再会
すみません~展開を少し変更することにしました。
登場人物が変わります。 (6月19日)
そうではないかと思っていたことだが、ルカス・オトゥールは日本からの転生者だった。
これで私の知る日本からの転生者は、母マリーウェザーとエレーネ・マーシュ。そしてレベッカの弟のルカスで3人になった。
エレーネが転生者だったことは、マリーウェザーから聞いて知った。ちょっと特殊だったことも。
日本からの転生者は、他にもいるかもしれない。もしかしたら、日本以外からの転生者も。
この世界では、転生は珍しいことではないと聞いた。
昔は、前世の記憶を持った人間が多く存在していたらしい。特にガルネーダ帝国ではそれはごく当たり前のことのようだ。
しかし、最近は記憶を持った転生者が少なくなったという。
そういえばキリアは、妹が転生者だったが、成長するにつれて前世の記憶はなくなっていったと言っていた。
でも、私も母マリーウェザーも、そしてレベッカの弟のルカスも、前世の記憶がしっかりと残っている。
忘れていることもあるが、それでも自分が芹那だったこと、そしてセレスティーネだったことを忘れていない。
……なんだろう?何が違うのだろうか?
もう一度、同じ転生者であるルカス・オトゥールと話をしたかったが、学生とはいえ、男性と二人っきりで会うのはやはり問題である。
たとえ、他の学生のいる図書室でも、何度も会っていれば噂になって迷惑をかけてしまうかもしれない。
といって、レベッカが一緒のところで、彼女に理解できない話をするわけにはいかないし。
どうしたらいいだろうかと考えたが、結局機会を待つしかないかと諦めた。
ルカス・オトゥールと話をした翌日の朝、私は前日同様、花壇に囲まれた東屋でレベッカと登校前のお喋りを楽しんだ。
この朝、レベッカは数冊の本を持っていた。
「セレーネに渡してくれって、ルカスに持たされたのよ。レガール国の歴史がわかりやすく書いてある本らしいわ」
レベッカから手渡されたのは、幅広のベルトでまとめられた分厚い本が一冊と薄い本が二冊。表紙も厚みがあってしっかりしているので、冊数の割に重い。
「重いのに、わざわざ持ってきてくれてありがとう、レヴィ」
いいのよ、セレーネが喜んでくれるなら、と言ってレベッカは微笑んだ。
それからまた、少しレベッカと話をしてから学舎に向かうために椅子から腰を上げた私は、傍らに立っていたアスラの様子に気がついた。
腕を組んで立つアスラの眉間が僅かに寄って、学舎のある方向をじっと見つめている。
「? どうかしたの、アスラ?」
「いや──今日の帰りはどうなる?昨日みたいにレベッカと一緒?」
あっ!と、レベッカは声を上げた。
「ごめんなさい、セレーネ!今日も放課後あのバカに呼ばれているの。今日こそ一緒に図書室に行くつもりだったのに」
レベッカは悔しそうに顔を歪めた。
「やはり、マリアーナ様のこと?」
でしょうね、とレベッカは嫌そうに額を押さえた。
昨日、レベッカからマリアーナ様のことを聞いて本当に驚いた。
まさか、レガールの王太子との縁談が勧められていたなんて。
「今度は絶対に失敗は出来ないから不安なんでしょうけどね。ったく、あれで将来、王となって国を治めるのかと思うと不安しかないわ」
「マリアーナ様が王妃になるなら、きっと大丈夫よ」
「そう……そうよね。マリアーナ様なら、きっとあのバカを手懐けてうまくやってくれるでしょう。王家もいい選択をしたと思うわ」
(手懐けてって……レヴィは本当に、自国の王太子の評価が低いのね)
「じゃあ、今日は授業が終わったら、まっすぐ寮に戻ることにするわ。貸してもらった本を見てみたいし」
私は、レベッカから受け取った本を、寮の部屋に持って帰るようアスラに頼んだ。
「アリス。授業が終わる頃、迎えに行くよ」
本を受け取ったアスラがそう言うので、私はこくっと頷いた。
「じゃあ、いってくるわね、アスラ」
アスラは、学舎に向かう私とレベッカが見えなくなるまで見送ってくれた。
