閑話 芹那が語る物語
最初の本が出る前に、宣伝用にpixivで書いた話です。
本編の過去であり、未来でもある短編です。
「あっくん!ねえ、ちょっと、あっくんってば!来てよ、来て!」
ああ? と一人遅い朝食をとっていた少年は、リビングでTVを見ていた大学生の従姉に呼ばれて顔をしかめた。
「なんだよ? 俺、今メシ食ってんだけど」
いいから来なさいって!ほら、早く!と従姉に急かされ、少年は嫌々ながらリビングに足を向けた。
まあ、キッチンとリビングは繋がっているので、たいした距離ではないのだが。
「ほら、この子! あんたが去年から追っかけしてる子なんじゃないの!」
「はあぁ?追っかけって、なんだよ。人を変態みたいに……」
眉を寄せ、従姉が指差す方を見ると、丁度、TVは朝のワイドショーをやっていて、見覚えのあるレポーターが何かの事件の現場でマイクを握っていた。
通り魔が女性を襲ったとかなんとか言っている。
え〜物騒、と少年が呟くと同時に、パッと画面に被害者女性の顔写真が出た。
それを見た途端、少年は驚愕に目を見開き、口を大きく開けた。
一目でわかった。
少しグレーがかった髪に灰色の瞳をした美少女は、従姉が言った通り、彼が中一の時に一目惚れし憧れていた女性に間違いなかった。
「えっ!! 何!? これって……」
「やっぱりそうでしょ? 薙刀の子!あんた、よくこの子の試合見に行ってたものね。まだ二十歳になったばかりだって。私より二つも年下よ。可哀想に」
TV画面には、女子大生が通り魔に刺されて意識不明の重体になっているとあった。
「え……うそ! えぇぇぇっ! 上坂芹那! なんでぇぇっ!?」
「バイトの帰りだったそうよ。ひどいわねぇ。犯人はまだ逃走中だって」
「…………」
嘘だ!嘘だあぁぁ!重体って……なんでだ! なんで俺のマドンナがぁぁぁ!?
□ □ □
目を開けた時、彼女の目に映ったのは、白い天井と白い壁。
あれ? ここ、どこ? というように頭を動かしてまわりを見た彼女は、ああ……と息を吐き出した。
腕につけられた点滴と、医療機器。
自分はどこかの病院にいるのだろう。個室かな?ベッドが一つしかないみたいだし。
そうか……こうなったんだ。まだ生きてたんだね、身体は。本当は、見るだけのつもりだったのだけど。
窓にはカーテンが引かれていたけれど、病室の中は明るい。
今何時頃かな?と窓の方に顔を向けていたら、戸が開く音が聞こえ、彼女は反対側に顔を向けた。
びっくりしたような看護師の顔が見えたのでニッコリ笑うと、看護師は慌てて廊下に飛び出して行った。
「芹那!」
病院から連絡を貰ったのか、そんなに時間がたたずに彼女の両親が病室に駆け込んできた。
化粧っ気がない母親を見て、芹那は、凄く心配させたんだなあと申し訳なく思った。
だって、同年代の女性に比べて、母親はいつも綺麗にしていて若々しかったから。
母は、自分の年齢なら、もう孫がいてもおかしくないのよねえ、といつもコロコロ笑っていた。
その母が、涙でくしゃくしゃになった顔で娘の手を握っている。
母の後ろで、眼鏡をかけた父親がやはり泣いていた。
「良かった……もう駄目かと……」
「何を言ってるんですか、お父さん!芹那が死ぬわけないでしょう!」
「あ、ああ……そうだな。悪かった」
泣き笑いのような顔で謝る父親に、芹那は悪いなぁと思った。
この状態は長くは続かない。本当は、もう死んでるのだから。
通り魔に刺された時点で死んだ筈だったが、延命処置で辛うじて身体が生きていたから戻れたに過ぎない。
でも、その身体も長くはもたないことはわかっている。あくまで、これは一時的なのだ。
それでも、突然のことで、両親に別れの言葉も言えなかったことが気がかりだったから、芹那としては戻れて良かったと思う。
「お母さん。お父さん」
「なあに、芹那。ああ、疲れた?」
芹那は、首を振る。
「ごめんね、心配させて」
「いいのよ。芹那のせいじゃないんだから」
