続編の内容を聞く
25日に2巻発売です。でも、もう出てるとこあるんですよね。
地元の書店にも、もう平積みになってました。
もし見かけたら、お手に取ってもらえると嬉しいです。
声なき叫びを上げた後、息すら止めてしまったかのようなルカス・オトゥールは、しばらく私を見つめてから、ハッとした顔になり再び書棚の方へ向かった。
戻ってきた時には、彼はまた多くの本を抱えていて、それらを机の上に置いた。
まるで壁のように積み上げられた本に、私は目を丸くした。
何故なら、彼が持ってきた本は歴史書だけでなく、数学書や物理の本まであったからだ。
共通しているのは、やたら分厚いということだろうか。
「ほんとに、転生者?」
徐ろに本を開いたルカスが、コホンと咳払いした後、小声で尋ねた。
「ええ」
「俺が転生者だってこと、最初からわかってたんだ」
そりゃあ、と私は笑みを浮かべた。
「悪役令嬢なんて言葉は、この世界にはないものだから。少なくとも、シャリエフ王国にはないわ。この国にもないことは、レヴィ……貴方のお姉様から聞いていたし」
「あ、ああそうか。ん──ま、そうだよなぁ」
ルカスは苦笑して頭をかいた。
「で、君は日本人?」
「ええ。あなたも?」
はあ……とルカスは溜め息を吐いた。
「悪役令嬢なんて知ってる時点でそうだよな……」
日本人です、とルカスはガバッと机に両手を置き頭を下げた。
「俺以外にも、日本からの転生者はいるんだろうなぁって思ってたけど、まさか悪役令嬢に転生してるとは思わなかった。いや、マジで驚き!」
私も、と頷く。
「同じ日本からの転生者に会えて嬉しいわ。それで私……アリステア・エヴァンスは、やっぱり〝暁のテラーリア〟の続編に出てくる悪役令嬢なのね」
「うん。そうだよ」
「私、続編が出ることは知っていたのだけど、ゲームはやっていなかったから、どういう話なのか知らなくて」
「え、そうなの?」
続編が出る前に死んだから、と私が言うと、ルカスは、あ……と小さく声を出した。
「そうかぁ……俺は、かろうじてやれたって程度かな。ノーマルのハッピーエンドをやり終えてすぐに、俺も事故で死んだみたいだから」
「事故?」
「うん。バスの事故。俺、高校生で、バス通学してたんだけど、運悪く大きな事故に巻き込まれちゃってさ。気づいたら、この世界に転生してた」
まあ、と私は口元を覆って彼を見た。
続編が出た頃に高校生なら、日本にいた頃、私よりずっと年下だったことになる。
「私は大学生だったわ。……やっぱり事故で死んだの」
彼が転生者だとわかっても、自分が通り魔にあって殺されたとは、なんとなく言えなかった。マリーウェザーと違って、彼が、転生前も未成年だったからかもしれない。
「そうなんだ。ほんと、こうして転生できたけど、これって運がいいのか悪いのか考えちゃうね」
言って、ふうっと、ルカスは息を吐いた。確かに、と私も思う。
「そういえば、レベッカのことを悪役令嬢だと言っていたみたいだけど、そういうゲームがあったの?」
「あ、そうか、知らないよな。レベッカ・オトゥールが悪役令嬢のゲームは、続編と同時期に出たやつだから。実はさ、この続編、遺作扱いになってるんだ」
「遺作?」
「続編は一度発売延期になったんだよ。ゲームの製作者が突然死しちゃってさ。自殺だったって噂も流れてた。ホントのところは結局発表されなかったからわからないままだけど。亡くなる前に、製作者がアマチュア時代に作っていたらしいゲームを会社に送ったんだ。それが、悪役令嬢レベッカ・オトゥールが出てくる話。先に世に出たのはシャリエフ王国が舞台のやつだけど、それよりずっと前に作られていたのが、レガール国の話だったってわけ。実際、この世界でも、レガール国の建国の方がシャリエフ王国より早いよね」
「そう……だったの」
〝暁のテラーリア〟の製作者のことを、私は知らなかった。覚えがないから、多分ゲーム雑誌にも顔が出てなかったのではないかと思う。
