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キリアの店で働きたい。

乗っていた馬車が村に入ってから、なんだか私は懐かしい気分になった。

この村にいたのは、ほんの数日だったが、とても楽しい時間を過ごさせてもらったからだろうか。祭りも本当に楽しかった。


馬車の窓から見える村の様子は、やはり欧州の町並みにそっくりだ。

石造りの壁に赤や緑の屋根。石畳にレトロな街灯。

ああ、やっぱり好きだなあ、この感じ。そう思うのは、きっと私の中に芹那の記憶が残っているからだ。

写真や映像を見て、いつか行ってみたいと芹那が憧れていた場所に、ここはとてもよく似ているのだ。

前世であるセレスティーネより前に生きていた、かつての私。

日本という国に生きていた芹那という少女の記憶は、だんだんと薄れてきているが、ちょっとしたきっかけで思い出すことが最近よくある。

小さい頃遊園地や動物園に連れて行ってもらったことや、家族で旅行したこと。友達と遊んだこと、そして──

ああ、皆、どうしているかな。辛い思いをさせたかな。

芹那を刺した通り魔は捕まっただろうか。



乗っていた馬車が村の中央にある広場に止まると、扉側に座っていた赤毛の青年が素早く降りて、開いたままの扉から私の方に向けて手を伸ばしてきた。

乗ってきた馬車は庶民が利用するもので、貴族の馬車のような踏み台はなく乗客は少し高さのある出口から降りることになる。

普通は女性でも一人で降りることは出来るが、男性が一緒だった場合は手を貸すこともあるらしい。

ちょっと迷ったが、私が手を伸ばすと彼はまるで子供を抱き上げるようにして軽々と石畳の上に下ろしてくれた。足に感じる衝撃もない。

細身に見えるが、さすがに力があるなと、私は感心した。


「なんか、変な感心の仕方してないか?」


赤毛の彼が聞いてきた。意外と勘がいいな。以前来た時と同じように私はフードを深くかぶっていて、表情なんか見えない筈なのに。

私が誤魔化すように笑うと、彼の眉間がキュッと寄った

仕方ないではないか。最初に見た彼は、美人女優と見まごうほど完璧な美女だったのだから。

首の詰まったドレスではあったが、腕も腰も女性のように細く見えた。

あれは、ちょっとした目の錯覚を利用しているのだと彼は言ったが、私には納得し難い。


私を降ろした後、彼は今度はミリアに手を伸ばした。

貴族の令息だというが、彼は身分に関係なく女性には優しいと兄さまが言っていた。

メイドのミリアにも優しい彼を見る限り、確かにそのようだ。

ミリアにしてみれば、貴族の男性に馬車から降ろしてもらうなど初めての経験だったろう。

乗る時に手を貸してもらっただけでも困惑していたミリアだから、今はもう顔が真っ赤だ。


「キリア!」


迎えに出てきていたキリアの姿を見つけた私は駆け出して、彼女に抱きついた。

久しぶりのキリアだ。

アロイス兄さまと再会してしばらくは側にいてくれたが、仕事があるからと出て行ってから、実はそれから一度もキリアとは会っていなかった。


「お元気そうで何よりです、お嬢様」


抱きしめてくれるキリアは、前世のセレスティーネの時と変わらずに私を大切に思っていてくれる。会えて良かった。もし、キリアが作った菓子に気づかなかったら。そして、私のことをキリアが信じてくれなかったら、こうして会うことはなかった。


「キリアさん!」


駆け寄ってくるミリアにもキリアは笑顔を向け、そして彼女の後ろから歩いてくる赤毛の青年の方に視線を向けた。


「貴方がお嬢様の護衛の方ですか?」


「ああ、そうだ。公爵閣下のご命令でね。あんたがキリアか。俺はルシャナ・カイ・リーヴェンだ。よろしくな」


キリアは一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

キリアが驚くのはわかる。ルシャナという人は、貴族の筈なのに、かなり口調が乱暴なのだ。仕事柄、この口調に慣れてしまってね、と言うのだが彼の仕事っていったい。


「よろしく、リーヴェン様」


「ここにいる間は、俺のことはルーシャと呼び捨てでいい。その方がやりやすいんでね」


「わかりました。ではルーシャ。しっかりとお嬢様を守ってくださいね」


「当然、そのつもりだぜ」


キリアはルシャナに向けて軽く頭を下げ、では行きましょうか、と私たちを促すように手を差し伸ばした。




キリアが私たちを連れてきたのは、こじんまりとした赤い屋根の家だった。

入ってみると、わりと広めのリビングがあり、奥にはキッチン。お風呂とトイレがある。

屋根裏部屋があり、狭いが二部屋あるという。


「ここってキリアの家?」


「はい。公爵さまに用意して頂いた家です。今はお店の二階に住んでいるので長く使っていなかったのですけど。狭くて申し訳ないのですが、お嬢様にはここで生活して頂くことになります」


