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続編?なんてこった!

王宮に行ったことで前世を思い出した私だが、それで何かが変わったかというと、別に何も変わらなかった。

父親は王都からめったに自宅に戻らないし、母親は私と顔を合わせたくないのか会いにこない。同じ家に住んでいるのに会いたくなければ会えないなんておかしな話だ。

まあ、大きな館だし。前世の公爵家には落ちるが、それでも今の私の実家である伯爵家は裕福な部類だろう。

一応公爵令嬢だった時、国の貴族については学んでいた。

エヴァンス家とは交流は持ってなかったが、鉱山を持ち、宝石の加工に優れた職人を何人も抱えているということで、金の心配はないようだ。

母方のクレメンテ伯爵は、子供に恵まれなかったが、夫婦はとても穏やかで優しい方たちだと聞いたことがあった。だが、母が養女となってほどなく、二人とも流行病で亡くなり、その後親戚が母の後見人となっていたが、学園を卒業すると同時に母は伯爵家を捨て父と結婚した。

どういう経緯があったかは知らないが、母にはもう父のいるここしか居場所はない。


なんか複雑だなあ。

芹那だった時もセレスティーネだった時も、家族にだけは恵まれていたのだが。

面倒くさいと感じてしまうのは、私が前世を思い出したことが原因かもしれない。

つい他人事のように思ってしまうのだ。

つらつらとそんなことを考えていると、ミリアがドアをノックして入ってきた。


「お嬢様にお客様です」


「え?」


これまで私を訪ねてくる者なんていなかったから、ミリアの〝客〟という言葉を何かと聞き間違えたかと思って首を傾げた。


「レベッカ・オトゥール様がお嬢様を訪ねてこられたのですが、いかがします?」


「レベッカ‥ってレヴィが!?来てるの!」


はい、とミリアが頷くと、私は慌てた。


「え、え、どうしよう‥‥」


突然のことに私はオロオロしてしまった。


「お天気もいいですし、丁度薔薇も見頃ですからお庭にお席をご用意しましょうか」


「そ、そうね!お願いミリア!」


はい、と頷いて、ミリアは部屋を出て行った。


ミリアはすぐに庭のテーブルにお茶とお菓子を用意してくれた。


そこへ、侍女に案内されたレベッカが黒髪の少年を伴ってやってきた。


「レヴィ!」


「突然来てごめんね、セレーネ」


「いいの!お友達が来てくれるなんて初めて!嬉しいわ」


「彼は私の執事。私が友人に会いに行くと言ったら付いて行くって聞かなくて」


「執事?」


「まだ見習いです。初めまして、アリステア様。イリヤとお呼びください」


「イリヤってばこんな顔してるけど、私たちより三歳年上なのよ」


えっ?と私は内心びっくりした。


小柄だし、どう見ても同い年か、年下にも見えなくもない。驚きの童顔振りだ。


顔は絵本で見る天使みたいに可愛らしい。


私とレベッカは白い丸いテーブルに隣り合って座ると、ミリアがカップに紅茶を入れてくれた。


イリヤにも勧めたが、使用人ですからと断られ、椅子に座ったレベッカから一歩下がった所に立った。


「実は来週、レガールに帰ることになったの。それで、もう一度セレーネに会いたかったから来ちゃった」


「本当でしたら、前もってきちんとご連絡を入れるべき所、お嬢様が突然会いに行くと仰られたためこのように突然の訪問となりまして申し訳ありません」


頭を下げるイリアに対し、主人であるレベッカは知らん顔だ。


「連絡を入れて、その返事を待ってたら時間がかかってゆっくり会えないかもしれないじゃない。一ヶ月はこの国にいられるはずだったのに。約束が違うわよ」


「お嬢様、それは」


「わかってるわ。納得してるから」


「国に帰るのね、レヴィ」


私が残念そうな顔をすると、レベッカはニッコリ笑った。


「また来るわ。すぐには無理だけど、この国に留学するのは決定事項だから」


「留学って、王立学園に?」


「ええ。本当は留学なんて興味なかったのだけどセレーネがいるもの。絶対に戻ってくるから待っててくれると嬉しいわ」


「勿論、待ってるわ!一緒に学園に通えるなんて嬉しい。楽しみだわ」


私とレベッカは互いの手を取り合って再会を約束した。


「そういえば、あの第二王子も同じ学年になるのね。それだけはウンザリかしら」


「第二王子?」


「エイリック王子。セレーネも会ったでしょ、王宮の庭園で」


え?と少し考えてから、ああ、と思い出す。

そういえば、花を眺めていたら声をかけてきた男の子がいたが。あれが第二王子?

