お茶会で終わりと始まり〈レベッカ〉
ようやくマリアーナの友達二人の名前を出しました。いい子達ですよv
「美味しいわ」
寮内のレベッカの部屋に集まった彼女たちは、イリヤが入れたフレーバーティーの香りに表情を緩ませ、ほぉ‥と小さく息を吐いた。
でしょう?とレベッカはニンマリした。
このお茶はレガールから持ってきた茶葉だ。
数年前に王都にある老舗のカフェに嫁いだ女性が、試行錯誤しながら作ったお茶だった。
マリアーナが、このお茶をレガールから輸入できないかしら、と呟くと、彼女の友人の一人である子爵令嬢エミリア・バレットが、それなら私がと手を挙げた。
「私の従姉妹がルギオ商会に嫁いでいるので聞いてみますわ」
「まあ、お願いできたら嬉しいですわ」
「お任せください、マリアーナ様」
「購入できたら、国に帰らなくてもこちらで飲めるわけね。素敵だわ」
レベッカが嬉しそうに笑った。
美味しいお茶を飲みお菓子を摘んで彼女たちは、他愛ない噂話や、本や劇などを話題にきゃあきゃあとお喋りした。
そうしてお喋りが一段落し、イリヤが新しいお茶を入れる頃になると、ようやく彼女たちの口から第二王子たちの話題が出た。
「エイリック殿下は、いったいどうなるのでしょうか?」
そう問いかけたのは、伯母から30年前に起こった事件の話を聞いたという伯爵家の令嬢ラーナ・コアディだった。
赤っぽい金髪の少女で、恋愛小説が大好きな大人しい印象の令嬢だ。
「キチンと真相を確かめることもせず、侯爵家の私と伯爵家のアリステア様を断罪した罪は重いですわよ。お祖父様は、殿下が馬鹿なことをしでかしたおかげで、私が婚約者候補から外れたことを喜んでいらしたけど、二度もこんなことを起こされてはもう放ってはおけないでしょう」
「そういえば、エイリック殿下は王妃様のお子様ではありませんでしたわね」
「え?そうなの?」
レベッカが初めて聞いたというように目を瞬かせた。
「エイリック殿下は側妃のニコラ様がお生みになった方ですわ。ニコラ様は侯爵家のご令嬢で、レトニス陛下の婚約者だったセレスティーネ・バルドー公爵令嬢に次ぐ方だったと聞いています」
「そうだったんだ。道理であの第二王子、国王にもクローディア王妃にも似てないと思った。それにしても、ラーナ様は王家のことに詳しいのね」
レベッカは感心したようにラーナ・コアディを見た。
ラーナはレベッカに見つめられ、ぽっと頰を染める。
可愛い。自分には絶対真似できない愛らしさだ、とレベッカは羨ましく思う。
「お嬢様もご自分の国の王家についてもう少し勉強されたらどうです。せめて、先代国王のお名前くらいは知っておいて良いかと思いますが」
「うるさいわね。そういうのはルカスが覚えてるからいいのよ」
レベッカはムッとなって己の若い執事を睨みつけた。
レベッカの弟のルカスは、一度読んだだけで記憶するという特殊能力の持ち主だ。
なので、まだ13歳の弟相手に討論を吹っ掛ける人間は、少なくともレガールの王都にはいない。知識量が半端ないのだ、うちの弟は。
そういえば、とマリアーナがレベッカと言い合うイリヤを見て口を開いた。
「あのマーシュ伯爵令嬢が、いきなりイリヤさんに抱きついたのには驚きましたわ」
「ええ!そうですわね!隠しキャラ‥とかなんとか言ってらしたけど、いったいなんのことでしょうか?」
彼女たちは首を傾げた。勿論、レベッカにもわかる筈がない。
「ゲームとか、そういうものかもしれない」
「ゲーム?なんですの?」
マリアーナたちは首を傾げながらレベッカを見た。
「変人が夢中になるものらしいですわ。かく言う、うちの弟も変人でその手の話には詳しいんですの」
まあ、と彼女たちは驚きの声を上げた。
「イリヤ。もう一度聞くけど、本当にエレーネ・マーシュのことは知らないのね」
「はい。あの方とは今日が初対面でした。お名前にも覚えがありません」
そう、とレベッカは少し考え込むように目を伏せ、すっとカップを持ち上げた。
「お茶おかわり。今度は少し甘いのが欲しいわ」
「かしこまりました」
イリヤは頭を下げ、キッチンのある隣の部屋へと入っていった。