「ゲーム会社の方も、レガール編は知らなかったみたいだ。おかげでどっちも楽しめて良かったけどさ──それが、まさか死んでから、ぶっ飛んだ悪役令嬢の弟に生まれ変わるなんてね。マジで、俺が何したんだって嘆いたよなぁ。まぁ、今は悪くないと思ってるけど」
「貴方も、この世界は、乙女ゲームの世界だと思う?」
「ここまで設定が同じなら、そうとしか思えないよ。国の名や、メインとなる登場人物の名前──それに、こちらから設定を変えなければ、ゲームと同じ展開で進むしさぁ。続編の方には、名前は出てないけど、レガール国からの留学生が出てくるんだ。それが、この世界のレベッカ・オトゥール、姉さんになってるんだよね。ゲームのレガール編のレベッカは、シャリエフ王国に留学はしない。でも、こっちでは、5歳の時に友人が出来たことで留学することになったんだ」
まあ、と私は驚いて口元を押さえた。
転生者かもしれないと思って、いろいろ聞きたかった私だが、聞けば驚くようなことばかりだった。
ゲームでは留学しなかったレベッカが、シャリエフ王国に留学するきっかけになったのは、間違いなく自分だろう。
「続編通りなら、姉さんが親しくなる令嬢は、マリアーナ・レクトン侯爵令嬢なんだ」
「マリアーナ様が──」
「姉さんは、第二王子の婚約者候補だったマリアーナ・レクトンが、悪役令嬢だと思ってたみたいだけど。ゲームではアリステア・エヴァンスが第二王子の婚約者なんだ」
「え?でも、私はエイリック殿下の婚約者じゃなかったわ」
「そういう話も出なかった?」
ええ、と私は頷く。私が婚約したのは、トワイライト侯爵家のサリオンだ。
第二王子ではない。
「婚約者の話は聞いたよ。おかしいよな……ゲームでは、5歳の時に王宮で見た第二王子に一目惚れしたアリステア・エヴァンスが、父親の人脈と財力で婚約者におさまったんだけど、王立学園に入学してから第二王子は、ヒロインのエレーネ・マーシュに夢中になるんだ。で、卒業式の日、悪役令嬢への断罪が起こるんだけど──全然違う展開になってるね」
確かに。あの時、王宮の庭で声をかけてきたのが第二王子だと、後からレベッカから聞いただけで、一目惚れどころか興味すらなかったのだ。
第一、私に関心すらない父親が、私のために動いてくれるなど考え辛い。
「続編では、私とサリオンが婚約するのは、あり得ないことだった?」
「トワイライト侯爵家自体、話に出てこなかったからな」
ルカスは、全くわからないと首をかしげた。
「婚約したのは10歳の時って聞いたけど、選んだ理由が何なのか知ってる?」
「突然、お父様に連れられてトワイライト家に行ったから、理由は知らないわ」
うーん?とルカスは小さく唸った。
「アリステアの母親って、子爵家の令嬢だったよね」
「え?違うけど。私の母はクレメンテ伯爵家の令嬢だったわ」
ルカスは、え!?と、驚いたように目を見開いた。
「伯爵令嬢って、なにそれ!?アリステア・エヴァンスの母親は子爵家の次女で、エヴァンス伯爵の幼馴染みだってことになってたけど?」
「幼馴染み……」
「ラブラブの夫婦でさ、生まれた娘を溺愛して何でも言うことを聞いてたから、かなり我儘な令嬢に育ったんだ」
娘を溺愛……とてもそうは思えない。だって、私、お父様に優しい言葉をかけられたことも、抱かれたこともないのに。
「なんかもう……最初から違ってるんだな。ただ、悪役令嬢が転生者だったからって理由だけじゃなさそう」
「え?どういうこと?」
「だってさあ、今のアリステア嬢って、ゲームとはイメージが違うし。合ってるのは、金髪で青い瞳ってだけだよ。顔も全然違う」
「違う?顔が違うの?」
そうだったかしら?と私は首を傾げ、芹那だった時に雑誌で見た続編の悪役令嬢のキャラクターデザインを思い浮かべた。
綺麗な金髪で青い瞳だったのは間違いない。顔は……どうだった?
