サリオン・トワイライトの初恋
「ここでじっとしていて下さい、サリオン様。どこにも行かないで下さいよ」
生まれた時から私の側にいて何かと世話を焼いてくれるリーアムが、茂みの中で小さく蹲っている私に何度も念を押してから離れていった。
リーアムは私の乳母の息子で、5才年上の彼は、私にとって兄のような存在だった。
実際に乳兄弟と呼ばれる関係だ。
あ〜あ‥‥失敗したなあ、とリーアムの気配がなくなると、私は長い溜息を吐き出した。
この日は、5歳になった貴族の子息令嬢たちの初めての顔合わせとなるパーティーだった。
殆どが、初めて足を踏み入れることになる王宮での大切な行事であるというのに、あろうことか一人王宮の庭に隠れるようにして蹲る己の姿を想像すると情けなくなってくる。
ここに両親がいなくて良かった。
本当なら父か母が付き添いで来るはずだったが、直前に祖父が怪我をしたという連絡が入り、二人とも急遽祖父の邸に向かったのだ。
で、私はというと、パーティーに参加しないわけには行かず、御者のジョーゼフと乳兄弟のリーアムの三人で王宮に向かうこととなった。
御者のジョーゼフは馬車に残るが、リーアムとは一緒に王宮の中へ入ることができた。
ただし、リーアムは会場には入れないので終わるまで別室で待つことになるが。
まだ10才の子供であるリーアムだが、とにかく身体が大きいし、頭もよくしっかりしているので本当に頼りになる存在だ。
私は綺麗に整えられた王宮の庭の茂みの中で、誰にも気づかれないよう身を縮め膝を抱えてリーアムが戻るのを待った。
頭から足先までぐっしょりと水に濡れ、本当に情けない姿だ。
母が見れば卒倒するのではないか。
何故こんな状況になったのか。まあ、たいした理由があったわけではない。
遅れて着いた私たちは、誰かが会場へは庭を抜けた方がはやいと言っているのを耳にし、リーアムと二人で庭を歩いていたら、どこかの令嬢が池の淵にしゃがみ込んでいるのを見かけた。それが不運だったと言うべきか。
自分と同じくらいの年の少女だったので、パーティーの参加者だろうと思った。
いったい何をしてるんだろうと見ていたら、いきなり身を乗り出し池の方に手を伸ばすのが見え私とリーアムは慌てた。
どう見ても令嬢が池に落ちかけているように見えたからだ。
先に動いたのは私で、今にも池に落ちそうな小さな令嬢のドレスの裾を掴み思いっきり引っ張った。
そこまでは良かったのだが、掴んだ位置がマズかったのと、勢いよく引いた反動で、私の身体は前につんのめり気づいたら頭から池に突っ込んでいた。
池は思ったほど深くはなかったので溺れることはなかったが、頭から突っ込んだので当然濡れなかった所はないくらいびっしょりとなった。
出遅れたリーアムが急いで私を池から引っ張り上げてくれたが、その間に小さな令嬢は何も言わず走り去ってしまった。
助けてもらっておいて礼も言わずに去るとは、とリーアムは怒っていたが。
顔は見なかったが、走り去る少女の赤い髪だけは印象に残った。
ずぶ濡れとなった私は、さすがにパーティーに参加するどころか、王宮の中に入ることもできず、リーアムがタオルと着替えを持ってくると言って私を人の目に入らない茂みの中に押し込んだ。
まあ、確かにこんな情けない姿を誰かに見られたくはないので、私はそこでおとなしく待つことにした。
茂みの中で膝を抱えそこに顔を伏せていた私は、間近に人の気配を感じて顔を上げた。
真っ先に目に入ったのは、赤い髪だった。
さっきの少女が戻ってきたのかと思った。少女は膝を折ってしゃがみ込み、首を傾げてどうしたの?と問いかけてきたので別人だとわかった。
私を覗き込んでくる少女の瞳は青く澄んでいて、まるで天使のように愛らしい顔だったので私はボォ〜ッと見とれてしまった。
ふんわりとした赤い髪は、先ほどの少女と同じだが、印象がまるで違って見える。
