アリステアは英雄ベイルロードの話を聞く。
暑中お見舞い申し上げます。毎日暑いですね。
更新、すぐに上げるつもりがまた遅れました‥‥‥
帝国の空に打ち上がった花火は、かつて日本で見た花火のような迫力も華麗さもなかったけれど、思わず歓声を上げてしまうほどの感動を覚えた。
赤、黄、青の小さな花が夜空に広がって、スッと流れていく様子がとても綺麗だった。
「綺麗‥‥‥」
思わずと言った風に口にした言葉に対し、レオンは笑って私の頭に手を置いた。
優しく撫でられる感触が、 なんだかとても懐かしい感じがした。
「俺のことをよく覚えていたな、セレスティーネ」
私は小さく首を振る。
「覚えていたのは、母が話してくれたことだけです。3歳の私を嫁にするって言った人がいるって。それで、お兄様が妹は絶対にやらないって怒ってた、と。あ、レオンというのは本名?母は別の名前を言ってたような気がするけど」
「レオンは傭兵での名前だ。本名はベイルロード。まあ、好きな方で呼んでくれていい」
ベイルロード‥‥‥ああ、確かに母が言っていたのはそんな名前だったかもしれない。
「おまえの母親は、グレイスといったか。綺麗な銀髪の儚げ美人だったな。オルキスがそりゃあ溺愛していた」
ええ、と私は男に向けて微笑んだ。
父と母の名を聞くのは本当に久しぶりだった。
そうだ、あれからもう30年がたつ。シャリエフ国では、もうバルドー公爵家は存在せず、誰もが忘れ、その名を口にする者もなかった。
キリアと再会してから、ようやく前世の家族の話ができるようになったのだ。
「母は病弱だったから。でも、小さい頃は一緒に花の世話をしたし、お菓子を作ったりしたわ。本もたくさん読んでくれた」
うんうん、と彼は私の話を楽しそうに聞いてくれた。
兄のことも。
「アロイス兄様は、私のことを信じてくれるかしら」
「心配ないだろ。あいつにとって、転生はごく普通のことだ」
「え?」
「ああ、おまえは知らないか。おまえの父オルキスも転生者だったんだよ。あいつは前世、俺のために働いてくれていた男だ」
私は、ポカンと彼の顔を見つめた。
転生者?父が!?
「200年以上前のことだがな」
今度こそ私は絶句してしまった。
「‥‥‥ベイルロードさん」
「ベイルロードでいい」
「じゃあ、私のことはアリステアと。それが今の私の名前です」
「ふむ。そうだな。セレスティーネとはもう呼べねえか。残念。まあ、アリステアってえのもいい名前だ」
「ありがとう。それで、200年前にお父様といたということは、貴方も転生者?」
いや、ベイルロードは首を横に振った。
「俺はまだ死んだ経験はねえ。不老不死だからな」
私は驚きに目を大きく見開いた。不老不死!
想像すらしていなかった事実に、私はしばらく言葉を失った。
「驚いた──セレスティーネの時は小さくて貴方のことは覚えていないのだけど、でも、あれから40年以上たつなら、今の貴方は若すぎる。だから、200年前に前世のお父様と一緒だったと言うなら今世は二度目の転生かと思ったのだけど」
不老不死だなんて予想外すぎる。
「二度目はお前の方だろうが、アリステア」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
一目で私がセレスティーネの転生者だとわかったベイルロードには驚かされたが、さらに二度目の転生だと見抜かれるなど。いったい、この人は───
笑う彼から、私は目を離せなくなった。
前世の父と同じ時代を生きていて、不老不死だという彼。
彼は前世の私の両親だったバルドー公爵夫妻が、とても信頼を置いていた人だ。
だが、その正体は全くわからない。
「ベイルロード、貴方はいったいどういう人なの?」
ベイルロードは再び手を伸ばして私の頭を撫でた。
「俺のことは、そのうちわかるさ。まあ、思い出してもらうのが一番なんだがなあ」
そう言って笑うベイルロードを、私はただ目を瞬かせて見つめることしかできなかった。
「3歳の時のことを思い出すのはちょっと‥‥‥」
それも、前世のことだ。思い出せる自信はない。
そう答えると、彼は、そうか、と言って笑った。