「ラーナ様にお聞きしたいことがあるのですけど」
「はい?なんでしょうか、レベッカ様」
「第二王子が言っていた30年前の事件のことですけど。ラーナ様はご存知なんですね?」
「ああ、そうですわ。私もそのことを聞きたかったんです」
マリアーナにも見られ、ラーナは緊張して身体を硬くした。
「え、はい‥‥伯母に聞いたことだけですが」
「話して頂ける?実は私もお祖父様が何故レトニス陛下を嫌っていらっしゃるのかずっと気になっていたものだから」
「まあ、レクトン侯爵様が陛下をですか」
ラーナとエミリアが、信じられないという顔でマリアーナを見つめた。
現レクトン侯爵は、先代国王からつかえている重鎮で、国のことを誰よりも思っている人物だ。そんな彼が現国王を嫌っているというのは意外だった。
イリヤが新しくポットにお茶を入れて部屋に戻ってきた。
彼女たちの前のカップに入れ替えられたのは、甘い香りのするミルクティだった。
口に含むと、甘さが疲れを癒しホッととさせる。
「マリアーナ様は、バルドー公爵家のことをご存知ですか?」
「え?いえ、知りませんわ。シャリエフ国の貴族ではありませんわね?」
マリアーナはシャリエフ王国の貴族の名は全て頭に入れているが、それにバルドー公爵という名はなかった。
「バルドー公爵というのは、先程ラーナ様が仰っていた、現国王のレトニス陛下の婚約者だった方がそうではありませんでしたか。確か、セレスティーネ・バルドー公爵令嬢、と」
「あら、そうだわ」
マリアーナはイリヤの言葉で思い出したという顔をした。
よく覚えてるわね、とレベッカは呆れたようにイリヤを見る。
「陛下の婚約者だった方なのね。でも、どうして結婚なさらなかったのかしら。それに、バルドー公爵家って、どこの国の貴族でしたの?」
「バルドー公爵家は30年前まで我が国の貴族だったそうですわ。私も知らなかったのですが、バルドー公爵は、この国の建国に関わり初代国王より支えていた名門の貴族だったそうです」
「30年前まであったということは、没落したの?そんなことってあるのかしら。初代国王から支えていた家系なのでしょう?そんな家系を没落させるって──もしかして、それがあの時言っていた事件?」
はい、とラーナは頷いた。
「実は私、マリアーナ様がエイリック殿下に断罪された時、とても怖かったんです。伯母が言っていた30年前の事件と同じことが起きるのではないかと」
ラーナはそう言うと、ブルっと身体を震わせた。
「それは、どういうこと?」
「30年前、学園の卒業パーティーの夜、当時まだ王太子だったレトニス陛下が、ご自分が親しくされていた子爵令嬢に嫌がらせをしたと言って婚約者であるセレスティーネ公爵令嬢を断罪されたそうです。セレスティーネ様はなんのことかわからなかったご様子で困惑されていたそうなんですが。その時、やはり子爵令嬢に好意を持っていた騎士見習いの方が、いきなり背後からセレスティーネ様を剣で貫いたと」
彼女たちは思わず息を飲んだ。
「背後から剣でって‥‥そんな馬鹿なこと」
彼女たちは蒼褪め、イリヤも顔をしかめていた。
「どうしてそんなことになったのか、伯母にもわからなかったそうです」
「ラーナ様の伯母様は、それを見ていたの?」
「はい。その後、王家から口止めされ、その時のことは公にはならなかったそうです」
「そうなのでしょうね。私もそんなことがあったことなど知りませんでしたわ」
それどころか、バルドー公爵家のこと自体も知らなかった。
シャリエフ王国の初代国王の頃からある貴族だというのに。
マリアーナは、何故祖父が王家を嫌っているのかわかった気がした。
確かに、建国の頃より国を支えてきた公爵家の令嬢の命を奪い、それを隠蔽するような王家に自分の孫娘を嫁がせたくはあるまい。
しかも、息子であるエイリック殿下は、30年前と同じことをやらかしたのだから。
自分は殺されることはなかったが、アリステア様は冤罪で学園を追い出され国を出てしまわれた。
「それで、バルドー公爵家がなくなったのは、その事件が原因で?」