対して、濡れた髪が顔に張り付いてしまっている私は、少女にはよく見えないだろうと思え、ちょっとホッとする。
誰だかわからないでくれたら助かる。こんな情けない姿を覚えられては、落ち込むだけだ。
それも、こんなに可愛く綺麗な女の子に。
少女はやはり私と同じ年頃に見え、ドレスを着ているので招待された貴族の令嬢だろうと思う。
どこの貴族だろう。
彼女とゆっくり話をしたかったが、さすがにこの状況では無理だった。
「大丈夫?誰か呼んでこようか?」
「あ、兄が着替えを持ってきてくれるから大丈夫だ」
リーアムのことを兄と言ってしまったが、ま、いいか。
そう?と小首を傾げる少女は壮絶に可愛い。
ああ、こんな状況じゃなく、普通にパーティーで会えていれば、ゆっくりと彼女と話ができたのにと残念でならない。
ふっと少女は顔を横に向けたかと思うと、しゃがんだまま、場所を移動した。
そこは花が咲いているところだ。
なんだ?と疑問に思っていると声が聞こえ、誰かがこちらに来ていたのだと私は気づいた。
「花、好きなのか?」
聞こえてきた声は少年で、しかし、自分がいる位置ではどんな少年なのか確かめることは出来ず。声からして、自分と同じくらいだとわかるが。
しばらく話し声だけ聞いていたが、突然違う方向から別の少女の声がきこえてきた。
「セレーネ!ここにいたのね!新しいデザートがきたわ!一緒に食べましょう!」
新しく現れた少女はそう言って、少年から赤い髪の少女をひっ攫うようにして連れて行った。ほんとにあっという間だった。
そっと茂みの中から顔を出せば、赤い髪の少女を連れていかれて呆然と立ち尽くす薄い茶髪の少年の後ろ姿が見えた。
声を聞いた時に、あれ?とは思ったが、薄茶の髪を見て少年が誰だかわかり、つい小さく笑ってしまった。
第2王子であるエイリック殿下とは、会話をしたことはないが、今年に入って何度か顔を合わせたことがあるので見間違えることはない。
父に連れられて王宮に来た時、最初に会ったのは王太子のライアス殿下だった。
私より10才上なので大人のように見えたが、ライアス殿下は王立学園に入ったばかりの学生だった。
金色の髪に青い瞳はレトニス陛下にそっくりだ。
ただ、顔立ちは王妃様似だと言われている。
ライアス殿下は、初めて会った私に対し気さくに話しかけてくれた。
そして、丁度読んでいた本を殿下も読んだらしく、その話で盛り上がったりした。
どこか暗い陛下は苦手だったが、ライアス殿下とはとても気があった。
父は、お前の時代はライアス殿下を支えていくことになるのだから頑張れと私に言った。
エイリック殿下は我に返ったのか、彼女たちの後を追って行った。
しかし、あの様子では、エイリック殿下はもう、あの赤い髪の少女には近づけないのではないかと思う。
後から現れて赤い髪の少女を連れ去った黒髪の少女が、エイリック殿下を近づけさせないだろうと思えたからだ。
第二王子のことよりも、私は黒髪の少女が呼んだ名前の方に気を取られていた。
セレーネ───セレーネ、か。
彼女の名前がわかって喜んだ私だが、後でパーティーに参加した令嬢をさがしたが、セレーネという貴族の令嬢をみつけることはできなかった。
□ □ □
私の初恋はあの日の、王宮の庭で出会った少女だったと今でも思っている。
当時は、恋と呼べるものだったのか、あまりに幼すぎてわからなかったが。
ただ、とても気になってずっと忘れられなかった。
短い出会いだった。なのに、あの赤い髪と、ふっと見せてくれた笑顔が頭から離れなかった。
生まれた時から私の世話をしてくれていた乳母のコレットにその話をすると、まあ坊っちゃまったら、初恋ですわねととても喜んでくれた。
出会いは短く、再び会うこともなかった相手だが、コレットの言った〝初恋〟という言葉はずっと頭に残っていた。
確かに私は、あの日出会った赤い髪の少女に惹かれたのだ。
