社交界デビューの日。
「大丈夫ですか、お嬢様!どこかお身体の具合でも!?」
「‥‥‥‥‥」
「お嬢様!」
私は小さく息を吐き出すとゆっくり顔を上げた。
心配そうに覗き込んでくるミリアに向けて笑みを浮かべる。
「大丈夫。なんか、ちょっと苦しくなっちゃって」
「あ、ああ‥‥そうですね。いつもと違って腰をきつく締めてますから。少し緩めましょうか」
「いいの?」
「はい。少しなら緩められます」
ミリアは背後に回ると腰を締めていた紐を緩めた。
それだけでも呼吸が楽になり、ほっと息を吐き出す。
だが、思い出した衝撃はなくならない。
なんでまた悪役令嬢なんだ───
だいたい、前前世でやっていた乙女ゲームの世界に転生するなんてあり得ない話なのに、次も同じ世界に転生するなんて。それも、また悪役令嬢?ふっざけんな!である。
神さまのイタズラか、なんて可愛いもんじゃない。嫌がらせ、悪意を感じる。
しかもだ。乙女ゲームの世界の筈なのに、前世では死ぬはずのないセレスティーネが、あろうことか殺されるというラストになった。
ヒロインは性格悪かったし、なのに婚約者もそのまわりにいる貴族の男たちも皆ヒロインにベタ惚れだった。いやまあ、確かにゲームではそういう設定で、私もヒロイン愛されに夢中になっていたが。
改めて思い出してみれば、ゲームのセレスティーネは設定では悪役令嬢となっていたが、そんな嫌なキャラではなかった。
友人思いで努力家で、家族が大好きで。
ただ、婚約者のレトニス殿下が大好きなのに、彼の心がどんどんヒロインのもとにいってしまうのが悲しかっただけ。
そういえば、ゲームでは悪役令嬢はヒロインに嫌がらせをするのだけど、今思うと子供の嫌がらせみたいなものだったじゃない?
前前世でよく聞いた学校のイジメは、そりゃもう陰湿で。
イジメで自殺のニュースを聞いた時は、なんでそこまでやるか、とも思ったくらいだ。
さすがに中高生相手の乙女ゲームだから、嫌がらせの類いもそんな酷いものではなかった筈。って言うより、私、ゲームでやってたような嫌がらせをヒロインにはしてない。
教科書破ったり?足を引っ掛けて転ばしたり?果ては階段から突き落としたり?
そんな物理的なことは絶対にやってない。せいぜいが面と向かって嫌味っぽく注意するくらいだ。女子たちに無視されたり孤立したのは自業自得じゃないか。
なのに、セレスティーネは断罪されて殺された。
ゲーム通りであってゲーム通りではない。
そして、今回は続編。
わかっているのは悪役令嬢の容姿と名前だけ。
ヒロインが誰かも、攻略対象が誰かも知らない。というか、本当に続編は出たのか!?
誰か知ってるなら教えてくれ!
思い出してしまった最悪な状況に頭グルグル状態の私だったが、迎えに来たサリオンを放っておくわけにもいかず、私はとりあえず夜会に出かけることにした。
私とサリオンはトワイライト家の馬車で王都へ向かった。
馬車が走り出してから、向かいに座るサリオンがじっと私を見、口を開いた。
「母上が選んだドレスはそれか?」
「はい。とても素敵なドレスで感謝してます」
「うん。子供は俺だけだからな。母上はドレスを選ぶのがすごく楽しいようだった」
「そうですか。近いうちにお礼に伺いたいと思います」
「そうしてくれ。母上はお前が来たら喜ぶ」
はい、と私が微笑みながら頷くと、サリオンは頰をやや染めてフイと横を向いた。
あ、ちょっと可愛いな。
そういえば、まだ12歳だ。顔立ちは整っているがサリオンはまだまだ幼い。
前前世の芹那や前世のセレスティーネは今のアリステアより年上なので、その感覚でいくと、つい小さい子を見るように微笑ましく思ってしまう。
10歳で婚約した相手だが、どうしてもまだ子供に思えて、愛情というものを感じなかった。そも、政略結婚になるから、別に相手に恋する必要はない。
嫌いでなければいいかという程度で丁度いいかも。
まあ、将来はどう変わるかわからないが。
そういえば、と私はサリオンのまだ幼い顔を見て考える。
サリオン・トワイライトは、続編の攻略対象なのだろうか、と。