「は‥い。セレスティーネ様はその場でお亡くなりに──公爵夫人はもともと身体の弱い方だったようで、その日も体調がよくなくて寝込まれていたそうです。そこに、セレスティーネ様のご遺体がご自宅に戻され、夫人はショックの余りお倒れになって‥‥‥そのまま目覚められずお亡くなりになったと‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「その後、事件のことを聞いて邸に駆け戻った公爵様は、お二人の亡骸をみて衝撃をうけ一人部屋に籠り、翌朝自殺された公爵さまが発見されたと。公爵家はご子息一人が残されたそうなのですが、その方も領地を王家に返されてから行方がわからなくなったそうです。家族の後を追われたのではないかと、当時噂になっていたらしく、今も見つかっていないと。バルドー公爵家は跡を継ぐ者がいなくなり、シャリエフ王国からその名が消えたのだと伯母から聞きました」
「なんて、酷い‥‥‥」
エミリアは口を押さえ絶句した。その目には涙が浮かんでいる。
レベッカもマリアーナも言葉が出てこない。
彼女たちが生まれる前の出来事であるが、つい先ほども同じことがあったばかりだ。
マリアーナは、エレーネ・マーシュ伯爵令嬢に嫌がらせをした主犯だと疑われ、第二王子であるエイリック殿下によって断罪された。
だが、すぐに真相は明らかになり、断罪されたのは王子とそのご友人たちとなったが。
今回誰も殺されはしなかったが、公の場で王族に断罪されることは、この国の貴族にとって破滅を意味する。
貴族令嬢にとっては、幸せな結婚が望めなくなることであり、親にも咎がいくだろう。
下手をすれば、爵位を取り上げられることも。
実際、バルドー公爵家は没落しその名すら消えた。
「そんな酷い事件があったなんて、知りませんでしたわ」
「レトニス陛下と王妃様に会ったのはまだ子供の頃でしたけど、とても立派なお二人に見えたわ。けれど、とんだ見込違いだったみたいね。公の場で殺された公爵令嬢を闇に葬って、その上に公爵家を潰したのだから。当人に反省がないから息子も同じことをしちゃうんだわ。もう、どうしようもないわね、この国は」
「お嬢様、それは口にしない方がよろしいかと」
マリアーナたちも、なんとも言えない怒りを覚えてはいるものの、やはり自分たちの国のことだ。他国の人間であるレベッカのように国王に対しての批判は口に出来ない。
レベッカも気づいて、マリアーナたちに謝った。
「ごめんなさい」
「いいんですわ、レベッカ様。今回のことで、私たちも知らなければならないことがあることに気づきましたもの。この国は、私たちが知らないうちに危機を迎えていたのかもしれません」
マリアーナが言うと、彼女を見つめていたエミリアとラーナの二人は同意するように頷いた。
「そういえば、気になっていたのですが、どなたも王太子のことは話題に出されませんが、どうされているのですか?」
イリヤが尋ねると、マリアーナは戸惑ったような表情を浮かべた。
「王太子──ああ、そうですわね。ライアス王太子様」
「そういえば、私、王太子様にお会いしたことがありませんわ」
ラーナがそう言うと、エミリアも、私もですと答えた。
「私も小さい頃に一度だけお会いしただけですわ。小さかったので、お顔もあまり覚えていなくて。陛下と同じ金髪だったというだけしか覚えてませんの」
「あまり表には出られない方なんですか」
「いえ、王太子様は随分前にガルネーダ帝国に留学されたのです。王太子様は私たちより、確か10歳上で、学園を卒業されてからは、ずっと王宮で陛下のお仕事の手伝いをされていたと聞いています。留学されたと聞いたのは、五年くらい前でしたかしら」
「何故ガルネーダ帝国に?」
さあ?とマリアーナは首を傾げた。
友人の二人も知らないようだった。そもそも、イリヤが尋ねるまで、彼女たちは王太子のことは全く頭になかったのだから。
「なんか、おかしな話ね。王太子って、次の国王になるんじゃないの?」
レトニス王には王太子と第二王子の二人しか子供がいない。