それから5年が過ぎたある日、私は、父親に連れられて邸にやってきた、婚約者だという金髪で青い瞳の少女に出会った。
この時もコレットは、坊っちゃまに婚約者が出来たと喜んだ。
彼女は朝からずっとテンションが高く、母もそれに巻き込まれたのかずっと興奮状態だった。
彼女を見た時、世の中に、こんな綺麗な女の子がいるのかと驚いた。
それは、二度目の驚きだった。
キラキラした金色の髪に、透き通った水の青を映した瞳は天使のように見えた。
彼女はエヴァンス伯爵家の令嬢で、将来私が結婚する相手だと父に言われた。
貴族の結婚は大抵は親が決めるもの。いわゆる政略的なものだということは、まだ10才だった私にもわかっていた。
父と母もそうだったのだから。それでも、両親は互いに尊敬しあいとても仲がいいので、私にとっては理想の夫婦だ。
私も結婚してそういう夫婦になりたいと思った。
彼女は、私の知る同年代の令嬢の中では飛び抜けて綺麗な少女だった。
彼女の青い瞳に見られると、つい胸が高鳴ってしまうほどに。
なのに、あの時、私は何故あんなことを言ったのか。
彼女と婚約し、将来結婚するのだと思った時、5才の時に出会った赤い髪の女の子のことをずっと忘れていなかった自分に気がついたのだ。
コレットに初恋だと言われ、自分でもずっとそう思ってきた。
忘れられない少女の記憶と、あの日の思い出が蘇り、つい口にしてしまった言葉が、もう取り返しがつかないことに気づいたのは、彼女がニッコリと笑ってこう言葉を返してきた時だった。
───私のことはお気になさらず。見つかればいいですね、サリオン様。
その夜、私は自分のベッドの上で後悔に苛まれ転げ回った。
数日後、領地に行っていたリーアムが三年振りに王都の邸に戻ってきた時に、私がその時のことを話すと、リーアムは哀れむような目で私を見た。
わかっている。ああ、わかってるさ。私が馬鹿なんだ。
あの時のことが尾を引いているのか、婚約者のアリステアとはどこか一線を引いたような関係が続いている。
彼女は私に好意を持ってくれてはいるが、それは友人に対する好意に近いように思えた。
私の両親とは仲がいい。それはいいのだが、どうも、彼女の優先順位は、私より両親の方が上のような気がしてならなかった。
実際、母はアリステアを溺愛していて、彼女も母にとても懐いていた。
もし、彼女との間にもっと信頼関係があったなら、彼女が私に何も言わずに国を出て行くことはなかったかもしれない。
私があの時、あんなことを言わなければ────
「ほんと、バッカねぇ〜」
「‥‥‥‥」
私の婚約者アリステア・エヴァンスの大親友を自認するレベッカ・オトゥールが、哀れむような顔をして私を見た。
彼女の唇が僅かに引き上がっているのを見ると、本気でバカにしているのかもしれない。
なにしろ彼女は、アリステアからの手紙で、私が後悔し続けているあの時のことを知って、さっさと婚約破棄しろと激怒したというのだから。
いや、その気持ちはわからなくもないが。
私が今いるのはエヴァンス伯爵の邸の庭だ。
現在、倒れた国王の代わりに執務を取り仕切っているクローディア王妃からの命を受け、帝国へ向かうことになったことの報告のために訪れたのだが。
案内された庭では、伯爵夫人のマリーウェザー主催のお茶会が開かれており、招待客としてレガールの侯爵令嬢レベッカ・オトゥールと、我が国の侯爵令嬢マリアーナ・レクトンが優雅にお茶を飲んでいた。
図られたことに気づいたのはその時で、だからといって、逃げるわけにもいかず、私は諦めて勧められた席に着いた。
因みに、エヴァンス伯爵は領地の視察とかで不在だった。
全く、まともに邸にいたことがないのではないか、あの方は。
まあ、私が話をする相手は伯爵ではなく夫人であるマリーウェザー様なので、いてもいなくても何も問題はないのだが。
