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シャロン・ミーア・シュヴァルツ


「頭を上げて下さい、ライアス殿下!私などに謝罪などなさってはいけません!」


突然、王太子に頭を下げられ、私はどうしていいのか戸惑ってしまった。

まさか、ここで王太子と顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。

しかも、私に向けて頭を下げるなんてあってはならないことなのに。


「わかっている。だから、二度は頭を下げない。ただ、一度は謝っておきたかったのだ」


ライアス殿下は頭を上げると、私を真っ直ぐに見つめそう言った。


「国を離れた帝国だからこそ、だな。愚かだが、弟は弟だ。自分勝手だが、私は謝りたかった」


「ライアス殿下‥‥‥」


「聞くだけは聞いてやれ。それで、こいつの気が少しは晴れる」


アロイス兄様の言葉に、ライアス殿下は苦笑した。


「相変わらず辛辣ですね」


「‥‥‥‥」


彼が弟であるエイリック殿下が仕出かしたことを、ずっと気に病んでいたことは理解した。

だが、謝罪を受け入れるというのは、話は別だと思う。

まあ、ライアス殿下はもう私に対して頭を下げるつもりはないようだが。


私が黙っていると、兄アロイスが、ここまでにしよう、と話を打ち切らせた。

私は内心ホッとした。王太子が謝罪しているのに、受け入れないというのは実際良くないのかもしれない。だが、どう返せばいいのか、さすがにわからなかったのだ。


「申し訳ありません」


私がライアス殿下に向けて頭を下げると、小さな溜息が耳に入った。


「いや──私が悪かった。貴女の立場も考えず、謝れば少しは気持ちが楽になると思った私が傲慢だったようだ」


その通りだな、と平然と殿下に向けて言い放つアロイス兄様に、私はポカンとなった。


なんだろう?アロイス兄様の、まるで生徒を見るようなあの目は?

そして、それを当然のように受け入れている王太子の態度が私にはとても奇妙に見えた。




二人の関係は昼食後、シャロンから聞くことになった。


食事が終わると、兄のアロイスがライアス殿下を連れて食堂を出て行き、残された私はシャロンと少しお喋りした。

というか、シャロンの方がいろいろ話を聞きたがったのだが。


シャロンは人懐こくて明るい性格のようだった。ほぼ初対面である私に対し、全く物怖じしない。

シャロンは、アロイス兄様の実の娘ではなかった。

母親はシャロンが物心つく前に病気で亡くなり、父親であるシュヴァルツ公爵もやはり彼女が4歳の時に病気で亡くなったのだという。

兄弟のいないシャロンはたった一人残されることになったが、公爵家を継ぐにはまだ幼すぎるため、皇帝の頼みでアロイスお兄様がシャロンの後見人となり仮のシュヴァルツ公爵となったらしい。


だが、シャロンはライアス王太子の婚約者になったので、後継者のいないシュヴァルツ公爵家はこのままアロイス兄様が継ぐ可能性が大きいという。

アロイス兄様の考えはわからないが、 もしそうなれば、バルドー公爵家は本当に消えることになるだろう。それは、やはり寂しかった。


「お父様は、ライアスの先生なの。ライアスは帝国に来て一年だけ学校に通ったのだけど、その後はずっとお父様が教えてらしたわ。お父様はとっても厳しい先生だってアーネストが言ってたけれど、ライアスはちゃんと最後までお父様の教えを受けたのよ」