第二王子のエイリック殿下があのザマでは、この国を建て直せるのはそのライアス王太子しかいないのではないか。
ーーーーーーーーーー・・・
マリアーナが第二王子に対し逆に断罪をやり返してから10日ほど過ぎた頃、マリアーナとレベッカはマリーウェザーからお茶会に誘われた。
あれから普通に学園生活を送っていた二人だが、気になるのはエイリック殿下と友人二人、そしてエレーネ・マーシュの処遇についてだった。
30年前のように無かったことにされれば、この国はもう終わりだと彼女たちは思っている。それでなくとも、最近は不穏な噂が流れてきているのだ。
国境で小競り合いが起きているという噂だ。
相手は誰かはわからないが、もし帝国だとしたら、シャリエフ王国はこれ以上ない危機に見舞われることになる。
ガルネーダ帝国は大陸にある国の中で最も大きく、しかも建国してから千年が過ぎるという大国だ。
建国してまだ200年のシャリエフ王国とは桁が違う。
そんな不穏な状況の中、国王レトニスが倒れた。
昨年から体調が余り良くなく、時々王妃のクローディアが王の代わりを務めていたのだが、今回の第二王子の醜態がトドメを刺した感じだった。
かつて自分が犯した愚かな行為と全く同じことをやった息子。
体調が悪い所に、心労とショックでは倒れるのも当然だったろう。
だが、昔のことを知る者たちにとっては、同情の余地などない。
かつて自分がやったことで、建国から続く公爵家を一つ潰した。
それも、罪などなかった、婚約者である17歳の少女を死なせて。
一生をその償いに当てなければならなかった男は、己の息子をちゃんと育てることすらも満足にできなかった。
無様だ。無様過ぎる。
こんな王はいなくていい。しかし、いなくなれば、この国はもたないかもしれない。
今は王妃であるクローディアが代わりを務めているが、彼女が女王となって国を治めるなど出来るはずはない。
「やはり、王太子には急いで戻って来てもらうしかないでしょうね」
レベッカ、マリアーナ、そしてサリオンが、マリーウェザーの言葉に頷く。
そう。もうそれしかない。王家を支える貴族たちも、そう考えているだろう。
既に、戻ってきてもらうために手を打っているかもしれない。
「王太子は、帝国に行ってから一度も帰国してないんですか?」
「そうらしいわ。実は留学とは名ばかりの人質という噂もあるようよ」
人質!?
「王太子を人質って、そんなことあるんですか?普通は人質になるなら第二王子の方でしょう」
レベッカが言うと、マリーウェザーはその通りね、と苦笑いを浮かべる。
彼女にもどんな事情があるのかわかっていないらしい。
クローディアに聞いても、何故かはぐらかされるばかりだったのだ。
王太子はクローディアが生んだ唯一の息子で、次の王位を継ぐ者だ。
その国にとって大切な存在である王太子を五年も帝国に置いている。
いったい何故?
国王レトニスが倒れ、王太子はいつ戻ってこれるのかわからないこの時期、エイリック王子たちの刑罰が決まった。
エイリック第二王子は母親のニコラと共に西の離宮へ送られ、レオナードとモーリスは国境の警備隊に送られることになった。
西の離宮は帝国との距離も近い。
彼らのせいで、過去の王の罪が表に出るようになり、貴族たちに不信感を持たせることになってしまった。
今ではある程度の年代しか知らないことだが、シャリエフ王国が建国されてから帝国とトラブルらしいことが起こらなかったのは、バルドー公爵家がいたからなのだ。
バルドー公爵家は帝国との太いパイプがあり、何故か一目置かれる存在であった。
当時王太子であったレトニスはそのことを知らなかった。
セレスティーネがレトニスと結婚し王妃となっていれば、帝国との関係も未来永劫崩れることはなかったろう。
「まさか──ライアス王太子が人質として帝国に行ったというのが真実なら、それはバルドー公爵家がなくなったからでは」
「なくなったじゃなくて、潰したんでしょ。帝国がバルドー公爵に一目置いていたというなら、非道なことをやって公爵家を潰したこの国の王家のことが許せないんじゃないかしら」
王太子は今も生きてるの?