その彼の笑顔が、どことなく悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「お嬢様ぁぁぁぁー!」
ミリアの声が聞こえ、そちらの方を見ると、ミリアが人を掻き分けながら駆けてくるのが見えた。
ミリアは子供の頃からとても足が早かった。
幼い私が泣くと、どこからか物凄い速さで私の元へ走ってきてくれた。
そんな彼女も、この人混みでは思いっきり走れないようで、イライラした表情を浮かべながらやってくる彼女を見て、私はつい笑みをこぼした。
もっと彼の話を聞きたかったが、キリアがあんまり遅くなっては駄目だと言うので、仕方なく宿に戻った。
ベイルロードは私たちを宿まで送ってくれると、帝都へ向かう朝に迎えに来るから、明日はゆっくり休んでくれと言って帰っていった。
私たちを迎えに来たというから、同じ宿をとるかと思っていたのだが、彼は違う場所に宿を取っていたらしい。
「レオンは傭兵ですから、専用の宿があるんですよ。知り合いもいるでしょうから、今夜は朝まで飲んで騒ぐんでしょう」
祭りですから、とキリアが言う。なるほど、そうかと私は頷いた。
宿の部屋に戻ると、キリアがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
やはり、キリアはこういう場所に慣れているからやることが手早い。
子供の頃から伯爵家で働いていたミリアは、実は外のことはあまりよく知らず、世間知らずな所は私とあまり変わらなかった。
こうして何も問題なく帝国に来れたのはキリアのおかげだ。
私たちは同じテーブルに座って一緒にお茶を楽しんだ。
初めての祭りは楽しかったが、やっぱり少し疲れていたから、部屋でお茶を飲むとホッと息がつけた。
「お嬢様とはぐれた時はもう焦りました。キリアさんはレオンさんが付いてるから心配ないって言ってましたけど」
「キリアはレオンとは知り合いなのよね?彼はどういう人なの?」
「レオンは、アロイス様の護衛としてお側にいることが多く、とても信頼されてます。私が帝国に来た時には、もう彼はアロイス様のお側にいました。傭兵としてはベテランで、能力もあり、英雄だとも言う者もいるくらいです」
「へえ〜、凄い人なんですね、レオンさん」
「レオンの身元はわかっているの?」
「いえ。私は知りませんが、アロイス様はご存知のようです。私がまだバルドー公爵様にお仕えする前に、アロイス様は一度お邸に来たレオンをオルキス様から紹介されたと仰っておられました」
「ええ、そのようね。レオンと話をしていて、昔お母様が彼のことを話していたことを思い出したわ」
「まあ、そうですか」
キリアには初めて聞く話だったらしく、驚いた顔で私を見た。
「お兄様がご無事だったのは、レオンのように守ってくれる人がいたおかげね」
もうすぐ、その兄に会える。今世は長い間一人だったけれど、マリーウェザーが来てくれたおかげで弟が持てた。血は繋がっていないけど、可愛くて大切な弟だ。
そして、アロイスお兄様と今の私は血は繋がっていないけれど、それでもただ一人の兄だと思っている。
翌日は、レオンの言う通りのんびりと身体を休めた。
まだ帝都までは馬車で二日かかる。この日一日、ゆっくりと身体を休められたのは良かったと私は思った。それもこの村で。
村はまだ祭りの余韻が残っていて、ミリアとカフェでお茶を飲んだり買い物も楽しめた。
「いい村ですね、ここ。またいつか来たいです」
「そうね。また花火を見たいわ」
「お嬢様は、花火がお気に入りですね。帝都でも祭りってあるんでしょうか」
「あるんじゃない?だって、帝国の中心で、皇帝のお膝元ですもの」
「皇帝───ああ、そうか、帝国だから皇帝なんですね。なんだかワクワクします。この村の雰囲気もシャリエフとは違うし、都も違うんでしょうね」
「帝都はシャリエフの王都よりずっと大きな所よ。私も本で読んだだけだけど。歴史はシャリエフ王国は出来て200年だけど、帝国は一千年だもの」
「うわあ、本当に桁が違いますね!」
ミリアは大きくため息をついた。
私とミリアは買い物をすませ、宿に戻る途中に見かけたカフェでお茶を飲んでいた。
