お茶会のお誘いは。
前回更新から随分間があいてしまいました。
ようやく更新──けど短くてすみません。
大分秋らしくなってきましたし、少しは楽になりました。
読書の秋です。書店に行く度、読みたくなる本を物色中。
秋の夜長、私は読書に励みたい。
ガルネーダ帝国に来てから、早くも半年の時が過ぎていた。
再会できた前世の兄が、私が妹のセレスティーネなのだとすぐに信じてくれたことはとても嬉しい。
私のことを知るキリアがいるのだから、万一の時は説明してくれたろうが、私は気づいてくれなくても兄のそばにいられれば、それでいいと思っていたのだ。
それが、公爵邸に着いたその日に兄と妹として再会できたことは、幸運であり、喜ばしいことだった。
あれから私は、帝都にある兄の邸に滞在している。
私が帝国に留まる理由としていた、兄の義理の娘であるシャロン嬢の家庭教師をずっと務めていた。
私より一つ年下であるシャロンは、とても愛らしく、性格も明るくて私はすぐに大好きになった。
家庭教師といっても、私が教えることはシャリエフ国の歴史や文化、国によって違うマナーや上位貴族について教えるくらいだが、シャロンは私の話を毎回興味深く聞いてくれた。
逆に、シャロンが帝国について話をしてくれることも多かった。
まだ帝国は私にとって未知の国ではあるが、兄やシャロンがいることで、毎日がとても平穏で楽しく過ぎていった。
「アリステア姉さま!」
最近私のお気に入りであるサンルームで、ゆったりとハンギングチェアに腰掛けて本を読んでいた私は、顔を上げ、姿を見せたシャロンの方を見た。
今日はピンクの可愛らしいワンピース姿だ。
「あら、シャロン様。ダンスのレッスンは終わりましたの?」
「終わったわ。隣に座ってもいい?アリステア姉さまにお話があるの」
どうぞ、と私が僅かに端に寄ると、シャロンは嬉しそうに隣に座ってきた。
たまご型の籠の椅子は一人用だが、二人でもゆったり座れる大きさだ。
私もシャロンもまだ大人には遠いからこそだが。
シャロンは最初からとても私に懐いてくれている。
まさか、初日から姉さまと呼んでくれるとは思わなかった。
私の方は、さすがに雇い主である公爵令嬢を、たとえお願いされても呼び捨てにはできなかったが。
シャロンは残念がっていたが、それは仕方のないことだ。
私は雇われた人間であり、シャロンは雇い主のお嬢様なのだから。
「あのね、お茶会のお誘いを受けたの。お父様とも親しいフォーゲル侯爵夫人から。お父様に連れられて、何度か夫人のお茶会に参加したことがあるわ。とっても珍しい海の向こうのお菓子や、花のような不思議な香りのするお茶とかがあって、それがとっても美味しいの。外国と商売をしている人も招待されていて面白いお話をたくさんしてくれるのよ」
「まあ。楽しそうですね」
「ええ、とっても楽しいわ。ね、アリステア姉さまも一緒に行かない?」
「私が、ですか」
でも、と私は困った顔をした。興味はあるのだが。
公爵の邸に来てから、私は外へ出るといえば庭や、敷地内にある森を散歩するくらいで、外出はしたことがなかった。
当然、邸内の人間以外との付き合いはない。
それは、兄に、外には出ない方がいいと言われていたからだ。
確かに私は問題があって国を出てきたので、帝国の人間と接するのは避けた方がいいのかもしれない。
勿論、私は冤罪で何も悪いことをしたわけではないのだが。
「残念ですけど、公爵さまのお許しがなければ私は外出できません」
「大丈夫!懇意にしてるフォーゲル侯爵家ですもの。お父様も、とても信頼されてる方なのよ!それにアリステア姉さまのことも夫人はご存知だし」
「え?そうなんですか?」
「ええ。だって、頂いたお手紙に、アリステア姉さまのことも書いてあったもの。他国からいらした家庭教師もご一緒にって。きっと、お父様がお話したのよ。でなければ、ご存知の筈ないもの」
「‥‥‥‥‥‥」
確かにそうかもしれない。
帝国で私のことを知っているのは、この邸の使用人と兄に関係している人間だけだ。
兄は私のことが外に漏れないように使用人に口止めしていると言っていた。
侯爵夫人が私のことを御存知だというなら、それは兄が話したと考えていいだろう。
つまり、シャロンの言う通り、兄がとても信頼している方だということだ。
「一緒に行ってくれる?アリステア姉さま」
「ええ。でもやっぱり公爵様に伺ってから」
「あら、それは無理よ。だって、お茶会は今日ですもの」
えっ!と私は驚いて隣のシャロンを見た。
「お父様は夜にならないと帰っては来られないから、お茶会のことは聞けないわ」
「それじゃ」
「お願い!私、姉さまと一緒に行きたいの!行って自慢したい!」
は?自慢って?
「だって、アリステア姉さまは、こんなに綺麗なのに誰も知らないなんてもったいないわ!あ、でも‥‥私だけが知ってるというのも魅力ではあるのけど」
私は目を瞬かせ、そしてクスッと思わず笑いをこぼした。
こんな可愛いことを言われたのは生まれて初めてだ。
日本にいた時は一人っ子だったし、セレスティーネには兄だけだった。
もし、妹がいたなら、こんな感じなのだろうか。懐いてくれるシャロンがとても可愛い。
「私も公爵様の許可を得ずに外出されるのはやめた方がいいと思います」
丁度お茶を持ってきてくれたミリアが、私とシャロンの会話を耳にし、そう言った。
キリアは、兄から受けている仕事で外に出ていることが多く、いつも側にいるわけではないが、ミリアは私個人のメイドということで、常に側にいてくれた。
公爵邸のメイドとも仲良くやっているらしく、休憩時間、彼女たちとよくお喋りをしているらしい。
「わかった。じゃあ、アーネストに聞いてみるわ」
シャロンはそう言って軽く床に降り立つと、サンルームを出て行った。
執事のアーネストはこの邸で最も信頼されている人物だ。
彼に相談するというのは間違ってはいない。いないが。
「残念ですけど、無理だと思いますよ」
「そうね」
アーネストは、シャロンの両親である前シュヴァルツ公爵夫妻がいた時から執事として仕えていた人物だという。
なので、彼が仕えるべき主人は彼らの一人娘であるシャロンなのだが、アーネストは彼女ではなく現当主であるアロイス・シュヴァルツの意思を尊重する。
シャロンがまだ幼いからでもあるが、シュヴァルツ公爵であり彼女の後見人でもある兄アロイスへの信頼が大きいからでもあった。
シャロンのお願いは、やはりというか却下された。
その代わりというか、公爵は来月のシャロンの誕生日にフォーゲル侯爵夫人を招待することを約束した。
だが、それが、とんでもない事の始まりになるなんて、兄も私もこの時は予想もしていなかった。
次回はなるべく早く更新したいです。