屋根裏部屋には私とミリアが、護衛であるルシャナは、リビングの奥、キッチンと同じ並びにある部屋を使うことになった。


本当に申し訳なさそうな表情のキリアに、私はどうして?というように首を傾げた。


「十分よ、キリア!私、ずっとこういう家に住んでみたかったの!」


「え?」


「私が、憧れだったと言ったら、可笑しいかしら。この村の感じも昔憧れていた所にとてもよく似ているの」


「昔って、いつの話だい?アリステア嬢は、伯爵家のご令嬢だろ?転生前か?いや、前はシュヴァルツ公爵閣下の妹君だったってえから、公爵令嬢だし」


ルシャナはアロイス兄さまから、私のことをある程度聞いている。

ガルネーダ帝国では記憶持ちの転生者は珍しくないというのは本当らしく、ルシャナも私が転生者だということになんの疑いも持っていない。

不思議な国だと思う。ゲームをやっていた時は地図上でしか知らなくて、ただ国の名前だけで説明すら書かれていなかったのだが。

もしかして、帝国を舞台にしたゲームが作られたのだろうか。

私は、シャリエフ国を舞台にした続編が作られるということしか知らない。


前世の記憶が戻った時は、日本で遊んでいたゲームの世界に転生したと思っていたが、帝国に来てからこの世界はゲームの世界に似て異なる世界だと認識した

ゲームの中の世界というあやふやなものではなく、私はちゃんと現実の世界に生きているのだ、と。


「ここではアリスと呼んで欲しいわ、ルーシャ。私には二度転生した記憶があるの。私の言う昔は、私の最初の記憶。その時の私は、貴族じゃなかったわ」


へえ〜とルシャナは、面白そうに目を瞬かせた。


「平民だったのか」


そうね、と私は頷いた。芹那がいた日本には王族も貴族もいなかったと言ったら、どう思うだろう。芹那が生きていた世界は、ここから見れば異世界になる。

いくら転生が信じられていても、異世界というのはやっぱり異質だと思うだろうか。



キリアはキッチンでお茶の用意をし、リビングの椅子に座った私たちの前に紅茶のカップを置いていった。そしてミリアが、公爵家の料理人が持たせてくれた焼き菓子を白い深皿に入れてテーブルの上に置いた。


椅子に落ち着いた私は、フードを取ると小さくホッと息を吐き出した。

紅茶の香りと、甘い焼き菓子の匂いにやっと緊張が解けたような気がした。

公爵邸を出てから村に着くまで、自分では気づいてなかったが気が張っていたみたいだ。


フードの下に収まっていた金髪がパサリと背中で広がると、ルシャナが軽く口笛を吹いた。


「……………… 」


ほんとに、この人は貴族らしくないな。



「当分お嬢様はこの村で暮らして頂くことになりますが、何かご要望がありましたら、いつでも仰って下さい」


言っていいの?と私が問うと、キリアは、はいと頷いた。


「じゃあ、私、キリアの店で働きたいわ」


えっ!とキリアだけでなく、他の二人もびっくりした顔で私を見た。


「お嬢様が働くなんて……とんでもありません!」


「でも何もしないでいるなんてきっと退屈だわ。大丈夫よ、キリア。貴族令嬢で生まれる前は、私、バイトをしていたから」


「ば…ばいと?なんですか?」


「ちゃんと働いていたってこと」


「しかし、それは今のお嬢様ではないでしょう」


「記憶はあるわ。キリアのお店と同じような所で働いていたこともあるの」


そういえば……と私は思い出す。

芹那が通り魔に刺されたのは、その居酒屋のバイトからの帰りだった筈だ。

ふっと目を伏せた私を見て、キリアが戸惑ったような顔になるのを目にした私が口を開こうとした時、ルシャナが、いいんじゃないかと横から賛成してくれた。


「ルーシャ?」


「駄目です!店に来るのは殆どが冒険者か傭兵なのに───お嬢様を店になど出して万一のことがあったら」


「ああ、まあ……目立つよな、その金髪とこの美少女振りじゃ。見た瞬間大騒ぎ間違いなしだ。だったら、わからないようにすればいいんじゃねえか」


「わからないようにって………そんなこと」


「俺ならできるぜ。試しにやってみるか、アリス?」


ルシャナは私の方を見ると、ニッと笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 男装はさせないでほしいけど、素朴な感じの女の子になったらいいなぁ。
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