協力して!
「アレに書いてたこと、ほんと?」
ええ、と私が頷くと、ルカス・オトゥールは、明るい緑の目をまん丸に見開いた。
休日、私はアスラとミリアを連れてオトゥール侯爵邸に来ていた。レベッカの弟ルカスが、私と個別に話をしたいと言ったからだが。
ルカスが待っている客室の一つに入ったのは、私とミリアの二人。
アスラは、ドアの外にいてもらうことにした。
ミリアを連れて入ったのは、私が転生者であることを知っているからだ。
前世が、公爵家の令嬢であったこともミリアに話している。
アスラにはまだ言っていないが、多分耳のいい彼女なら、外にいても、私とルカスの会話を聞くことができるだろう。
信じる信じないかは。彼女にまかせようと思う。
「セレスティーネ・バルドー公爵令嬢、か。〝暁のテラーリア〟の一作目の悪役令嬢だよね」
「ええ」
「うわあ……」
信じられない! とルカスは頭を抱えながら向かいに座る私を見つめた。
「マジで? つまり、君って二度目の転生なんだ」
「ええ、そうなのだけど。やっぱり、二回の転生っておかしなことかしら?」
「え、いや、そういうこともあると思うよ。うん。生まれ変わりって概念は、日本人には馴染みあるし。記憶なくても、地球世界では普通にあったと俺は思ってるから」
ただ……とルカスは大きく息を吐き出した。
「二度の悪役令嬢の転生ってのは、どうなのって感想だけど」
「そうね……私も有り得ないと思った。なんで、こんなことにって」
「うん。わかるよ。だいたい、レガール国とシャリエフ王国にゲームの世界が混じってるなんて、ほんとにわけわからないし。一応、パラレルワールドってくくりにしたけどさ」
「あのね。私は読んだことがないのだけど、乙女ゲームをやっていた主人公が、ゲームの悪役令嬢に転生したという話がネットにたくさん上がってたらしいの」
え? とルカスは目を見開いた。
「ネットって、日本にいた時だよね? えっ、そんなのネットに上がってたんだ。知らなかったな」
悪役令嬢に転生って、まんまじゃん、とルカスはブツブツ言った。
「あ、そういえば、日本からの転生者は俺達の他にもいるって書いてあったけど?」
「ええ。父が再婚した継母と、続編のヒロインが日本からの転生者だったわ」
「はあぁぁ? ヒロインまで転生者⁉ ────う~、わけがわからない……」
ルカスは、ぐしゃぐしゃと自分の銀髪をかき回した。
ま、考えるのは後でいいか、とルカスは短く息を吐き、私の方に向き直った。
「セレスティーネのこと、もう少し詳しく教えてくれるかな。日本にいた時の記憶が戻ったのは、死ぬ前だったってあったけど、セレスティーネって、断罪された後、修道院送りか国外追放かだったよね」
「そうね──でも、前世の私が死んだのは、断罪があった日だったわ。後ろから剣で刺されたの」
ええっ! とルカスはテーブルに手をついて立ち上がった。
「剣で刺された? 何それ……そんなの知らないけど⁉」
「お嬢様! 私もそんな話、聞いてません!」
そうね、と私は傍らにいるミリアの手をそっと握った。
「ミリアには、心配させたくなくて事故だって言ったの」
「お嬢様……お嬢様は、殺されたんですか」
「前世でのことよ。私は今、ちゃんと生きてるでしょう?」
そうですけど、とミリアはぐすっと鼻をすすった。
「セレスティーネは剣で殺されたってこと? ゲームにはそんな展開なかった筈だけど」
「だから、この世界はゲームに似た世界であって、必ずしもゲーム通りにはいかないということじゃないかしら。今の私も、ゲームとは設定が違っているのでしょう?」
ルカスは、眉をひそめながら首を傾げた。
「やっぱり、悪役令嬢だからって断罪されて殺されるなんておかしいよ。確かにゲーム通りに話がすすまないことはあるけど、それって、だいたい誰かが違う行動をするからなんだよな。実際、姉さんがゲームとは違う行動をしたから、最後が変わったんだし」
「じゃあ、あれは……誰かが違う行動をしたから?」
もしかして、記憶はなかったけど、前世の私がゲームの通りのことをしなかったからだろうか。
うーん……と、ルカスは唸りながら考え込んでいるようだった。そして。
「ごめん、嫌かもしれないけど、その時の状況、詳しく教えてくれないかな」