レトニスに似てたら気づいたかもしれないが、髪も瞳の色も似たところが全くなかったからわからなかった。

レトニスは金髪で緑の瞳だったが、庭園で会った彼は、薄い茶色の髪に水色の瞳をしていた。クローディアとも違う。

すぐにレベッカが来てお菓子が追加されたから一緒に食べましょう、と連れていかれたので、少ししか会話していない。だから、殆ど印象に残っていなかったのだが。


ぷっとレベッカは吹き出した。


「そっか。セレーネにはなんの印象も残ってなかったのね。ざまぁみろだわ」


レベッカが声を上げて笑うと、イリヤが顔をしかめて主人を窘めた。


「貴族のご令嬢が大口開けて笑うなどはしたないですよ」


「だって、面白いじゃない。あの王子様、女の子に囲まれて喜んでたもの。あの悦に入った顔、見るに耐えなかったわ。お父様と一緒に国王様と王妃さま方にご挨拶したけど、あのいかにも自分はモテるみたいな笑顔はとーっても気持ち悪かったわ」


「王族に対して気持ち悪いはないでしょう。不敬罪に問われますよ」


「聞かれなきゃいいのよ。ここにはセレーネとイリヤ、それに」


レベッカに視線を向けられたミリアはニコリと笑った。


「ミリアと申します。勿論、私は何も聞いてはおりませんわ」


「レヴィは陛下や王子様方にお会いしたのね」


「セレーネは会ったことがないの?」


「王宮に行ったのはあの日が初めてだったから」


「そうなのね。まあ、まだ私たち小さいものね」


「5歳です」


「わかってるわよ。うるさいわね、イリヤは。私はまだ子供子供。でしゃばりません、デビューまでは」


「デビュー?」


「社交界デビューよ。この国は何歳からなの?」


「え‥‥12歳かしら」


私がミリアの方を 見ると、彼女はコクンと頷いた。


「同じね。私社交界にデビューするのが凄く楽しみなの!うんと着飾って、男たちの目を釘付けにしてみせるわ!」


「お嬢様、はしたないです」


頭を抱えるイリヤに、私はクスクスと笑った。





レベッカが帰り、また部屋に一人だけになったが、なんだか彼女との会話を色々思い出しては笑えてきて幸せな気分になった。

同じ年の、というより誰かとあんなに楽しく会話したのは、ミリアを除けば初めてだった。

レベッカは自分の国に帰ってしまうが、学園に留学してくるというから、また会える。

今度はずっと長く一緒にいられると思うと楽しみで仕方ない。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