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「今日は図書室に行かないんですか?」
その日の授業が全て終わり、教室を出ようとした私に声をかけてきたのは、ピンクブラウンの髪の小柄な少女だった。確か、男爵家の令嬢で、マチルダと呼ばれていたと思う。
話したことはないが、時々目が合うと慌てて横を向く仕草が可愛いと思っていた少女だ。
考えてみたら、登校二日目。クラスメイトに話しかけられたのは初めてだった。
嬉しい気持ちで、私はマチルダに微笑んだ。
「ええ。今日は予定があるのでまっすぐ寮に戻ろうかと」
「あ、そうなんですか。予定があるなら仕方ないですね」
「何か?」
「いえ……昨日図書室でお見かけしたので、今日も行かれるなら、ご一緒にと思ったものですから」
まあ、と私は目を見開いた。
「お誘いは嬉しいわ。じゃあ、明日、一緒に行きませんか」
「え?……はい!」
キラキラした目で頷くマチルダは、本当に可愛らしい。
ほんのりと暖かい気分でマチルダに背を向けて歩き出した私の後ろで〝天使様〟という言葉と共に、少女達の明るい笑い声が聞こえてきた。
学校内で響く楽しそうな声──なんだか、とても懐かしい……
どちらかというと、思い出すのは日本で通っていた学校生活だった。
勉強と部活だけでなく、学校での四季の行事はとても楽しかった。
続編が本当に終わっているのなら、私はここで思い出に残る生活を楽しみたい。
「あら、もう寮に戻られるんですの?」
寮の方向に向かう私とすれ違おうとした令嬢が、ふいに声をかけてきた。
ウェイブのかかったダークブロンドの長い髪の令嬢は、初めて見る顔である。
ボタンは同じ色だから学年は一緒のはずなのだが。
大きな菫色の瞳が印象的な美しい少女だ。
同じクラスの生徒の顔は全て覚えているので、彼女はレベッカのクラスなのだろう。
はい、と私が答えると、彼女は微笑んだ。
「急に声をかけてごめんなさい。私は、フレイラ・アジェリア。よろしくね」
「アリステア・エヴァンスです」
よろしくお願いします、と私は頭を下げる。
「貴女、シャリエフ王国からいらしたのよね」
「はい」
「まだ行ったことがないのだけれど、とても美しい国だと聞いているわ」
ふふっ、とフレイラ嬢は笑う。
「そのうち、ゆっくり貴女とお話がしたいわね」
「はい、ぜひ」
「寮に戻るのでしたら、中庭からが近いですわよ」
「そうなんですか?」
フレイラ嬢は、中庭への行き方を分かりやすく教えてくれた。
「ありがとうございます、アジェリア様」
私は、彼女に礼を言うと、中庭への出口へ向かった。
(フレイラ・アジェリア様──爵位は仰らなかったけど、多分、高位の方だわ)
ピンと伸びた背筋や仕草が綺麗で、徹底した淑女教育を受けている印象だった。
そう、レベッカやマリアーナ様のような。
中庭に出ると、すぐに見覚えのある白い花が見えた。
寮に続いている、あの並木道だ。
「まあ。本当に近いわ」
それだけでなく、中庭には小さいが花壇があり、パンジーに似た色とりどりの花が咲いていた。
可愛い……思わず見惚れ、私は花を眺めるために足を止めた。
すると、突然背後から誰かに腕をつかまれた。そのまま後ろに強く引っ張られ悲鳴を上げかけたが、その前に激しい破壊音がしたため、私は驚いて口を閉じた。
気づけば、私は誰かの腕の中に抱きこまれていた。
誰? 状況が理解できず困惑した私は、固まってしまい動くことができなかった。
(あ、でも……なんだか覚えのある気配が?)
「大丈夫か?」
かけられたその声に、私はあっとなって顔を上げた。
目を瞬かせながら私は、間近にある顔を見つめる。
「サリオン?」
「ああ」
「え? どうして、サリオンがここにいるの?」
「…………」
サリオンは無言で抱き込んでいた腕を緩めると、スッと顎を上げて上を見た。
私はというと、さっきの破壊音が気になっていた。
足元を見ると、地面には白い陶器の破片が、細かく散乱している。
花瓶か何かだろうか。さっきの破壊音は、この花瓶が割れた音?
