プロローグ
初の投稿です。ずっと読み専に徹していましたが、この度自分でも話を書いてみることにしました。
悪役令嬢、婚約破棄ものです。できたら、ざまあは絶対にやりたい!
ずっと読むだけでしたので、自分が書いたものを果たして楽しんでもらえるか不安ではありますが、完結までお付き合い頂けたら幸いです。
「セレスティーネ・バルドー。おまえとの婚約は今この時をもって破棄させてもらう」
は?と、思わず私は公爵令嬢らしからぬ表情を浮かべてしまった。
高い天井から下がる大きなシャンデリア。
豪華に飾り付けされたホールで明るく賑やかに始まった卒業パーティーであったが、遅れてホールに現れた数人の学生たちによってそれはあっという間に沈黙に包まれてしまった。
何これ?
私は唐突に婚約者である王太子レトニス殿下の口から告げられた言葉に、唖然となった。
真実、息が止まるんじゃないかと思った。
この日の朝、学園で卒業式が行われ、夕方からは保護者も招いてのパーティーであるので、この場には、学生たちだけではなく、王家に仕える貴族の方々もおられる。
そんな中でのいきなりの婚約破棄宣言だ。それも、王太子自らの。
いったい何が起こったのかと静まり返るのは当然だろう。
一瞬だが、不敬にも私は相手の正気を疑った。それとも、これは何かの茶番なのか。
私はどう答えれば良いのだろう。
「殿下。意味がわからないのですが。何故婚約破棄なのでしょう」
私がそう問いかけると、レトニス様の眉間が僅かに寄るのが見えた。
「わからないか。ならば仕方がないな。所詮、おまえはそういう女だったということだ」
厳しい表情で溜息をついた殿下の言いように私はびっくりした。
いったい何なのだろう?
「答えになっていませんわ。どうして私は、殿下にそのような目で見られなければならないのです?」
実際、レトニス様が私を見る目は、これまで見たことがないほど嫌悪に満ちている。
何故なのか、私にはさっぱりわからなかった。
殿下とは、この王立学園に入学する一年前に初めて王宮で出会い、互いの意思は関係なく早々に婚約が決められた。
貴族の子であれば、それは別に驚くようなことではなかったが、私は幸いにも初めて顔を合わせた王太子レトニス様のその優しい笑顔に惹かれた。
明るい金髪に深い緑の瞳。
陛下によく似た整った男らしくも美しい顔立ちに目を奪われてしまった。
噂で聞いた通り素敵な少年だった。
生まれて初めて胸がドキドキした。
初めての王宮、傍らに父である公爵がいたとしても、陛下との謁見に緊張しまくっていた私にレトニス様は優しく声をかけて下さったのだ。
レトニス様は本当にいつもお優しかった。
あんなゴミでも見るような目を私に向けるなどあり得ない。
何故?と首を傾げかけたその時、私はそこにいるべきではない少女の存在に初めて気が付いた。殿下とご友人方に隠されるようにして彼女は立っていたのですぐには分からなかった。
ふんわりと柔らかな印象のある栗色の髪の愛らしい少女は、学年は違うが何度か学園内で顔を合わせたことはあるし、言葉を交わしたこともあった。
確か名前はシルビア。
詳しいことは知らないが、流れていた噂では隣国レガールの伯爵家の令嬢だったが、母親が亡くなるとすぐに母親の実家があるこの国に戻されたという。
シルビアの母方の祖父である子爵は、この国に慣れていない孫娘のためにと、理事長に頼んで一年間だけ学園に通わせてもらうことにしたらしいのだが。
学年は一つ下で、この国での彼女の身分は子爵令嬢。
公爵家令嬢である私とは殆ど接点はない。話をしたと言っても、親しくではなく、何度か注意をしたくらいだ。
シルビア嬢は、はっきり言って貴族としての教育を受けてきたのだろうかと疑問に感じるほど奔放で無神経だった。
成績は優秀のようだが、性格にはいささか難があるのではないかと思う所がある。
とはいえ、私にとっては顔だけ知っているだけの、なんの関わりもない少女だ。
その少女が、どういうつもりなのか私の婚約者であるレトニス様にぴったりと寄り添っている。しかも、それをレトニス様も、ご友人の公爵家の嫡男であるハリオス様や次期宰相候補と言われているダニエル様が何も仰らないことが不思議だった。
