふくらはぎ辺りを心配そうに見ていた。幸い傷は綺麗に貫通しているので血さえ止めておけば取り敢えずは大丈夫だろう。

「ごめんね。僕のせいで怪我をさせてしまったみたいだ」

「お、ぉおう。別にこれくらいなんて事はねーよ。ありが」

ありがとな、と言おうとした所で元々コイツのせいだし礼を言う必要ねぇか、と思い直した。少し気恥ずかしくなったリタは誤魔化す様に頬を掻いた。

「あー、お前。名前は?」

聞かれた少年は驚いた様に大きく目を開けると、少しだけ微笑んだ。


「グラム。グラム・ハイエスト」


それは、史上最高の技術を持った、産まれる時代を間違えてしまった一人の剣聖の名前だった……。


「そっか。アタシの名前はリタ・バルド。リタって呼んでくれ」

「分かったよ。リタ。所で今どうなってるの?ここら辺のこと何にもわからなくて」

「どうなってるもクソもねーよ。アイツらがいきなり攻めて来たんだ。土地が欲しいから潰してまるごと使いたいんだとよ!」

リタは思い出すだけでもムカムカした。朝一番に突然村を買い上げると言い放ち、拒否したらその足で本体を連れて攻めて来たのだ。どうやら土地を狙っているのは商人らしく、そこまで戦力差に開きが無かったのが幸いだったが、それでもジワジワと押されている。いや、もしかしたら村に押し込めてまとめて叩き潰すつもりなのかも知れないとリタは考えていた。

「そっか」

グラムの声にハッと我に返ったリタはグラムを見ると、あろうことかグラムは立ち上がり、土嚢の先からその頭を出した。

「バカ!死ぬぞ!何やってんだ!」

リタの制止の声を振り切り、グラムは大きく息を吸うと、大声で向こう側の魔導小銃を構える兵士達に叫んだ。

「ねぇー!リタが土地が欲しいっていきなり攻めて来たって言ってるんだけどーー!本当ぉー!?」

慌てて首根っこを掴んで下に下ろすと丁度その直ぐ後を魔導弾が通り過ぎる。あと少し遅ければ赤い血の花が咲いていたであろうことにリタは身震いする。

向こう側にいる兵士が、一瞬面食らった後、すぐに返事がかえってきた。

「そいつらが買い上げ満足しないのが悪いのヨォーー!大人しくしとけば良いものを変に欲張るからだ!強欲は我が身を滅ぼすってなぁ!」

兵士のあまりの厚顔無恥な物言いにカチンと来たリタが土嚢から顔を出したグラムを怒ろうとしたことなど綺麗に忘れ、思わず土嚢から身を乗り出し、この場の誰よりもデカい声でどなり返した。

「誰が強欲だクソボケェ!テメェなんぞ舌切り落としてボイルして食ってやる!首洗ってまっとけぇっー!」

もう一言二言言ってやろうと更に身を乗り出したところで首根っこ掴まれて戻される。リタが目を開けるとそこには少し眉を顰めたグラムが居た。

「そんな所に顔出したら危ないよ」

「お、おう。悪い」

何か物凄く釈然としない物を感じながらリタが謝ると、グラムは急に優しい顔になってうん、と一回頷いた。

「リタが傷付いたら悲しいからね」

うんうん、と何を納得したか何度か頷くと、グラムは屈伸をしだす。

「何してんだ?」

「うん?いや、あの人達殺そうと思って」

まるで何でもないことのようにポロっと言った言葉をリタは上手く消化出来ない。

「あ?」

「そんな顔しないでよ。リタ。確かに可哀想だとは思うけど。いのちを奪おうとしてるのにそれでいて奪われなくない。なんていうのはそれこそ強欲だと僕は思うよ」

何となくズレたことを言うグラムにリタが食ってかかる。

「そうじゃねー!相手は銃持ってんだぞ!そんな小枝みたいな剣1つでどうにかなるもんか!死ぬぞ!」

胸ぐら掴むリタに向かってグラムはキッパリと言った。

「それならそれまで、だよ。言ったでしょ?いのちを奪おうとしてるのにそれでいて奪われたくないなんて強欲だよ」

「……死にたがりかよ」

「ううん、違うよ。それが生きるってことだろう?」

「……お前の言ってることはよく分からね」

違う。感覚が。何一つでさえも事ここに限り、リタはグラムに最初に抱いた思いを思い出した。

神様だ。小さい、生きている。でも、目の前に居るのは確かに神様なのだ。

だからリタはその小さな神様に祈った。

「死ぬなよ。お前の言ってることはよく分からないから。それを後でアタシに教えてくれ」

「大丈夫。今回に限ってはそんな心配要らないよ」

え?と聞き返した言葉は彼には届かなかった。ただ、最後に言葉が聞こえただけだ。

「彼らよりは強いから」



「助けてくれ!抑えきれない!早すぎる!応援を!」「報告!三班が突破されました!もうすぐ此方に、うぎゃあ!」「やめろ!俺には家族ガッ!」「逃げろ逃げろ!何だこの化け物は!」「助けてー!」

斬り、そして斬る。それは一筋の風だった。辻斬り。撃たれる前に斬れば良い。撃たれたら避ければ良い。

たったそれだけのことで兵士達は瓦解する。

「ええい!敵は1人だろう!何をしてる!物量で押し潰せ!」

隊長が喚くが、被害報告は収まることなくむしろ増大していく。

「くっ!アレを使うしかないか……。破壊機だが奴には上等!奴をここに通せ!」


「あれ?」

急に手応えが無くなり、というより明らかに相手が逃げて行くようになりわざわざ追って殺すのも良くないかと思い直したグラムは誰も居ない野を1人闊歩する。そろそろ戻ろうかと足をリタの元へ向けた所でグラムは聞きなれない音を聞く。

ガシャーン。ガガガ。という地面を削る様な音がした後そっちに目を向けると空からソレが落ちて来た。

「フハハ!小僧!かなり腕が立つようだが貴様は所詮人。圧倒的な力の前には潰される他ないのだよ!

見よ!この勇姿をこの巨大さを!高さは建物にも匹敵する巨大魔導ゴーレムよ!どんなに大きな家だろうが3分あれば粉微塵に出来るぞ!」

それはまるで山と見紛うような巨大なゴーレムだった。煉瓦を無数に重ね、人型を作ったような歪な姿が魔力によって稼働している。

「そう。魔力封入。刀身長大」

グラムはそれをチラリと見ると興味を無くした様に剣に魔力を纏わせ、少しの間だけ擬似的な刀身を作る。


ここで、グラムの流派を説明しておこう。彼の流派は攻撃を尊ぶ。相手が防御鎧を着ている?それごと叩き斬れば良い。相手が剣で防御した?それごと叩き斬れば良い。相手が岩の裏に隠れた?それごと叩き斬れば良い。攻撃の極致に達し、全てを一刀の下葬り去ることから、その流派の名を「一刀流」という。


ズバン!!!


それは奇しくも、銃の発想と良く似ていた。

技でも何でもなく、ただ一刀の下に斬り伏せたゴーレムと隊長を尻目にグラムは剣を1度振ると鞘に収めた。

「うん、じゃあ取り敢えずリタの所に戻ろうかな」

小さな剣の神様は1人の少女の元へゆっくりと戻るのだった。

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