「レベッカ様、それは言ってはいけませんわ。ライアス王太子は生きていると信じなければ。でなければ、シャリエフ王国は崩壊しますわ」
彼女たちの話を無言で聞いていたサリオンが、 マリーウェザーの方を向いた。
「マリーウェザー様。アリステアがガルネーダ帝国にいるということはないですよね?」
マリーウェザーは、アリステアは国を出たとは言ったが、どこに行ったかはサリオンにも言わなかった。
この大陸の主だった国はガルネーダ帝国とシャリエフ王国、レガール王国の三つだが、他にも小さな国が存在する。アリステアが行くとしたら、シャリエフ王国と敵対していない国だろうが、サリオンは不安を覚えていた。
もし、アリステアがいるのが帝国なら。
レベッカも気になるのか、じっとマリーウェザーを見つめている。
マリーウェザーはにっこりと微笑む。
「今は言えないわ。でも心配しなくて大丈夫。アリスちゃんにはミリアがついているし、他にもちゃんと強い味方が付いているから」
「味方──護衛を付けているということですか」
「そんなものね。まあ、心配しなくても、アリスちゃんはこの国に帰ってくるから待っていてあげて」
マリーウェザーに言われて彼らは無言で頷いた。今は本当に頷くしかない。
マリーウェザーをどんなに問い詰めようとしても、教えてはくれないだろうことはわかるから。
そして、諸悪の根源とも言うべき、エレーネ・マーシュの処遇だが、勿論王都から追放される。マーシュ伯爵家は爵位を男爵まで落とされ、王都には二度と立ち入れなくなった。
エレーネはその両親とも離されて北の国境近くの村に送られる。
彼女は死ぬまでそこから出られず、孤独に過ごすことになるのだ。
エレーネ・マーシュは自分の目で、己が犯した罪の結果を見なければならない。
奥様、とメイドが扉をノックして入ってきた。
「お客様がいらっしゃいました」
「あら。意外と早かったわね。決心がつくまで時間がかかると思っていたのだけど」
「エントランスでいいと仰るので、お待ち頂いてます」
「そう。じゃあ、こちらから行くわ」
マリーウェザーは席を立った。
「お客ってどなたですか?」
マリアーナが問うと、マリーウェザーはクスリと笑った。
「エイリック殿下よ」
えっ!と彼らは驚いてマリーウェザーを見た。
マリーウェザーについていった彼らは、質素な姿でエントランスに立つエイリックを見た。
彼はマリーウェザーを見ると、深く頭を下げた。
彼女の娘であるアリステアを傷つけたことをエイリックは初めて謝った。
そして、驚いているマリアーナにも彼は頭を下げた。
「あれって、謝って済む問題かしら」
レベッカは軽蔑の眼差しでエイリックを見つめた。
「この国が今どういう状況にあるか、わかってる?」
ああ、とエイリックは頷く。
「自分に何が出来るかわからないが、向こうで国のために頑張るつもりだ」
「殿下──」
「サリオン。私の勘違いで、おまえには迷惑をかけた。許してくれ」
「いえ。殿下のお側にいたのに、勘違いに気づかなかった私も悪いのです」
「本当にサリオン様も悪いですわ。貴方がアリステア様の心をしっかり掴んでおられたら、あの方は国を出て行こうとされなかったかもしれませんもの」
マリアーナの言葉に、レベッカも同意する。
「そうね。貴方が一番悪いわ。肝心な時にいなくてどうするの。婚約者失格だわ。こうなったらセレーネとの婚約は解消なさい」
「セレーネ?」
レベッカの口から出た名前に、エイリックは目を瞬かせた。
レベッカはフッと笑った。吊り上がったダークグリーンの瞳が意地悪く光る。
「私だけが呼べるアリステアの愛称よ。そういえば、エレーネに似てるわね」
「まさか‥‥あの時、貴女が呼んだのはセレーネ‥なのか」
「5歳の時のこと?どうせ勘違いしてると思ってたわ。貴方が学園で親しくしていた伯爵令嬢は、赤い髪にエレーネという名前だものね。教えてあげるわ。アリステアは小さい頃は赤い髪だったの。貴方が5歳の時に出会ったのは、エレーネ・マーシュじゃない。アリステア・エヴァンスよ」
「そんな‥‥‥!」
そんな‥‥そんなこと‥‥‥‥
絶句し青褪めたエイリックは、力を失ったように膝から崩れ、その場にしゃがみ込んだ。
そんな馬鹿な‥‥‥‥そんな馬鹿なことが‥‥!私は────
「向こうに行ったら、自分がやったことの愚かさを思い知りながら頑張ればいいわ」
「レベッカ様。もうそこまでに」
サリオンが容赦なく責めるレベッカを止めた。
どうやら、彼の方は気がついていたらしい。
「エイリック殿下。どうぞお身体にお気をつけて。殿下がやったことは、私には辛かったですけど、もう忘れることにします。頑張って下さい」
「マリアーナ様は許しても、私は許さないわよ」
レベッカは、放心したように冷たい床に座り込んでいるエイリックを睨みつけた。
それに対し、マリーウェザーはクスクス笑うだけで何も言わなかった。
マリアーナはしょうがない物を見る目で見つめ、サリオンは痛ましそうにエイリックを見下ろしていた。
次回から帝国へ行ったアリステアの話になります。