ほんとに、続編の内容が全くわからないからやっかいなことこの上ない。
ゲームの内容通りにいくなら、フラグの一つや二つは折っておきたいのだが。
怖いのは、前世の時のようにゲームの展開とは違う方向に進むことだ。
セレスティーネの時は、乙女ゲームの世界だとは知らなかった。
思い出したのは死んでから。当然フラグを折る暇などなかった。
展開が変わったのは、私が転生者だったからか。
前世を思い出していなくても、芹那の性格が悪役令嬢であるセレスティーネに影響していた可能性も。
あと、考えられる可能性は、ヒロインであるシルビアが転生者だったか、だ。
ゲームのヒロインとは全く違ってたからなあ。
逆ハー設定だとしても、あれだけ貴族令嬢たちに嫌われるような行動はおかしい。
ゲームのヒロインはあくまで愛され系。令嬢たちにも愛されるヒロインが正しいのだ。
あ、でも私がゲーム世界の異物で、行動がゲーム通りではなかったから、ヒロインもまた行動がズレてしまったとも考えられるか。
悪役令嬢の婚約者だからモブってことはないわね。
サリオンは、ヒロインの攻略対象の一人というのはほぼ間違いない。
あと当然何人か攻略対象がいるわね。
王子は確実。悪役令嬢の私に関わってるなら、第二王子か?
あと、宰相の息子とか、騎士団長の息子あたり‥‥か。
ズキリと心臓に痛みが走り私は眉をしかめた。
騎士団長の息子──前世の私は騎士団長の息子であるロナウドに心臓をひと突きにされた。
今度も同じことが起きるとは限らないが用心は必要だろうか。
「どうした?気分でも悪いのか」
眉をしかめた私を見て、サリオンが声をかけてきた。
つい考え事に集中して存在を忘れていた私は、大丈夫と言うように首を振った。
そうか、と頷いたサリオンは少し考えるように目を細め、そしてまっすぐ私を見つめてきた。
「アリステア───言っておきたいことがある」
「はい」
「俺には好きな女がいる」
「‥‥‥」
はい?
「彼女とは7年前に会ったっきりだが、俺は彼女のことが忘れられないんだ」
「‥‥‥‥」
7年前って、5歳の時ってこと?ああ、もしかして、王宮での顔合わせパーティー?
同じ年だから、あのパーティーにサリオンもいたのだろうが、私は覚えてなかった。
はっきり言って、私はレベッカのことしか覚えていない。
「そんな相手がいらっしゃるなら、何故その方と婚約されなかったんです?」
私とサリオンは親同士が決めた婚約だが、あのトワイライト侯爵夫妻なら、自分の息子に好きな女の子がいると知れば私との婚約など考えはしなかった筈だ。
「出来るわけないだろう!」
「身分に差があるのですか?」
あったとしても、あの方達なら問題にはしないだろうが。
「身分は知らん!俺は彼女の名前も知らないんだ!」
なんだそりゃ‥‥‥
「はあ‥‥そうですか」
「だが、同じ年だから彼女も社交界に出てくるはず」
「そうですね」
じゃあ、しっかり探せば?見つかればいいわね、って以外他になんと返せと?
黙っている私を見てショックを受けていると思ったのか、サリオンはすまない、と頭を下げた。
「もっと早く言っておくべきだった。俺はアリステアのことは嫌いじゃない。どっちかというと好きなんだが──でも俺は!」
私はニッコリ笑った。
「私のことはお気になさらず。見つかればいいですね、サリオン様」
「う‥うん」
ああ、ホントお子様だわ。初恋だなんて、可愛い〜
私はサリオンの告白についてはなんとも思っていなかった。
だが、レベッカの考えが私とは全く違うことを後で知って、私は大いに反省させられた。
互いに社交界デビューの話を手紙に書いて送ったのだが、私は婚約者のサリオンの話も書いた。すると、レベッカは予想もしない怒りの返事を送り返してきたのだ。
『なんなのよ、そいつ!セレーネを振るなんて、そいつ何様!!今すぐそっち行って説教してやるわ!セレーネ!そいつとは婚約破棄しちゃいなさい!!』
翌日、イリヤから丁寧な謝罪の手紙を受け取った。
レベッカは本当に来るつもりだったらしい。それをイリヤと彼女の弟が必死に引き止めたようだ。ほんとに申し訳ない。