「それにしても、あのパーティーの時に貴方もいたなんて、全然気づかなかったわ」
私はレベッカ嬢の言葉に溜息をついた。
「結局、会場へは行かなかったから」
服は着替えられても、靴はなく、びしょ濡れになった髪を乾かして整える時間もなかったので、結局パーティーには参加せず邸に戻ったのだ。
「あの時庭に居たんでしょ。セレーネが何も言わなかったから、知らなかったわ」
「何故〝セレーネ〟なんだ?」
私がそう問うと、レベッカ嬢は目を瞬かせ、そしてニィ〜と口角を上げた。
「アリステアがそう呼んでと言ったからよ。まあ、私が先に、レヴィと呼んでと言ったからなんだけど」
「そのせいで、私はあの時出会った女の子が誰なのか知ることができなかったんだ」
「あら、私のせい?」
「‥‥そうじゃないが」
「エイリック殿下も、最後まで気づかなかったみたいね。赤い髪の女の子が、いつのまにか金髪になってるなんて普通は思わないわね」
「赤い髪のアリステア様。この目でぜひ見たかったですわ」
「マリアーナ様は、顔合わせパーティーにはいらっしゃらなかったの?」
「そのパーティーの時は、私、風邪を引いてしまって参加できなかったのですわ。今も残念で仕方ありません。もし、参加できていれば、レベッカ様やアリステア様と、もっと早くお知り合いになれたかもしれませんのに」
本当に残念そうな顔をするマリアーナ嬢の手を、レベッカ嬢は両手で包むようにして握った。
「大丈夫ですわ、マリアーナ様!出会う時期など関係ありません。今の私たちは、かけがえのない親友同士ですもの」
そうですわね、とマリアーナ嬢は嬉しそうに微笑んだ。
二人の美少女が手を取り合う様子を眺めていた私は、なんだか頭が痛くなる思いがした。
彼女たちがアリステアのことを特別視していることを、なんとなく気づいてしまっていたから、この先のことを思うと微笑ましいというより気が重いという気持ちの方が大きかった。
「で?気がついたのは、いつ?」
突然、それまで口を挟んでこなかったマリーウェザー様に問いかけられた私は、は?と思わず変な声を出してしまった。
マリーウェザー様は、私に向けてニッコリ笑った。
この方も二人に負けないくらいアリステア贔屓だ。
「なんですか?」
「アリスちゃんが貴方の初恋の女の子だと気づいたのはいつかしら、と聞いたのよ。婚約した後、アリスちゃんに言ったのでしょ?自分には5歳の時に会った好きな子がいるって」
二人の世界に入っていたレベッカ嬢とマリアーナ嬢だったが、マリーウェザーの質問に大いに興味をそそられ私を見てきた。
「え、それは───」
「エイリック殿下は言われるまで気づかなかったようだけど、貴方は違うでしょう?」
「やっぱりそうなの?5才の時に会った好きな子って、アリステアのことなのね」
「‥‥‥‥」
「バカ殿下は、エレーネだと勘違いしてたけど、貴方はどうだったの?入学式の日に、仲良く喋ってたわね?」
「仲良くって‥‥あれは、母に頼まれて」
「それは知ってるけど、新入生の中で鮮やかな赤い髪の令嬢は彼女だけだったでしょ?アリステアは金髪に変わってたし」
「最初から勘違いはしてない。エレーネが、あの日会った赤い髪の女の子じゃないことはすぐにわかったし」
「あら、そうなの?なんで?顔を覚えてたってこと?」
「顔は‥‥はっきりと覚えていなかった。赤い髪と綺麗な女の子っていう印象だけで。ただ、エレーネと話をして、彼女は違うと思った」
第一、名前が違っていたと私が言うと、レベッカ嬢はクスクスと笑った。
「やっぱり、貴方はあのバカ王子とは違うわね。あのバカ王子は、名前の違いに気づかなかったわ。いえ、覚えていたとしても、聞き間違えたとか思ったのかもしれないわね。だいたい、赤い髪が一緒でも、アリステアとエレーネは全く違うわよ」
「ああ、そうだな」
私は、フッと息を吐いた。本当にレベッカ嬢は容赦がない。
