留学ー初登校ー
あ〜〜11月になってしまった……
寮を出ると、学舎までは長い並木道が続く。
道の両側に背の高い木が立ち並び、丁度花の咲く季節だったのか、白い花が枝一杯に咲き乱れている。
シャリエフ王国では見たことのない花だったが、とても綺麗で、甘い匂いをさせていた。
初めて見る花だったが、漂う匂いはどこか懐かしい気分にさせる。
もしかしたら──昔どこかで、この花に似た匂いを知っていたのかもしれない。
「セレーネ!」
学舎の屋根が見えてきた時、名前を呼ばれ、声がした方に顔を向けると、待ち合わせていた相手の笑顔が見えた。
私を唯一セレーネと呼ぶレガール国の侯爵令嬢は、美しい黒髪を靡かせながら駆け寄り、私をぎゅっと抱き締める。
まだ、登校時間には早いため、生徒の姿はなく、駆け寄って抱きついても、貴族令嬢が!と眉を顰められることはない。
「まあ!セレーネ、制服がとてもよく似合ってるわ!」
「レヴィこそ。黒髪だからかしら?大人びて見えて、凄く素敵!」
ふふっと、私たちは互いに褒め合って笑う。
「お揃いの服っていいわぁ。でも、制服だから他にも大勢いるのよね。なんとかならないかしら」
「まあ、レヴィったら!」
私は思わず笑ってしまった。ああ、こういう会話が楽しくて仕方ない。
初登校のこの日、レベッカが二人で話がしたいから、と生徒が登校する一時間前に会う約束をしていたのだ。
何故なら、同じ学校に通うことになったものの、私とレベッカはクラスが違ってしまったからだ。レガール国の貴族学院は13歳から通うことになっているので、レベッカは一年だけ通って、その後、一年遅れの入学となるシャリエフ王国に留学した。
そうして再び貴族学院に戻ったレベッカだが、入学時のクラスに入ることが決まっていたのだ。
そして私は、家の事情で領地に戻ることになった生徒のいた、隣のクラスに入ることになった。その生徒が学校をやめなければ、同じクラスに入っていた可能性があっただけにレベッカは非常に悔しがった。
しかし、もう決められたことだからしようがない。
「あら、ぴったりじゃない」
アスラを見たレベッカが、ふ〜んという顔で感想を述べた。
「ほんとにぴったりで、私も驚いたわ」
「これ、今のじゃなく、去年のなんだけど、身長は同じくらいだったのね。凄く似合ってるわよ、アスラ」
アスラは表情を変えず、レベッカに向けて軽く頭を下げた。
「どこから見ても美少年ね。気をつけないと危ないわよ」
「危ないって、何が?」
「美少年好きにキャアキャア騒がれて、迫られるのよ。うちの執事もよく迫られていたわ」
「でも、アスラは女性よ」
「この格好じゃ女とは思われないわよ。でも、女だとわかったら、男装の麗人とか言って、やっぱり追いかけられるかもしれないわね」
私はレベッカの言葉に目を瞬かせ、できるだけアスラを人目につかせないようにしようと決めた。
レベッカが、お喋りするのに丁度いい場所があると案内してくれたのは、学舎の裏にまわる小道を少し歩いた所だった。
木々が邪魔して、多分学舎の窓から見ることは出来ないだろうと思えるそこは、放射線状に作られた花壇があり、その中央に丸い屋根の東屋が建っていた。
東屋には、三人くらい座れそうな白い長椅子が一つ置かれていた。
私はレベッカと長椅子に座って話をし、アスラは私の背後に立って周囲を見ていた。
「本当に、シャリエフの王立学園より広いので驚いたわ。学舎の雰囲気も違うし」
「中は変わらないわよ。13歳から17歳までの四学年で2クラスずつ。家庭科室や学習室、研究室、図書室があるのは同じでしょ?」
「ええ、そうね。図書室は大きいの?」
「大きいわよ。学舎の三階は大半が図書室ね」
