最高傑作だというソレは?
予想すらしていなかった突然のサリオンとの再会で、私の中は驚きで一杯になった。
結局──第二王子のエイリック殿下に、やってもいないことで断罪されたその日の内に、国を出てしまっていたから、彼とはそれっきりになっていた。
母マリーウェザーと交わしていた、誰にも行き先を知らせないという約束があったとしても、婚約者としては不誠実だったのではないかと今さらだが申し訳なかったと思う。
やはり、先に謝った方がいいだろうか、と私は迷いながらサリオンの方に視線を向けた。
すると、自分の顎が思ったより上がることに気づいてびっくりする。
かなり背が高くなっている……自分も帝国に来てから随分背が伸びたと思っていたのだが。やっぱり、男女の差なのだろうか。
「汗が……」
うっすらとサリオンの額に汗が滲んでることに気づいた私は、ハンカチを出して汗を拭った。彼は、ビックリしたように目を見開いている。
婚約したあの日も思ったけれど、彼の淡い紫の瞳は紫水晶のようで、とても綺麗だ。
「えっ……?」
サリオンの汗を拭っていると、突然後ろからぐいっと腕を引かれて、私は声を上げた。
ヌッとサリオンを睨むようにして顔を出したのは、ルシャナだった。
「悪いが、どこの誰かわからない男に、彼女を近づけさせるわけにはいかないんでね」
ルシャナにそう言われたサリオンが、ムッとして眉を寄せた。
「ルシャナ、彼は私の」
「ああ、わかってるって。こいつが、例のうわ……デーッッッ!」
浮気者、と言いかけたルシャナが、突然甲高い悲鳴を上げた。
見ると、アスラがルシャナの右手首をガッチリと掴んでいる。
「お前も、気安くアリスに触るな」
「アスラ!アスラ!いてーって!骨!骨が折れる!」
アスラは、悲鳴を上げるルシャナを不思議そうに見つめた。
「……そんなに力は入れてないが?」
「こんの、馬鹿力が!離せって!」
ルシャナは顔を真っ赤にして、アスラの手を振り払う。
サリオンはというと、目を瞬かせながら、不思議そうにアスラの方を見た。
「お前……アスラ、だな?何故、ここにお前がいるんだ?」
「さっき私も同じ問いをしたが」
アスラがそう返すと、サリオンはハッとしたように目を伏せた。
「あ、ああ……すまない、そうだった。俺がここに来たのは、そこの男に呼ばれたんだが、もしかしたら彼女に会えるかもしれない、と思って」
「まあ、それっぽいことを言っといたからな。会えて嬉しいか、小僧。感謝しろよ」
ベイルロードがニヤニヤ笑いながら、大きな手でサリオンの頭を、わしゃわしゃと掻き回した。それを嫌そうな顔で見るサリオンだが、文句は口にしなかった。
いったい、どういうことなんだろう。
いつ、サリオンがベイルロードと知り合ったのだろう?
「話は家の中でしないか。狭くて散らかってるが、茶ぐらい淹れるぞ」
外から見た感じでは小さく見えた家だが、奥行きがあるせいか、それほど狭い印象はなかった。
少し詰めれば十人は座れるだろう木のテーブルがあり、奥にはキッチンと、反対側には机と大きめの本棚があった。
乱雑に詰め込まれているような感じの本棚を見て、ちょっと気になった私だが、ふと背後でゴト……と重そうな音がして私は振り向いた。
それは、サリオンが脇から引き抜いた自分の剣を、テーブルの上に置いた音だったのだが。
えっ?これって、まさか……!
「日本刀?」
それは、かつて日本で生きていた時の私には馴染みのあるものだった。
どうして、こんなものがここにあるの?