「そうだったんですか。ライアス殿下はとても頑張られたのですね」


「ええ。だって、ライアスはシャリエフ王国の国王になるんですもの。だから、私も頑張るつもり。これからよろしくお願いします、アリステア先生」


「先生はいらないわ。アリステアとだけで」


「じゃあ、私もシャロンって呼んでくれたら、先生って呼ぶのはやめる」


「それは‥‥‥」


さすがに伯爵令嬢である私が、公爵令嬢を呼び捨てには、と思ったが、シャロンが引く様子を見せないので、二人だけの時だけそう呼び合うことにした。



シャロンと別れ部屋に戻ると、ベイルロードが待っていた。

ベイルロードは、ソファにゆったりと座り、ミリアが入れた紅茶を美味しそうに飲んでいた。


「よお、お帰り」


「レオンさん?」


「出て行く前に挨拶をと思ってな」


「え?出て行くって、どこへ?レオンさんは、公爵様の護衛なのでは?」


「いやいや。俺の仕事は傭兵だ。ま、護衛もやるがね。今はその仕事はやってねえ。頼まれてねえからな」


「専属じゃなかったの?」


「専属じゃねえが、仕事の優先順位は高いな。あいつとのつきあいは古いし。オルキスの息子だしな」


てっきり、彼はずっとお兄様といると思っていた私は少しガッカリした。

そして、ふと彼の傍らに置かれている槍を私はじっと見た。

村で会った時も、公爵邸に来るまでも彼は槍など持っていなかったが。


「どうした?こいつが珍しいか」


そうですね、と私は頷く。

騎士が持つのは大体が剣なので、私はこの世界で槍を見たことはなかった。

芹那の時に見たのも、競技としての槍投げの槍くらいだ。

こんな、実戦に使うような槍を見るのは初めてだ。


「レオンさんは槍を使うの?」


「剣も使うが、どっちかというと槍を使う方が多いな」


「持ってもいいかしら?」


「お嬢様!危ないですよ!」


ミリアが、刃物に触るなどとんでもないと反対したが、ベイルロードは槍を掴み、スッと私の方に突き出した。

私はそれを受け取り、両手で柄を握った。

重い。だが、どこか懐かしい重みだ。


ベイルロードが、お?という顔で槍を持つ私を見る。


「なんだ?槍を持ったことがあるのか?」


「お嬢様が槍など持つわけないじゃないですか!お嬢様!危ないですから、早く離して下さい!」


ミリアは私の手の中にある槍で怪我をしないかとハラハラしながら叫んだ。


「槍じゃないけど、昔、似たもので戦ったことが──」


「戦う?」


「あ、実戦じゃなく試合で。近所に道場があって、小さい頃からずっと習ってたから。学校に入ったらクラブで。試合には何度も出て、優勝したことも」


今はもう、記憶もおぼろげな懐かしい思い出。


「ほお?槍じゃないと言ったな。どんなのだ?」


「えーと‥‥形は槍に似てるけれど、刀身が長くて」


私は机の引き出しから紙を出して、ペンで絵を描いた。

ベイルロードは、面白そうに私の手元を見ている。


「おお、確かに槍に似てるが、こいつぁ形が面白い!刀身はどのくらいあるんだ?」


「え、と──刀身と柄は」


私は紙に描いた絵に、私が使っていたものの刀身と柄の長さを書き込んだ。


「ほぉほぉ、面白ぇ〜」


ベイルロードは、紙を手に取り興味深そうにそれを見た。


「これ、貰って行っていいか。こういうのが好きな奴がいるんでな。見せたい」


「ええ、いいです」


私が頷くと、ベイルロードは紙を二つに折って懐に入れた。


「こいつは槍じゃねえんだな。じゃあ、なんて言うんだ?」


薙刀、と私が言うと、ベイルロードは、なぎなた、と同じように言った。

少しイントネーションが違うが、違和感はない。


ベイルロードは、ニッと笑い私の頭を撫でると、槍を掴んで庭に出る扉から外へ出て行った。


「じゃあな。また来るから、待っていてくれ」


ベイルロードは私に向けてそう言うと、庭の木々の向こうへと消えていった。


「お嬢様」


ガラスの扉を閉める私を、ミリアが奇妙な顔で見ていた。


「どうしたの、ミリア?」


「お嬢様は、前世であんな武器を持って戦ったりしてたんですか?」


「正確に言えば、前前世ね。公爵家に生まれる前の人生。戦うって言っても、試合だから。ほら、騎士団でも、時々力比べとかしていたでしょう?訓練の成果を見せるみたいな?そういうことよ」


「よくわかりませんが、以前のお嬢様はとても勇ましかったんですねえ」


感心したように目を大きく開いたミリアの顔に、私はクスクスと笑った。


「そうね。貴族の令嬢にはとてもやれないことだわ」



この世界に生まれる前に生きていた世界。

今の私にとっては、異世界となってしまった世界。日本。東京。


前世の、セレスティーネだった頃のことはまだハッキリと思い出せるが、芹那だった頃の記憶はだんだん怪しくなってきている。


私は机に出しっ放しになっている紙を見た。


そうだ。今覚えていることを出来るだけ紙に書いて残しておこう。


次回は、サリオン視点の話を書く予定。

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