それに、今夜の卒業パーティーはレトニス様は参加出来ないという王宮からの連絡を受けていたのだが。
なので、本来婚約者にエスコートされて参加する筈のパーティーに私は一人でやってきたのだ。
母はここ数日体調を崩しておりベッドから起き上がれなかったし、父はというと、所用で兄と共に領地に戻っていてまだ王都には戻っていなかった。
私に付き添ってくれたのは、私付きの侍女のキリアだけだ。
そのキリアは、パーティーの間は使用人の控え室にいてこの場にはいない。
「レトニス様。何故卒業生でもない彼女がお側にいるのですか」
私が殿下にピッタリくっついている少女にやや不快な視線を向けると、少女シルビアはビクリと身を震わせた。まるで私に睨まれたかのように怯えを見せる彼女を、レトニス様も、他のお二人も顔をしかめながら私から隠すようにして身体を前に乗り出した。
わけがわからない。
「なんなのです?まるで私が彼女に危害でも加えるかのようにご覧になってますが」
「何を今更。実際やっていただろうが」
「何のことでしょう?」
私が首を傾げて見せると、レトニス様は忌々しいとばかりに私を睨みつけてきた。
気づくとパーティーの参加者達は私の周囲から消え離れた場所からじっと成り行きを見守っていた。
先ほどまで私と話をしていた友人達も、巻き込まれたくないのか離れた場所に移動している。
ふと目の端に人影が映り顔を背後に向ければ、やはりレトニス様のご友人である騎士団長の息子で騎士見習いでもあるロナウド様が立っていた。
そういえば、ホールに入った時からチラチラと彼の姿が目に入っていたが。
もしかして、レトニス様が来られる前に私がホールから出て行かないよう見張っていた?
セレスティーネ、と殿下が呼ぶことに、少し胸が痛い。
この場では決して呼ばれることのない呼び方が頭に浮かぶ。
レトニス様と私だけの。
「彼女は、シルビア・ハートネルは私が初めて心惹かれた女性だ」
ズキン、と何かが刺さったような痛みが胸を走り抜ける。
やはり、私はレトニス様にとって愛のない相手だったのだとはっきり自覚させられた。
それでも。
「それでも私はレトニス様の婚約者ですわ!」
「セレスティーネ。おまえが私の婚約者にふさわしくないということがわかったのだ」
「何故です?何がわかったというのですか!それでは彼女ならふさわしいと?納得できませんわ!」
「セレスティーネ!いい加減に気づいたらどうだ!シルビアがここにいる。その理由がわからないというなら、おまえには人として欠けているものがあるのではないか」
人として欠けているもの・・・?
レトニス様のその言葉に私は衝撃を受け、悔しさにずっと胸の前にあった扇子を固く握り締めた。そして納得できないという気持ちと共に思わず一歩前に足を踏み出していたが、まるでタイミングを図っていたかのように、シルビアの口から悲鳴が迸った。
シンと静まり返っていたホールに突然の甲高い少女の悲鳴が響き渡る。
悲鳴に驚いて踏み出した足を止めた私だったが、次に襲ってきた激しい衝撃にぐぅっ!と息を詰め口からうめき声が漏れ出た。
最初に感じたのは、背後から、ドンと強く押された感覚。が、次の瞬間痛みが襲ってきた。
あ、刺された?とすぐに理解できたことが疑問だった。
顔を背後に向ければ、騎士見習いのロナウド様が怯えたように目を大きく見開いていた。
その表情は、己がした行為が信じられないというような。
何故、私は彼に剣で刺されたのだろう?
ロナウド!と、レトニス様の焦ったような声が聞こえると、背後にいた彼は慌てたように後ろへ下がった。
当然、下がった彼の手にあった剣は私の背から引き抜かれ、傷ついた身体から真っ赤な血が噴き出したのを感じた。
何故か耳に入ってきた水音に聞き覚えがあることが不思議だった。
またも女の悲鳴があがり、それに続くようにホールのあちらこちらから悲鳴が上がり続けた。
私は、引き抜かれた剣に引っ張られるように後ろへと倒れ込んだ。
ここにいる誰の手も私を受け止めてはくれなかった。
背から倒れた私の身体はやや跳ね上がってから、ゴンと床に頭を打ち付ける鈍い音がすると、それを最後に私の意識は薄れていった。
ああ、私、また死ぬのか──
‥‥え?──また?何?また死ぬって、なんのこと?