私はいつものようにフードを被っていたが、ミリアも、薄い布を頭に被っている。
一緒にいるからには同じような格好をしていた方が目立たないからとキリアが用意したのだ。
キリアは本当にいろいろ考えてくれる。
「ということは、帝国の最初の皇帝は千年前の人なんですね。あんまり昔過ぎて想像できないです」
本には初代皇帝はベイルロードという名だと書いてあった。
レオンの本名と同じ名前だ。ガルネーダ帝国を作った英雄の名前を子供に付ける親もいるだろう。だが、なんとなく気になる。
不老不死だという彼。200年前に前世の父オルキスと知り合いだったと聞いたから200年が頭にあったが、それ以前の生まれの可能性もないことはないのだ。
まさか初代皇帝ベイルロード本人ということはないだろうが。
一日のんびり過ごした私たちは、翌朝帝都に向けて出発した。
これまでは私とキリア、ミリアの三人だったが、この日からは護衛兼案内役でレオンが一緒だ。
レオンは、さすがに、女三人の中には加われないとずっと御者の隣に座っていた。
レオンは本名で呼んでも構わないと言ったが、やはり、他国の人間である私が、今いる帝国の初代皇帝の名を呼ぶのは憚られる気がするので、普段はレオンと呼ぶことにした。
村を出て二日、ようやく帝都に入った。
大きい街だという認識はあったが、実際この目で見る帝都は予想以上に大きかった。
建物も、祖国より高い建物が多く、教会だろうか、まさにそびえ立つと言っていいような建物で驚いた。
広く、綺麗に整備された道路。表はキチンと区画された街だったが、帝都の中心に行くに従って複雑な造りになっているのを見て、やはり祖国であるシャリエフ王国は戦いを知らない国なのだと思った。
本当に建国以来平和な国だったのだ。
しかし、その平和が、帝国によってもたらされていたのだとしたら。
そう考えてしまうほど、帝都は強大な存在に私には見えた。
国境近くで、シャリエフと帝国の人間が小競り合いを起こしているという噂は聞いていた。
理由は知らない。でも、と私は思う。
彼らは、シャリエフの人間は、きっとこの帝都を見たことがないのだ、と。
馬車は大きな門をくぐって、ゆっくりと敷地内を進んでいった。
ミリアが、うわ〜お城だ、と驚いた声を上げるほど大きな建物が見えてきた。
さすがにベルサイユ宮殿とまではいかないが、多分保養地の離宮くらいはあるのではないかというくらいの建物の前で私たちは馬車を降りた。
帝国貴族の中でも上位に位置するというシュバルツ公爵家の邸。
何故アロイス兄様がシュバルツ公爵家の当主となったのか。
その理由を私はまだ教えてもらっていない。
兄様本人に聞けばいいとレオンに言われたが、聞けるだろうか。
そもそも、私がセレスティーネだと兄が気づいてくれるかどうか。
転生は信じているようなので、言えば信じてくれるだろうけど。
出迎えてくれたのは、アーネストという執事だった。
彼は、私たちを邸の中へ招き入れ、案内してくれた。
気づくと、レオンの姿はいつのまにか消えていた。
私たちは、大きな部屋に通され、しばらくここで待つように言われた。
公爵は今、帝宮にいてまだ邸に戻っていないのだという。
緊張していた私は、自分たちだけになると、ほぉ〜っと息を吐いてソファに腰を落とした。
ミリアも同様に緊張していたのか、気が抜けて呆けたような顔になっている。
「お茶、頂きましょうか」
私は言って、メイドが入れてくれたお茶に口をつけた。
少し花の香りのする紅茶だった。
紅茶好きのミリアが、気に入ったのかニコニコ笑いながら飲んでいる。
「本当に大きな邸ね」
調度品も一目で高級品とわかる。部屋の感じは、祖国の貴族の邸とあまり変わらない。
「お兄様はこの邸の主人なのね」
何故、前世の兄のアロイスが、帝国の貴族、それも公爵となったのかわからない。
ただ、このシュヴァルツ公爵家には、もうシャロンという令嬢しか公爵の血を引く者はいないということだった。
ノックの音がして、返事をすると銀髪の男がドアを開けて入ってきた。
すぐにわかった。アロイス兄様だ。驚いた。記憶にあるお兄様と、全く変わってないように見えた。
いや、最後に会った兄は二十代前半だったから、勿論年はとっている。