ミリアが、カップとポットを運んできて、テーブルの上にのせた。

熱い紅茶がカップに注がれるのを、私はじっと眺めた。


「レベッカ様、本当に良い方でしたね」


こくっと頷くと、ミリアは私の前にカップを置いた。


「お二人は愛称で呼び合っておられるようですけど、お嬢様がセレーネというのは?」


「夢の中で聞いた名前なの。なんだか響きがいいな、って思って」


「そうですか」


「レヴィと二人だけの呼び名だから」


「わかっております。誰にも言いません」


「うん。ありがとう、ミリア」







夜、ベッドに入って寝ていると、いつもは静かな館内が何故か騒がしくてふと目が覚めた。

とはいえ、半分まだ眠った感じで、ぼんやりとしていたが。

なんだか、めったに聞かない母の声が聞こえた気がした。


翌朝も騒がしかった。

館の使用人たちとは違う声も聞こえて、なんだろう?と首を傾げていたらミリアが部屋に入ってきた。珍しく血の気のない青い顔をして。


「何かあったの?」


「お嬢様‥‥‥奥様が──」


昨夜、突然母が王都にいる父に会いに行くと言って夜の闇の中馬車を走らせ、途中泥に車輪をとられて馬車ごと崖下に落ちたと連絡があったとミリアが言った。

これから捜索に行くらしいが、生存は絶望的らしい。


私はベッドの中、呆然とした顔で虚空を見つめた。


「ゆうべ‥‥‥お母様の声が聞こえたの。久し振りだった‥‥‥何年も聞いてなかったのに、なんか、声、覚えてたの不思議だった」


「お嬢様──」



昼前に母の遺体が見つかったと連絡があった。

何故、急に母は父に会おうと思ったのか。その理由を誰も知らなかった。

その理由を私が知ったのは、社交界にデビューして間も無くのこと。

父に恋人が出来、その女性が妊娠したという噂を母に知らせた者がいたのだ。

それは、ただの噂で、真実ではなかったらしいが。


この日から三日後に私は7歳になった。

結局、私は母ときちんと顔を合わせて話をすることができなかった。

最後まで。





母が事故で亡くなり、7歳になると私の髪は徐々に色を変え始めた。

最初は頭の上から色が変わり出し、8歳になった頃には私の髪は金色に変わっていた。

アンナが言った通りだが、まさか金色に変わるとは。びっくりした。

てっきり、父と同じ黒髪になると思っていたのに。

そうしたら、学園で再会したレヴィに、お揃いだね、と言うつもりだった。


もう少し母が生きてくれていたら、赤髪でなくなった私と会ってくれただろうか。

それとも、父と同じ黒髪じゃないから、やっぱり疎まれただろうか。




10歳になってしばらく経ってから、私は父に連れられトワイライト侯爵家を訪問した。

ついにか、と私は思った。

前世でもあった。相手は王太子だったが。

婚約者との顔合わせ。どうやら、私の婚約の相手は侯爵家の嫡男のようだ。


トワイライト侯爵家か──そういえば、彼もいたな、あの卒業パーティーの場に。

セレスティーネは彼とは殆ど話をしたことはなかったが、確か嫡男だったはず。

ということは、彼の息子が私の婚約者になるのか。


複雑な気分だ。

彼もまた、シルビアに憧れていたはずだった。

が、王太子たちのあの煌びやかな中に加われず、ただじっと見つめるだけのようだったが。


トワイライト家では、侯爵と夫人が出迎えてくれた。

侯爵は40を超えたばかりのはずだが、髪は薄くなり皺も多く、実年齢より老けて見えた。

逆に夫人は若々しい。

聞けば、侯爵より十歳年下だという。

夫人は私を見て、とても可愛いと喜び笑顔で中へ招き入れてくれた。

私を見る目は、二人とも優しかった。

なんだか、前世の両親を思い出して胸が熱くなるようだった。


そして紹介された彼らの息子、つまり私の婚約者となるサリオン・トワイライトは、ライトブラウンのくせ毛に、明るめの青い瞳の少年だった。

何故かムッツリしていたが、私を見るとちょっと驚いた顔をした。


「アリステア・エヴァンスでございます。どうぞ宜しくお願いします」


ドレスの端を摘み、貴族の令嬢らしく挨拶をすると、サリオンは顔を赤くして、ああと答え、プイとソッポを向いた。

この日、私とトワイライト侯爵の嫡男サリオンとの婚約が成立した。

親同士が決めた婚約であったが、私は別に気にしてはいない。

貴族に生まれたら、政略結婚は当たり前のことだから。結婚は学園を卒業してからになる。

婚約者となったサリオンのことはともかくとして、トワイライト侯爵夫妻は、とてもいい人で私はホッとした。

学生の時の侯爵は、おとなしくて目立たない少年だったが、性格は優しく私は嫌いではなかった。

結婚すれば、あの家を出て、この館に住むことになる。

それは私にとって、とても魅力的に思えた。


だが、絶望は二年後───社交界デビューの日に訪れた。

その日、初めて婚約者であるサリオンにエスコートされ夜会に出席する予定だった。

ミリアは数日前からとても張り切っており、ついにやってきたパーティーの日には彼女は朝からドレスだ、アクセサリーだ、髪飾りだと頑張っていた。


ドレスはトワイライト家から送られたものだ。

夫人が社交界デビューのお祝いにと選んでくれたものらしい。

私の瞳の色に合わせた青いドレスだった。胸元や裾にはフリルがたっぷりあしらってあってとても可愛らしい。アクセサリーは、ミリアが選んだ金のネックレスと青い花がついたイヤリングだ。