母の手が優しく芹那の頭を撫でた。
感覚はないけど、嬉しいと芹那は思う。こうして両親と話ができるなんてホントに奇跡のよう。
既に死んでいた身体を、こうして生かしてくれていたからの奇跡だ。
「私……もう、会うことも、話をすることもできないと思ってた。言い残したいこと、一杯あったのに。だから……ごめんね、お父さん、お母さん。芹那の側に、ずっといてね」
ずっと……最後までいてね。
目が覚めてから、両親はずっと芹那の側にいてくれた。
医師から、意識は戻ったが、危険な状態は変わらないということを、両親は聞いたと思う。
目覚めてから検査を受けたが、身体は最悪の状態で、何故意識が戻ったのか不思議なくらいだったろう。
芹那は、背後から背中を刃物でひと突きにされただけと思っていたが、実際は数十ヶ所めった刺しにされていたようだ。
意識がないまま抵抗したせいか、手のひらや腕とかもかなり傷ついていたみたいだ。
身体中が包帯だらけで、まるでミイラのよう。
薬のおかげか、マヒしてるのか、痛みを感じないのはとても助かった。
そのかわり、自分で起き上がることは出来なかったが。
まあ、しょーがないか。
通り魔に襲われてから、もう1ヶ月が過ぎていたようだ。
両親は、娘の意識が戻るのをひたすら祈っていたという。
ああ、本当にごめんなさい。
通り魔は早く捕まってほしいけど、暗かったし、抵抗した時のことは全く覚えていないから、犯人のことは何もわからない。
けど、犯人も怪我を負っているらしい。現場から採取した血液型が二種類あったそうだから。見つかればいいけど、多分、その時にはもう自分はいないだろう。
「上坂先輩!」
病室に入ってきたのは、制服姿のバイト先の後輩ちゃんだった。
高校生で、芹那が仕事の面倒を見ていた。丸顔で、セミロングの茶髪の可愛い子だ。
高校が同じだったこともあって、先輩先輩と芹那によく懐いてくれていた。
本当は面会謝絶で身内以外の見舞いは許可されないのだが、芹那は無理を言って呼んでもらった。
「良かった、先輩……意識が戻って……もう、会えないかと」
芹那は、泣きそうな顔の彼女に笑いかける。
「そうね。本当なら、こうしてリッちゃんと顔を合わせることも、お喋りもできなかったかもしれないわ。幸運に感謝しなきゃ、ね」
「はい!私も感謝します!先輩とまた話ができることに」
うん、と芹那は笑って頷いた。
あ、これ、お見舞いです、と後輩ちゃんは鞄から小さな袋を出した。
彼女が袋から出したのは、白い熊のぬいぐるみだった。
「一昨日、新作が出たんです。サーシャとリズの。サーシャは瞬殺されちゃって再販待ちなんですけど、リズだけは最後の一個をゲットできたんですよ!」
先輩の好きな黄色い薔薇もここに、と彼女は芹那にぬいぐるみをみせた。
おそらく手作りだろう、黄色いフェルトの薔薇を、白い熊の手にうまく持たせていた。
「ありがとう、リッちゃん。サーシャなら、そこにいるわよ」
芹那が頭を動かした方の窓にはたくさんの花や熊のぬいぐるみが置かれてあった。
その中に一際目立つオレンジ色の熊が、黄色い薔薇の花束を腕に抱えて座っていた。
「サーシャ!ええーっ!これって、抽選でしか手に入らないサーシャなんじゃ……!」
それは彼女も応募して、見事に落ち、涙を飲んだ限定品だった。
「名前は書いてなかったから、誰が送ってくれたのかわからないんだけど。ついてたカードには、ファンより、って書いてあったって」
うわあ、と彼女は感動した。
「凄い、先輩!こんな熱狂的なファンがいるなんて!」
「熱狂的かしら?」
「ええ〜、だって限定百個のサーシャですよ。それを、先輩に贈るんですから、熱狂的ですって!きっと、男です、男!」
「そうかな?」
「絶対そうですって!先輩が退院したら、会いに来るかもしれませんよ。きっと来る!そんな気がします!」
力強く断言する後輩ちゃんに、芹那は苦笑した。「リッちゃんは、好きよね、そういう話」