だが、それでも、30年たったとは思えない若々しさだった。
童顔でもなんでもない。本当に若いのだ、信じられないほどに。
え?なんで?まさか、兄様も転生して──いや、それなら別人だから顔は違う筈‥‥‥
とにかく挨拶はしなくては、と私は立ち上がってこの邸の当主であるシュヴァルツ公爵に礼を取り自己紹介をした。
「アリステア・エヴァンスと申します。お目にかかれて光栄です」
まだ頭を下げたまま軽く伏せていた目を開けた私は、驚きの表情を見せるアロイス兄様に気がついた。
一瞬、私がセレスティーネだと気がついたのかと思った。
レオン‥‥ベイルロードは私を見ただけでセレスティーネだと気がついた。
お兄様も、と思ったが、顔を見合わせて話をすれば、そうではないと気づいた。
なんだろう?アロイス兄様は、何に驚いたのだろうか。
「長旅で疲れたろう。部屋を用意してあるから、今日はこのまま休んでくれ。娘のシャロンとの対面は明日の朝に予定している」
アロイス兄様はそう言って、部屋を出るために背を向けた。
思わず私は呼び止めようとしたが、結局私に出来たのは、頭を下げるだけだった。
兄が出て行くと、私は小さく息を吐いた。
「今の方が、お嬢様の前世のお兄様ですか?とても素敵な方ですね!あ、でも、私、もっと年配の方だと思ってました。エヴァンス伯爵様と同じくらいでしょうか」
「そう見えるわね。どういうことなの、キリア?」
「すみません、お嬢様。私も詳しくは知らないのです。ご家族が亡くなってお一人になった公爵様は、領地の後始末をすると言われ、その前に私を含めた使用人全てを解雇されたんです。その後、公爵様は領地へ向かわれ、そこで何があったのか私にはわかりません。何年かして国境近くの村にいた私に会いに来て下さった公爵様は、最後に会った時より若返って見えました。いったい何があったのか理由を聞いても仰られませんでした。ただ、しばらく寝込んでいたのだとだけ」
「‥‥‥‥‥」
ここへ来て、なんか不思議なことばかりだ。
不老不死だという、初代皇帝と同じ名を持つ男と、実年齢よりずっと若く見える前世の兄と。
私がしていたゲームでは、ただ地図上にのっていた国でしかなかったガルネーダ帝国。
舞台はシャリエフ王国だけで、本当に限られた区域だけで行われるゲームだった。
帝国のことは、ただ、優れた皇帝が治めている国とだけの記述があっただけだ。
この世界には魔法はない。だが、転生が普通にあり珍しいことではないらしい。
もう単なるゲームの世界ではない。ここは、ちゃんと存在している、異世界と呼べる場所なのだ。だから、これからも私の知らないことがたくさん出てくるかもしれなかった。
そもそも、私は続編を知らない。続編がいったいどこまで展開しているのか。
悪役令嬢のアリステアの断罪されたその後がどうなったのか。
そういえば、と私はあることを思い出す。
レベッカの弟が、私と同じゲームを知っているらしい転生者ではないかということを。
もし彼が続編を知っているなら。
そう思った時、閉じられていたドアがいきなり大きく開かれた。
公爵様?
キリアが、アロイス兄様の様子に驚いた顔をした。
勿論、私もびっくりして目を見開き、突然のことに固まってしまい立ち上がれないでいると、アロイス兄様は私の方を真っ直ぐに見て私を呼んだ。
「セレスティーネ!」
「‥‥‥!」
私は息を飲んだ。どうしていいのかわからず迷っている私に、彼はもう一度私をセレスティーネと呼び、そして両手を広げた。
はあぁぁっと、私は大きく息を吸い込んだ。そして。
「アロイス兄様!」
私は弾かれるように立ち上がると、両手を伸ばし兄の元へと走った。
小さい頃、迷子になった私を見つけてくれた兄の手を取り、抱きついた日を思い出す。
心細くて心細くて泣いていたあの日の私。
「お兄様!お兄様!」
アロイス兄様は飛び込んでいった私を揺らぎなく受け止め、きつく抱きしめてくれた。
「セレスティーネ!よく‥‥よく帰ってきてくれた!」
待っていた。ずっとずっと、お前が戻ってくるのを待っていた!
お盆が近いです。少しは暑さ和らいで欲しい。
次回はシャリエフ王国の王太子とシャロンが登場?多分。