私は頷くと、ルカスに卒業パーティーで起こったことを話した。
あの日のことは、忘れたくても忘れられない記憶だった。
憎んではいない。セレスティーネのことを信じてくれず断罪した婚約者のことも、背後から剣で刺した幼馴染みのことも。
ただ、悲しかっただけだ。
私から話を聞き終えたルカスは、腕を組んで目を伏せた。
「……やっぱり、おかしいよな。セレスティーネが死ぬ理由がわからない。婚約者の王太子がヒロインのことが好きになり、ヒロインに嫌がらせをしたセレスティーネを断罪するってのはゲーム通りなんだけど。その後、騎士団長の息子が後ろから剣で刺す? ありえないって」
「でも、そうだったわ。前世の私は、彼の言う事に納得できなくて前に足を踏み出そうとしたら、悲鳴があがって……びっくりして竦んだら刺されていたの」
「刺した騎士団長の息子の顔、見た?」
「ええ。なんか、凄く驚いていた。自分のしたことが信じられないという顔」
う~ん、とルカスは首をひねった。
「それって、すっごく作為的なのを感じるなぁ。ヒロインって、シルビアって言ったっけ。そんなに好きなキャラじゃなかったんだよな。誰にでも愛想よくってさ。実は、俺、本編の悪役令嬢だったセレスティーネが最推しだったんだ」
「え?」
「月の女神様みたいな美人だったじゃん。子供の頃から王太子のことが好きで、婚約者のために一生懸命頑張ってるのがわかるし。逆にヒロインは何にも努力しないで、ただ無邪気に笑ってるだけで誰にでも愛されてさ。ズルくない?」
「…………」
「ま、ゲームの話だけどね。嫌がらせも、婚約者を取られるって不安からのもので、そんなひどいもんはなかったし。それに、さっき聞いた話だとセレスティーネは、その嫌がらせもしてない。ただ忠告しただけだろ? それで、なんで断罪されるの?」
おっかしいよな、とルカスは頭に手を当てて顎を上げた。
ルカスに言われて私は、自分も疑問に感じていたことを思い出した
前世が悪役令嬢だったことを思い出した時、何故断罪されたのか理由がわからなかった。
ゲームのような嫌がらせを、やった覚えがなかったのだ。
「嫌がらせしてないなら、冤罪で責められたってことだよな。誰かが噓をついてセレスティーネを断罪させたんだ」
「そんな……どうして、噓を?」
「悪役令嬢が何もしないと、断罪イベントが起こらないからじゃない?」
「ゲーム通りに、ということ? 何故?」
「考えられることは一つだね。断罪は行われなければならなかった。何故かというと、自分の身が危険になるから、かな」
え? と私はルカスの言っていることがわからなくて首を傾げた。
「続編のヒロインは、日本からの転生者だったんだろ? じゃあ、本編のヒロインも『暁のテラーリア』を知ってる転生者の可能性があるじゃないか。で、もし、ヒロインが逆ハーレムをやろうとして失敗したんだったらさ、最悪のバッドエンドが起こるから回避しようとするよね」
「バッドエンド? 攻略しようとした対象者に愛されなくて、誰とも結婚できなくなってしまうという、あれ?」
「それは、攻略対象を一人に決めてやった時のバッドエンドだろ? そうじゃなくて、攻略対象全員をオトすという逆ハーレムだよ」
「ええっ! そんなことができるの⁉」
「まあ、正規じゃない裏技だね。知る人ぞ知るってやつ。実際できるんだけど、いい結末じゃないね。全員に愛されるけど、誰とも結婚できないのはバッドエンドと同じ。でも、全員を攻略できなければ、ヒロインは攻略対象の誰かに殺されるんだ」
「殺されるって、まさかそんなこと──」
「普通はやらないんだけどね。だから、ヒロインが死ぬバッドエンドのことを知ってる人間はあまりいないと思うよ。というか、逆ハーレムを試すプレイヤーを見越して、そんなバッドエンドを用意した作者が怖いよ」
「…………」
「知ってて嬉々として試した、俺の従姉も大概怖い性格してたけど」
「貴方が言いたいのは、ヒロインだったシルビア様が転生者で、逆ハーレムに失敗しそうだから、自分の身を守るために悪役令嬢を断罪させたってこと?」
「ゲームの王道として、王太子と結婚しちゃえば殺されることはないと思ったんじゃない?」
そんな……そんな自分勝手な理由で、前世の私は断罪されて殺されたの?