「はい!恋愛話、大好物ですよ、先輩!今度こそ、読んでみて下さいよ、異世界の話。ネットにも一杯あるんですよ」
「ヒロインと悪役令嬢の話とか?」
「あ、先輩は乙女ゲームが好きなんでしたね。えーと、何でしたっけ?」
「〝暁のテラーリア“よ。今日、リッちゃんを呼んだのは、その話をしようと思って」
「はい?」
「あのね。私が持ってる“暁のテラーリア“をリッちゃんに貰って欲しいの」
「私に、ですか?でも、私、ゲームは苦手で」
「持っていてくれるだけでいいわ。実はね。信じられないと思うけど、私、そのゲームの世界に転生したの」
「は?ゲームの世界に?」
「ほら、リッちゃんがよく話してくれた、乙女ゲームに転生する物語と同じことが起きたの。ヒロインがいて、攻略対象のイケメンがいて、悪役令嬢がいる話。実際転生したら、ゲームじゃなく、現実世界と何も変わらなかったけどね」
「先輩?」
「ふふ……信じられないわよね。きっと、リッちゃんが読んでたお話の主人公も、まさかと思ったでしょうね。そんなこと、あるわけないって」
「先輩!何言ってるんですか!転生してたら、先輩がここにいるわけないじゃないですか!」
「うん。だから、私、長くはこの世界にいられないの。戻ってきたのは、一時的。両親にもう一度会いたかったから、ちょっと無理しちゃった。でも、まさか、自分の身体が残ってるなんて思わなかったわ。おかげで、両親とも、そしてリッちゃんともこうして話ができた」
嬉しい、と芹那は微笑んだ。
「先輩……」
「そんな泣きそうな顔しないの。これから、リッちゃんの大好きな話をするんだから」
「いらないです……だから、いかないでください、せんぱい〜」
「大丈夫。ゲームを貰ってくれたら、ずっとリッちゃんに会えるから」
「え?……まさか、先輩……」
「ピンポン!そう!私“暁のテラーリア“の世界に生まれ変わったのよ。けど、ヒロインじゃなく、悪役令嬢だったけどね」
「ええーっ、先輩が悪役令嬢に!」
「そうなの。でもね、断罪までに前世を思い出さなかったから、小説のようにフラグを折ることは出来なかったわ」
「そ、そうなんですか。……残念でしたね、先輩」
「ほんと、残念。で、次も同じ世界、同じ国に転生したのよ」
「えっ!?」
「今度は転生してから五年で前世を思い出したのだけど、残念なことに、まだ出てない続編だったのよ」
「続編があるんですか?“暁のテラーリア“の?」
「そうなの。楽しみにしてたんだけどね。事件の少し前に続編が作られるという記事を見たばかりだったわ。内容も、どんな登場人物がいるのかも書いてなかったからわからないんだけど、ただ」
「ただ?」
「その記事が載った雑誌が部屋にあるから、それも貰ってね。母に言っておくから」
「先輩……」
目が潤み出した後輩ちゃんを見て、頭を撫でてあげたいなぁと、芹那は思う。
だが、芹那の手は自分ではもう動かすことは出来なかった。
「二度目の転生先が続編だと分かったのはね、続編の悪役令嬢だけキャラ絵と名前が載っていたからなのよ」
「ええっ!悪役令嬢のですか?ヒロインじゃなく?」
芹那はクスクス笑った。
「私も、なんで悪役令嬢が?と思ったわ。でも、それで、続編の世界だとわかったの」
ああ、私だって。
「先輩!それって、二度目も悪役令嬢だったってことですよね?そんなバカな!酷いです!」
酷すぎる!と本気で憤る彼女を、芹那は優しく見つめた。
とても信じられないだろう話なのに、真剣に聞いてくれる後輩ちゃんを芹那は可愛いと思った。
ああ、本当に自分は人に恵まれていたな、と。
「続編がどんな話かわからないから、フラグを折りようがなかったけど、味方がたくさん出来たの。だから、悪役令嬢でも悪い展開にはならないから安心してね」
「そう……なんですか?ホントに大丈夫なんですね?」
芹那は、ええ、と頷いた。
「出来るだけ簡潔に話してみるけど、聞いてくれるかしら?」
「聞きます!長くても構いません!最後まで聞きますから!」
「ありがとう、リッちゃん」