ふっと目の前に霞がかかるのと反対に何故か急に意識がはっきりしてきて、多くの記憶が走馬灯のように流れ込んできた。
あ、やっぱり死ぬのは二度目だ。そうよ。前の私も刺されて死んだんだもの・・・
私ってつくづく運がないんだなあ──苦笑が漏れ、そうして私の意識はフッと途切れた。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
あれ?なんだろ、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
どうしたのかな・・・お腹空いたのかな・・・・
そういや私も‥お腹すいたな・・・
明け方にようやく生まれた赤ん坊は、年配の侍女の手によって綺麗に身体を洗われ、清潔なタオルでその小さな身体をくるまれた。
「おめでとうございます、奥様。お元気なお嬢様ですわ!」
安産だったとはいえ、さすがに疲れた顔の夫人は、横になったまま侍女に抱かれた赤ん坊を見たがすぐに顔をしかめた。
「なによ、赤毛じゃないの!本当に私が生んだ子なの?」
侍女が抱いた赤ん坊の髪は、彼女が言うように赤かった。確かに奥様は金に近い明るい茶髪で、旦那様は黒髪だ。だが。
「旦那様も生まれた時は赤毛でしたわ。ご成長されるにしたがって髪の色が濃くなり、5歳になられる頃にはすっかりと黒髪に変わりました」
「そう。ならいいわ。浮気を疑われたら嫌だもの。でも‥がっかりだわ。私は男の子が欲しかったのに。女なんて私の役には立たないじゃない!」
彼女が忌々しそうに吐き捨てるようにして言うと、突然赤ん坊が顔を真っ赤にして泣き出した。
「ああ、うるさいわ!早くその子を連れ出してちょうだい!」
「あの・・奥様。お嬢様を抱いては」
「世話をするのはあなた達でしょ。私は疲れたわ。寝るから出て行って」
「‥‥かしこまりました」
侍女は仕方なく赤ん坊を抱いたまま、他の侍女たちと共に部屋を出て行った。
火がついたように泣いていた赤ん坊は、あやしてるうちに大人しくなり、今は時々しゃくり上げながら泣いていた。生まれたばかりなのに、自分が置かれている環境に気がついているのだとしたら哀れだ。
侍女は子供部屋に入り赤ん坊をベッドに寝かせると涙に濡れた顔を温かい布で拭き、オシメを当て、用意していた産着に着替えさせた。
この館に雇われている使用人は非常に少ない。
旦那さまは、あまり奥様のことを気にかけて下さらないのだ。
そんな旦那様に奥様は常にイライラされている。
その八つ当たりは使用人たちに向かい、やめていく者も多かった。
旦那様が王都からお戻りになるのは年に数回。それでよく奥様が妊娠されたと皆驚いた。
浮気を疑わないのは、皆、奥様が旦那様に執着していることを知っているからだ。
執念で妊娠し、これが跡継ぎとなる男のお子様なら奥様は喜んだだろう。
旦那さまも無視はしないはずだと。だが。
儘ならないということだろうが、生まれてくる子供に罪はないだろうに。
侍女は赤ん坊を抱いて椅子に腰掛けると、哺乳瓶でミルクを飲ませた。
まだしゃくり声を上げていたが、泣いてよほどお腹が空いたのだろう、赤ん坊はチュッチュと勢いよくミルクを飲みだした。
「本当に綺麗な顔立ちをしているわ。ひょっとしたら、奥様より美人になるかもしれないわね」
侍女は無心にミルクを飲む赤ん坊を見つめ微笑んだ。
実はつい先日、自分の娘に子供が生まれたばかりだった。女の子だった。
初めての孫娘。可愛くてしかたなかったが、今自分が抱いている主人の子も同じように可愛いと思った。
孫は平民の子だが、この子供は貴族の子。
それでも、どちらも大人が守ってあげなければならない小さくてか弱い存在だ。
「お腹を痛めた子供ですもの。きっと奥様も落ち着いたらすぐにお嬢様を抱いて下さいますよ」