ドレスを着せてもらってから、ミリアに薄く化粧をしてもらい、その後、髪をセットしてもらった。


「半分アップにして、残りは背に流しましょう」


ミリアは、ヘアブラシを持ち、手際よく髪をアップにしていく。


「ああ、本当にお嬢様の髪は美しいです!こんな黄金のような髪色って、めったに見ませんよ。まるで、美の女神のようです」


大げさね、ミリア、と私は呆れたように笑った。

しかし、私の髪は、ついこの間まで赤毛だったなんて誰も思わないほど劇的に変わったのは確かだ。最初はくすんだ金茶っぽかったが、日が経つにつれて色がどんどん輝くような金色に変わっていったのだ。

これが黒髪なら、ここまでミリアも驚かなかったかもしれない。


「こんなことってあるんですねえ。叔母さんも、まさかお嬢様の髪が金髪に変わるなんて予想もしてなかったでしょうね」


そうね、と私は頷く。実は、めったに帰らない父親も、久しぶりに見た私の髪の激変にはかなり驚いた顔をしていた。生まれた時から無表情な父しか見たことがなかった私には、新鮮な出来事だった。


はい、終わりました、とアクセサリーもつけ終えてミリアの手が離れると、私はホッと息をついた。

さすがにコルセットはつけていないが、初めて着るパーティー用のドレスはいささか窮屈に感じた。これまで着ていたものがゆったりしたものだから余計にそう感じるのか。


「鏡で見ますか?」


「勿論見るわ」


ミリアがきっちりとやってくれたのはわかっているが、やはり見たい。

ドレスを着た私がどう見えるのか。


私はドキドキしながら姿見のまえに立った。

鏡には、青いパーティードレスを着た金髪の少女が映っていた。

鏡で自分を何度も見たことはあったが、まるでお姫様のような自分を見るのは初めてだ。

前世、初めて夜会に参加した時、どうだったろう。

あの時はまだレトニス様と婚約してなくて、兄がエスコートしてくれたのだった。


そういえば、お父様やお母様、お兄様はお元気だろうか。

社交界に出るようになったら、いつか会う機会があるだろうか。

けれど、自分がセレスティーネとは言えないから会っても辛いだけかもしれないけど。


「ほんとにお綺麗です、お嬢様!」


「ありがとう」


ミリアは、どれだけ褒めても褒め足りないとばかりに興奮した様子だった。


鏡の中の私は青いドレスがとても似合っているように見えた。

こんな素敵なドレスを送ってくれたトワイライト夫人には感謝しかない。

そのうち、お礼に伺わねば。


あれ?


じっと鏡の中の自分を覗き込んでいた私だが、ふとデジャヴを覚え瞳を瞬かせた。

何故か前にこの姿を見たことがあるような気がしたのだ。

どこでだろう?


青いドレス。輝くような金の髪。揺れる青いピアス。

薄く化粧を施されたその顔もどこかで見たような気がする。

いつだろう?

セレスティーネだった時?


───違う。もっと前だ。私が芹那だった時。



そうだ。本で見たのだ。確か死ぬ少し前、大学の帰りに寄った本屋で見つけた。

私が高校生の時に夢中でやっていた乙女ゲーム。

その続編が作られるという情報がいつも買っているゲーム情報誌に載っていたのだ。

歓喜してすぐに買って帰り、部屋でワクワクしながら読んだ。

まだ企画段階で殆ど情報らしいものは載っていなかったが、何故か続編の悪役令嬢のイラストだけが載っていた。

最近悪役令嬢の人気が高い傾向のようなので、気合い入れて作りますとあり、なんだそれ〜と私は笑ってしまった。

確かに、前回の悪役令嬢セレスティーネよりも気合を入れているのがわかる美麗なイラストだった。最初の情報がヒロインでもなく、攻略対象のイケメンたちでもない、なんと悪役令嬢だったので印象に残った。


名前もアリスなんとか、で可愛らしかったし。


アリス‥‥テア・エヴァンスだったんだ。

私はがっくりとその場に崩折れた。


「お嬢様!」


ミリアの慌てる声が聞こえたが、私はショックで顔を上げられなかった。

もう終わったと思ったのに。続編?続編が始まるって言うの!?

しかも、また私は悪役令嬢?


なんてこった‥‥‥最悪じゃないか───


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