最初からレベッカ嬢は、エイリック殿下が気に入らなかったのだろう。
と、レベッカ嬢が、マリアーナの方を見て、手で口元を押さえた。
「ああ、ごめんなさい。あのバカ王子は、マリアーナ様の婚約者でしたわね」
「いいえ、私は候補でしかありませんでしたわ。それも、エイリック殿下に外されてしまいましたけど」
「まあ、バカ王子は断罪されてああなったからどうでもいい話でしたわね」
こいつら‥‥ほんと容赦ないな。
確かに悪いのはエイリック殿下だが。
エイリック殿下は、母親であるニコラ様と共に、今は西の離宮に幽閉されている。
半年前のことだ。
二度と王都には戻ってこれないだろう。彼らは、あの地で一生を終えることになるのだ。
私はもう一度息を吐くと、マリーウェザー様の問いに答えるべく口を開いた。
「アリステアが、あの日の赤い髪の少女だと最初に気づいたのは、社交界デビューの時です。会場に飾ってあった黄色い薔薇を見て笑顔を浮かべる彼女を見て、あの日の彼女と重なって見えて。最初はただ似てると感じただけでしたが、ちょっと首を傾げる所とか仕草がやっぱりあの日の赤い髪の少女と重なって。確信したのは、母から聞いた話でした。エヴァンス伯爵が、子供の頃赤い髪だったと聞いて、その話をアリステアにしたら、彼女は自分も昔赤い髪だったと私に言ったんです」
「ああ、そうだったのね。もしかしたら、アリスちゃんの方が貴方のことに気づいてないんじゃない?」
多分、と私は頷いた。もっとも、私の顔はよく見えていなかっただろうから、覚えていなくても仕方がないのだが。
「合格ね」
ええ、合格ですわ、とマリアーナ嬢はレベッカ嬢に同意しクスクス笑うのを私は眉をひそめて見つめた。
もしかして、自分はこれからもずっと彼女たちに面白がられるのだろうか。
「ええ、アリスちゃんの婚約者として貴方は合格よ。なので、ご褒美をあげるわね」
え?と私はマリーウェザー様の方を見た。
笑みを浮かべるマリーウェザー様に私は思わず警戒の色を浮かべてしまった。
仕方ないだろう。一見おっとりして見える女性だが、実は絶対に怒らせては駄目な人だと私は知っているのだから。
エイリック殿下への断罪は、裏でこの人が動いていたと言われても納得できるくらいだ。
「貴方はクローディアに言われて帝国に行くのよね?」
「はい。ライアス王太子がお戻りになるまで、お側に仕えるよう言われました」
「騎士団長のご子息も一緒に行かれるようですわよ」
「まあ、騎士団長の息子ですか、マリアーナ様」
「次期騎士団長と言われるほどお強いらしいですわ。ただ、人間性が少し問題のようですけど」
「問題とはどのような?」
「口を開けば自慢ばかりで、弱い者は騎士団には不要だと追い出してしまうそうです。あと、女好きということでしょうか。あの方に目をつけられたご令嬢はだいたい苦労されてますわね」
まあ怖い、とレベッカ嬢は瞳を瞠って驚いて見せたが、彼女に怖いものが果たしてあるのだろうか。
それにしても、あまりに好き勝手な言動に私は二人の令嬢をにらんでみせるが、当然ながらなんの影響もなかった。
「帝国へはいつ行かれるのかしら?」
「十日後です」
「学校は?」
「いつ戻れるのかわからないので、無期限休学となります」
学園に通えなくても既に貴族として必要な知識は家庭教師によって身につけている。
学園に通うのは、主に勉学のためというより、人脈を作るという目的の方が大きいのだ。
マリーウェザーは、ふんわりとした優しい笑みを浮かべた。
「そう。では、気をつけて行ってきなさいね。アリスちゃんに会ったら宜しくね」
‥‥‥‥!!
ガタン!と大きな衝撃と共に、激しく悲鳴をあげるテーブルの上には4本の手があった。
私と、そしてレベッカ嬢の手だ。
大きく見開いたダークグリーンの瞳を見て、ああ、彼女も初めて知ったのかと私は思った。