だって、この世界の剣は、両刃の西洋の剣なのに。
そりゃあ、ゲームを作ったのは日本のゲーム会社だけど、でもこの世界観で日本刀なんて不自然過ぎる。
「ニホントウ?いや、これはカタナと呼ばれるものだって聞いた」
そうそう、とヴェルガーがニコニコ笑いながら持ってきたカップにお茶を淹れていく。
紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「これは、カタナといってね、俺が作った最高傑作なんだ」
「へえ?カタナ、か。初めて見るな、こんな剣。ちょっと見ていいか」
好奇心を刺激されたルシャナが、刀に手を伸ばした。
「うおっ!おっも!滅茶苦茶重いじゃないか!」
見かけが剣に比べて細いので油断した。予想したよりかなり重さがある。
柄を握って、ゆっくりと鞘から刃を抜き出したが、やはり刃は細くて、厚みもない。
「これって、すぐに折れるんじゃないか」
フッとベイルロードが鼻を鳴らした。
「折れねえよ。まあ、使い方によるがな。真っ当に使えば、折れるのは俺たちが使う剣の方かもしれねえぜ?」
「ああ?さすがにそれは嘘だろ。こんなに細いんだぜ」
「いや、嘘じゃない。私は、この武器で戦う黒騎士を何度か見たことがある。一度、狙いが逸れて大きな岩を叩くのを見たがなんともなかった。この剣は折れない」
そうアスラが肯定すると、さすがにルシャナも否定は難しく、目を丸くしながら刀を見つめた。
「ホントかよ……」
信じられん、とルシャナはうぅむ、と低く唸った。
貸せ、とベイルロードがルシャナの手から刀をもぎ取り、じっと確かめるように刀の刃の部分を見た。
「よしよし。刃こぼれはしてねぇな。岩をぶっ叩くなんざまだまだだが、まあ、少しは慣れたか」
ベイルロードは、刀を鞘に戻すと、それをヴェルガーに渡した。
大事そうに刀を受け取ったヴェルガーは、眉間にシワを寄せながら深々と息をついた。
「俺にとって、これは二度とないだろう最高傑作だ。なのに、どいつもこいつも!手に取るどころか、見もしない!いったいコテツのどこが気に入らないんだ!」
コテツ……って、もしかして、虎徹? まさか──と私は思う。
だって、虎徹って、芹那が生きていた日本にあったものだし。
でも、そもそも、ここに刀があること自体おかしいのだけど…………
「俺は九年!九年待った!そして、あと数ヶ月で十年という時になって、ようやく……ようやくだ!この坊主がコテツに気がついてくれたんだ!」
ヴェルガーが叫ぶように言ったその言葉で、私はサリオンを見た。
サリオンは、恥ずかしさからか顔を赤くしている。
「いや……俺は、見たことのない剣があったから、つい興味が湧いて……」
「手にとって、カタナの刃を見て、値段も聞かずに速攻で決めたんだったな」
ベイルロードが、ニヤニヤ笑いながら言うと、サリオンは、それは!と慌てて言い返す。
「それは、今まで感じたことのない感情が……この剣を使ってみたいという」
「つまり、一目でこれは自分のものだと思ったわけだ」
「え?いや、そんなんじゃ──」
ああ、わかる、と言ったのは、いつの間にか椅子に座って一人お茶を飲んでいたアスラだった。
「私も、目にした瞬間、これは自分の剣だと思った。今もその剣は私と共にある。おそらく、私が死ぬまで一緒だ」
アスラの言葉に感じるものがあったのか、サリオンはヴェルガーが持つ自分のカタナを見つめた。
私は、そんなサリオンに向けて微笑んだ。
「サリオンは、あの刀をとても気に入ったのね」
「あ、ああ……」
大丈夫!きっちり手入れしてやるから、とヴェルガーは満面の笑みを浮かべ、サリオンの肩を叩いた。
一週間遅れ。予定は未定……だらけきっているのか、これが自分のペースなのか。トホホ……
もう六月。梅雨の後は、苦手な夏だ……
今回もう少し長く書く予定だったのですが、ちょい切ります。で、早めに残りを投稿しようかと。
これは大丈夫だと思う。……多分。