私は思い出そうと記憶を探ったが、何故かはっきりと思い出せなかった。
ドレス姿と髪型が雑誌で見た悪役令嬢とそっくりだったから、顔も同じだと思ってしまったのだろうか?まさか、そんなことが──
「ゲームのアリステアは、あんまり喋らなくて大人しい女の子かと思うと、いきなりキツい目で睨みつけ毒を吐くような令嬢なんだ。顔は可愛いのに、我儘で人の言うことは全くきかない。ま、可愛く言えば困ったちゃん、はっきり言えば面倒臭い女」
「……そうなの?」
驚きだった。続編のアリステア・エヴァンスがそんなキャラだったなんて。
ゲーム雑誌に載っていた、続編の悪役令嬢アリステアのキャラクターデザインからはそんな印象は受けなかったのだけど。
「そう。アリステア・エヴァンスは、およそ姉のタイプじゃない。どっちかというと、敵対するタイプかな?まあ、うちの姉も相当キツいんだけど、善悪はキッチリ理解してる人だから。悪役令嬢だけど、ね」
「…………」
「あ、ごめん……今の君がアリステア・エヴァンスなのに、酷いこと言っちゃった……」
いえ、と私は首を振った。
「ゲームの彼女のことを聞けて良かったわ。私、最初に出た一作目しか知らないから」
「一作目って、セレスティーネという名の銀髪の公爵令嬢が悪役の話だよな?実は、あれ、近所に住んでた従姉がやってたのを時々見てただけで、全部は知らないんだ。内容は、王太子を巡るヒロインと悪役令嬢の攻防って感じだったよな。断罪イベントは絶対に見ろと言われて最後まで見せられたんだけど──セレスティーネが美人だったよなぁ。全然悪役令嬢には見えなくて。まぁヒロインも美人だったけどさ。俺の好みは断然セレスティーネだった!どことなく、俺の憧れの女性に感じが似ててさぁ」
「…………」
「一作目のゲームは、今の国王が王太子時代のだったかな。やっぱり、ゲーム通りのことがあったんだろうか。アリステア嬢は知ってる?」
聞かれて、私は困惑し口籠った。
「いえ、私は……」
「ああ、やっぱ、わからないよな。当事者って、俺たちの親世代になるし。ああいう醜聞って、結構秘密にされるもんだからなぁ──けど、なんとか調べられないかな」
「あの……その時のことがわかれば、この世界のことが何かわかるかしら?」
「え?」
「この世界は、本当に私達が知る乙女ゲームの世界なのか、ちょっと疑問で」
私の言葉にルカスは、目を瞬かせ、迷うように口をパクパク開閉させた。
そして、何か言おうとしてルカスが口を開いた時、近づく足音が聞こえた。
「セレーネ!遅くなってごめんなさい」
「レヴィ。用事はもういいの?」
「ええ。行くのは面倒だったけど、面白い情報が聞けたわ」
「面白い情報って、何?」
目をキラキラ輝かす弟を、レベッカはジロリと睨んだ。
「あんたには関係ないことよ。それより、何よ?この本の山」
「アリステア嬢がレガールの歴史を知りたいって言うので選んだ本と、後は視線を遮る用」
なるほど、とレベッカが視線を向けると、何人かの生徒が慌てて顔を背けた。
レベッカは、フンと鼻を鳴らす。
「もう遅いから帰りましょう、セレーネ。寮まで送るわ」
「でも、レヴィは帰りの馬車が待ってるんじゃないの?」
「まだ大丈夫よ。ミリアが淹れたお茶を飲む時間はあるわ」
「え……何それ!俺もお茶欲しい!」
「女子寮は男子禁制よ。あんたは本を片付けて馬車の中で待ってなさい」
「はいはい……」
ルカスは、ぶうたれながら本を抱えて立ち上がった。
「ところで、姉さん。アリステア嬢のこと、なんでセレーネと呼ぶの?」
「親友だからよ」
迷うことなく断言する姉のレベッカに、ルカスは何故か笑みを浮かべ彼女にはたかれた。