予想外の出会い
気づけば、4月がもう終わる。ヤバイ!
すみません、ひと月振りでございます……
「いったい、いつまで待たせるつもりなんだ!」
村の出口に集まっていた傭兵たちの一人が、たまりかねたように怒鳴り声を上げた。
この日、魔の森と呼ばれる森を抜けるために護衛として雇われた傭兵は五人。だが、時間までに集まったのは四人だった。
一人遅れているから待て、と依頼主に言われた三人は不機嫌な顔になったが、それ以上文句を言うことはなかった。
どんなに待たされても、依頼主が待つと言えばそれに逆らうことはできない。
久々に、いい金になる仕事であるから、気に入らないから下りるという者は一人もいなかった。
まあ、さすがに陽があるうちに森を抜けられないとなれば、依頼主も諦めて出発することになるだろうが。
苛立ちを見せる三人とはうらはらに、離れた場所に立っていたアスラは、騒ぐ彼らには一切関心を見せず、ぼんやりと空を眺めていた。
できるなら、今回の仕事はキャンセルして、アリスと一緒にいたかったアスラだが、名指しの上、依頼主がオリビア様の知人となれば断ることも出来なかった。
既にアリスは、獣王と共に村を出ている。護衛もついているし、心配はないだろうが。
遅れているもう一人がノコノコやってきたらとっちめてやろう、と三人が言ってる中、カチャ、と金属が擦れるような音が響いた。
なんだ?と音がした方に顔を向けた彼らは、えっ!と息を呑んで固まった。
彼らの目に映ったのは、頭から足先まで黒い鎧に覆われた、異様な姿の人物であった。
彼が歩くたびに、鎧が無機質な音をたてる。
呆然とした表情で見つめる中、黒い鎧の男はまっすぐこちらへ向かって歩いてきた。
彼らの一人が、ゴクリと喉を鳴らす。
「ま、まさか……最後の一人は、黒騎士?」
今回の依頼主である三十代前半の商人の男は、ニコニコと笑っている。
「いやあ、ダメ元で頼んだら、引き受けてくれましてねえ。丁度、彼が向かう方角が一緒だとかで」
ほんとに、私は運が良い、と男はとてもいい笑顔で言った。
「…………」
アスラは、驚きの表情の三人とは違い、無表情で、近づいてくる黒騎士を見つめていた。
噂には聞いていたが、全身鎧で仕事をする傭兵など、どうせガセだと思っていたので、アスラは、意外だと言うように、へぇ〜と小さく首を傾けた。
□ □ □
馬車で村を出てから半日。ベイルロードとやって来たのは、まわりを山に囲まれた小さな集落だった。
村のように一ヶ所にかたまって家があるのではなく、ポツンポツンと離れた場所に家が建っているという感じだ。
馬車は集落の外れまで進むと、大きな木のある場所で止まった。
外から馬車の扉が開けられると、ベイルロードが私の方に向けて大きな手を伸ばしてきた。
馬車を走らせていたのは彼だった。
この場所に来るまでには幾つか難所があるため、御者は嫌がるのだという。
なので、普通ここに向かう人間は馬を使うか、歩くかになるのだそうだ。
ベイルロードが馬車を借りたのは、私のためだ。
さすがに馬には乗れないし、高い山ではなくとも、歩いて山を越えるのは無理だからだ。
ベイルロードに抱えられた私は、フワリと地面に降り立った。
今の私は変装なしの姿だ。地味な深緑色のワンピースに、一応帝国に向かった時に着ていたフード付きのマント姿だ。
私の後から、不機嫌そうに眉を寄せたルシャナがおりてくる。
「どうした?馬車に酔ったか?」
「ちげぇよ!なんで木に寄せて止めるんだ?それも、俺がいる方に!」
「何を怒ってるの、ルシャナ?」
「ハハハ。こいつはなぁ、アリス。鎖持ちのくせに、ここでは、お前の騎士でありたいようだぜ」
「私の騎士?」
ベイルロードの言葉に私が首を傾げると、ルシャナは、うるせぇよ!と怒鳴った。
怒るな、怒るな、とベイルロードは肩をすくめて笑った。
ルシャナには珍しい、ブンむくれの表情だった。
そういえば、馬車に乗ってからルシャナは殆ど考え込んでる様子だったが。
「ここにいるのか、アリスの婚約者って奴?」
ルシャナの問いに、私は、えっ?と目を瞬かせてベイルロードを見る。
確かに彼は、私の婚約者が帝国に来てると言ったが、あくまで今回私に会いたいと言っている人物は別だという言い方だった。だから、多分ここに彼はいない。いないと思うが。
「会いたいか、アリス?」
「会えるなら会いたいけれど……でも、黙って国を出た私のこと、怒ってるかもしれないし。それに──彼には気になる人がいるって言ってたから、もう」
ああっ?とルシャナは凄い勢いで私の方を振り返った。
「浮気か!」
「え、違うけど。婚約する前のことだって」
「いや、浮気だ!そんな奴は捨てろ!アリスには、高貴で相応しい男が……」
ゴン!と大きな音が響くと、ルシャナは頭を抱えてその場に蹲った。
「くだらねえこと言うんじゃねえよ」
「く……くだらないとは、なんだ!あいつは──」
「二発目を喰らいたくなかったら、その口閉じてろ、バカが」
言ってからベイルロードは、目の前にあるレンガ作りの家に向かって声をかけた。
「おーい、ヴェルガー!」
顔の前に手をやって大声で呼ぶと、目の前の扉が勢いよく外に向かって開き、灰色の髪に浅黒い肌の男が飛び出してきた。
一直線にこちらに突進してくる男に、私はギョッとなった。
ルシャナが厳しい顔になって私の前に出る。
「おお、連れて来てくれたか!待っていたぞ!」
興奮し目を輝かせた男がベイルロードの肩を掴んだ。
背は長身のベイルロードより少し低いくらい。普通に大きい男だ。
無造作に伸ばしたと思える灰色の髪は腰近くまであり、浅黒い肌と筋肉質な体型の男は、まるで野生の狼のようだと私は思った。
ただ、目は優しい感じで、夏の青葉のような、綺麗な緑色だった。
で、この兄ちゃんか?とヴェルガーと呼ばれた男がルシャナの方に顔を向ける。
「いいや、こっちだ」
ベイルロードが私の肩に手を回して、男の前に出した。
「おおーっ!女の子か!しかも、凄い別嬪さんだ!この嬢ちゃんが、アレを?」
「そうだ。驚いたか」
「驚いた!いやあ、そうか、この嬢ちゃんが!」
何?と私は首を傾げ、ベイルロードの顔を見た。
「前にお前に描いて貰った武器があったろう。アレをこいつに見せたんだ」
ああ、そういえば、紙に薙刀を描いて見せたら、こういうのが好きな人がいるって言ってたな。それが、この人?と、私は嬉しそうに笑っている浅黒い顔の男を見つめた。
「いやあ、アレはいい!槍のようでいて、槍とは全く違う形が実に面白い!ただ、残念なのは、どう扱うのかがわからんことだ。嬢ちゃんは扱えるんだな?」
「え?……多分」
好奇心一杯に目を輝かせた顔を寄せられて、私はちょっと引いた。
「おい、お前!」
さすがにルシャナが咎めようとしたが、その前にヴェルガーは家の中へ駆け戻り、出てきた時には手に何かを持っていた。
それが予想外な物だったため、私はびっくりして目を丸く見開いた。
ヴェルガーが持っていた物。それは、私が描いた通り、そっくりそのままの〝薙刀“だった。