「あの、お嬢様? シルビア……様というのは、レトニス陛下の最初のお妃様のことですよね? 確かあの方は修道院に幽閉されたって、奥様がおっしゃってましたが」
「あれ? そんなことになってんの? まあ、シャリエフ王国の王妃がクローディアって人だと聞いてから、なんかあったんだろうなとは思ってたけど」
他国の、それも王族の情報って簡単には入ってこないんだよな、とルカスは、ふうっと息を吐いた。
「シルビア様が転生者だったなら、前世の私が断罪されて死んだのは、彼女のせいってこと?」
「可能性だけどね。ゲームの内容が変わってて、登場人物が違う行動をしてるのに、ゲーム通りのことが起こるのは、そのように誘導している人間がいるからとしか思えないだろ」
「そんな…………じゃあ、レトニス様の記憶障害は、彼女が何かしたからなの?」
「記憶障害? 何それ?」
私が王太子だった頃の記憶が所々消えていたというレトニスのことを話すと、ルカスは眉間に皺を寄せた。
「ますます、疑わしいよな。シルビアって人、かなりヤバいよ。修道院に幽閉されてるって言ってたけど、今もまだそこにいるの?」
さあ、と私は首を傾けた。母のマリーウェザーが、レトニスの記憶障害の原因について調べるとは言っていたけど、シルビアのことまで調べているだろうか。
「悪役令嬢の断罪って、三十年以上前の話だっけ。てことは、今、四十代後半? 何もなかったら、十分生きてるよなぁ」
そういえば、そうだ。シルビアが、クローディアを毒殺しようとした罪で王宮を追われ、修道院に幽閉されたと聞いてから、彼女が今どうしてるかなんて、考えたこともなかった。
もしまだシルビアが修道院にいるなら、あの時の真相を聞けるだろうか。
にしてもさあ、とルカスはキラキラした目で私を見つめてきた。
「アリステアが俺の推しのセレスティーネだったなんて…………うわもう、感激して涙出そう」
え? と私は目を瞬かせてルカスの顔を見つめた。本当に目じりが下がって泣きそうになっている。
セレスティーネが最推しと言うのは本気だったのか。
「あ、そういえば、セレーネってセレスティーネからきてるの?」
ええ、と私が頷くと、ルカスはそうかあ、と納得した顔で笑った。
「セレーネってさ、ギリシャ神話の月の女神のことだよね。なんかピッタリ」
「月の女神? まあ! じゃあ私ったら自分の事を女神だって言ってしまったのね!」
「別にいいんじゃない。だって、この世界の神話じゃないし。俺の名前なんか、ルカス・アルジュ・ナ・オトゥールだもん」
で、姉さんなんか、レベッカ・クリシュ・ナ・オトゥールだよ、とルカスは面白そうに笑った。
アルジュナやクリシュナは聞いたことがある。アルジュナは古代インドの英雄で、クリシュナは神様だったか。二人がそんな名前だったなんて、知らなかった。
「異世界でも、ちゃんと地球世界とつながってるんだって思うと感慨深いよね」
確かに、街の様子や物が、地球世界にあったものと重なることがあった。
帝国がどことなくドイツの街を思わせたり、レガール国がイギリス風だ。
日本で作られたゲームだから、と思うこともあったが。
「ちなみに、この世界の月の女神は、セリーナというんだ」
「えっ?」
ドキッとした。なんだか自分の名前を呼ばれたような気がしたのだ。
多分、セリーナが、日本で生きていた時の名前〝芹那〟に似ていたからかもしれないが。
「とにかく、この世界って俺達にとって不思議なことばかりだよね。なんでゲームの世界が入ってるのかとか、日本で死んだ俺達がどうしてこの世界に転生したのか、とか。これって、異世界から転生してきた俺たちにしかわからない感覚だと思うんだ」
だから、とルカスは椅子から立つと、いきなり私の手を両手で握ってきた。
「協力して!」
「お嬢様!」
突然のルカスの行動に、ミリアが目を剝くが、私は大丈夫だと笑みを見せ、彼の顔をまっすぐ見た。
「何をすればいいの?」
「とりあえず情報かな。スパコンだって、情報を入力しないと答えは出ないんだし」
「セレスティーネの時の話をすればいいの?」
「そうだね。やっぱり昔の事を知りたいな。それで、どの辺りからゲームの設定が変わりだしたのか調べてみたい」
「わかったわ」
ルカスは、パッと嬉しそうに笑うと、握ったままの私の手を上下に振った。
「ありがとう! じゃ、これからも交換日記をよろしく!」