まあ!と私は目を見開き口元に手をやった。
外から見ただけだが、学舎はかなり大きかった。その三階の殆どが図書室だなんて、いったいどれほど広いのか。その蔵書数も見当がつかない。
「セレーネは本が好きなのよね。じゃあ、放課後、案内しましょうか」
ええ!と私は大きく頷いた。
学校の図書室とはいえ、レガール国の本にはとても興味があった。
帝国の兄の屋敷の図書室で見た本も、シャリエフの王立学園にないものが多かった。
特に、歴史書は他国のことはあまり詳しいものがない。
今、私が知りたいのは、この世界の歴史だった。
何故か乙女ゲームの世界に酷似したこの世界の過去が、いったいどうなっているのか、私は知りたかった。
午前中の授業を終えると、私はレベッカと二人食堂で昼食をとった。
食堂は学舎とは別棟の、二階建ての水色の建物だった。一階が食堂で、2階はサロンになっているらしい。
全生徒が利用するといっても、貴族学院の生徒数は三百人ほど。
広い食堂は、全員がテーブルについても、ゆったりとした感じだった。
「クラスはどうだった?嫌な目に合ってない?」
大丈夫よレヴィ、と私は心配性なレベッカに笑ってみせる。
知らない人ばかりでドキドキはしたが、レベッカが気にするようなことは何もなかった。
「初日で慣れないから、まだ誰とも話せてないけれど、雰囲気は悪くなかったわ」
「そう。大丈夫とは思うけど、何かあったら言ってね、セレーネ」
ええ、と私が微笑むと、レベッカは大きく目を見開き、何かを呟くと、小さく息を吐いた。
「レヴィ?」
どうしたのか問いかけようとした時、私とレベッカのテーブルに、誰かの影が映った。
レベッカが、あら……と声を上げ、そして眉をひそめて目の前に立っている男を見た。
レッドブラウンの髪に、琥珀色の目をした、整った顔立ちの男で、制服のボタンの色が赤だから同じ学年か。見覚えがないから、レベッカのクラスの生徒だろう。
レベッカがニッと口角を上げると、男はビクッと肩を震わせた。
「まあ、お久しぶりですわね、グレイソン殿下。朝お見かけしませんでしたが、元婚約者の私に何か御用でしょうか」
え?と私は、顔を引き攣らせている男の横顔を見つめた。
レベッカの元婚約者というと、まさか──レガール国の王太子殿下?
「お……お前に話がある」
「お前?」
レベッカの眉が吊り上がると、彼は慌てて言い直す。
「オトゥール公爵令嬢に話がある!」
「後ではいけませんの?今、友人と食事中です」
「あ、ああ……じゃあ、授業が終わった後でいい」
そう答えた王太子殿下の視線が、スッと私に向けられた。
私と目が合った瞬間、王太子殿下は驚いたような表情で固まり、私の顔を凝視した。
(え?なんだろう?私の顔に何か?)
困惑したが、そういえば目の前の彼が王太子殿下なら、礼をしなければ、と私が腰を浮かしたその時──バン!とテーブルが大きな音をたてた。
レベッカが、両手でテーブルを叩いた音だったが、さすがに食堂にいた生徒たちがギョッとなって、こちらを見た。
「わかりました。放課後、お話を聞きましょう」
「あ、ああ──では、生徒会室で待っている」
「はあぁぁ〜?生徒会室ですか?」
眉をひそめるレベッカに対し、王太子殿下は、食事の邪魔をしてすまなかったと謝ると背を向けて立ち去った。
気づく方もいると思いますが、レベッカ周辺の設定を少し変えていきます。
特にキャラ。今回は、レガール国の王太子の名前と髪色を変更しました。さすがに似た名前が多すぎた……
難しいなぁ。
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どうぞヨロシク!