広範囲に散らばる陶器の破片を見れば、これが、かなりの高所から落ちてきたのだとわかる。
そう。今、サリオンが見ている最上階の窓あたりから。
「怪我はないか、アリステア」
「ええ、なんともないわ。サリオンは?」
俺も大丈夫だ、と答えてサリオンはホッと息を吐いた。
「助けてくれてありがとう。でもサリオン、いつレガールに来たの?」
てっきり、サリオンはまだ帝国にいると思っていた。
だって、お兄様から、ライアス王太子殿下の帰国はまだ決まっていないと聞いていたし。
サリオンは、ライアス殿下の護衛騎士だったはずだが。
「殿下に、ある方の警護を命じられてレガールに来たんだ」
「ある方?」
「帝国の皇女殿下だ」
「皇女殿下? レガール国に来られているの?」
「いや、まだ──皇女殿下の訪問はひと月後だ。俺は警備の下見のために先にこの国に来たんだ」
「もしかして、ここも皇女殿下の訪問予定に入ってるの?」
「ああ、そうだけど……」
私は、少し肩を落とすと、小さく息を吐きながら笑った。
サリオンが、ん? という顔で私を見る。
「じゃあ、サリオンは、私がここに留学してるから会いに来てくれたわけじゃないのね」
えっ⁉ とサリオンは顔色を変える。
「いや、俺は!」
「いいの。お仕事、頑張ってね」
「アリステア!」
私が背を向けて立ち去ろうとすると、サリオンは慌てたように私の手を掴んだ。
「寮に戻るなら、送るよ」
「大丈夫よ。すぐそこまでアスラが迎えに来ているから」
「アスラ……そうか、あいつがいたか」
サリオンは、私の手をギュッと握った。
「アスラがいる所まで送る」
サリオンは、私と手を繋いだまま歩き出した。
学舎の手前にある大きな木の下に立っていたアスラは、歩いてくる私達に目を瞬かせた。
「黒騎士?」
アスラは、なんでお前が? という顔をし、サリオンはというと、ふうん? という表情でアスラを見た。
「執事、か。なるほど、似合ってる」
ああ? とアスラは目を細くしてサリオンを睨む。
サリオンは、そんなアスラに苦笑しながら、彼女の耳に顔を寄せ何かを告げた。
途端に、アスラの眉間に深い皺ができる。
なに? と思ったが、サリオンは、じゃあまた──と言って去っていった。
「ねえアスラ? サリオンは、なんて言ったの?」
アスラの眉間はまだ寄っている。
「アリス──何か危ない目にあった?」
「え?」
アスラにそう聞かれた私は、ちょっと困った。心配させたくはないのだが、話さないわけにはいかないだろうな……
寮の部屋に戻ると、机の上に今朝レベッカが持ってきてくれた本が置いてあった。
私は、そっと指先で本の表紙に触れる。
転生者であるルカス・オトゥールが選んでくれた本なら、きっと私が疑問に思っていることのヒントが見つけられるかもしれないと期待する。
「お嬢様。その本──まさか今から読まれるんですか?」
カップにお茶を注いでいたミリアが、積まれている本に視線を向けた。
「そうね。明日も朝早いから、今日はやめておくわ」
「その方がいいです。お嬢様は、興味を持つとすぐに夢中になられるから。朝まで読むなんて絶対に駄目ですからね!」
わかったわ、と私は頷くと、丁度ドアを開けて入ってきたアスラを呼んだ。
「アスラ、ミリアがお茶を淹れてくれたわ。一緒に飲みましょう」
ああ、とアスラが表情を緩めるのを見て、私はホッとした。
あの後、私は、花瓶が落ちてきて当たりそうになったことをアスラに話した。
丁度学院に来ていたサリオンに助けられたことも。
アスラは何も言わなかったが、その後もずっと無言だったのだ。
自分のせいではないが、やはり気にさせてしまったかと申し訳なかった。
「アリス。明日の帰りはどうなるんだ?」
「明日は約束があるから、少し遅くなるわ」
約束って、レベッカ様とですか? とミリアが聞いた。
「いいえ。同じクラスの子とよ。今日初めて会話したのだけど、とても可愛らしい人なの」
まあ! とミリアは驚いたように目を見開いた。
「レベッカ様以外のご友人ができたのですね、お嬢様! 良かったですわ!」